◆ストロベリーシェイク◆








「ヨウゼン、何のつもりじゃ」
後ろ手に縛られて、太公望は男を睨む。
「わしは仕事がたまっておる。おぬしの酔狂に付き合うほど時間はない」
「つれないですね。武王や天化君とは褥を共にするというのに」
となりに腰掛けて、ヨウゼンは深くため息をつく。
ここの所太公望は妙に自分の事を避けている。
仕事の時にはそうでもないのだが、少し話そうとしてただけでもどこかに姿を眩ましてしまう。
そのくせに天化と碁を打ったり、発と外出して甘味処を襲撃したりする。
たまには視察も兼ねてどこかに誘うと思っても話す暇も無い。
「わしはここ一月誰にも触れさせてはおらぬぞ。おぬしの思い込みじゃ」
「口先だけならどうとでも言えますから。それに、はぐらかしはあなたの十八番ですからね」
とん、と胸元を押せば簡単に寝台に倒されてしまう身体。
道衣をはだけさせればさらしに包まれた二つの乳房の線が浮かぶ。
「第一わしはまだ晩飯も取っておらん!!おぬしのように時間に余裕など……」
「たまには僕の相手もしてくださいよ、師叔」
ぎゅっと抱き締められて、首筋に掛かる息。
ぺろ…と舌先が触れてその線をなぞり上げる。
「ん!やめ……っ……」
そのまま耳の裏を舐められて、耳朶を噛まれて太公望はぎゅっと目を瞑った。
こういうときのヨウゼンは何を行っても聞かない。
それは過去の経験でよく分かっていた。
(何を誤解しておるかは分からぬが、こやつの気が済むまで付き合うしかなかろう……)
ビリッ!裂かれた道衣と解かれたさらし。
縦に裂いて、そのまま下まで引いて道衣はただの布に変わる。
ぱらりと頭布が落ちて太公望の顔を静かに隠した。
「ああ、丁度いいですね」
それを取って、そのまま太公望の目を隠して。
「見えないほうが面白い。それに……好きでしょう?こんな風にされるのも」
ちゅっ…首筋に吸い付く唇。
まるで違う生き物が這いまわるかのような感触に、太公望の肩がびくんと震えた。
触れたと思えば、また離れる。
その柔らかさと熱さ。ただそれだけなのに体の奥の方がじんわりと熱くなるのだ。
指を一本ずつ丹念に舐められて、先端をちゅぷっと吸い上げてくる感触。
爪を甘噛されてこぼれそうになる吐息を喉の奥で噛み殺した。
手首、肘、確かめるように舐め上げれくる舌先。
小刀でさらしを引き裂いて、包むように乳房に触れる手。
指先が沈んでやんわりと揉み抱かれる。
「あん!!やめ……ヨウゼ……」
きゅん、とその先端を摘まれて左右を交互に舐めるように吸う唇。
歯先が甘く触れてかりり…と噛む。
「……っふ……んぅ……」
封じられた手首。もどかしげに指先がぎゅっと握られる。
ちろちろと焦らすように舐めたかと思えば痛むほど強く吸い上げて。
体の線を辿りながら、窪んだ臍に接吻されてふるふると乳房が揺れた。
「…ぁ……!!……ふぅ…んっ…!!」
執拗に胸に与えられる愛撫。
嬲るように、転がすように口唇は乳首を味わいながら小さく笑う。
「気持ち良いですか?師叔」
挑発するような瞳の光に、背けられる顔。
下着の端に小刀を入れて一息に引き裂く。
ぱらりと外れた布と秘所を繋ぐ濡れた糸にヨウゼンは目だけで笑った。
布地からそれを掬い取って乳首に塗りつける。
「あ!やだ……ッ!!」
視覚が遮られている分だけ、鋭敏になった感覚。
するりと腰を撫でられるだけで喘ぎ声がこぼれてしまう。
背骨の線をなぞる指先。
濡れた指が触れるだけでも、腰が蕩けそうになる。
「嫌?可愛い嘘ですね……師叔……」
掠めるように指先が入口を上下して、その上の突起をゆるゆると擦り始める。
親指で押されて包皮を剥かれ、むき出しになった小さな真珠。
「!!」
じゅぷっ!と口中に含まれて仰け反る喉元。
歯先がそこに当たるたびにとろとろと奥のほうからこぼれ出す蜜に男の唇が歪んだ笑みに変わっていく。
足首を掴んで左右に開かせて、視姦するような視線が秘所に絡みついた。
「……溢れてますよ……師叔……こんなに……」
くちゅん…濡れた音が耳に響く。
奥に進めば進むほど、絡むような水音が嫌味なほどに耳につくのだ。
どんなに振り払おうとしても、聴覚はそれを許してはくれない。
はぁはぁと荒い息、染まった頬。
同じようにほんのりと火照った肌が「おいで」と誘う。
「ああ、そうでした。あなたは夕食をまだ取ってなかったんですよね」
「……………………?」
すっと手が離れて、小さな物音が耳に飛び込む。
「あなたと一緒に食べようかと思って、あなたの好きなものを持ってきたんです」
ひんやりとした何かが、入口に当てられる。
「……ヨウゼン……?」
「僕も……まだなんです。一緒に戴かせていただきますよ……師叔」
ちゅるん…と押し込まれて背筋がぞくりとする。
「あ!!やだ、嫌だッ!!」
「一つじゃ足りないでしょう?あなたは果物が好きですから」
二つ、三つと押し込まれ、それが肉壁を擦る感触にびくびくと腰が震えた。
「あ、あ……ぅ…!!…ッ…」
「まだ足りないですか?仕方のない人ですね」
四つ目を入れられてその圧力で始めの一つがぷちんと潰れた。
果汁が愛液に混じって、甘い匂いが広がっていく。
「少し、暖めてくださいね……その方が美味しいですから。昔の王族も同じようにして味わったそうですよ」
なだらかな腹部を優しく摩りながら、耳元で囁く低い声。
内側に感じる異物感に彼女は小さく首を振った。
「お好きでしょう?ライチは」
「好きじゃが……ッ……このような……」
「あなたにもあげますから、もう少し我慢してくださいね。美味しいものは、良い状態で食べたいですし」
腹筋を使って押し出そうにも、力が抜け切ってそれも叶わない。
縛られた手では何も出来ず、ただされるがままに時間が過ぎるのを待つしかなかった。
「早く、温まるように手伝いますね」
くりゅ、と濡れた指先で突起を擦られてもどかしげに腰が揺れる。
それを気付かない振りをして、休むことなく指先は彼女を攻め続けた。
「あァっ!!やだ…ッ……嫌……ッ…!」
「上手な嘘は得意なはずでしょう?師叔……」
震える膝に触れる唇。かり…と歯を当ててその痕を刻み付ける。
「あ!!……っは…ぁ…!!」
「甘いにおいがしますね……とても、食欲をそそるような……」
ずるりと抜かれる感触。それだけでも敏感になった身体には強い刺激だった。
「流石は師叔ですね。極上の味になりましたよ」
目隠しを解かれて、突き付けられたのは己の体液に濡れた小さな果実。
甘い匂いが鼻につき、彼女は目をぎゅっと閉じた。
指先に絡んだ愛液ごと果実を口にして、ヨウゼンは妖しく笑う。
「お腹が空いたでしょう?あなたにも差し上げますよ」
「や……」
顎を取られて、口を開かされる。
半分潰れた果実は、口中を甘く染めて喉を落ちた。
「ほら、美味しいでしょう?どうですか?自分の味は」
「……悪趣味の極みじゃな……」
気の強さは反面、羞恥心の強さの表れでもある。
明晰すぎる頭脳はそれゆえに時として彼女を窮地に立たせるのだ。
「こんなに濡らして……素材に対する最高の味付けですね……」
引き出しては見せ付けるようにヨウゼンはそれを彼女の眼前で食す。
「止めんか!!ヨウゼ……」
言い終わる前にふさがれる唇。舌先が伝えるのは甘い甘い果肉の味。
ぴちゃ…と舌先が絡まり、離れ際に糸を引く。
頭を押さえつけられて、噛み付くような接吻は心よりも本能を刺激するから。
「……っは……」
掠めるように入口に触れる唇。舌先が肉襞を這い、味わうように動き回る。
じゅる、じゅく…吸い上げられるたびにもどかしげに腰が揺れた。
焦らすように攻めてくる指先。それでも決して最奥の欲しい部分には触れることは無い。
「!!」
踝を噛まれて息が詰まる。
そっと秘所を隠すように当てられた掌。
ぞくぞくと神経が沸き立つのを必死に振り切ろうと、太公望は首を振った。
追い込めば、求めてしまう。
この小さな体は一度触れてしまえば手離せなくなってしまう。
「師叔……」
目尻の涙を舐め取って、頬に唇を当てる。
「……解いて……痛い……」
戒めていた組紐を解けば、そこには赤く残った己の嫉妬。
それを見て始めてきずく自分の気持ちの浅ましさ。
「……太公望師叔……」
抱きしめようとした腕を払いのけられる。
「出て行け。わしに触るな」
布と化した道衣を拾い集めて、胸元を隠す。
その視線は、蔑みでも憎悪でもなく。
まるで孤児でも見るような哀れみの光だった。






「ってことがあったんですよ、どうしたらいいんですか?」
ヨウゼンが泣きついたのは太公望の親友の普賢真人。
その話を聞きながら普賢は呆れたようにため息をついた。
「望ちゃんは優しいね。ボクなら間違いなく原子分解するよ」
「食いモンはそういうことに使うのは問題がありすぎるぞ。玉鼎の教育が窺われるな」
憮然とした表情は道徳真君。
普賢の機嫌も良く、後ろから抱きしめて上手く持ち込もうとしたところに哮天犬と一緒に乗り込まれたのだから無理も無い。
「それで怒るなって言うほうが難しいよ」
哮天犬の鼻先を撫でながら普賢は横目でヨウゼンを見る。
自信たっぷりのはずの天才道士は、半分泣きそうな表情をしていた。
「ここ数日の望ちゃんは軍師殿に篭りきりでしょう?天化は先日まで道徳のところにいたし。軍師として王の警護を
 しながら視察は仕方ないと思うし。それにあの二人は揃って甘党だからね。ヨウゼン、君は餡蜜食べれる?」
その問いに首を横に振る。
「望ちゃんだって女の子だからね。甘い物だって食べたいよ」
「普賢さまもお好きなのですか?」
同じように哮天犬の頭を撫でる大きな手。
「好きなんてもんじゃないぞ。下山するたびにあちこち連行されて……」
こめかみに指を当てて頭を振る。
「ああ、でもあれは美味かったよな。半分冷たくて、半分熱い奴」
「そうだね。また食べに行こうね」
まるで自分などいないかのように、恋人たちは自分たちの世界を作ってしまう。
同じように思い人と二人だけで世界に耽溺したいだけなのに。
それなのに……嫉妬に囚われて動けない。
本当はもっと甘やかして、抱きしめたいのに。
「格好なんか気にすんな。そういうところが玉鼎と一緒なんだよな。お前は」
肩を抱き寄せて、道徳真君はげらげらと笑う。
言われてみれば道徳真君とて、自分の師匠と普賢真人を取り合った過去を持っている。
外面も何もなくひたすらにアタックした結果、普賢真人は道徳真君の手を取ったのだ。
同じように天化も誰が相手であろうと太公望を譲ろうとはしない。
外面よりも何よりも、自分の気持ちだけで進むのだ。
「まずね、君がするべき事は望ちゃんに謝ることじゃないのかな……それから、望ちゃんと手を繋ぐ。
 心の手を繋ぐの……」
ずっと一緒に居られるように、祈りを込めて手を繋ぐ。
恋人になるのは簡単でも、恋人で居続けることは大変なのだから。
「天才でも、分からないことがある?」
この仙人は時折何気ない顔で核心を突く。
何も知らない色の瞳で、全てを見抜くところが苦手だった。
「分からないことばかりです…………」
「いろんな人と色んな噂を流してきても?」
きらきらと右耳の飾りが目を奪う。
女であることを捨てたはずの仙人が他の男を遠ざけるためのその飾りは、彼女が未だに現役の女でであることを雄弁に語るのだ。
「あんまり責めるな。同じ男として何とも言えん気持ちになる」
「雲中子だったら実験体にされてるし、道行だったら死んでるかもしれないよ」
さらりと普賢はそんなことを言う。
「望ちゃんだって本気だしたら、ヨウゼンの首一つくらい簡単に落せるよ。でも、そんなことされも何もしなかったのは何でだろうね」
「え…………」
「それ位は自分で考えなさい。ちゃんと頭使ってね」
くすくすと笑う小さな唇。
「道徳さま?」
「そうだな。それが分からなかったら死ぬまで太公望とは離れて過ごすしかないな」
笑いを堪えているのか、道徳の肩は震えていた。
「はい、これあげる」
二つに折られた小さな紙を普賢はヨウゼンにそっと握らせた。
「普賢さま?」
「本当は、この人と二人だけの秘密にしておきたかったんだけど」
普賢の目線が道徳真君と重なる。
「あんまり落ち込んでるみたいだから、特別。多分、望ちゃんの知らないお店。天化も、武王も知らないと思うよ」
いつだって恋人たちの喧騒に巻き込まれるのは、違う恋人たち。
「哮天犬。君の御主人はほんの少しだけ勇気が足りないみたい。だから……」
くぅんと鳴く哮天犬に頬をすり寄せる。
「お城から望ちゃんを攫っておいで。上手く四不象を撒いてくるんだよ」
「普賢さま!?」
「意気地なしのレッテル貼られたくなかったら、たまには掻っ攫ってみろ。男だったらな」
「道徳さま……」
外野の意見など聞かない天下無敵の恋人たちに叶うものなど無い。
「さ、行っておいで。ボクは気まぐれだから君が手を拱いているうちに天化に入れ知恵するかもしれないよ?
 それに、忘れてないよね?道徳は天化の師匠だよ。弟子が振られるのを黙ってみてると思う?」
恋敵はいつもあの手この手で太公望の心を揺さぶる。
その背後にはこの二人の影があるのだから。
「……行ってきます。天化君には黙っていてくださいね」






ようやく静かになった室内と、晴れ渡る空。
瓶に閉じ込めた華は、水の中でゆらゆらと何かを囁く。
「さて、次のことを考えようかな」
「次?」
「そう。次は天化が駆け込んでくると思うよ。師叔が俺っちのこと避けるさ!って」
小さな花茶を一撮み。湯の中で開いてそれはくすくすと笑うよう。
淵に掛かる細い指。皿の上に乗せたライチを取って口にする。
「でも、良く考えたね。ヨウゼンも。食べ物で遊ぶのは感心出来ないね」
親指を舐める仕草をじっと見つめながら、早まる鼓動を必死に抑える。
(まぁな……俺も考えたことあるけど、普通はしないだろ……普賢にやったらその時点で即死決定だぞ……)
ぶつぶつと呟く恋人に、訝しげに小首を傾げる。
「口開けて」
「ん」
口中で潰れる果肉の甘さ。
(男の浪漫って言ったらそれまでだろうけども)
あれこれと願望は募るけれども。
(それでも俺は、こういう甘さとかのほうが好きだな。もっと甘やかしたいし、可愛がりたい)
尽きないならば、捨ててしまうのも一案だと彼は笑う。
「どうしたの?にやにやして」
「別に」
「もしね、道徳がヨウゼンと同じこととか、似たようなことしたらね……」
すい、と太極府印を目の前に出してくる。
「師表は一人消えるから」
「………………………はい」
じっと見上げてくる無機質の瞳。
(目が笑ってませんよ、普賢さん…………真面目に恐いです……)
「あんまり酷いことしないでね」
「しないよ。そういう趣味は無い」
「でも、ヨウゼンも子供だよね。ボクよりも年上のはずなのに」
道士でも、仙人でも、女は女。
甘いものと噂話。恋と劇的な出来事にはいつだって心惹かれるのだ。
(頑張れよ、ヨウゼン、天化。太公望の背後には普賢がついてるぞ。そう簡単に落城できると思うのが間違いだ)






「して、何用でわしを連れ出したのだ」
腕組みをして、むすっとした表情で太公望は吐き捨てるように言葉を生み出す。
「その…………」
「わしは仕事が山積でのう。ここ数日ろくに部屋から出ることも叶わん。挙句、発の視察にまで連行される。
 たまには休暇でも取りたいものじゃ」
嫌味たっぷりの声。
そうそう許される行為ではなかったことを今更ながらに痛感する。
「天化君とは…………」
「あれに仕事させるには博打で勝つのが一番じゃ。碁で勝負するとかな。餌をちらつかせれば掛かるからのう」
勝負に勝てば一晩好きにして構わない。
だが、負ければ自分の代わりに兵達の訓練の視察と改善点の報告という面倒な一間が待っている。
それでも、その勝負に乗らずにいられないのは健康で健全たる青年の証。
「暇つぶしなら他を当たれ。帰らせてもらうぞ」
「待って下さい!!」
細い手首を掴んで、縋るように引き止める。
「謝らせてください…………あなたに酷いことを…………」
「反省だけならば誰にでも出来る。その結果を見せよ。ヨウゼン」
「師叔」
「何ならおぬしもわしと博打で勝負するか?おぬしに頼みたい仕事は腐るほどあるからのう」
「…………分かりました。その勝負乗りましょう」
指先を軽くあわせると、そこには一枚の銀貨。
「表か裏か。お好きな方を」
貨幣の裏表のように、計算でできないものは太公望の好みではない。
崑崙一のイカサマ賭博の天才は勝負に運は持ち込まない主義なのだ。
「決めかねるならば、僕は表。あなたは裏でよいですか?」
「しかたあるまい。それで構わんよ」
「あなたが勝ったらあなたの言う仕事を全部引き受けます。僕が勝ったら……一緒にあるところに行ってもらいます」
運を天に任せることは、運命の悪戯で一族を失った少女の最も嫌うものだった。
それでも、この勝負を避けるわけには行かない。
銀貨を天に弾いて掌で蓋をする。
「開けますよ」
「うむ」
「表……ですね。さぁ、行きましょう」
太公望の手を取って、ずかずかとヨウゼンは街路を進み行く。
(たしかこの辺りのはず……あった!あそこだ)
普賢に貰った地図の記す店を見つけ、連れ立って入り込む。
席に通されて、太公望はきょろきょろと店内を見回した。
落ち着いた風合いと、どことなく懐かしさを感じさせる空間。
「御注文は?」
「お勧めのものを二人分お願いします」
給仕の女が持ってきたのは糖衣のたっぷりとかかった餡蜜と杏仁豆腐。
果物と寒天とクリームの見た目も鮮やかな蜜豆。
甘く焼き上げた果派(パイ)と桃の香の花茶。
(…………拷問か!?これは……道徳さまが言っていたのはこういうことだったのか?)
自分とはまったく反対に太公望の目はきらきらとしている。
余程好物ばかりなのか、先ほどまでの不機嫌も感じられないほど。
「い、戴きましょうか……師叔……」
「遠慮なくご馳走になるかのう」
嬉しそうに匙を手にして、一つ一つ口に運ぶ。
綻ぶ顔と、幸せそうな姿を見ればその笑顔をずっと傍においておきたいと思うのだ。
「おぬしも食えばよい。甘くて、美味いぞ」
「そ、そうですね」
一口とって、ゆっくり噛まずに飲み込む。
甘いものがあまり得意ではない彼にとって、目の前に甘味類は難攻不落の要塞のようにも見えた。
同じように、簡単に落城できない軍師。
「師叔、僕の事を嫌いになりましたか?」
「…………………」
手と口を止めることなく、太公望はヨウゼンを見上げる。
「……嫌いならば哮天犬の背になど乗らぬわ」
「……師叔……」
「わしの仕事の遅れは全部おぬしにやってもらうぞ」
「はいっ!!」
「片付いたら……改めて誘ってくれ。今はやるべきことが多すぎる。おぬし無しで軍師など務まらぬよ」
目の前のどれよりも、ずっとずずっと甘い言葉。
一匙の砂糖だけで、黄河さえ甘く変えてしまう魔法。
「それと、最初から表だけの銀貨。他には使うでないぞ」
「師叔!?」
「わしは崑崙一のイカサマ師。博打でわしに勝とうとは思うわぬ方が良いぞ、ヨウゼン」
桃の欠片を咥えて、太公望は悪戯気に片目を閉じてみせた。
「これを平らげたら、城に戻らねばな。旦にまた愚痴を言われる」
ふと目をやれば、小さな果実を太公望は匙で除けていた。
よく見れば、それは件の果実。
それを掬い取って、ヨウゼンはぱくりと口にする。
「これは好きなんです。甘くても、美味しいから。ね、師叔」
「ヨウゼンっ!!」
「食べ物は、粗末にしちゃいけませんよね」




晴れ渡る空。
西周は今日も暖かい太陽と風に守られている。






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1:11 2004/03/14

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