◆隣り合わせの愛しさを◆





「わしらとて、そう簡単にやられはせぬぞ。のう、普賢」
打神鞭から生まれる風が、あたりの空気を一掃する。
「うん。ボク達だって、弱く無いんだから」
となり合わせでかわす視線、まだまだ自分たちでこの男を止めるしか無い。
「寿命が少し延びただけのこと……お前たちでは私には勝てぬ!!」
襲い来る鞭の先端を見つめて、二人呼吸を合わせた。
「普賢、昔やったあれをやるぞ」
風の壁で親友を守り、なおかつ少女はその刃を男に向ける。
「遊びでやってた、あれ?」
「そうじゃ。この男の鼻っ柱を叩き折るのも面白いと思わぬか?」
鞭を相殺する風のキレは、以前とは比べ物になら無いほど似ました。
あのとき、自分に最後まで向かった少女の姿。
三百有余年を生きて来たが、女でここまでの視線を持っていたのは二人目だった。
「疾ッ!!」
風の刃を生み出しながら、少女はまだ余裕の笑みを浮かべる。
笑みを浮かべる事が、彼女の無表情。
限界に近いはずの身体でも、そうには見えないように。
「御主人がんばるっす!!すぐに皆がくるっすよ!!」
沢山の仲間とここまで来た。
傷つけ合って、抱き締め合って、痛みを分かち合いながら。
一人ではない。共に行く仲間がいる。
それこそが、何物にも変えがたい力なのだ。
「普賢!!準備は出来たか!?」
太極符印の上を滑る指先。規則正しく打ち込まれていく数字の螺旋。
「いいよ、望ちゃん!!」
四不象に飛び乗ったのを確かめて、太公望は打神鞭を振りかざす。
「疾ッ!!」
風は螺旋を描き、不規則な動きで男を狙う。
まるで、獲物を狙う鳥のように。
「何!?」
蛇が獲物を飲み込むように男に襲い来る風の塊。
指先が頬を撫でるように、男のそこに傷が生まれた。
「うわあぁぁっっ!!」
「望ちゃ……っ!!」
霊獣もろとも吹き飛ばされながら、どうにか足場を確保する。
暴風が晴れて見えた男の姿に、太公望は親友を見やった。
「よし!!やったぞ普賢!!」
その声に、灰白の瞳が見上げてくる。
「成功したの?」
「うむ。あやつに傷を負わせた。近付くことすら出来なかったあやつにじゃ!!
 それがどんなにちっぽけでも、完全無欠なる者等いないと言うことだ」
堤防が決壊を起すのは、些細な傷口が始まり。
この少女は、それだけの力を持つ。
「……何をした?」
滲む血を指先で拭って、男は二人に目を向けた。
「おぬしの鞭を弾き返したまで」
それはこの二人だからこそなしえた事。他の誰でも無く、並んで歩いてきた二人だから。
どんなときでも、同じ未来を見つめてきた。
「普賢の太極符印は敵の攻撃を記憶できるのじゃ」
崑崙の文明の結晶とも言える宝貝を持って、戦いに臨んだ。
迷いなどもう……無い。
「その情報を味方の宝貝に転送すると、自動で敵の攻撃を追尾できるようになるんだ」
禁鞭の攻撃の大半は目晦ましであって、実際に命中するのは四、五発。
それを見極めて風で恥じ返したの先ほどの攻撃だった。
正攻法で攻めて勝てないならば、斜めから狙えば良い。
「これで、あなたの攻撃を無効化できる」
「わしらも、ただの女でいるわけにもいかんからな」
一人の軍師としての手腕も、今では聞仲に引けを取らない。
戦いは、太公望を確実に育て上げてきたのだ。
(惜しい女だ……ここで命を散らすには)
恩情はおそらく、望むことは無いだろう。どちらかの落命がこの戦いに幕を下ろす。
わかっているからこそ、全力で戦わないわけにはいかない。
「これがわしらのBクイックじゃ!!」
「もうちょっとかっこいい名前にしようよ、望ちゃん」
背後に感じる気配に、太公望は聞仲に視線を重ねた。
「さて、聞仲よ。おぬしの命運も尽きたようじゃのう」
仲間の声と、目の前の親友。
不安など一欠片も無いはずなのに、胸に痞える何かに普賢は眉を顰めた。
風と共に到着した同胞に、太公望の唇が綻ぶ。
(でも……何かがあるんだ……きっと……)
「普賢!!」
聞き慣れた声に振り返る。
「すまない、遅くなった!!」
そんなことはない、と少女は静かに首を横に降る。
離れていても、一人では無いと確かに感じることが出来たのだから。
「師叔!!」
「……無事じゃったか、ヨウゼン……」
聞仲をぐるり、と取り囲んで各々が宝貝を構える。
これがこの長かった因縁に決着を付ける最後の一戦だと定義づけて。
「覚悟を決めろ聞仲!!この崑崙十二仙が相手だ!!」
「さて……聞仲。今度はこの人数でBクイックを決めさせて貰うぞ」




左手の指輪に静かに触れて、まだ自分が動ける事を確かめる。
手を伸ばせば届くところにいる恋人の姿に、心が安らいだ。
「普賢」
その声だけで満たされていく感情。
不安でも、君がいてくれるのならば何だって出来ると呟いた。
左手を上げる仕草に、同じように返す。
君と出逢えたこの奇跡に、何の後悔があるだろうか。
「太公望師叔!!」
「ヨウゼン」
傷を舐め合うだけの関係ではいられない。
優しいだけの女が欲しければ他の誰かを抱けと言われた夜もあった。
「いいのか?おぬし……戦いっぱなしではないか」
抱き合うだけの恋はいらない。
ぶつかり合うことでこの関係を築き上げて来たのだから。
「僕がやらなかったら、誰がやるのですか?」
この手をただ一人取ってくれた君と、君の愛するこの世界を護ろう。
「あなたの為に、みんなここに来たんです。あなたの事が好きだから」
背中合わせの寂しさを、抱えて俯いたあの日々を。
隣り合わせの愛しさを、分かち合って笑ったあの日々を。
「行きましょう、師叔」
青年の姿がゆっくりと歪んで、異形の物へと変わって行く。
決して見せる事の無かった、彼の本当の姿に。
「聞仲、君には借りがあったね。それを返させて貰うよ」
「ヨ、ヨウゼン、それは何の変化だ!?」
ざわつく周囲をよそにして、ヨウゼンは声色一つ変えずに答えた。
「変化ではありません。半妖態です」
青年と目を合わせて、少女は小さく頷いた。
「普賢、援護を頼む!!他のみんなもヨウゼンに続け!!」
「うん……」
ただ一人だけ、違う風景をみてしまえることはとても悲しいことだと知った。
頭の良すぎる子供は、可哀想だと。
(聞仲にはボクの核融合が効かなかった……禁鞭だけじゃ原子系は防げないのに……)
軍師として太公望が西周で忙しく動いてる間、彼女の彼女なりに金鰲列島の事を調べていた。
禁鞭は物理攻撃系の宝貝に属する。
普賢の太極符印とはある意味対角の位置にあるようなものだった。
系列としては三尖刀、莫邪の宝剣の方が似通っている。
持つ者の武力が高ければ高いほどにその威力を発揮する宝貝の一種。
「行くぞ、聞仲!!」
その瞳で、彼女はヨウゼンが切りかかって行く様をじっと見つめていた。
天才道士の字は伊達ではない。
近距離での破壊力を数字にするならば、三尖刀はかなり高位に属する。
(ヨウゼン……君で計らせて貰うよ)
自分たちに勝ち目があるか否か。
残酷でも冷静に判断を下さなければならないのだ。
それが、指揮官としての役割。そして、潔癖すぎる親友への答えの暗示でもあった。
多数の幸福の前には、少数の犠牲は止むを得ない。
誰一人傷つくのことない戦など無いのだから。
(三尖刀は確実に聞仲の肉を斬ってる。なのに……符印に反応が無い?)
爆風の中からうねりを帯びて、禁鞭が青年を狙ってくる。
その勢いは、自分たちに対峙したそれよりも遥かに強い。
(やっぱり……物理攻撃も効かないんだ……三尖刀で無傷なんてあるはずがない)
視線を移せば同胞達が一斉に聞仲へ攻撃を仕掛けている。
師表十二仙の総攻撃を受けて生き残れるものなど、本来ありはしないのだ。
一人一人の能力だけを取るならば、始祖にも匹敵する力。
それが、十二仙と言う階位の意味するものだから。
「うわ……!!一斉攻撃は危ないと言うとろーがーーーーっっ!!!!」
爆発で生じた熱風で吹き飛ばされながらも、誰一人として攻撃の手を緩めない。
「普賢、聞仲の場所は!?」
「今ので変な磁場が生まれたみたいでわからないよ」
少女たちのすぐ傍を、二人の男が飛びぬける。
「慈航!!黄竜!!」
「接近戦は俺らに任せろ!!奴が生きてればの話だけどな!!」
慈航の声に、普賢は顔を上げた。
「望ちゃん。ボクらもいかなきゃ」
自分でこの未来を選んだ。
一条の光の為に、戦ってきた。
「おぬしにしては珍しく積極的だな」
「聞仲は死んじゃいないよ。絶対に」
熱風の中で目を凝らして、普賢は男の姿を探す。これが最後だと小さく呟いて。
(道徳……どこ?)
自分よりも少しだけ前に見える後姿。
(良かった。無事みたい)
四不象の背をそっと撫でて、今までのことを懐かしむように瞳を閉じる。
「どうだ?黄竜」
「太公望……この状態では……」
通常ならば骨の一欠片も残さずに燃え尽きているだろう。
そう、本当ならば。
「お、おい!!見ろ!!」
熱風の中からみえてくる霊獣の姿。
金鰲列島の霊獣は攻撃防御に優れているという聞き伝え。
(霊獣そのものが宝貝だってことか……)
黒麒麟の防護形態が解けて、聞仲の姿が見えてくる。
「差し出がましいまねをしました。聞仲様……」
「いや……御苦労だったな、黒麒麟」
宝貝は、持つ者の能力に比例して威力が強くなる。
即ち、聞仲の強さと黒麒麟の強さは比例しているということ。
「馬鹿な!!あの霊獣の外殻は宝貝合金以上だと言うのか!?」
「変形……そういうことか……」
親友と恋人の二つの背中。
(望ちゃん……道徳……)
突きつけられた命の選択に、彼女は躊躇無く判断を下した。
これがこの二人の決定的な違い。
それが、普賢真人という女。
「どこかに降ろしてくれ、黒麒麟。お前に乗って戦うまでも無い」
星の上に降り立ち、男は辺りを見回した。
数を力で粉砕する男、それが聞仲。
(聞仲の威圧感が増した……!!)
鋭利な糸を張り詰めたように、その場の空気が変わる。
指先を動かすだけでも、皮膚が裂けそうなほどに。
「どうした?もうこないのか?」
左をそっと頬に押し当てて、彼を思う。
本音を言えば、もう一度だけその腕に抱かれたかった。
当たり前の未来を当たり前に感受して、授かりし命を慈しんでゆっくりと夫婦になりたかった。
雨の降る夜も、満月のあの日も、初めて一緒に見た朝焼けの美しさも。
街の灯の明るさも、春に咲く小さな花への愛しさも。
あなたがいたから綺麗に思えた。
「……逃げ道は無し。逃げるつもりもないしな」
「道徳様?」
「なんでもない。やるしかないってことさ」
強がる姿も、泣き出した顔も、その存在だけで心が満たされた。
長いようなこの人生でこの出会いが一番の宝物だった。
朝に夕にその間に。一足づつ季節に足跡を付ける事が『思い出』というものだと知らされた。
樹木の蒼さも落葉の紅も、君がいたからこそにその色身を解することが出来た。
この幕引きも悪くないと思えるのも、君がいるからこそ。
出来るならばその震える手を、握りたかった。
「………………………」
静かに振り返って、視線を重ねる。
唇の動きだけで、言葉を聞いた。
そっと左手を翳し合って、もう一度前を見る。
「普賢、慈航達を守らねば!!」
「うん」
聞仲に斬りかかる二人を包むように、風の壁が生まれた。
「疾ッ!!」
静かに禁鞭を構えなおして、男は優美な笑みを浮かべる。
「本気を出すのは数十年ぶりだな」
風の防護を打ち破り二人の身体は無常に叩きつけられていく。
肉を裂き、骨をも粉砕する破壊の宝貝。
「な……っ!?わしの風が……ッ!!」
「黄竜!!慈航!!」
身体の半分以上を弾き飛ばされて、二人の命は消えようとしている。
(……怖くなんかないよ、ボクだって十二仙の一人なんだ……!!)
これはまだ始まりに過ぎない。
「余力を残して戦うのは死に行くものに対して失礼だったな。だが、私が本気を出した以上……」
飛び行く二つの魂魄と、崩れ落ちる星。
「仙人界は今日で滅亡する」
「!!」





この目に未来が映らなくても。
君の瞳が明日を見つめてくれるのならそれでいい。
この手で暖かさを感じられなくとも。
君が、生きて笑ってくれるのなら―――――――。




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18:40 2005/08/21

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