◆恋人たちの夜――二つの指輪――◆




「望ちゃんと一緒にはなれたけど、道徳とは別になっちゃったね」
並んで歩く道は、なれたはずの帰り道。
指を絡ませて、ゆっくりと歩く。
「ドドメ色なんか出すとは思わなかったけどな」
「あはは。でも、望ちゃんと一緒だもん」
数人ずつの班に分かれて、まずは十天君を討つ。
合流して最終的に全員で文中と対峙するというのが太公望の策だった。
普賢は太公望と二人の班に。
道徳は太乙真人、武吉と三人で。
「モクタクとも別だしね……」
かかる月の美しさは、今までの日々で一番のもの。
伸びた影さえも、愛しいと思えた。
「紫陽洞(うち)に来るか?明日は一緒に行けば良いだけだし」
金鰲島には明朝、夜明けと共に出発する。
それまでの時間は自由に使えといわれ、帰路に着いたのだ。
「うん。そうするよ」
「できるだけ一緒にいたいしな」
「美味しいもの作って、明日に備えなきゃ」
この横顔を見れるのも、あともう少し。
次の夜は、自分たちにはおそらく存在しないのだから。





花瓶に挿した水仙は、真白に笑う。
夕食を終えて、二人でのんびりと過ごすことを選んだ。
少女を後ろから抱きしめる形で、男は目を閉じる。
「普賢」
耳に触れる唇に、普賢はくすぐったそうに笑う。
「やぁ……ん……」
耳朶を噛んで、そのままうなじに降る甘い接吻。
身体の線をなぞって、手は柔らかい胸に。
布地ごとやんわりと掴むと、細い肩が揺れる。
「どうしたの?」
「んー……幸せなんですよ。可愛い妻は居るし、子供もできたし。後は
 名前を必死に考えて……やること山積みだ」
「あはは。素敵な名前、つけてね」
少しだけ強く抱いてくる腕。
その手に少女の指が触れた。
「一つ、聞いても良い?」
「何だ?」
道徳真君の手を取って、普賢は自分の頬に当てる。
それは、彼女の癖の一つだった。
相手の心の領域に踏み込むときの、一種のまじない。
不安定な自分の心を悟られないようにと働く無意識下の防衛本能。
「教えて。あなたの名前を」
仙界入りする前の『人間』だったころの名前。
道徳真君の仙号を得て数千年。自分が人間であったことの証明を。
「俺の?」
「うん…………」
身体一つで仙界入りすることを求められ、大概の仙道はそれに従ってきた。
無論、彼もその一人だ。
けれども、彼女たちは違っていた。
一つだけ、自分を証明するものを持っての入山だった。
「飛志。親父が付けてくれた」
「いい名前だね」
「お前は?」
「凉鈴。父さまと兄さまがくれたの」
「あー……どんな名前付けりゃいいんだ……頭痛くなってくるな」
二度と、自分の名を告げる事など無いと思っていた。
仙道として、この残りの時間を全うすることが勤めだと言い聞かせてきた。
それでも、恋人が求めるのは仙人たる自分の中に眠る人間の部分。
細い指を伸ばして、そっと触れてくる。
「どっちで呼ばれたいんだ?」
「どっちも……私だから……」
戒を破るのも、今宵限り。
明日には散り行くこの命を、できるだけ絡ませたい。
「離れたくないよ……もっと、一緒に居たいの」
見上げてくる瞳を、翳らせるものを全部取り払って。
いっそこのまま何処かへ連れ去ってしまいたい。
退くことも、逃げることもできないこの立場ごと抱きしめて、包み込めるだけの強さが欲しかった。






香を焚き詰めた室内で、そっと唇を重ねる。
その淡い香りは、自浄作用でもあるかのように不思議と心を静めてくれた。
「……っふ……ぁ……」
唇が触れ合う音と、布地が離れる音が耳に響く。
上向きの柔らかな乳房。
両手で掴んで、そっと舐め上げる。零れると吐息が、甘い時間を紡ぎだす。
この肌に触れてから、どれだけの時間を過ごしてきただろう。
数え切れないほど、抱いてきたはずなのに、まだ足りないと手を伸ばして。
小さな身体を、きつく抱いてしまう。
「…ん…ア!!…っ…!…」
指先が触れるだけで、そこがほんのりと熱くなる。
乳首を摘み上げて、ぢゅ…と吸い上げる音。
ちろちろと舌先がなぞる様に這い回り、その度に上がる嬌声。
左右を丹念に舐め上げて、時折歯を立てる。
かり…触れる歯先にもどかしげに細腰が淫らに揺れた。
「……あ!やぁ……ッ!!」
舌先がぬるぬると下がって、まだ膨らみの無い腹部に触れる。
何かを愛しむように、小さな接吻をした。
膝を割って、愛液の零れ始め入り口に息を吹きかける。
「や……ッ!!」
人差し指と中指が、ぬるつく秘裂をやんわりと上下していく。
指先に絡まってくるくちゅくちゅという水音に普賢はぎゅっと目を閉じた。
焦らしながら、間接一つ分だけを沈めて軽く動かす。
「あ……んんっ!!」
舌先が赤く熟れた突起を掠めるように舐め上げる。
指先でそこを押し上げて、口中に含んで舌先で小突く。
「あアンっ!!あ!!や…ッッ!!」
小さく頭を振って、自分を保とうとする姿。
「嫌?」
「……ボクも……させて……」
これが最後だというのは、自分たちが一番に良くわかっている。
だから、敢えていつもと同じ夜を選んだ。
特別ではない一日を、夜を。
また、次の夜を迎えられるようにと。
「……っ…ん……」
指を掛けて、舌を這わせる。太茎をぱくり、と咥えてそのまま上下する形のいい唇。
先端をくわえ込んで、軽く吸い上げる。
雁首を丹念に舌で舐めなぞり、ちゅっ…と口付けて。
浮き上がった筋を小さな舌がぺろり、となぞった。
唇と亀頭の先端を繋ぐ滑る糸。
普賢の頭を押しやって、組み敷く。
額に触れる唇の甘さに、そっと目を閉じて手を伸ばした。
「あ!!んんっっ!!」
奥まで沈む指先に、びくびくと腰が震える。
「……普賢……」
指を引き抜いて、先端を入り口にゆっくりと沈めて。
背中を抱くのを合図のように、最奥まで貫く。
「ああんっ!!」
ぐちゅ、ぢゅく……突き動かされるたびに響く淫音。
肉壁を擦り上げられる感覚にしがみつく腕。
「やー……ん!!あ!!」
「……気持ち良い?ココ、硬くしちゃうくらい……」
陽根を咥えたそこの上にある、突起をくりゅ…と捏ねる親指。
「やアっ!!だ、ダメ…ぇ!!」
空いた手で腰を抱いて、無我夢中で突き上げる。
内肉の温かさと、喘ぎ声。そして、蕩けそうな表情。
細い爪が背中を走り、この痛みが自分たちの生存を証明してくれる。
落ちる汗、熱くなった肌、止まらない心と気持ち。
胸板と乳房が重なって、擦れた乳首が与えてくる衝撃さえ媚薬に変わる。
「あ!!…道……徳…ぅ…ッ!!」
耳に、頬に、唇に。
数え切れない接吻を受けて同じように舌先で応えて。
繋がっていないと、不安で仕方の無い夜を抱いたまま身体を絡ませた。
「…き……大……好き…っ…」
「俺も……お前のコト……」
内側で膨張していくそれに纏わり付く襞肉。
「ア!!ああっっ!!」
この世界で、大事な人ができたこと。
その人と愛し合って、幸せな時間を過ごせたこと。
加速する動きと、重なる息遣い。
「!!」
ぬるついた指が、後ろの窄まりへと忍び込む。
普賢を抱えるようにして、体面座位へと姿勢を変えた。
「……っは……ん!!……」
乳房ごと飲み込むかのように、吸われて仰け反る喉元。
腿を伝う愛液は男の体液を含んで沈んでいく。
「耳……可愛い……」
「……やぁ……」
右耳に光るのは、彼が彼女に贈った小さな飾り。
「愛してる……今までも、これからも……」
喧嘩も嫉妬も何もかも。全てを受け入れて、全てを抱きしめて。
思い切り泣いて、思い切り笑って、数え切れない夜を越えて。
これが、最後の夜。
「……私も……あなたを……」
男の頬を手で包み込んで、唇を近づける。
「あなただけを、愛してます……」
仙道であることを捨てた夜。朝はまだ気配も無い。
折り重なって運命を共にできることを、誇りに思おう。






「そうだ、俺、お前に渡すもんがあったんだ」
腕枕を解いて、道徳は小さな袋を取り出した。
「なぁに?」
「手、出して」
言われるままに、右手を差し出す。
「いや、そっち」
左手を取って、男は静かにその甲に接吻した。
袋の中にあったのは細い指輪が二つ。
銀色の輪の中、輝石が控えめにその存在を伝えてくる。
凝った細工も、大きな石でもない二つの指輪。
「よかった。大きくも小さくも無いな」
「………………」
「嫁に貰うんだから、指輪の一つくらい贈っとかないと……うわっ!!」
飛びついてくる普賢を抱きとめて、優しく頭を撫でる。
「俺のもあんだけどな。こういうのは二人でつけるもんなんだろ?」
「うんっ……」
ぼろぼろと零れる涙をそのままに、普賢は何度も何度も頬をすり寄せた。
「お嫁さんに……してくれるの……?」
「なんだったら俺が白鶴洞に行ってもいいぞ」
「ボクで……いいの?」
「お前だからだよ。安心して嫁に来なさい」
「……うん…っ……」
一人きりじゃないから、この運命を受け入れられる。
嬉しいことも、悲しいことも、分かち合うことができるのだから。
これを『幸福』と言わずしてなにをそう呼ぶのだろう。
「可愛い嫁さんと、子供。俺って仙界一の幸せモンだな」
抱き寄せて、その頭を胸に抱く。
「指輪、ボクが道徳に……」
「あ、うん……」
二つ並んだ左手。第四指を飾る指輪。
きらら…と輝く指輪に、普賢は愛しげに唇を当てた。
「あ、それは俺にして欲しい」
「いーーーっぱい、しても良い?」
「全部受け止める度量はあるぞ?いつでもおいで」
「うん!!」
君だけの夜に、とっておきの贈り物を。
愛しさも恋しさも、何もかもを閉じ込めて二人だけで眠ろう。
「朝……来なきゃいいのにな……俺、お前と別班だろ?」
「一緒だったら良かったのにね」
「クジ運昔から悪かったんだよな、俺……あ、でもあれか、最後に一番いいもん引いたな」
少女の額にちゅっ…と唇を当てて、その瞳を覗き込む。
「嫁だけは、世界一の女を貰った」
「……馬鹿……」
「馬鹿で結構。俺は幸せなんです」
「ボクも……幸せ……」
伝わってくる心音は、規則的で耳に心地良い。
手をかざして、指輪を見つめる。
それだけでこぼれ落ちる涙。
「ね……凄く嬉しいよ……っ……」
「ん……俺もだよ……」
そっと涙を払って、耳元で囁いてくれる低い声。
もう、一人じゃない。
目覚めれば隣にある寝顔、優しい腕。
「やー……止まんないよぉ……」
「無理に止めなくてもいいよ。泣く場所になるから」
「んーん……ありがと……」
十七の乙女に戻って、一番好きな人の胸で目を閉じよう。
二十七の男に戻って恋人を守ろう。
「紫陽洞(うち)で出産準備だな。太公望とか、雲中子とかに手伝わせて……
 そういや太公望は何してんだ?」
「今夜はヨウゼンのところに一緒にいるって言ってた」
意識も戻らないまま、ヨウゼンは雲中子の監視の下に置かれている。
ヨウゼンを欠いての金鰲との戦いは良くて五分五分だろう。
「天化もな……本当は連れて来たかった。あいつは戦ってこそ、その真価を
 発揮する男だからな……」
「モクタクも……怪我とかしないといいんだけどね……」
静かに窓を押し開けて、空気を入れ替える。
肺に沈む冷気は、甘い夢から過酷な現実へと引き戻してしまう。
「……お前の策は、纏まったのか?」
こくん。小さく頷く顔。
振り返った表情は、どこか神々しくもあった。
「お願い……一人にしないでね……」
生まれたての雛のように、柔らかい気持ち。
「ああ……」
風の冷たさに、震える身体をそっと後ろから包み抱く。
「風邪引くぞ、もっとくっついて」
「うん……あっためてね……」





離れないように、互いの指を輪で結んだ。
決戦前夜、本当の気持ちを抱きしめあえたから。






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0:25 2004/12/02


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