◆仙界大戦――それぞれの思い――◆




崑崙の中枢に顔をそろえたのは師表十二人。
「望ちゃん、大変なことになったね」
太公望の隣に位置を構えたのは普賢真人。
「まさか、聞仲があの島ごと動かしてくるとはな」
金鰲島の内部には仙気を流用して操縦することのできる操舵室がある。
十天君によって開放された聞仲は金鰲を崑崙に向けて発進させたのだ。
「ならばこちらも同じように動かすしかあるまい」
腕組みをする太公望の隣、補佐するようにヨウゼンが頷く。
「太乙が言うには、崑崙も動かすことが出来るらしい」
崑崙の中枢部に幹部を集めたのはそのためだった。
聞仲が操縦に専念すると仮定するならば。
戦の舞台に出てくるのはあちらの幹部である十天君。
それならばと同じようにこちらからも師表十二人で望もうというわけだ。
「でも、ここを動かすなんて……それ相応の仙人じゃないと無理じゃない?」
「本当は、僕としては道行にここの操縦を任せたかったんだけども……」
後方支援の太乙真人を除けば残りは十一人。
十天君に聞仲を合わせれば同じ数になる。
ここで一人でも戦力を減らすのは得策ではない。
「でも、彼女ならやれる」
伸びた黒髪を結い上げた水の仙女。
「公主、頼めるか?」
「構わんよ。儂以外にここを動かせるものも居らぬ様だしな」
弟子二人が警護するように左右に付く。
それを道行天尊は太乙真人の肩越しに見つめていた。
「道士達は?」
「それぞれの配置に付かせた。概ね、お前の指示した通りだな」
「おぬしの愛弟子には少しばかり苦労をかけさせてもらうがのう」
玉鼎真人の声に、太公望は笑って答える。
しかし、時間はそうも残されてはいない。
「せめて三日……いや、一日あればもう少し何とかできたが……聞仲め、これを狙ったか?」
ぶつぶつと文句を言っても始まらない。
「普賢、場所の絞込みは出来るか?」
「うん」
太極符印に掛かる指が、其の表面を撫でていく。
「この辺りが人里がなくていいかもしれないね。被害も最小限にできる」
重なるため息。
「ヨウゼン」
「はい。師叔」
耳元でなにやら囁いては、笑いあう二人。
其の二人に気付かれないように、普賢はそっと回廊へと抜け出した。






「大丈夫か?」
「ごめん……少し、つらいかも知れない」
額に浮いた汗を手で払って、彼女は男を見上げた。
「悪阻……なのか?」
背中を摩る手。小さく横に振られる首。
「まだそんな時期じゃないよ、ちょっと疲れてるだけ」
休ませたいのは山々だが、今の普賢がそれを受け入れることはないと誰よりも分かっている。
二人だけで抱えた『秘密』はおそらく誰にも公開されることはない。
それを、望んで受け入れたのだから。
「心配しないで。大丈夫だから」
「顔色が悪い。それに、無理して何かあったら大変だろ?」
「そんなに弱くないよ。母は強しって道行もいってた」
指を絡めて視線を重ねる。
「それに、道徳が一緒に居てくれるから怖くない。大丈夫」
「そうだな…………戻ろう。皆が心配する」
不穏な空気を振り払いたいと、伸ばす指先は細すぎて。
君が「平気」だと言えば言うほどに胸が痛くなる。
ぎゅっと握られた手。その手が赤く染まらないように、傍にいると決めたはずなのに。
望むような未来は、見ることは出来ない。
全てを犠牲にしても光を望む彼女の背中が、いつもよりも少しだけ小さく見える。
抱きしめるだけの恋も、囁くだけの愛も。
全て取り払って一つの固体として愛しいと思う気もち。
「普賢」
「?」
ゆっくりと見上げてくる顔。
ほんの少し前までは当たり前のように日々を穏やかに過ごしてきた。
それが永遠に続くと信じていた。
「今…………ここで逃げ出したって、誰も責めやしない。まして、今のお前の身体なら……」
「……………………」
こつん、と胸に額を当ててくる。
「逃げたいね…………馬鹿げてる。同じ仙人なのにね……でも……」
澄み渡る空、音さえない。
「逃げたって同じ結果だよ。それに……勝算はゼロじゃない」
「そうだな…………」
「怖くなんか…………ないよ…………」
閉じた瞼。
君は小さな女の子。
自分の身を守る術を知らない、まだ子供。
自分は大人だとずっと思っていた。
けれども、結局は二人で濡れることを選んだ子供に過ぎなかった。






「この砲台は使えそうか?」
「難しいですね。完全修復には一日は掛かります。他もそうですが、老朽化が激しいですからね」
並ぶ姿。太公望の補佐は天才道士。
以前は二人をからかった道士達も今は誰もそんなことはしなくなっていた。
名実共に崑崙の幹部としてその実力を発揮する少女。
この仙界の運命は彼女の手にあるといっても過言ではない。
「ヨウゼン」
「はい」
「おぬしが、ここにいてくれるだけで……安心できるよ。わし一人では…………発狂しそうだ」
弱音などこぼさないはずの太公望の唇からこぼれた本音。
少しだけ伸びた襟足に漂う女の色香。
「どんな結末になろうとも……最後までわしの隣に居てくれるか?」
振り返らずに彼女は問いかける。
それが、今の太公望の気持ちだった。
引くことも、振り返ることも出来ない。
前だけを見つめて行くしかないのだ。
「ええ。例え、この世界が壊れても」
かつん、かつん、と響く二人分の靴音。
誰も来ない場所で、互いの身体を抱きしめあった。
「…………一度だけ、いわせてくれ」
かすかに震える指先。
「怖い…………わしの行動が皆の命を左右してしまう……」
この腕の中に抱いてしまえるほど、小さな身体。
その細い肩に降り注ぐのは運命の雨。
身を切るような冷たさに、彼女は一人たたずむだけ。
「命は……等価値であるべきもの。どれが重く軽いなどとはない……同じ仙道同志で
 殺しあうこの戦いに意味はあるのか?」
それはずっと抱いてきた疑問だった。
人間界から仙道を排除し、あるべき姿に戻すための封神計画。
そのために腕を無くしても、血で汚れても進んできた。
魂魄を封印するこの計画は『殺戒』ではない。
しかし、転生すらかなわない魂の牢獄に封じられることは死とどちらが良いものなのだろう。
「わしらは殺しあうのではなく、魂魄を封じる……」
「………………………」
「だが、生まれ変わることも出来ぬ牢獄に封じることは、殺戒とどうちがうのだ?」
ぎゅっと胸元を握る手。
布越しに感じる涙。
「誰を失い、誰を守る?何のために?誰のために?」
あふれた感情は、止まることを知らない。
「おぬしも、消えるのか?ヨウゼン」
泣き顔は、子供のようで。
自分が無力だと痛感させられる。
ずっと前だけを見つめてきた彼女を、その隣で見てきたはずなのに。
一体何を見てきたのだろう。
「僕は…………あなたの隣にずっと居ます。たとえあなたがどんな姿になっても」
生まれたての雛のように、頼りない少女。
この一瞬だけ全てを見せてくれるのなら。
「あなたが僕を受け入れたように、あなたの全てを守りたいんです」
「…………ヨウゼン……」
死よりも残酷な封印は、『神』の名を与えることでその定義を曖昧にしてきた。
神になどなっても、恋人には指一本触れられない。
事実上の幽閉を、今まで見て見ぬ振りをしてきた。
もう、目を逸らすことは出来ない。
「この世界も、何も要りません。あなたがこの世界を必要だというから、僕はあなたの
 言葉を伝えるんです」
恋は、真夏のようで身体を一瞬で熱くしてしまう。
「あなたの居ない世界など、僕には必要がないから」
「一人に……なるのは嫌…………」
「一人になんて…………しないから…………」
頬を包んで、上を向かせる。
薄く小さな唇も、丸く大きな瞳も、漆黒の豊かな髪も。
そして、その柔らかき魂を。
この腕の中に抱きしめて、離してしまいたくなかった。
「……望……」
触れるだけの接吻は、今まで重ねたどれよりも甘くて。
唇が離れるのが怖かった。
「……っは……」
「この世界の結末を、古き者たちの過ちの終わりを……」
もう一度、今度は少しだけ深く。
「一緒に見届けましょう…………」
縋るように、しがみついてくる腕。
そのやせた手首で、彼女はこの世界を操るのだ。
「ヨウゼン、一度だけ……おぬしに伝えておくよ……」
「はい……」
「……この気持ちに、名前をつけるのならば……きっと、これが恋なのだろうな……
 のう、ヨウゼン……ずいぶんとわしらも遠回りをしてきたのう……」
小さな頭を包むように抱える。
その細い身体をきつく抱きしめた。
「……師叔……ッ……」
「わしの名を……」
「好きです……望。誰よりも、何よりも……ッ……」
「わしも……おぬしが好きだ……ヨウゼン……」
欲しかった言葉。ずっと、ずっと思い描いた言葉。
「あなたを守る…………この世界の全てから……」
君が居てくれるそれだけでこんなにも強くなれる。
君が笑ってくれるのならば、何だって出来るのだから。






ひらら、と落ちる緑葉を拾って光に翳す。
「お前の望んだ通りになったぞ、満足か?」
背後の男に振り返らずに、道行は声を発した。
「儂も、お前の駒の一つ。此度の戦、赴くよ」
「道行、俺はお前をあんな場所には送り込みたくない」
「それはこの戦か?それともあの忌まわしい監獄か?」
女の手をとって、男は自分のほうに振り向かせる。
「何が不満じゃ?全ておぬしが計画したことであろう?儂が行くことも含めて」
「違う!十二仙全部を使ってやりあう必要などない!そのために俺はあの娘を……」
言いかけて言葉を飲み込む。
「儂が勘繰った通りか?元始」
「ああそうさ。それの何が悪い。魂魄分離はお前の特技の一つだろう?だから俺は
 封神台(あそこ)にお前の魂を使った。例え封じられてもお前だけは解放できるように」
その言葉に彼女は首を横に振る。
「ただ、それだけのことに……あやつらを犠牲にするつもりだったのか?」
「俺も、ただの男だ。好きな女をむざむざ死なせになど……」
「馬鹿げたことを……我儘で命を弄んで……」
はらはらとこぼれる涙。
「儂もおぬしも十分に生きた。何故生まれたばかりの命を奪おうとする?今、必要なのは
 新しき風であろう?」
振り払おうとしても、抱きしめられてしまうこの小さな身体。
「儂は……確かにおぬしを愛していた。儂がおぬしを愛したように、あれらにも愛するものが
 いる。なのに、儂らは生きて何故にあれらが死なねばならんのだ!?封神計画の名で
 おぬしがしようとしていることは殺戒に違わぬ!」
「それでも…………俺はお前を失いたくないんだ……」
「儂は行くよ。守るべきものがあるから……」
そっと、男の身体を押しやる。
互いの姿はあのときと同じはずなのに。
掛け違えてしまった何かを、戻すことは今はもう出来なかった。
もう少し、の繰り返しですれ違い続けた時間は。
二人を遠ざけてしまったから。
「おぬしを愛して、子を産むことが出来た。恋の甘さも、誰かを思うことも。
 同じようにさせてやりたいのだよ……」
唇が音もなく、囁いた言葉。
それでも耳に届いた言葉。
たったひとこと「さよなら」と。





それぞれの思いは胸の中に。
果て無き闇夜の道をこの手を引かれながらただ進む。
手の鳴るほうへ?
でも、どこへ?
怖いながらも、進み行く。




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23:25 2004/07/05
 



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