◆願い◆




「我が子は……動けぬか。まぁ、よかろう」
石榴色の瞳が、静かに韋護を見据えた。
「そちらの子供は、我らに近い。人間ではないからな」
女の唇が紡ぐ言葉に、ナタクは眉を顰めた。
この身体は蓮から生まれ出たもの。しかしながら、彼には殷氏と言う母がいるのだ。
それが例え血のつながりなど消えていても、彼女がくれた温かな光は失われることが無い。
そして、何よりも同じ顔をしたもう一人の女の姿が脳裏をよぎった。
「ふざけるなキサマ。道行と同じ顔で紛らわしい!!」
打ち込まれる乾坤圏を討ち砕く女の息。
舞い落ちる札を防いで、ナタクは姚天君を睨む。
「妖怪は人間以外には寛容でな。我が始祖もそうだった。いや……あれは、お前たちに
 ほど近いのだろうな。我が子もあれによく似た……」
指先が文字を空に描いて、札に変える。
風に舞う巻き毛と、石榴の爪。
「死して、己の力を知れ」
落魂符が花吹雪のように宙を舞う。
そして、一斉に男に降り注いだ。まるで、春の夢の雨の様に。
「……ヨウゼン、居ない……まさか……っ!!」
魂魄は未だ飛んでは居ない。そうすれば、ヨウゼンが向かうべき所はただ一箇所のみ。
外套を翻し、姚天君は八卦図を生み出す。
「駄目……止めなければ。あの子は、あの人が……」
「待てや……まだ終っちゃいねぇ……」
ゆっくりと身体を起して、韋護は姚天君を睨む。
「なぜ……死なない!!」
「師匠が護ってくれたんでね。こんな所であんたにやられるわけにはいかねぇんだよ!!」
皹割れた宝玉に唇を当てて、男はそれを大事そうに懐にしまいこむ。
同じ顔をした二人の女。同じように子を産み、そして育て上げ……離れ離れになった。
そして今は我が子を護ろうとする。
何もかもが同じで、異質な二人の哀れな女が其処に居る。
「良かろう……我も本気で挑むまで」
長く伸びた耳と、灰白の髪をぐるりと取りまわる角。
(やっぱ……ヨウゼンの本当の御袋さんか……似てる……)
「出でよ、三尖刀」
「やっぱそうきたか……」
降魔杵を一振りして、その形状を刀に変える。
数十年の修行で与えられた宝貝を手に、韋護は札を足場にして宙を舞う。
「!!」
本家本元と言わんばかりに風圧が韋護を襲いくる。
これが金鰲十天君、そして通天教主の側近の女の実力なのだ。
天才は、その血も相まって才を開花させた。
「お前も逝くが良い、哀れな人形よ!!」
飛び散る落魂符がナタクの四肢をもぎ取っていく。
「ナタク!!」
「俺に構うな!!キサマはその女を狙え!!」
半妖態の女の力は、一介の道士とは差がありすぎた。
数千年を生きた彼女と、たった数十年の青年。
(師匠も言ってたんだ……物事の核を突けば良いって……)
降魔杵の先端が、女の髪を切り落とす。
舞い散る銀糸に、姚天君は眉を顰めた。
かつて愛した男が、何度も接吻してくれたこの髪。
切らずにずっと愛でてきた。
「子供が……許さぬ!!」
振り下ろされる三尖刀を受け止めて、韋護はそのまま女の身体に圧し掛かる。
それを跳ね除けて、姚天君は再び空の人となる。
「これが最後だ!!崑崙の道士よ!!」





思い出の中は暖かすぎて、其処に縛られて身動きが出来なくなる。
あの人も何時も優しすぎて、手を離すことなど考えられなかった。
幼い日、どれだけ自分の素性を呪っただろう。
自分は捨てられた子供だと、何度も何度も師に呟いた。
何もかもが無駄に見えたあの日々が、今はこんなにも愛しいと思うことに気が付く。
心を開くことなど、無いと思って居た。
一人で生きる事が当たり前で、ずっとそうしていくものだと。
あの日、彼女に出会うことが無ければ知りえなかった感情。
光に憧れて、手伸ばして。
この監獄から引き上げてくれたただ一人の女性(ひと)がいるのだから。
(……生きてる……痛みも消えた……)
筋張った己の手を見て、身体を起す。
どこまでも続きそうな通路と、果て無き天井。かつて、見た事のある風景が其処にある。
「ようやく御目覚めか、王子様」
「王天君……!!」
「お前が本体になれば、俺のダニなんざ効果ねぇんだよ。なまじ人間の振りなんかしたばっかに
 おめーの師匠も死んだんだぜ?けけけ……」
その声に、全身の血が沸騰するように熱くなる。
「お前の相手は俺じゃねぇ。こっちさ」
「逃がすか!!」
残像を追いかけ、回廊を駆け抜けていく。
この身体が、この姿が本当の自分なのだと痛感しながら。
「!!」
碧遊宮の謁見の間、そこに待つのは一人の男。
「通天教主様、ヨウゼンです」
静かに、傅く様に王天君はそう告げた。
「ヨウゼン……我が息子……」
「お前の相手は俺じゃねぇ。我らが始祖さ、ヨウゼン」
崑崙の道士である自分を、金鰲の始祖である男が討つのは道理が立つ。
しかし、男は自分の実の父親なのだ。
「その前に、昔話をしてやるよ。ダセェ話だけどな」
横顔に重なる誰かのあの色。
王天君は静かに口を開いた。





「久しぶりだな、元始天尊」
幼い息子を引きつれて、現れたのは金鰲の教主。
不安げに父親を見上げる子供の手を引き、単身崑崙へとやってきたのだ。
「おぬしらだけで来たのか?今、人間と妖怪は不仲であるというのに……」
「大事な話がある。だからこそ、妻は残してきた。わしが不在でもあれがいれば
 金鰲を空けてきても何とかなるからな」
原則的に、金鰲も崑崙も始祖が単独行動をする事はない。
頂点とするものが不在となったときの混乱は計り知れないからだ。
崑崙では道行天尊、金鰲では姚天君が始祖を警護し道士たちを統括する
単身で移動するほどの事態となれば、急を要することだけだ。
「妲己のことだ。ここ数年で急速に力を増している……先日もその誘惑能力で金鰲から
 仙道を数百人連れ去った。あれの狙いは金鰲、崑崙の両仙界を手中にすることらしい」
二つの仙界を束ねる二人の男。
女の目論見が叶えば、大規模虐殺は避けられない。
それは、教主としては引き起こしてはならない事態なのだから。
「そこでだ、金鰲と崑崙の間に不可侵条約を結びたい。誠意の証に我が息子を預けよう」
呈の良い人質として、子供は崑崙へと連れてこられた。
何も知らないままに。
「いがみ合ってる場合でも無いと言うことか。道行!!」
始祖の声に、女が姿を現す。
「王奕を、ここへ」
俯いたままの子供の瞳を、女は覗き込む。
「母様?」
「良い子だね、何も怖い事は無いから安心して」
同じ顔をしたもう一人の女が連れてきた少年、名を王奕と言う。
爪を齧るを女は諌めて、少年を前へ進ませた。
「ならば、こちらからは一番弟子の王奕を差し出そう」
これから起こるべき大いなる殺戮のために、大義名分の下に育てられてきた子供。
教主の息子と実力を同等とし、才を持つ者でなければ引き渡せないと言うことらしい。
「道行様……」
「あちらが、金鰲の始祖。その意を守れ、王奕」




金鰲に引き渡された王奕は、数奇なる運命の元に晒される。
なぜならば金鰲列島は基本的に人間を受け入れる事はないからだ。
与えられたのは封印牢。
たった一人、身の安全だけを保障された牢獄。
「これでヨウゼンは安全だ……妲己が先ず狙ってくるのは金鰲(こっち)だからな……
 あの子だけは持っていかれるわけにはいかぬ……」
教祖として、父として、そして一人の男として。
息子だけはどうにかしてその命を救おうとした苦肉の策。
「金鰲は人間を受け入れない。成長するまで下等な妖怪に殺されないためにも、
 この封印牢の中で過ごすことを最大の礼をして受けて欲しい」
たった一人、長過ぎる時間をこの中で過ごすには。
まだ彼は幼すぎて、何度も何度も抜け出そうとして爪が剥がれ落ちるまで格子を削った。
絶えず妖怪に狙われる存在、死と隣り合わせの薄い膜。
「!!」
背後に感じる視線に、振り返る。
そこに佇んでいたのは、穏やかな笑みを浮かべた一人の美女だった。
「あなたの気持ち……わかるわ。一人で寂しいでしょう?」
こぼれる涙を払う指先と、重なってくる唇。
入り込んで切る舌先を拒むほどの余裕も、判断の能力もすでに無かった。
指先が下穿きの中に入り込む。
「あらん……女の子だったのね……」
「違っ……!!」
陽根の下に隠れされた陰唇に指先が触れて、さわさわと撫で擦る。
「男の子でもあって、女の子でもあるなんて素敵なことよ。王奕ちゃん……」
指先が蠢くたびに張り詰めた陰茎の先端がじんじんと疼く。
入り口の周辺を執拗に攻め立てて、溢れだす愛液を絡ませてその上の突起を押し上げる。
「!!!!」
背筋に走る衝撃と、内側を走る熱さ。
しがみつく様に女に身体を寄せて、うわ言の様にこぼれる喘ぎ。
「気持ちいいでしょ……半分女の子なんだもの」
くすくすと笑って、唇が耳朶に触れる。
それだけで、息が上がってしまう。
すでに衣類は全て脱がされて、裸の身体が二つ絡み合う。
腿を濡らす体液が、床にこぼれてぬらぬらと淫靡に光る。
「ほら、こんなに濡れちゃってる」
あわせていた指先を開けば、離れたくないと言うように愛液がそれを繋ぐ。
肉の交わりを由としない崑崙で育った王奕にとっては、己の身体の変化が理解しがたかった。
「あ…ぅ……ッ!!」
剥き出しになった亀頭を包み込む唇。
銜え込んだままゆっくりと幹を上下していく。
生暖かい口腔と、舌先が与えてくれる快楽に抗うには経験が無さ過ぎた。
一度味を知ってしまえば、それ無しでは生きられなくなる。
それゆえ、仙道は愛欲を捨て去る事を義務付けえられるのだ。
「どっちが楽しいかしらね、王奕ちゃん」
朦朧とする意識と、壊れ始める理性。
「でも、どうせ経験するなら女の子方がいいわね。忘れられないものだから」
「え…………」
唇の端から零れる涎を、舐め取る舌先の艶やかさ。
傾国の美貌を持つ、妖怪仙人。
「でも、わらわじゃ王奕ちゃんの御相手は出来ないのよね。残念だけど」
心底悔しいと、妲己は首を振った。
「だから、もっと気持ち良く処女を捨てられるようにしてあげるわねぇん」
まるで無邪気な子供のような笑顔。
突き出した手から光が生まれ、そこから這い出てくる何か。
ずるずると引きずるような音と、無数に伸びた触手。
「!!!!」
だらだらと体液をこぼしながら近付いてくるそれに、怖気が走る。
逃げようとしても、力の抜け切った身体ではそれもままならない。
「これで、完全に崑崙の人間じゃなくなれるわよん。王奕ちゃん」
ひゅん、と一本が伸びて脚首に絡み突く。
「い、嫌だっ!!嫌だあっっ!!!!」
獲物を逃がすまいと、それは一瞬で王奕の身体を縛り上げる。
両脚を大きく広げられ、反り勃った陽根にぬめったそれが絡みついた。
「うぁ!!」
内側にびっしりと浮き出た柔らかな無数の疣。
それが擦り上げるように、包み込むようにして締め上げてくる。
さながら女の膣内のような暖かさと、柔らかさ。
びくびくと肩が震えて、射精の衝動が全身を駆け巡る。
「あああああっっ!!!」
だらりと下がる両腕を確認したかのように、今度はぬるぬると体液をこぼす秘口に触手が触れた。
「!!」
これから、自分が何をされるのかは想像するには優しすぎた。
このおぞましい生き物に、蹂躙されるのだ。
「あらん、お尻のほうまで零れてきちゃってるわね。王奕ちゃんってばイケない子」
細い触手が陰唇を広げ、一際太くいびつな疣の付いたそれが狙いを定めてくる。
「あ……ああ……」
瞳に色濃く出る恐怖の色は、妖怪にとっては食材でしかない。
ずぷり、と先端が入り込みゆっくりと進入していく。
「!!」
他の触手の先端が割れて、小さな乳首に吸いつく。
同時に、包皮をめくり上げ薄桃色の突起にも貪りついた。
「ああああ!!んぁ!!あ!!」
一度精を放った放った陽根は、もう反り勃っている。
扱くようにして襞と疣が何度も何度もうねる様に絡まった。
「……?……」
ずるり…秘裂から先端が抜けでる。
その感触に王奕は安堵の息を付いた。
「!!」
不意に走る衝撃。十分に絡ませた愛液を潤滑剤にして、それは後穴へと入り込む。
「あああっっ!!!嫌だ!!嫌だぁあああ!!」
突き上げられる度に、じんじんと身体に走る衝動。
「どうせなら、お尻の方も一緒に経験してたほうがいいでしょ?王奕ちゃん」
「な……っ!!!!」
言葉を封じるように、口中に触手が入り込む。
噛みきろうとしても、その太さにそれさえ叶わない。
「!!」
ずるずると突出した触手の一本が、男性器のように形を変える。
亀頭の先にも、幹元にも大小の疣がびっりしとこびりつき目を背けたくなった。
涙目で嫌だと懇願しても、妲己はただ笑うばかり。
「泣くほど嬉しいなんて感激だわ、王奕ちゃん」
その声を合図に、それが一気に膣内を貫いた。
「!!!!!」
圧迫感と鈍い痛み、子宮口までの全てを押し広げたそれが内部で暴れだす。
誰も受け入れた事の無い襞を広げ、疣が擦り上げる。
痛みと不快感にこぼれる涙と、腿を濡らす一筋の赤い涙。
「可哀想な王奕ちゃん……始祖二人があなたを売ったのよ……」
憎しみを具現化する、優しい言葉。
「わらわがあなたの憎しみに力を貸してあげる」
触手を引き抜いて、女は王奕の唇に自分のそれを静かに重ねた。
「ここから、出してあげる。可愛い王奕ちゃん……」
触手は休むことなく、注入を繰り返す。
終る事の無い陵辱の中で、女の笑みだけが美しく思えた。




それから、夜毎妖怪に犯される日々が続いた。
一度憶えた身体は、快楽には従順で自分から腰を振る様にもなった。
楽しんでしまえばいい、壊れてしまえばいい。自分は、捨てられたのだから。
崑崙に対する帰依などもう欠片もなく、ただ快楽を求めるだけ。
そして、王奕の妖力は日増しに強くなっていった。
封印牢から出され、与えられた名は王天君。
始祖を護する幹部集団、十天君の一人として金鰲での地位を得る事となる。
「王天君ちゃん」
「……妲己」
「おめでとぉん。とっても素敵よ」
妹二人を引き連れて、妲己は王天君の前へ通り立つ。
「今日はね、とっても珍しい日なのよ」
「あん?」
「教主を守るべき女も聞仲ちゃんもいないのよ、今ならわらわの力も通じるわ」
始祖の傍を離れる事の無かった姚天君が、数年に一度だけ消える日。
愛息の生まれたこの日だけは、始祖の警護が手薄になるのだ。
「いくわよん、王奕ちゃん」
「おもしれぇ……やるか」
甘い香りは、男を酔わせる。魅惑的な身体は、男を狂わせる。
そのために、彼女は王天君を育て上げたのだ。
「教主さま、おひさしゅうございます」
しげしげと女は男に近付く。心に隙間があるものを虜にする事の出来る傾世元禳をはためかせて。
「王奕ちゃん、いってらっしゃい」
「誰の幻覚みてんだかな、この親父は」
「あはん、楊延っていう名前の仙女だと思うわ」
「ま、誰だってかわねぇけどさ」
自分の運命を狂わせた男を、この手で操る事の出来る充実感。
教主の道衣をゆっくりと剥ぎ取っていく血色の失せた手。
「邪魔しないように、わらわたちは向こうにいってるわねぇん」
「好きにしろ」
口移しで飲み込ませた丸薬が、弾ける。
本能に火が点いたかのように、組み敷いてくるたくましい腕。
必要なのは快楽よりも満足感。
ろくな愛撫も無く貫かれ、身体が軋んだ。
(……って…ぇ……つーか……でけ……っ…!…)
ぎりぎりと痛む腰と、荒々しく開かされた脚。
「教主さま……御手柔らかに願いますわ……」
しとやかな女を演じて、唇を吸い合う。
始祖を操り、己の復讐を実行するための儀式。
割り切れば、男に抱かれることも苦にはならなかった。
半分は女の身体なのだから。
「……延……」
「いいえ……教主さま……私の名前は……」
首に手を回し、より深く身体を絡ませる。
「王奕、ですわ……」





「お前だけが不幸だと思いやがってな。育ちのいい御坊ちゃんが」
かりりと爪を噛んで、王天君は始祖を見上げた。
「帰るべき家も無くして、お前が妖怪だってこともばれて、いいざまだぜ、ヨウゼン」
胸に刺さるはずの言葉なのに、どれ一つ痛みを伴わない。
それどころか、王天君に対する哀れみが生まれるほどだった。
「哀れだな……王天君」
本当の強さは力ではなく、自分の気持ちを打ち明ける事。
隠しがちな弱さも、醜さも、全てを白日の下に晒しだすことと彼女が教えてくれた。
「相手は俺じゃねぇっていってんだろ?」
「…………………」
「教主、ヨウゼンは崑崙の道士です。我が金鰲に刃を向けようとしております」
ゆっくりと振り返る男の顔。
「どうか、我らをお守りくださいませ」




降魔杵の先端から流れ落ちる紫色の血液。
唇の端を伝うそれは、やけに淫靡に見えた。
「これくれぇやんねぇと、俺も師匠にどやされんでね……」
よろよろと後退り、姚天君は膝を付いた。
にやり、唇が微笑んで八卦図の中へとその姿が消えていく。
「…ヨウ……ゼ……いけない……」
これが最後の空間移動だと、彼女は知っていた。
それでも行かなければならない場所があるのだ。
ぼろぼろの身体を引きずって、血を溢しながら住み慣れた碧遊宮へとたどり着く。
かつて、親子三人で笑いあえたあの場所へと。
「……ヨウゼ……か……環……」
三尖刀を支えにして、向かうのは教主が居るはずの謁見の間。
「だ……め……父……や…」
一歩進むたびにごぽり、と血が口元から流れ落ちる。
それでも決して前に進む事を止めない。
「!!」
霞み始めた目を見開いて、姚天君は声を失った。
飛び込んできたのは、始祖に刃を向ける息子とそれを受けようとする男の姿。
「……ダ……メ……ヨウゼ……」
崩れ落ちる音に、ヨウゼンはそちらを振り返った。
「……母……上……」
「駄目……そ…人……ヨウゼ……父…う……」
声を遮る様に、王天君は女の頭を踏みつける。
「もう黙ってな。喋んのもつれぇだろ?奥方様」
「……王……き……ッ!!」
吐き出すように呟いて、彼女は王天君をにらみつけた。
命の灯が消えようとしているこの瞬間なのに、その瞳に宿る強い光。
「止めろ!!母上に触れるな!!」
姚天君を抱き起こして、その瞳を覗き込む。
「……ヨウ……ゼ……」
血まみれの指先が、震えながらその頬に触れた。
こうして、再び母と呼ばれることなど無いと思っていた。
それで、良いとずっと思ってきた。
「……母上……御心配をお掛けしました……」
「よ……た……ヨウゼ……」
姚天君の身体が光に包まれ、砕け散る。
「母上!!」
別れを惜しむかのように、魂魄は始祖の周りを飛んで消えて行く。
「……母上……ッ……」
「良かったなぁ、お別れもちゃんと出来て。お前の相手こはこっちだぜ」




星の海を泳ぎながら、二人は太極符印を覗き込んだ。
「望ちゃん、正体不明の大きな生体反応を三つみつけたよ。一個は聞仲で、一個は残る
 十天君。でも、もう一個はなんだろう……やけに大きいよ」
額の汗を拭って、太公望は首を振った。
「おそらく王天君であろうな。その強さならば」
十天君の中でも王天君だけは常に単独行動を取る。
まるで、もう一人の司令官のように。
「にしても、奴は何者なのであろうな……」
「十天君の一人じゃないの?」
当たり前すぎる答えに思わず噴出す。
「まあな。しかし、あれはやけにヨウゼンにこだわる……今まで何度もヨウゼンを殺す機会はあった
 はずだ。なのに、それをしない」
いたぶる事を楽しむかのように、次々に繰り広げられる悪意。
「妖怪はもっと短絡的だ。なのに、あれは人間のように心を読みそれを利用する」
「妲己もそうなんでしょ?噂は聞いてる」
「あやつは別格じゃ。その域を越している」
この仙界大戦を最も楽しんでいるであろう、妖艶なる女。
それが、妲己なのだから。
「想像からは、真実は生まれないよ。そんなことよりもそろそろ到着みたい」
見えてくる異質な核。それがこの金鰲を制御する動力炉。
金鰲の司令官である聞仲が構える場所だ。
「行くぞ、普賢」
「うん」





動き出した時計の針は誰にも止められない。
時間の流れとは、優しくて残酷――――――。





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20:27 2005/07/25

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