◆仙界大戦――傷――◆




「モクタク、どうしたんだろう?」
自分以外の十二仙の弟子たちは、次々に崑崙入りしている。
兄の金咤の姿はあれど、愛弟子の姿がない。
「望ちゃん、あのね……」
指揮官として太公望はあちらこちらに。
普賢真人の話を聞いている暇さえなかった。
「どうかしたのか?」
「玉鼎……うん、モクタクの姿が見えないから……気になって」
互いの愛弟子は、この忌々しい戦渦に投下されても、師である自分たちはまだ動くことは出来ない。
「ヨウゼンは……表で一人がんばってるね……」
「そうだな。あの子は才がある。ただ……」
ヨウゼンは仙号を得ても。あえて道士として生きる稀な男でもあった。
「まだ完全なものではない。いや、この世に完全なる物などありはしないのだろうがな」
幼い日に、泣きじゃくる子供をあやしたことも。
その子が成長していく様も。
何もかもが瞼の裏に。
「玉鼎にとっては、子供みたいなものなんだよね」
「ああ……あの子は私の自慢の弟子だよ」
無意識に、手が腹部へと動いてしまう。
拍動も何も感じることはまだなくとも、己の体内にあるもう一つの魂。
(ごめんね…………ボクが選ぶ道は君を道連れにしてしまう…………)
ちくり、と痛む胸。
唇を噛んでその痛みを紛らわせた。
「普賢、どうした?血が…………」
「あ……ううん。なんでもないよ」
画面越しに見つけた愛弟子は、心なしかたくましくなったように見える。
操舵室には竜吉公主。
普賢を含めた十二仙は太乙真人を除いて出撃命令はまだ出ていない。
(あの子だけは……死なせない)
玉鼎真人にとってヨウゼンは子供のような存在ならば、普賢真人にとって木咤は弟の
ような存在だった。
喧嘩、衝突、理解、尊敬。
全てをようやく乗り越えたばかりの関係。
まだ、始まったばかりだった。







「ナタク、金鰲からくるのは全部壊して構わないよ。そのために宝貝の出力も強度も上げた。
 思いっきりやってきなさい」
アイゴーグルを下げて、ナタクは前を見据える。
「分かってる。全部壊せばいいんだな」
感情を持たないはずの宝貝人間は、いつの間にかしなやか少年に変わり始めていた。
「ナタク」
女の声が呼び止める。
ふわりと降りて、彼女はナタクの頬に手を伸ばした。
「気をつけて。怪我などするでないぞ」
「俺は、お前よりもずっと頑丈だ。道行」
「そうよのう。ナタク…………」
耳飾を外して、細い鎖に通す。そしてそれを彼女はナタクの腕に絡ませた。
「御守りじゃ。母君にはなれぬが……おぬしも儂にとっては息子と思っておるからのう……」
少しだけ照れたように背けられる顔。
「…………仕方ないから、つけてってやる」
「儂もすぐに行く。それまで儂を守ってくれ」
「大丈夫だ。俺は強いからな」
風火輪に乗り、彼は飛び出していく。
その姿を見送って、彼女は男の前に立った。
「まったく僕には懐かないのに、君の前では素直なところもあるんだから」
「これ以上、娘も息子も失いたくないからな」
「僕も、君にとっては息子かい?」
いつもよりも真摯な眼差し。
「息子は二人だけで十分じゃ。家出息子とあの子だけでな」
もう少し、あと少しだけ。
二人で居られるならばそれで良いと彼女は笑った。







「聞仲、何をするつもりだ?」
ふわり、と落ちたのは姚天君。操舵室の聞仲の側に立つ。
「通天砲を使って崑崙を…………落とす」
「………………………」
崑崙にはヨウゼンがいる。姚天君にしてみれば聞仲は夫の側近であるだろが、忌まわしい存在だった。
そして、なによりも王天君の存在。
(何を考えている…………こいつも、あの子供も)
聞仲を一瞥して、姚天君は教主の元へと急いだ。
例え、心が崩壊していても何かは残っているはず。
それを教えてくれたのもまた、彼だったのだから。
「鴉環」
言葉は返らない。それでも彼女は彼に問う。
「聞仲が崑崙を落とすと言う。崑崙にはヨウゼンが居る。あなたはどうする?」
そっと手を伸ばして、外套の裾を掴む。
からからと悲鳴を上げて、仮面は転がり彼女の素顔を露にした。
「私も行くよ。多分、ヨウゼンとあたるのは私だ」
時折、崑崙から来る便りで息子の成長は大まかにだが知ることは出来た。
厳しい修行と、暖かい愛情。
泣きじゃくっていた子供は、少しずつ成長していった。
名乗ることも、あうことも出来なくても。
彼が生きて幸せそうに笑うだけでよかった。
程なくして仙号を得たことを知り、彼女は宝貝を作り出す。
左手の小指を切り取り、それを基盤とした宝貝。
あらゆる物を切り裂き、どの鉱物でもそれに傷を付ける事は出来ない。
『三尖刀』と名付けられたそれは、彼をこのさきもずっと支えていくこととなる。
息子の成長は、彼女の心を暖かくした。
けれども、それを分け合える相手がもう居ないのだ。
「あなたを守るよ。教主ではなく、あなたを。鴉環」
拾い背中を後ろから抱きしめて、目を閉じる。
「鴉環」
もう、逢えないと分かっているから。
触れることさえも出来なくなると知っているから。
「好き、大好きだよ」
この声は小さすぎて届かないと知っていても、伝えずには居られない。
その手を伸ばさずには居られないように。
他人に討ち取られるなくらいならば、この手でその命を終わらせたい。
そして、同じようにこの命も。
「何も、言えなくてもいいよ。何も、知らなくてもいいよ。あなたは悪くない」
「………………………」
「もう、逢えない。あなたの声を聞くことも、触ることも出来ない」
あの日々は、もう取り戻せない。
時計は割れて止まってしまった。
ふわり、と前に降り立ちその頬に触れる。
閉じた瞳、触れるだけの接吻。
心なしか冷たい唇が、胸を締め付けた。
「……鴉環……」
色を失った瞳。
「さよなら。もう……行かなくちゃ……」
こぼれた涙。
はらり、と砕けて水晶の欠片になった。







ヨウゼン、キンタク、モクタクに加えたナタク。
それぞれの師匠が見守る中、四人は蒼巾力士を相手に宝貝を駆使する。
(本来なら、ここの天化が居てもおかしくは無かった。いや、天化が居たほうが
 どれだけこっちが優位に立てたか……)
負傷を理由に太公望は天化を西周に残留させた。
(…………でも、俺が取る行動、お前には見せられねぇよな……)
苦笑いを噛み殺して、道徳は画面を見上げた。
「複雑な顔してんなぁ、道徳」
「文殊師伯…………」
「お前が俺を師伯と呼ぶなんざ、どういう風の吹き回しだ?」
色眼鏡を指で押し上げて、文殊も同じように画面を見上げる。
十二仙のうち、この戦いに弟子を参戦させたものは半数に上る。
衢留孫大法師、文殊広法天尊、道行天尊、玉鼎真人、清虚道徳真君、太乙真人。
そして、普賢真人。
「いや……俺も年取ったら文殊みたいに渋めなおっさんになりたかったんだ」
「髭でも生やす気か?普賢が嫌がるだろうが」
無精髭を摩りながら、文殊は小さく笑う。
「なぁ、道徳」
「?」
「俺たちは、十分に生きた。けどな、お前らは本来まだ先があるはずなんだ。俺や道行のように
 年食ってるわけじゃねぇ」
文殊も、道行も見た目が老人といった風ではない。
並べばどこか艶かしい雰囲気さえも漂わせる。
「惚れた女と、添い遂げんのも悪くないのかも知れねぇな」
「文殊…………」
「俺と違ってお前はちゃんと出来たじゃねぇか。俺なんざ、最初は爺。次は若造に攫われた」
文殊の言うところの惚れた女を手中にしたのは、彼の親友。
太乙真人の気持ちも、文殊天尊の気持ちもどちらもわかるだけに胸が痛む。
「最後まで、側に居てやれや。お前の女はとんでもない爆弾娘だ」
からからと笑って文殊は道徳の背中を叩く。
「ああ……一緒に居るよ……」
「ガキだとばっか思ってたが、お前らも男になったもんだな」
文殊天尊からすれば、道徳真君も太乙真人も、玉鼎真人も子供のようなものだ。
彼らが仙界入りするずっと前から、文殊は師表として崑崙で生きてきたのだ。
初めて文殊を見たときに感じた憧れ。
自分もこんな男になりたいと思った。
皮肉屋で酒好きの仙人は、時折気まぐれに昔話をしてくれる。
語り口も、内容も。何もかもが大人の男に思えた。
その文殊から『男』として認められたこと。
刻む秒針が自分たちの時間を刻々と削る気配さえも消してしまえそうだった。
「道徳」
「どうした?」
府印を抱えながら普賢が駆け寄ってくる。
「何か変だよ。府印に…………」
一斉に撤去していく蒼巾力士。
「!!いけない!望ちゃん!!」
「時間稼ぎか……聞仲め……ッ……」
ぎりりと噛まれる唇。
正真正銘、仙界大戦の幕開けだった。






通天砲が崑崙の上部を破壊し、多数の魂魄が封神台へと飛んでいく。
それはまるで光の群像のようで一種、美しい光景でもあった。
「退く事も出来ぬか……公主、進めてくれ」
それでも彼女は前を見る。
「太乙、こちらの主砲はどうだ?」
「もう少し……いいよ!完了!!」
竜吉公主の指先が照準を定める。
「元始砲、発射!!」
武器には武器を。同じ方法を彼女は選んだ。
太公望の背中をちらりと見て、普賢は道徳の手を取る。
「至近距離で元始砲を撃って、防護壁(バリア)を解除する。でも…………」
きゅっ、とこもる力。
「上手くいくと思う?それは聞仲だって予想してる。ボクが容易に出来たように」
「お前、自分が何を言ってるか判ってるのか?」
予想は、不幸にも的中してしまう。
敵の主砲の目の前で崑崙山はその動きを止めざるを得なくなったのだ。
長年の老朽化による、こちらの主砲は。
防護壁を駆逐するにはあまりにもあちらとの差が激しすぎた。
(どうする?望ちゃん。聞仲はここまで読んでたはずだよ)
少女はその両手に数多の命を抱く。
その細い背に降りかかる運命の雨。
「普賢師匠!!ヨウゼンさんが見当たりやせん!!」
画面に大きく映し出されるのはモクタクの姿。
愛弟子の声に普賢は画面の前へと走る。
「まさか、さっきの爆発で……」
「望ちゃん。ヨウゼンの生体反応は消えてないよ」
「…………そうか。公主!金鰲に向かって全速前進じゃ!!」
すい、と普賢は画面に手を伸ばす。
「モクタク。戻っておいで。二人も」
その声に男二人が頷く。
「俺はいい。ここで戦う」
普賢の隣で道行が腕組みをする。
「ナタク。一度戻れ。無駄に戦うよりも、お前にはやってもらうことがある」
「分かった。ならば戻る」
ぶつぶつと文句を言う太乙真人を尻目に、女三人はくすくすと笑う。
道行の言葉だけには、ナタクも従うのだから。
戻ってきた三人はそれぞれの師匠の側に。
「モクタク、お疲れ様」
「いえ……」
頬に触れる指。
「怪我してる。今、薬を付けてあげるからね」
ふわふわと降りて、道行はナタクを抱きしめた。
「身体ばかり大きくなって……のう、ナタク……」
「お前が小さすぎるんだ」
ぎゅ、と胸にその頭を抱く。おずおずと背中に回る手。
満足気に笑って、子供にするようにあやす指先。
「太公望、どうする気じゃ?」
公主の声に、振り向く顔。
「このまま、進んでくれ」
太公望には確信があった。
ヨウゼンが死んでないのならば、彼が取るであろう行動について。
(すまぬヨウゼン…………おぬしに命運、預けさせてもらうぞ)
それだけの時間は二人で重ね来たという自負。
そして、分かち合えることの出来る信頼。
「おそらくヨウゼンは……金鰲の中に入り込んでおる」
少しの不安と、胸騒ぎを押さえ込む。
あの晩、彼の見せた表情(かお)が忘れらない。
(…………ヨウゼン…………)
祈るように指先が組まれる。
大きく息を吸い込んで、彼女は瞳を閉じた。






言い合う道士達を諌めるのは玉鼎真人と道徳真君。
「あの女道士に何が出来るって言うんだ!仲間が死んでるっていうのに!」
「まだ百にもならない道士のくせにな」
通天砲の直撃で多数の道士が命を失った。
赤雲、碧雲を初めとしたものたちが怪我人の救護に当たってはいるものの手が足りない状況だ。
明らか過ぎる力の差。
ただ死に行くのを待つのは嫌だと口々に叫ぶ。
「ねぇ、君たち」
進み出るのは普賢真人。
「そこまで言うなら…………君が司令官になれば良い。この崑崙の道士全ての命を背負って」
太公望同様、普賢真人も年齢からすれば崑崙では若年に入る。
「責任がないから、文句も言える。そうでしょう」
いつもよりもきつい口調に、道士達は口を噤んだ。
「下がりなさい。大丈夫、君たちの命はボクたちが守るから」
「普賢…………」
「太公望を愚弄するものは、その保障はしない。邪魔をするならば覚悟を持ちなさい」
女はいつも、その身を運命の前に差し出す。
大事な何かを守るために。
痛みも、流れる血も、全てを受け入れる柔らかき器。
「普賢、無理は…………」
「無理なんかしてないよ」
「普賢」
重なる手を振り解く。
「ごめん……何だか苛々して……そんなつもりじゃなかったの……」
「うん。お前が悪いわけじゃない」
「道徳……ボク、強い?」
それは自分自答するかのような声。
「君を守れる?」
「ああ…………でも、お前を守るのは俺の役目だ。何も心配しなくていいんだ」




ただ、進み行くこの道、闇夜。
裸足で泣いているのは―――――――誰?





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15:14 2004/08/03



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