◆仙界大戦――影を生す事――◆






金庭山玉屋洞。ここに居を構えるのは道行天尊。
ゆるりと風に身を委ねる様に、捉え所の無い女である。
亜麻色の髪は揺れる巻き毛。伸びた手足はまだ少女のまま。
違うのはその一部が宝貝であるという事くらいだった。
大地に足を着けるよりも、宙を舞うほうが多いために時折誰かの裾を掴む事はあるが、
温暖な性質ゆえにか咎める者は少ない。
育てた弟子たちも時折訪れるのは彼女の人柄。
そして、今日もある客人が玉屋洞を尋ねて来たのだ。




「新弟子?」
白蓮茶に口を付けながら、道行は首を傾げる。
確かにここ百年ばかりは弟子も取らずに気ままな生活をしてきた。
師表十二仙に座する唯一の女。
その姿を防護服に覆っているために、彼女の素顔を知るのはこの玉屋洞を訪れる勇気の
あるものばかり。
鳳凰山の手前で公主を護する様に金庭山は位置する。
全時代からの十二仙の一人は、その幼い外見には似合わぬ実力者だ。
「ああ、今回のは根性入った連中ばっかしだな」
相手の男は文殊天尊。道行と同期の仙人であり、同じく師表に座する男だ。
「ふん……ならば後日品定めにでも行くかのう。そろそろ防護服(これ)を脱いでも
 そう差し支えも無いようだしな」
腕を伸ばして、道行は笑う。
口元にできる小さな笑窪。
言えば気にするのだが、どことなくまだあどけなさを感じさせる。
「久々に、にぎやかな生活をするのも悪くは無いか……」
指先を唇に当てるのは、彼女の癖の一つ。
長い睫と、丸い瞳は悠久の時を映し出してきた。
「ならば面白そうな子供、儂が一人貰うとするか」
ふわり、春風に揺れる巻き毛。
薄紅の香りを従えて、道行は目を閉じて笑った。





(ったく冗談じゃねぇ)
菩提樹の下で帽子を目深くかぶって、一人の男が苦々しくため息をつく。
名前は韋護。まだ仙籍にも入らない道士見習いの一人だ。
日当たりも良好なこんな日に修行なんぞは真っ平だと今も逃げてきた始末。
うとうとと目を閉じかけたときだった。
「隣を借りてもよいか?」
見上げれば笑う少女の姿。
絡ませた羽衣から自分よりも先に仙界入りしたものだということが窺える。
亜麻色の髪の柔らかさは、触れずとも分かるほどだった。
「ああ、いいけど。あんたもサボリかい?」
笑う顔はまだ子供のようで道行もそれにつられて笑う。
「そんなところじゃな。ついでに肩も借りれるか?」
こつん、と肩に触れる小さな頭。甘いながらも凛とした香りが辺りを支配していく。
だらりと投げ出された左手。
(……こいつ、身体……欠けてんだ……)
無機質が混在する柔肌は、酷く心に刺さってしまう。
奇妙な美しさが彼女にはあったのだ。
日の当たるこの場所に、まるで元から存在していたかのような雰囲気。
(名前くらい聞けば良かったな。可愛い子だし)
仙界入りしたといえども、偉護もまだ欲を捨てきれない男。
そっとその手に自分のそれを重ねてみる。
(うわ……思ったよか柔らかい……)
そのまま同じように目を閉じて、浅い眠りを待つ。
漂う香りがゆっくりと優しい睡魔を連れて来るのにそう時間はかからなかった。






韋護を含めた問題児を弟子にするにあたって、仙人たちは頭を抱えていた。
脱走の常習犯ばかりが顔を並べるのを見ながら、ため息ばかりがこぼれていく。
「どうかしたのか?」
ふわりと舞い降りて、道行は仙人たちをちろりと眺める。
「道行様……いえ、この馬鹿共をどこに弟子入りさせたらいいかと……どこれもこれも
 皆、脱走の常習犯ばかりでして……」
その言葉に道行は小首を傾げた。
「脱走できてしまうような囲いしか作れぬか?それは困ったものだ」
脱走を許してしまうのは、そこを管轄するものの仙気が足りないからだと彼女は考える。
術者の力が強ければ脱走など図れないからだ。
「あ……その……」
「儂が一人引き取ろうぞ。脱走など出来ぬぞ、金庭山ではな」
「そんな、師表の御方にこのような者達を……」
その声に道行の瞳が僅かに歪んだ。
他人を卑下する発言を一番に嫌う仙女は、小さく頭を振った。
「そのようなことを言うな。皆、同じように仙道となるために崑崙(ここ)に来た。
 儂もさぼりの常習じゃったぞ?」
道行の指先が一人の道士見習いを指す。
「儂は、あの子供を引き取ろう」
指された男はあんぐりとした表情で道行を見つめていた。
あの日、肩を並べて眠った少女が師表十二仙の一人だとどうして想像できただろう。
精々、先に仙界入りした道士だとしか思っていなかったのだ。
「名前は?」
「韋護…………」
「そうか。儂は道行天尊。よろしくな、韋護」
出された手をそっと取る。あの暖かは確かにここにあるものだった。
「よろしく……師匠」
こうして、偉護を弟子として道行の生活は一変していった。






修行の厳しさもあったが、玉屋洞は脱走は不能な要塞でもあった。
管轄するのは道行天尊。その仙気の強さは誰にも引けを取らない。
崑崙の仙道すべてを束ねることの出来る師表の名は、伊達ではないと偉護は身をもって
知ることとなる。
脱走を図ろうものならばその仙気で絡め取られて檻に封印されてしまう。
宝貝を使わずに術を操る道行は、崑崙の中でもある一種特別な存在でもあった。
先の大戦を過ごし、師表としてその座から降りることの無い女。
「偉護?」
それでも愛弟子は彼女の目を盗んでは姿を晦ましてしまう。
ふわりふわりと宙を舞う仙女は小さなため息をついた。
「韋護。出てくるなら今のうちじゃぞ。儂をあまり疲れさせるな」
ぷわん、と揺れる巻き毛と仄かな鈴蘭の匂い。
金庭山は緑の豊穣なる場所だ。水と風を自在に操り、道行はこの地を美しく変えてきた。
時間をかければ頑なな大地も緑に変わる。
同じように弟子たちにも彼女は接してきた。
他人を信じることが出来ないのは、相手が自分を信じていないから。
ならば、その心ごと包み込めばいいと彼女は説くのだ。
「困ったのう……」
ふわふわと宙を舞いながら、彼女は愛弟子を探す。
「韋護、どこに居るのだ?」
簪で止められた髪。うなじにこぼれる髪が愛らしい。
(参ったな……あれで俺よりかずっと年上っていうんだからよ……)
帽子を深く被り直して、韋護はため息をつく。
「道行、何かあったのかい?」
男の声に、あわてて身を隠す。
「太乙。何か用か?」
「用かって……僕だって君に逢いたいって思うから来たんだけど……」
心此処に在らずと、彼女は弟子の姿をさがす。
「韋護がまた居なくなった。何処かで怪我でもしていたら……」
羽衣を使って宙に浮かぶ姿。
「玉鼎の所のも時折あれを困らせるらしいが……ああ、どこに行ったものか」
「大丈夫だよ。そんなに弱い子でもないんだろう?君が面倒見てるくらいなんだから」
「しかし……」
面白くないのは恋人の心が、自分以外の誰かに傾倒していることで。
嫉妬で歯軋りしたのを、悟られないように笑顔を作る。
「男なんだし、ちょっと位の怪我なんて平気だよ」
「…………………」
両手で抱きとめて、太乙は続ける。
「それに、君だってたまには休息が必要だ。道行、指が腐蝕してる。早めに治さなきゃ」
金庭山には彼女を治すための装置は置かれては居ない。
そうすることで彼女が自分のところに来ざるを得ないようにしたのだから。
「さ、行こう。そのうちに帰ってくるよ」
「主の儂がここを空けるわけにも行くまい。それにまだ偉護はここに慣れて……」
ぐい、と手首を捻りあげる。
「!」
「腐ってからじゃどうにもならないよ。僕はそれでも構わないけれど、君がそれを容認できる
 とは思えない。ねぇ……道行」
指先に触れる唇。そのまま金属腐敗の進んだ箇所を舐め上げていく。
細い背中を抱きしめて、舐めるような接吻をしてその唇を噛んだ。
抱き込まれれば、体格の差から勝てないことを彼女は熟知していた。
(……覗き見するような不埒な弟子は、早めに牽制しておかないとね……)
唇はそのまま下がって首筋に触れる。
「太乙!」
「誰も来ないよ。それで無くとも金庭山(ここ)は、入るには難儀な場所なんだから」
「仕方あるまい。儂がここを所望したのだ」
すとん、と地に降りて道行は男の身体を押しやった。
「心配せずとも……良いか……」
「多分ね」
師匠とその相手の言葉に、聴覚が奪われる。
徹底して女を排除したような普段の道行天尊からは感じられない声色。
師を連れ去る男に感じた奇妙な感情。
それが「嫉妬」だと気付くのにそう時間は掛からなかった。




竹林の中を進みながら、道行は韋護の肩に手を置く。
「この分ならばもうじき宝貝を与えられるな」
「俺、宝貝なんか要りませんよ。師匠と同じように術で勝負したいし」
端から見れば男の方が余程師匠に見えるだろう。
ふわふわと宙を舞う女はくすくすと笑った。
「術は忌まれるものだ。なに、儂が持っていても使わぬからな。おぬしに渡そうと思ったのだよ」
緑風は五月の匂い。
風雅を愛でる事と、他人をいつくしむこと、己を愛すること。
そして、何よりも心を閉ざさぬこと。
彼女の教えは四季を織り交ぜた彼女一流の美学だった。
「師匠」
「のう、韋護。儂は……お前くらいのときに……子供を産んだことがある」
「え…………」
小さな背中にこめられた歴史は、思った以上の大きさ。
「何かをなすことは、影を生むことなど知らされたよ。儂は……消えない罪を背負って
 生きねばならん。それでも、風も大地もそれを咎める事をしない」
振り向かないで、彼女は続ける。
「韋護、誰も心の奥底まで黒いものは居ない。お前にはそれが見える。良き道士となり、
 いずれはこの金庭山を…………」
「師匠……」
後ろから抱きすくめられて、息が詰まる。
「俺、もっと早く生まれて来たかった。そうすればあんたを守れた……どんなに修行積んだって
 時間だけは埋められねぇ……太乙さんみたいに頭良けりゃ師匠の身体を治すことだって出来た。
 けど……俺にはあんたの傍にいるための理由すらない……っ……」
自分を抱く手に、そっと手を重ねる。
「傍に居るのに、理由など必要か?」
「…………こうして、あんたを抱いてたい……」
「儂は婆じゃ。迷いを……」
「違う。太乙さんだって師匠に恋してる。俺だって……同じだ」
振り向かせて、顎を取る。
「韋護……ッ!」
奪われるように重なる唇。逃げようにも、腕の中ではもがくだけ無駄だった。
薄い唇を吸って、歯列を割る舌先。
そのまま絡ませて荒々しく舐め取るように舌を吸った。
呼吸すら許さないと言わんばかりの接吻は、身体から力を奪っていく。
小さな身体も、細い腕も。揺れる柔らかい巻き毛も、時折翳る瞳も。
何もかもが欲しくてたまらなかった。
「!!」
草叢に押し倒されて、道衣の袷を解かれる。
半ば引き裂くように上着を剥ぎ取って首筋に噛み付く。
「やめ…ッ!!韋護っ!!」
胸を包むさらしに手をかけて、その結び目を探る指先。
「止めろ!!嫌だッ!!」
ここで術で彼の動きを止めることは簡単なことだった。
ただし、二度と動けなくなるということを除けば。
彼と彼女では生きてきた時間が違いすぎて。
彼女が加減したとしても、彼の命を奪うのは容易すぎることだったのだ。
「嫌!!!や…ッ!!嫌ぁッッ!!」
その裸体は、お世辞にも美しいといえるものではなかった。
つぎはぎだらけの身体。失ってしまったものを無理に埋めた結果の産物。
それでも、選んだ『生』を後悔したことは一度も無かった。
涙がこぼれるのは片目だけ。
飾りの眼を手で隠して、彼女は声を殺した。
「…………師匠…………」
金属は、生身の身体には完全に適応することはありえない。
明らかに人の身体とは子なる部分が、彼女には多すぎた。
「……離せ」
裂かれた上着を集めて、彼女は大地を蹴る。
「しばしその中で……反省するがよい」
竹は彼を包み、翠の檻と化した。




一度、触れたいと思ってしまえばその気持ちを抑えるのはとても困難で。
毎晩扉の前で拳を握っては開くを繰り返す。
簡単な行動すら出来なくて、己の未熟さに歯軋りしてしまう。
(俺も男だ、ダメならダメでいいじゃねぇか)
「師匠」
「気配も十分に消せぬような男が何ぞ用か?夜這いにでも来たか?」
扉は手を触れずとも開き、その声に室内に足を踏み入れる。
寝台の上で寝そべりながら、書間を紐解く姿。
夜着から覗く細い足首。
「どうした?乳恋しいわけでもあるまいて」
「恋しいっちゃ、恋しいですけどね」
手招きされて韋護は寝台に腰を下ろした。
「して、本題は何だ?」
「夜這いに来ました」
その言葉に道行は首を傾げた。
不意に重なる唇で、意味を解して彼女はそっと目を閉じる。
「……っ…ふ……」
背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめて男の鼓動を確かめた。
「!!」
そのまま韋護の身体を押し倒して、その顔を覗き込む。
「震えておる」
「緊張してるから……」
手を取って、自分の腰に回させる。
そのまま夜着の紐を解けば、ぷるんと二つの丸い乳房が揺れて姿を現した。
細身の身体には不釣合い気味の豊かな果実。
(うわ……)
入り込んでくる舌先を受け入れて、覆いかぶさってくる身体を抱いた。
「逃げるなら、今じゃぞ?これでも儂も仙女の端くれじゃからのう」
仙女は時として人間の男の精を根こそぎ吸い取るという悪戯を起こす。
胸板に重なる柔らかい乳房。
「ここで逃げんのって、男としちゃ問題あるんじゃないんですか?」
手をゆっくりとずらしながら下のほうへと忍ばせていく。
「そう、焦るな。触れるなら……ここから……」
乳房に手を導くと、円を描くように揉み抱かれる。
その先端を軽く捻りあげると、細い喉が仰け反った。
「んっ!」
小さな身体を組み敷いて、その裸体を舐めるように凝視してしまう。
接合部も、厭わしいとは思えない。
ちゅぷ…と乳首を舐め上げて、軽く吸い上げる。
つ…と糸が伝い、今度は左右を舐め嬲っていく。
手に感じる柔らかさに、劣情が刺激されて。
揉みながら、乳房に歯を当てて小さな痕を残す。
「あ……っ…!……」
舌先と唇でその感触を確かめながら、楽しみながら、ゆっくりと顔を下げていく。
なだらかな腹部は、経産婦とは思えない。
いや、彼女の身体そのものが子を産み落としたとは思えないつくりだった。
軽く吸い付くだけで染まる肌は、女の柔らかさで彼を魅了する。
呼吸するたびに肺腑にしみこむ甘い匂い。
ただ絡まって本能だけで終わりたい。
「!!」
無骨な指が、入り口に触れて中へと入り込む。
押し上げながら掻き回すように動かすと、道行の眉が寄せられた。
「……師匠?」
「……痛い……もう少し、力を弱く……」
すい、と手が伸びてきて頬に触れる。
「震えて……儂が怖いか?」
「諦められなくなるのが……怖いんですよ。俺……知ってるから……」
彼女から寄せられた唇を受けながら、互いの身体を抱きしめあう。
そっと上体を起こして、男の首にしがみつく。
「こうして……」
韋護の手を取って、自分の腰を抱かせる。
細い指が勃ち上がった男のそれに触れて、その先端を濡れた入り口に当てていく。
「…ぁ……ッ!!」
ゆっくりと下りて来る腰。もどかしくて一気に抱き寄せる。
「!!」
奥深くまで一気に貫かれて上がった小さな悲鳴。
そのまま強引に腰を進めるたびにこぼれる嬌声と吐息が鼓膜に浸透していく。
ぬるぬると体液と襞が絡み、内側の熱さに意識が犯される。
「あ……は……ッ…!!」
背面座位の形で、絡まって揺れる乳房をぎゅっと掴む。
冷たいはずの、後付の身体さえも熱い気がした。
ぐちゅ、じゅく…こぼれる体液が生み出す淫猥な音色。
唇の端から漏れた涎を舌で舐め取って、首筋に吸い付く。
「あ!!あ…ぅンッ!!」
立てられた膝の下に手を入れて、ぐっと深く繋ぎ直す。
濡れた指先が熟れた突起を擦り上げるとそのたびにきゅん、と絡みつく柔肉。
「ぅん!!…韋護……もう少し……やさし…ぅ…!」
「ごめん、師匠……そこまで余裕ねぇ……気持ち良すぎて……」
耳を噛まれて竦む肩。
「ああっ!あ……アんっ!!」
肌に掛かる息さえも、攻め立てるようで奥の方から濡れてきてしまう。
男の手を取り上げて、ちゅぷ…と咥える。
「…ふ…ぅ……」
恍惚とした表情は、古の仙女と同じ妖気があった。
惑わされた男も多かっただろうと。
(ああ……もう、逃げらんねぇ……堕ちてくしかねぇや……)
選んだのは自分。仕掛けられた罠にはまることを選んだのも自分。
「ひぁ…ッ!!あ!!あああッ!!」
強く打ちつける度に、きつく絡み付いて全てを吸い取ろうと蠢く女の身体。
(決めた……堕ちるなら、あんたも一緒だ……)
一度引き抜いて、敷布に押し倒してもう一度繋ぎ直す。
「アあっ…!や……ぁん!!」
小さな尻を掴んで、何度も何度も貫いてその声を堪能した。
上向きの乳房に吸い付いて、乳首をぎり…と噛んだ。
「あ!!ああっ…!!…韋護…っ…」
ずい、と一際強く突き上げる。
「ああああああッッ!!!」
「……師匠……ッ…!」
欲も熱も、欠片も残さずに流し込んで男は女の頬に接吻した。






「寝酒を飲むのは儂の悪い癖だ。そんなところを尋ねたお前も悪い」
窓を開けて風を取り入れ、道行は髪を泳がせる。
「娘もな、儂の血を引いたか同じ癖を持っておる。困ったものだ」
噂に聞く水の仙女は、仙界一の美女。
その母である彼女とて引けを取らない姿だ。
「韋護、他人の身体は柔らかいか?」
「あ……うん、はい……」
「その気になれば、儂を殺すのも容易いと思わぬか?全てはそれと同じじゃ」
命はもろく柔らかい。しかし、それ故に強く美しい。
振り向いて、道行は韋護の頬に手を伸ばした。
包むようにして、その眼を見つめる。
「心を、読める男になれ。姿形に惑わされずに。物事を見極める力を」
「……………」
「岩にも、花にも、人にも……必ず核がある。お前はそれを見ることが出来ただろう?」
道行の修行は一見には簡単に思えるものだった。
核を突いて砕けと言う物だからだ。
割ることは誰にでも出来る。しかし、砕くことはその本質を見極めなければ出来ないと彼女は言う。
「じゃあ、いつか師匠の核となるものも見れるといいんですがね」
「修行次第じゃな。女を抱くことには慣れてないようだが……筋は悪くないぞ?」
くすくすと笑う唇。
(性悪だ……顔と真逆の性格してやがる……)
「韋護、厭きれたか?儂に」
「いんや……今ほどあんたに師事して良かったって思ったことはないって……」
宝貝の使い方も、心の読み方も、駆け引きも、女の抱き方も。
彼は玉屋洞で得たと笑うのだ。
「たまにこっちに修行もつけてもらえれば……」
「はははは……どちらも採点は厳しくさせてもらうかのう」
ふわふわと揺れるのは朧月。
笑う声が二つ、夜に溶けて行った。






「師匠、金鰲とやりあうって本当ですか?」
「ああ……来るべきものがきたかのう……」
閉じられた瞳、羽衣を絡ませて彼女は宙に佇む。
「韋護」
「はい」
「太公望の力になってくれ。儂は……この一戦。引くわけにはいかぬからのう」
その声は辞世の句でも読むかのようで、ひどく胸を締め付けた。
「師匠……俺、葬式だすのなんて真っ平ですよ」
「言うでない。そうなっても何もせずとも良い。ただ、一輪百合を……」
細い背中を抱きしめて、その肩口に顔を埋める。
「あんたを生かすためなら、誰にだって協力る。太乙師伯にだって……負けねぇ」
韋護の手を取って、道行は小さな宝貝を握らせる。
「これは?」
「儂の気を込めた。いずれその意味は分かる」
仙女は女を捨てることを義務付けたのは、開祖たる男。
裏を返せばそれは彼女を自分以外の男の手に触れさせないためだったのかもしれない。
同じように女と形を成すものが居るもう一つの仙界はそれを禁じていないのだから。
そして、皮肉にも妲己という女を武器にした仙女を排出してしまったのだ。
「師匠、俺……あんたが女で本当に良かったと思う」
「?」
「いや、あんたが師匠で良かった、だ」
修行は確かに厳しいが、それ以上に彼女は物の本質を説く。
甘えたい盛りに仙界入りしてきたのだから、時には胸を貸す必要もあると。
ただ、優しく甘えさせることだけが優しさではない。
朝に夕に、流れる季節を受け入れる。
自分よりも背丈は低いはずなのに。
その手の暖かさは、とても大きなものだった。
「韋護、儂はお前が思うほど強くも弱くないぞ」
「それも知ってますよ。師匠」
「韋護…………後悔せぬように、前を見ろ……行くべき道は、自ずと見える」






何時の世も女は男を惑わし、歴史を変えてきた。
この世界の中心で笑うのは――――――誰?






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0:47 2004/07/01

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