◆死闘◆





「これで、全員揃ったはずです」
救護を一任されたのは、一人の少年。師の言葉を忠実に守り、迅速な行動に起す。
金鰲内部に散らばってた仙道を集め、崑崙まで帰還する。
「でも、おっしょーさまと普賢真人さんが……」
道行をそっと降ろして、武吉は首を振った。
(でも、おっしょーさまならきっと大丈夫です……)
響く靴音に、少年は振り返る。
「ヨウゼンさん!!」
「元始天尊さま、無断で出て行ってしまってすいませんでした」
哮天犬の背に韋護とナタクを乗せて、青年は辺りを見回した。
「え……そんな……!!王天君は封神されたはずなのに!!」
忌まわしい印は消える事無く、まだ刻まれている。
それは離れている少女にも言えることなのだ。
じわじわと、確実に命を削る魔の刻印。
(あのダニは王天君が操っていたのではなかったのか……それとも、まさか……妲己)
無傷で動けるのが自分を含めても少数。
ならば、この場に留まるよりも進む事を選ぶのがこの青年だ。
「元始天尊様、お話がございます」
「後にしてくれ。太公望からの連絡でのう……自分達が聞仲を引きつけておくから
 回復し次第、駆けつけてくれとのことじゃ」
「回復?唯一の方法だった王天君の封神も効かなかったのですよ!!」
自分の考えが正しければ、残った少女のうち一人は自分の命を武器に変えるつもりだ。
「それができるのじゃ。太公望も面白ことを仕掛けたのじゃのう」
「そうっす!!ヨウゼンさん、これでみんな大丈夫っすよ!!」
四不象が引き連れてきたのは、もう一匹の霊獣。
「パパっす!!」
「……すごく、分かりやすい親子だね……四不象……」
四不象の一族は、成長すれば宝貝の力を食すことが出来る。
趙公明との一戦の件を、太公望は忘れる事無く居たのだ。
寄生しているということは、生体宝貝の一種。
それならば四不象を使って、一族の誰かを連れてくるのが最短の回復だ。
(師叔……あなたの策には頭が下がりますよ……)
二人だけで聞仲を留めることが出来ると、その場に残った事。
ねんれからすれば突出して力は確かにあるが、聞仲はそれだけでは勝てない相手だ。
「元始天尊様、本当のことは誰も知らないのですか?」
「…………………」
「結果だけですが、あなたのかつての弟子も、金鰲の教主も亡くなりました。
 誰も、この計画の真意を知らない……そう、実行者であるはずの師叔も」
真実は知ってはいけないと、知られては行けないと全ては隠されたままで来た。
封神計画の名を借りた、大量虐殺の終焉。
「真実は、何なのですか?」
「口を慎め。聞かれておる」
頬を撫でる風の柔らかさは、まるで女の指先の様。
早くおいでと囁いては、消え行く。
「誰も、居りませんよ?」
「……気配は去った。この計画の真意を知られてはならんのだ……」
「一体、誰にですか?」
おそらく、彼女も同じように問うただろう。
「歴史の道標じゃ」
名も無き脅威への、導き。そして、真実への足掛かり。
ざわつく風を殺して、青年は天を仰いだ。





「望ちゃん、ずっと前もこうやって二人で黄巾にのって出かけたよね。あの時は
 元始さまに毒入りのご飯出したんだっけ」
「あの頃は、おぬしもまだ十二仙では無かったのう……懐かしい」
腹部に静かに当てられる手。
あの頃は、こんな未来が来るなど想像すらしなかった。
「でも、あの頃は楽しかったよね。争いも無くて……」
人生はいつだって「たら」と「れば」の繰り返し。
そして恋を知って、何かが変わった。
離れていても、例え姿形が変わったとしてもこの気持ちはきっと変わらない。
「あのね、ご飯作ってきたの。食べよ?」
「おお、胡麻団子か……道徳は果報者じゃ。これからは毎日おぬしの飯が食えるのだからのう」
一つを摘んで口にする。口中に広がる懐かしい味。
「やだ、暫くは御互いの洞府を行ったり来たりだよ」
「腹が膨れれば、そうも行くまい。白鶴洞もにぎやかになるのう」
口元の白胡麻を指で払う。
「あ、何か来てるよ?」
通勤機に手を伸ばして、太公望は聞こえてくる声に目の色を変えた。
「ヨウゼン!!無事であったか!!」
「師叔も御無事で何よりです。これから、僕は皆を引き連れてそちらに参ります。
 あなたがたは聞仲をひきつけておいてください」
聞こえてくる声音に、安堵する唇。
「早めに頼む。わしら二人だけではそう時間は稼げぬ」
二人の会話など、無いかのように普賢は符印を抱えなおす。
球体を抱き閉めるのはどこか子供を抱くのにも似て、これからの生活に必要な感覚だ。
(ちゃんと育って、出てきてね……ゆっくりでいいんだよ)
想像した以上に騒がしく愛しい日々。隣に立つ君を、誇りに思う。
この暖かさも、苦しさも、生きているからこそのもの。
(未熟なお母さんでごめんね、でも……君の事はたくさん愛してるから)
左手で小さく光る指輪に目を細める。
自分達が下した決断は、決して認められるような立派なものではない。
「よし、では行くぞ!!普賢!!」
「……ごめんね、望ちゃん」
霞む視界と、耳鳴りのように響く声。
「……おぬし、まさか……」
「大丈夫。死ぬようなものは入ってないから。ちょっと眠くなるだけ」
崩れ落ちる太公望の背をさすって、普賢は首を振った。
「みんなが来るまで二人で耐える必要は無いよ。耐えるだけなら、一人も二人も同じこと……」
星の上に一人で移動して、そっと黄巾力士を押し出す。
「餌は一人で十分だよ」
「……普賢……」
ゆっくりと離れていく親友の姿。唇だけが小さく言葉を紡いだ。
「……さよなら、望ちゃん。君に逢えて嬉しかった……」






岩場に座って、釣り糸を垂れる。
乙女十七花盛り、行灯生活をするにはまだ惜しい年頃だ。
「釣れた、釣れた。虹鱒じゃ」
「望ちゃんって釣り上手だよね、ボク、餌もつけられないよ」
得手不得手はあると、普賢は清流に足を浸してその冷たさに、肩をすくめた。
「食べられないのに、お魚を釣るのはどうなんだろう?」
「う……しかし、これはこれで考え事をするには丁度良いのだ。釣ったら放流するしのう」
針を丁寧に外して、太公望は鱒を川へと還してやる。
煌く水の中を泳ぐ鱒は、生きた宝石にも似ていた。
「でも、それで魚が痛い思いをするのは可哀想でしょ?」
少女の隣に腰を下ろして、普賢はその瞳を覗きこんだ。
「これ、あげる。ボクが作った針」
それは掛かる所の無い、針と言うのは名ばかりのもの。
糸を掛けて吊るす事は出来ても、釣り上げることなど不可能な代物だ。
「考え事ごとには、ちょうどいいでしょう」
「おぬしは徹底して争い事がきらいだのう」
「そんなことも……ないけどね」
「ああ、道徳の頬の派手なビンタの跡はそうじゃろがな」
釣り針を付け替えて、少女は再び糸を垂らす。
「望ちゃん!!」
「ははは。仙界一の傍迷惑な恋人(バカップル)にでもなるがよい。おぬしには
 あれくらいにぎやかで丁度じゃ」
真っ赤になる親友を笑って、見上げた空には羊雲。
自分たちにはまだまだ、知らない世界が多すぎる。
「でも、望ちゃんはいつか戦いに身を投じるような気がする。だって、心の奥に
 鋭利な刃が見えるもの」
時折呟く言葉は、彼女が意図するものとは違っていたのかもしれない。
それでも、誰にも言わずに押し殺していたものを親友は見つけてしまうのだ。
「でも、そのときはボクも君の隣にいるから。それくらいの力はあるよ」
「……そうか、おぬしが居てくれれば心強いよ」
「一緒に、居ようねー……望ちゃん……」
あの日の空の美しさも、流れる風の柔らかさも、何一つ忘れた事など無い。
君と二人でだからこそ、ここまでこれた。
「これで……良いんだよね?望ちゃんには妲己と言う大きな敵がいるもの……
 望ちゃんは、生きなきゃいけないんだもの……」
膝を抱えて、座りこむ。それでも、不思議と独りだとは感じない。
(うん、君も一緒に居てくれるんだもの……この程度で怖がっちゃ駄目だよね……
 媽媽(ママ)、頑張るからね)
あの日から、自分も強くなった。
この命を武器として、戦うことも出来る。
「来た!!」
空気のざわめきと、悲鳴のような緊張感。
怒りに満ちた大気と、次々に砕かれていく星達。
(なんて威圧感……これまで逢った誰よりも激しい……)
どくん、どくん、と心音が時を告げる。
硝煙の中から浮かぶ男の姿に、少女は小さく呼吸を整えた。
異形の霊獣を駆り、全てを粉砕する男。
「太公望はどこだ」
一種神掛かったような威圧感に、微かに震える細い身体。
(震えちゃ駄目……大丈夫、怖くない……)
符印を抱いて、少女は男を見上げた。
「殷の太師聞仲……できれば無益な戦いはしたくないんだ。話し合いで解決できないかな?」
その肌に刻まれた刻印に、男は眉を寄せた。
彼女に残れた時間はあと僅か。
「……いいだろう」
彼女は、彼女が見てきた風景を男に告げる。
風の流れも、人の流れも、確実に新しい時代に向かっている、と。
必要なのは、古き時代ではない。
「みんなで妲己を倒して、人の世を浄化しよう。そのあと、ボク達は仙界に戻って
 もう、関与しないって誓うから」
それがどんな結果になろうとも、叶うのならば。
おそらく、彼女もそうするだろう。
「どうかな……普賢真人よ、人には優先順位と言うものがあるのだ。今までのことを見てきても
 金鰲も崑崙も何一つ殷のためにはならぬとわかった。だから、滅ぼす。この単純な考えを
 なぜお前も太公望も分からぬ」
最初から、男の狙いはこれだったのだ。
双方をぶつけ合い、互いを打ち壊させる。
「やっぱり……今頃になってあなたが出てきたのは、双方の消滅を謀った……」
ぎりり…奥歯を噛んで殺した気持ち。
たった一人の為に、全てが消え失せ様としている。
「そうだ。十天君は私と敵対していたし、教主の心は死んでいたからな」
この男の意思を切り崩す事はもはや不可能だろう。
それは、彼女の覚悟を改めさせる布石となった。
「ひどい……育てて貰った恩義はないの!?」
彼女にとっての崑崙は、実質自分の家と同じ意味を持つ。
なによりも、そこで出会った恋人の存在。
「あるとも。だが……殷と比較してどちらが大事かと言うことだ!!」
禁鞭が静かに空を斬り始める。
その声に、男をこれ以上説得する事は無駄だと普賢は首を振った。
「そう……あなたの気持ちはわかるよ。ボクだって、こんな馬鹿げた戦であの人を
 失うわけには行かない!!」
物理攻撃の禁鞭に対して、太極符印は部が悪い。
それでも、引下るわけには行かない。
「話は終わりだ。不要な仙界と一緒に消えてもうぞ、普賢真人!!」
完全攻撃は出気なくとも、攻撃を無効化する事は可能だ。
無数の鞭を防ぐために、太極符印は静かに光を放った。
「引力制御で……なんとかしなきゃ!!」
普賢の周りの空気が変わり、盾にでも守られたかのように禁鞭を弾き返す。
崑崙の科学の最高作が、彼女に与えられた宝貝だ。
「ついでに、水素爆発もしかけてあげる。ボクだって、負けられない。この子が
 帰る家を守るんだから……」
少女の身体に体力は、もう殆ど残ってなど居なかった。
今、普賢を支えているのは精神力だけ。
「なんとか防いだし、少しは効いてるといいなぁ……」
灰白の髪の仙女は、まるで羽でも生えたかのように宙に浮かぶ。
(道徳にも今度は核融合より、こっちにしなきゃ。いつも、傷だらけになっちゃう)
本当は、隣に居て欲しい。
けれども、それは叶わないから。ならば自分が彼を守ろう。
(やっぱり……お腹に赤ちゃんがいると……違うのかな……)
身体全体がほんのりと熱く、そして感じる浮遊感。
「ほう……やるな、普賢真人」
「斥力を発生させたからね。あなたの鞭は、ボクには届かない」
躊躇無く破壊された動力炉に、普賢は眉を顰めた。
彼の意思は、誰にも変えられないものなのだ。
「そうかな?」
「え…………!?」
道衣を引き裂く空気の刃。
「きゃあ!!」
肩口に走る鋭い痛みと、血液が熱い。
無意識に腹部を庇う手を、男は見逃さなかった。
「おまえ……腹に子供がいるのか?」
「そうだよ。この子のためにも、こんな世界じゃいけないってことくらいボクだって知ってる……」
女は時として、予測不能なまでの強さを得る。
「その身体で独り残り、太公望を逃がして私と戦うことを選んだ?お前一人で、この私を
 押さえられると思ったのか?」
初めから、独りでこの男を討てるとは微塵も考えなかった。
自分に出来ることが、これしか無かっただけの事。
「そうだね……ボクなら、独りでもあなたを止められるでしょう?」
「違うな。お前は太公望だけでも生かそうと考えた。それがお前たちの理念だろう。
 そして、後から来る仲間の為に私をひきつけておこうとしている。それで自分の命を
 失う事になってもな」
静寂を打ち破る、無機質な声。
「わからんな……お前達が」
禁鞭が、再び狙いを定め始める。防御が聞かない今、身を守るには攻撃に転じるしかない。
「数が増えればこの私を倒せると思うのか?それが可能だと思うほど愚かなのか?」
じりじりと焦る気持ちを飲み込んで、同じように少女も男に狙いを定めた。
先ほどの水素爆発などは単なる遊びに過ぎない。
彼女の宝貝の真価を発揮する最大攻撃。
(でも……道徳とか、みんながくれば……きっと大丈夫!!)
符印が光を帯びて、周囲の空気の体感温度が一斉に下がり始める。
「でも!!みんな来ればきっとあなたを倒せる!!」





薄れそうな意識を繋いで、太公望は周囲を見回す。
「普賢の奴め……睡眠薬とはふざけたことを……っ!!」
打神鞭を取り出して、一振りさせる。
そしてそれを、少女は躊躇う事無く自分の腿に突き刺した。
「……ぐ…ぁ…!!……眠って……たまるか!!」
痛みを感じられれば、それが最大の薬となる。
痛覚は、眠りを押さえる一番原始的なものだから。
「……あれは……?……」
ふらつく身体を叱咤して、太公望は目を凝らした。
聞こえてくるのは、自分の名を呼ぶ声。
「御主人〜〜〜〜っっ!!!」
「……スープー……!!スープー!!!!」
「御主人!!無事だったっすね!!」
抱きついてくる霊獣の鼻先を撫でる手。
「スープー、普賢が馬鹿なことを考えておる。急いでくれ!!」
「了解(ラジャー)っす!!……でも、御主人、脚……」
白の下穿きを、真っ赤に染め上げる体液に四不象は声を失う。
「こんなのたいした事はないよ。スープー」
「あ、これがあるっす!!パパにもらった仙桃薬っすよ!!」
小瓶を受け取って、丸薬を一気に流し込むようにして噛み砕く。
鎮痛剤程度ではあるが、四不象の気持ちが嬉しかった。
「行くぞ、スープー!!聞仲を討ちに!!」






荒い息を押さえて、爆炎の中普賢は目を凝らした。
「確実に直撃してる……少しは効いたかな……」
どんな屈強な男でも、核融合を完全に耐えきることは不可能。
それが聞仲でも、直撃を食らえばなんらの傷は負うはずだった。
「嘘…………傷一つ付いてないなんて……っ!!」
道衣の紐の一本も傷つけることが出来ず、結果に普賢は目を見開く。
「力の差とは無慈悲だな。憐れみを持って一つだけ教えてやろう」
耳に響く男の声に知った感情。
これが、恐怖と言うものなのだ。
「私に弱点は無い。例え何人でこようともな」
がたがたと震える身体を、止める方法が見つからない。
あの人の腕も、声も、ここには無いから。
(……怖い……助けて……道徳……)
迫りくる禁鞭を防ぐだけの力も、もう残っては居ない。
「さらばだ、普賢真人」
「!!!!」
ぎゅっと目を閉じる。次の瞬間にこの命は砕けるはずだった。
「……え……?」
幾重にも重なる風の壁。聞き慣れた一番大事な友の声。
「来たか…………太公望」
「……風……」
その発生源と思われる方向を、少女は振り返る。
「普賢!!こーの大馬鹿者が!!!!」
「望ちゃん!!」
男の方を振り返り、太公望は静かに視線を合わせた。
「久しぶりじゃのう……聞仲。今度は前のようにはいかぬぞ」
勝ち気な瞳は変わらないまま。連戦は彼女を一人の女としても美しく変えた。
傷は、それだけで華となり少女を彩る。
「尻尾を巻いて逃げたかと思ったぞ」
「生憎と、狐では無いからのう。尻尾など持ち合わせておらんのだ」
普賢を後ろに守り、打神鞭を構える。
「普賢さん、みんなもすぐ後に来てるっす。僕は、黄巾より少し早いから、間に合ったっすよ」
「……うん……」
「道徳さんが半狂乱になってたっす。ちょっと怖かったっすよ」
霊獣の言葉に生まれる笑み。
「やだ、そんなことになってるの?」
「普賢さんとこに、早くいくって叫んでたっす」
いつだって、どんなときだって、この手を引いてくれる。
だから、ここまで来れたのだから。
「普賢、少し待てば道徳も来るぞ。無論、他の仲間もな」
「うん!!」
「もう少しだけ、わしらで時間を稼ぐぞ!!」





重ねた時間は、どれ一つ無駄ではない。
この瞬間を抱いて、大地を蹴ろう―――――――。




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23:21 2005/07/27

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