◆霞み行く空、重なり合う過去は優しき楔◆





飛び込んできたのは予想もしなかった光景。始祖を足蹴に王天君は唇を歪ませた。
「俺が生きてたことは知ってんだよな?」
「……王奕……」
「待ってな。ジジイは後で内臓引きずり出してやるからよ」
壊れ逝く仙界と絡まりあった接合点。
「王天君!!」
「遅かったな、お二人さん」
突き出した手から生まれる空間。その中から引きずり出すように放りだされる二つの影。
「天化!!天祥!!」
「……師叔……」
手をとって天化を起こす。黙って待ってるとも思ってはいなかったが天祥までが一緒だとも
思ってもいなかったのが本音のところだ。
「観客も揃った事だし、そろそろはじめっか」
薄い画面の向こうに閉じ込められたのは二人の男。
殷王朝太師聞仲と、開国武成王黄飛虎その人だった。
「この紅水陣は外からは破れねぇ……けどな、内側からは脱出できる。それを踏まえて
 こいつらを観劇しな……けけけ……ッ…」
景色が流れて、それは見慣れた禁城へと変わっていく。
ここは在りし日の思い出が作り上げるまやかしの空間。
「んぁ?禁城?」
赤い霧がここが偽りの殷だと囁く。
「王天君が作り出した亜空間だ。こんなもの粉砕してくれるわ!!」
霧は穿つ雨となり、静かに降り注ぐ。
「!!」
皮膚に感じる焼けるような痛み。
(この雨……強い酸なのか……?)
迫りくる時間の期限。このままならば骨まで酸性雨に浸食されるのもそう遠くはないだろう。
「聞仲、お前と話をつけぇねぇ限り、こっからはでれねぇな!!」
妖刀を構えて、男はかつての親友を見据えた。
「お前とする話なぞない!!お前は殷を裏切ったのだからな!!」
相反するがゆえに、共に進んでこれた。
降り注ぐ雨は泡沫の夢にも似て、痛みは目覚めの調べ。
『ぎゃーーーーっっ!!痛ぇ!!』
叫び声をあげる飛刀を投げ飛ばして、飛虎は男のほうを向きなおす。
「親父!!今の聞太師は危険さ!!早く出るさ!!」
「お父さん!!」
息子二人の声も、彼の意思を動かすことはできない。
これが最後の彼の戦いなのだから。
「聞仲……俺ぁ寂しいぜ……昔のオメーはいなくなっちまったんだな?」
静かに拳を構える。
「ならばせめて……俺がオメーを倒す」
武成王黄飛虎として、一人の男として。
ここから逃げ出すことなどできなかった。





「あら、貴方。お帰りなさいませ」
男の喉元に剣を突きつけて女はにこやかに微笑む。
「ずいぶんな歓迎だな、賈氏や」
「ええ。子供を抱えて未亡人になるのは御免ですから」
家柄を捨てて彼は一兵士として戦地に赴く。武功は己の力で立てたい。
それが黄飛虎の信念のひとつだった。
「太師さまもお帰りなっているようですが、霊獣の一件の仲違いは収まりましたか?」
伸びた黒髪をひとつに纏め上げ、男児を抱きながら女は夫を見上げた。
共に戦うことはできずとも、心は君に預けると囁く唇の赤。
「あー……多分な。殴り飛ばしたからなぁ……」
「まぁ!!」
道理に逸れるならば、力任せになることも多々。
夫の不祥事に妻は静かに目を閉じてきた。
「仕方のない人。でも……貴方が正しいと思うならば私もその道を行くわ。この子に
 立派な背中を見せてあげてね。きっと貴方に似た子に育つわ」
先ごろ生まれた次男は、まだおぼつかない手で空を掴む。
夫を支える妻の姿は宮中でも知らぬものは無いと言うほどだった。
「疲れてるでしょう?早く休んだほうが……」
「おめー、俺に隠し事してんだろ?」
その一言に、ぎくりと瞳の色が揺らぐ。
夫の戦地は北方の反乱軍の鎮圧。いくら屈強な飛虎でも命の保障はない。
その場所をしるや否や賈氏は太師殿へと乗り込んだのだ。
「だって……それも仕方ないでしょう?」
「まぁな。それぐれぇの女じゃねぇとな!!」
貞淑なだけの女ではこの男の妻の座は守れない。
彼女とてただ抱かれるだけの女では居たくないと剣を取る。
武人の妻もまた武人。二人の血を最も色濃く継いだのがこの次男、天化であった。
まだこの先に起きることなど、予想すらなく。
ただただ、二人で笑いあえることに幸せを感じていた。



「かーちゃん、かーちゃん」
女の上着の裾を掴んで、子供は彼女から離れようとしない。
「どうしたの?天化」
「誰か来てるさ。とーちゃんの友達さ?」
少し膨れ始めた下腹部を摩りながら、女は天化の頭に手を置いた。
「ありがとう。じゃあ、おかあさんと一緒に行こうか」
「うん!!」
指先を絡ませて玄関へと向かう。
あと数ヶ月もすればもう一人家族が増える。
相変わらず武人として忙しい夫の変わりに家族を守るのは彼女の役目。
たまの休日くらいはゆっくり寝かせてやろうと、日が高くなってもまだ夫を起こすことはなかった。
「奥様!!その……」
「誰かお客様がいらっしゃったのでしょう?」
「それが……その……」
下女の言葉に賈氏は首を傾げた。
「とーちゃんの友達さー」
天化の言葉に、彼女は扉を開く。飛虎の友となれば宮中の人間がまず予想されるからだ。
(お休みの日まで……いったい誰かしら……)
無粋な輩もいたものだとため息交じり。
「!!」
「飛虎は在宅か?」
そこにある姿は太師聞仲その人。夫の最も信頼する人物だった。
「ええ。御用のほどは?」
しずかに天化を後ろに押しやって、視線を外すことなく女は笑う。
「夫の許可なき者は、例え聞太師でも屋敷に入れるわけにはいきませんわ」
小脇に立てかけてあった剣を手に取る。
「かーちゃん!!」
「天化、危ないから下がってなさいね」
この夫にしてこの妻あり。剣先は容赦なく太師の髪を斬り付ける。
「お引取りを。夫は疲れておりますゆえに」
「急用でな。でなければ私みずからここにくることもない」
大の男でも恐れ慄く聞仲を相手に、賈氏は一歩も引かない。
「もう一度聞く。飛虎はどこだ」
「お答えする理由がございませんわ」
そのただならない気迫に天化は父の部屋へと走り出す。
この事態を収束できるただ一人の所へと。
頭をぼりぼりと掻きながら息子に手を引かれながらのろのろと歩く。
「んぁ!?」
目に飛び込んできたのは、太師の胸倉を締め上げる妻の姿。
「賈氏!!」
「あら、お目覚め?」
力を緩めることなく、妻は穏やかに笑みを浮かべるだけ。
「と、とりあえず離してやれ……いくら聞仲でも死ぬだろ……」
不安げに見上げてくる天化の頭を撫でてひょい、と肩に乗せる。
「とりあえず茶でも飲んでかねぇか?聞仲。賈氏、悪ぃけど、準備してくれや」
「はい」
すとん、と太師を床に落として賈氏は奥へと姿を消してしまう。
呆然とする聞仲に男は苦笑するしかできなかった。
「すげー女だろ?瓦の二、三枚なら素手で砕くぞ」
「噂に違わぬ奥方だな、飛虎」
「その気になれば熊でも締め上げるだろうなー。まぁ、俺には良い女だ」
この一件で賈氏の名は宮廷でいっそう広がっていく。
太師にも引かない女として、黄飛虎の懐剣は静かに光る。
怪我の功名でもないのだろうが、太師が足繁く通うことのできる数少ない場所として
黄家は一種の安らげる場所となった。
在りし日の優しさは楔となって自分たちを掴んで離そうとはしない。
きららと輝き胸に沈む。
光を帯びながら、深く深く海の底に眠る宝石のように。



画面越しに見る死闘は、凄惨さを増していく。
金鞭は容赦なく男を打ち据え、飛虎の拳もまた聞仲を殴りつける。
「飛虎!!」
肉を抉り、骨を砕く。流れた血はその場に溜まって酸と交じり合う。
「ヨウゼン!!王天君となって紅水陣を解除するのだ!!」
「なるほど……」
その姿が王天君に変わり印を結ぶ。
「……これは……無理ですね……」
十天君は己自身が空間となって、その中で戦う。その空間を解除できるのもまた本人のみ。
「この間の王天君ではない……違う王天君です……」
「師叔!!十二仙なら何とかできるさ!!」
天化の言葉に、少女は唇を噛んだ。
親友がこの場にいたら、どれだけ心強かっただろう。
彼らのためにも、この戦いに終止符を打たなければならない。
他ならない自分のこの手で。
「……………もう……おらぬ……」
振り返ることなく、彼女はただ前を見つめる。
「それじゃあ……コーチは!?普賢さんは!?」
そこにあることが当たり前だった姿がもう……無い。
「十二仙のうち十仙の死は確認済みだよ……現時点で生き残ってるのは太乙様のみ。
 道行様は消息不明だ……」
悲しいのは自分だけではない。苦しいのも自分だけではない。
わかっていても、この胸を締め付けるこの気持ちのをどうすればよいのか。
「道徳さまは最後に……これを、君へと……」
差し出された宝剣を受け取っても、誇らしいと思うことができない。
実力で勝ち取って、師に一人の男として認められたかった。
いつか追い越して立派になったと言われたかった。
「……コーチ……ッ……」
隣に並ぶあの小さな影ももう見れない。
自分たちを諌めて、傷口に触れる優しい指先も。
「……っくしょー……」
これは自分の罪。未熟であるがゆえに生まれた結末。
声無き嗚咽に少女はきつく唇を噛む。広がる血の味に気がつかないほどに。
降り注ぐ罪に彩られた雨は、赤く赤く世界を侵していく。
たっていることさえも奇跡に等しいのに、男は前へ前へと進む。
「半死のわりにしつこいな……武成王……」
「どうしてもオメーを一発ぶん殴らねぇことにはきがすまねぇからな」
力を込めて、一気に駆け出す。
「ならば……仕方ないな……」
鞭を取り、前を見る。
「!!」
そこにいるのは出会ったころの若き日の彼の姿。
自分が認めた、ただ一人の親友。
「この馬鹿野郎!!!!」
殴りつける拳が彼の仮面を弾き飛ばす。
からら…と大地をすべり乾いた音を立てる。
「……飛虎……」
その場に崩れ落ちる飛虎の体に、容赦なく酸の雨は降り注ぐ。
『聞仲さま、これ以上は危険です。早々に離脱しませんといかに聞仲様と言えども……』
傍らの霊獣の言葉など、もはや彼には届くことなく。
ただ目の前に突きつけられた現実を見つめるしかなかった。
「聞仲よぉ……目ぇ覚ませよ……」
血まみれの手。朽ちかけた身体。
「俺とお前が守ってきた殷は……もう無くなっちまったんだよ……」
優しかったあの日にはもう戻れないから。
何もかもが消えて、この現実だけが残ったのだから。
夢から覚めることを拒んだ姫が老いて朽ち果てたように、現実は自分たちに圧し掛かる。
「違う!!私がいる限り殷は無くならない!!何度でも蘇る!!」
盲目な思いは、何よりも強い力となり翼を与えてくれた。
けれども、夢は夢だからこそ力強い。
目覚めてしまえばすべてに気がついてしまうから、この幻の中で溺れていたいと願ってしまう。
「私を止められるのは私の味方だけだ!!お前は私の敵だろう!!」
憎しみが消えてしまえば、認めてしまうしかない。
自分たちに与えられたものを。
「やっと……元のツラに戻ったな……聞仲……」
これが武成王としての最後の勤め。守り抜いた最後の誇り。
「駄目だ……飛虎、逝くな……!!」
「太公望殿!!後は任せたぜ!!」
飛び行く魂魄に手を伸ばしても掠めることすらできない。
これが現実なのだ。
認めてしまえば、強くあることができないから。
自分を守るための仮面を選んだ。
「お父さん!!」
深く一礼をとり、少女は武人の魂を見送る。
一番最初に自分を認め、支えてくれた人を。
『聞仲様……』
降り注ぐ雨から主を守ろうと、霊獣はその身体でそっと包み込む。
今の自分にできることはこの雨から彼を守ることだけなのだ。
「くくくくく……終わったなぁ聞仲!!やっぱあんたもだたの人間だったってこどだ!!」
忌々しく笑う声に目を見開く。
「うぉぉぉおおおおおおっっっ!!!」
すべてを打ち砕く宝貝が、不可能といわれる亜空間を打ち破ぶる。
砕け散る景色と消え行く雲。
鞭は王天君の身体を突き破り岩場へと叩きつけた。
ぼろぼろの身体の聞仲を背に乗せ、霊獣がその場へと降り立つ。
「いけない!!聞仲にとどめを刺さないと!!」
ヨウゼンの手をとって、太公望は首を振った。
何も言わずにただ、静かに。
「くくくくく……俺の魂魄の一つを使ったかいがあったな!!生きがいを感じたぜ!!」
飛び行く魂魄が弧を描く。
それが、合図だと言わんばかりに少女もまた霊獣の背に乗り込んだ。
「みな聞け……もうじき金鰲島は落ちる。つらいであろうが脱出の準備をせよ」
全てを失っても、立ち止まることは許されない。
数多の思いを抱いて彼女は進む。
「師叔は……?」
「後始末をつける。もう…………終わらせねばならぬのだ」
老いたる象徴を若き風が追う。
この大きな戦いに幕を引くために。




沈み行く太陽は優しい緋色。
思い出は現実を認めるからこそ、美しい―――――――。





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13:05 2005/09/26

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