◆一人の女、二つの顔◆






「お師匠様!!太乙真人さんたちが風邪で倒れましたっ!!」
武吉の声を聞きながら、太公望は呼吸を整える。
「おぬしは大丈夫か?」
「はいっ!!」
「うむ……ならば、崑崙へ一時帰還してくれ。わしと普賢はこのまま金鰲(ここ)に
 留まる故に。よいか、おぬしが皆を救助するのだぞ」
自分の不調はあくまで隠して、気丈な声を作る。自分が弱音を吐けば全員の士気に関わるのだ。
司令官は常に孤独な場所に立つ。だかたこそ、補佐が重要になるのだ。
「一番弟子なら、出来るな?」
「はいっ!!」
目に見えない時計の秒針。かちかちと彼女を苛立たせる音色。
一方で親友の方は異常な程の落ち着きを見せた。
(何か来る……誰?知ってる人……)
気配と太極符印に映し出される光を見て、普賢は思案を巡らせる。
「どっちにしても王天君を探し出さねば……このままでは聞仲にたどり着く前に全滅じゃ」
「うん……ボク、望ちゃんと一緒にいる……」
否応無しに、体力は失われていく。
どこかで食い止めなければ、取り返しの付かない事になるのは明白だ。
黄巾力士を動かすにも、ある程度の仙気は必要なのだから。
「あれ?もしかして、普賢さまも一緒か?」
ぱちんぱちんとあちこちを叩きながら、青年はこちらに向かってくる黄巾力士に目を凝らした。
何度か洞府の内外で顔を合わせた事のある仙女。
「普賢さま!!」
「韋護!?」
黄巾力士に飛乗って、青年は帽子を脱ぐ。
「師匠から、合流するようにいわれてました。そっちが太公望って人ですね」
二人の目線に合わせるように、韋護はその場にしゃがみ込む。
道行天尊が最も可愛がっている弟子がこの韋護という男。
「これもらってて良かった。ちゃんと合流できたし」
「おぬしが噂の。道行からよく聞かされておったよ。弟子の中にとびきり良い男がおると」
その言葉に、韋護の唇が綻ぶ。褒められてい嬉しく思わぬものなど居ない。
まして、それが光玉の美少女の言葉ならば尚更に。
「んで、俺はあんたらと一緒に行動すればいいのかい?」
「いや……おぬしには別に行ってもらいたい所がある。しかし、おぬし……蟲は大丈夫なのか?」
「あー、俺って敏感肌なんでね。かさかさきしょいのは叩いて潰して来た」
少女二人は顔を見合わせる。
「ボクも、敏感なほうだって道徳に言われるよ?」
「敏感違いじゃ、普賢。その敏感ならばわしも相当する」
「蟲とか這い回るの考えただけでも寒気がしちゃう」
年頃の娘は、どこにいても変わる事はない。
「韋護、それかして。改造してみる」
道行から与えられた宝貝を、ぱかり…と開く。内部回路は以前に見た物に似ていて。
「おぬしにはナタクの所に行ってもらう。現段階で戦えそうなのはおぬしとナタクくらいじゃろう」
宝貝人間は、寄生虫などにはその身体は蝕まれることはない。まさに、崑崙の最高作でもあるのだから。
因縁は絡まりあって、複雑な絵柄を描く。
「ナタク……師匠になついてる宝貝人間か」
「うむ。王天君が次に狙うのは死にかけてるわしらよりも動けるおぬしたちだろう。
 ならば二人で固まって戦ったほうが得策だ。それに……ぬしは強い」
額の汗を手で拭って、太公望は韋護を見上げた。
「で、報酬は?」
「…………何が望みじゃ?」
挑発に慣れきった女に、脅しなど通用はしない。
「両手に花が希望だね」
「片手だけにしろ。その花は売約済みじゃ。死にたくなければ二兎は追うな」
「韋護、出来たよ。これでナタクと合流できる」
普賢から探知宝貝を受け取って、その視線を指先にうつす。
「確かに売約済みだわ。了解した」
「頼んだぞ、韋護。それと、スープー。おぬしにも重大な任務がある」
策士二人はその掌の上で踊り続ける。罠ならばいっそ美しく舞えば良いと。





「ナタク、ヨウゼンが近付いてきておる」
荒い呼吸と、汗ばんだ肌。流石の大仙もこの奇策には成す術も無い。
防護服に身を包んではいるものの、首の後ろの刻印が彼女も感染者である事を証明する。
「待ってろ。すぐに太乙真人に修理をさせる」
伏せられた瞼と、伸ばされた指先。
「心配はいらぬよ。おぬしは早く行くが良い」
「このままでは、道行が壊れる」
感情を憶えたての子供は、精一杯の言葉で彼女を気遣う。
徐に少年の手が、女の頬に触れた。
「儂を護るのならば、その元の王天君を討て。そうすれば、儂は壊れぬ」
「王天君」
「十天君では一番強いであろうな。思う存分戦えるぞ」
戦闘本能と官能は、紙一重の快楽。破壊衝動と性的衝動のように。
「わかった。お前はどうするんだ?」
「まだ黄巾を動かす力はある。他の班と合流してこの身体をどうにかしよう。終れば
 すぐにぬしの所へ向かう」
ナタクの手を取って、そのまま引き寄せる。まだ薄い背中を抱き締めて女は頬を寄せた。
「儂を護ると言ってくれたこと、嬉しかったぞ」
「当たり前だ。お前は俺の……」
そこまで言って、ナタクは口篭る。
「?」
「つ、続きは今度言う!!俺は、ヨウゼンを追えばいいんだな?」
「そうじゃ。ヨウゼンを追えば……王天君もじきに見つかる」
彼女には、この大戦の結末が朧気ながら見えていた。
いや、参戦した十二仙全てがこの終わりを予想していたのだろう。
ただ一人、渦中の少女を除いて。





星の合間を潜り抜けて、目指すのはただ一人の待つ迷宮。
「哮天犬……よく、匂いを憶えていてくれたね。ありがとう」
その白き獣が憶えていたのは彼の言う男においでは無かったのかもしれない。
それ以前に、ずっと自分を愛してくれた一人の女。
「居た。おい!!」
少年の声に、男は振り返る。見知った姿とは違うのに、ナタクは眉を顰めた。
「なんだその弱々しい匂いは。貴様は俺が殺すんだ、足手まといだから帰れ!!」
「だな、俺もそれに賛成」
星に座って、かららと笑う青年。帽子を少しだけ上げて。
「俺は韋護。道行師匠からあんたたちに手助けするように言われたから、同行させてもらうぜ」
生まれる疑問は同じで、韋護もヨウゼンの容貌に首を傾げた。
(天才道士ヨウゼン……なんで角なんか生えてんだ?)
憔悴し切った表情と、一対の伸びた角。通常の人間には存在し得ないものが其処にはあった。
自分の外見を気にしている余裕はすでに彼には無かったのだ。
「あった!!」
浮かぶ星の中で、たった一つだけ違うもの。それが、王天君の待つ迷宮。
「やられっぱなしで引き下がる僕じゃないぞ……王天君!!」
「待っていたぞ、ヨウゼン」
女の声が静かに響き、光が八卦図を描き始める。
「!!しまった……っ!!」
「お前たちの相手は私たちだよ。ヨウゼン」
女の影が二つ、ゆらりと揺らめく。
「我が名は姚天君」
「そして私は金光聖母」
瞬きをする間に展開されていく、多重空間の宝貝。
これが、十天君でも抜きん出た強さを持つ女二人の力なのだ。
「多重空間へようこそ、坊やたち」
真っ赤な唇がうふふ……と笑う。それが、この戦いの始まりだった。




張り巡らされた落魂の呪符に腰掛けて、王天君はけたけたと笑う。
金鰲の幹部二人が一つの空間を共有し敵を討つ。それは今までに無かったことだ。
「来たか……王子様。けけけけ……」
「王天君……お前だけ許さない!!お前は僕の全てを壊した……ッ!!」
ヨウゼンの言葉に眉一つ動かさずに、王天君は姚天君へと視線を向けた。
「けけけ……お母様との感動の再会なのになぁ。教主の息子さまよぉ……」
「!?」
ずきん。痛む何か。そして、早くなる脈拍。
逆流する血液と、定まらなくなる視点。
「……母……上…………」
「おしゃべりが過ぎるぞ、王天君」
黒衣を翻し、姚天君が呪符を操る。その欠片がヨウゼンの道衣の端に触れ、そこを焼ききった。
「紹介してやるよ。この二人は十天君の中でも抜きん出た強さでなぁ……まぁ、そこの王子様
 みればどれだけ強いかは分かるだろうけどな。血が騒ぐだろ?ヨウゼン」
仮面の下で、女は静かに唇を動かした。『無事で良かった』と。
「こいつら二人倒せたら、相手してやるよ。王子様」
笑い声と共に、王天君の姿が消えて行く。それを合図にあたりに閃光が迸る。
落魂の呪符に絡み合う破壊光線。この二人の出撃を遅らせたのはここにあった。
初期戦ならば、どちらも様子見が続く。王天君の狙いは初めからヨウゼンただ一人。
その男が出てくるならば終盤戦だと踏んだのだ。彼にとって、最高の台本を準備して。
「待て!!キサマからは強い匂いがする……だから、俺が殺す!!」
放たれる金磚の光を、金光聖母はじっと見詰めた。
両手を胸の前で組んで、その外套が静かに開いていく。
「!!曲がった!!」
同じ光を操る者としてならば、彼女の方が格段に強い。
まして金光聖母は金鰲の大幹部の一人なのだから。
「キサマらを倒せば、あいつと戦えるんだな」
膨れ上がる光の渦に、女二人は小さく笑みを浮かべるだけ。児戯に等しいと言わんばかりに。
「死ね!!」
赤茶の髪が風に靡く。指先で摘んで、それを一本引き抜いた。
「愚かな。力では私たちには勝てない」
「…………………」
ひらりと落ちる毛髪。一瞬でそれは大爆発を起した。
妖怪も高度な力を得れば、全身を武器に変える事ができるようになる。
その最たる物が姚天君が作り出した三尖刀に他ならないのだから。
(三尖刀が共鳴してる……王天君が言った母上は真実か……?)
落魂の呪符には傷一つ付かない。それが彼女たちの力の証明に他ならなかった。
「……ちっ!!」
火尖鎗を手に接近戦に持ち込むためにナタクは金光聖母に狙いを定めた。
「これだから子供は嫌いなんだ。戦うことでしか自己を表現できない。手足をもがれるまで
 己の過ちに気付くこともないしな。お前は物好きだな、姚天君。よくも子供なぞ産めたものだ」
女の手がナタクの首を締め上げて行く。
同時に呪符から生まれた光が彼の片腕と方足を切断した。
「ナタク!!」
「落魂の光を受けても死なない……鉱物ではなく宝貝人間か」
姚天君の指先が、仮面に触れてしずかに離れる。
「!!」
其処にあったのは、一人の女の顔。そして、見慣れた女性の姿だった。
灰鼠の緩やかな巻き毛と長い睫。石榴の瞳が、青年を見据えた。
「久方ぶりじゃのう、我が子よ」
「……母……上……」
驚いたのは彼一人だけではなかった。残された二人も姚天君の姿に声を失っていた。
「……嘘、だろ……なんであんたがここにいるんだよ……」
一人の女と二つの顔。響き渡る声までも何もかもが同じなのだ。
「……師匠……ッ……」
「道行!!なぜキサマがここにいるっ!!」
三人の動揺など意にも介さず、金光聖母の手に光が集まり始める。
「ヨウゼン……どうすりゃいいんだ?」
「あの人が僕の母上って確証は無いよ……まずは金光聖母の光を何とかしなきゃ」
どちらも厄介な相手だが、先に消すならばまずは金光聖母だと彼は思案する。
落魂符は受身な分だけ、前線に出ての攻撃は少ないからだ。
「けど、攻撃してもあたんねぇよ」
「光の屈折を利用してるんだろうね。目に見えるものが全てではない……もしかしたら、
 この空間自体が偽物かもしれないってことだよ」
「んー……師匠が良くそんなこと言ってたな。目だけで見ると、世界がわからないとか何とか」
奇しくも同じ顔を持つ女がもたらした、この罠の解除方法。
二人の女の唇の甘さが、その判断力を低下させる。
「んじゃ、俺が行きますか。本物はちゃんと俺には見えるんでね」
札に飛乗って、振り向きざまに韋護は笑った。
瞳を閉じて、呼吸を整える。肌で、神経で、感じる事の出来る微細なる動き。
姚天君が指先で札を動かす仕草が、瞼の裏にはっきりと映った。
(師匠、あんたが本物だって事くらい俺にもわかりますぜ)
心眼を、曇らせる力などありはしない。確固たる信念の前に虚構は一瞬で崩れ去るのだから。
迫り来る波動を飛び越えて、宝貝を構える。
「行くぜ!!相棒!!」
降魔杵を振り回して、次々に呪符を破壊して行く。器用ではない愛弟子のために、破壊力の強い宝貝を
道行は与えたのだ。
同じ顔のもう一人の自分、同じように子を孕み、育て上げて、母と名乗る事も出来なかった密接なる影。
「……中々やるものだな」
「ならば、私の空間に移らせてもらおう。お前も息子を手に掛けるのは気が引けるだろうからね」
女は静かに首を振った。誰かに奪われるのならば、自分がその命を止める。
そのために、彼女は出撃を遅らせたのだから。
光は一瞬で闇に収束され、二人の女だけが静かに笑う。
金光聖母が生み出すその空間。闇を操るはずの女の名に『光』が入っている意味を、三人は知る事となる。
足元に感じるのは、生命を失った乾いた砂。巻き起こる小さな竜巻がそれを絡ませていく。
(随分と乾いた砂……生命の無い世界か……)
まだこの胸に残る不安。自分の事を『息子』といった仙女の声。
三尖刀も、哮天犬も確かにその声に反応を示した。そして、なによりも――――血が、ざわめく。
(張天君は、僕は母上に似てると言った……確かに、彼女の髪と瞳は僕と同じ……)
それでも、確定に至る証拠は無いまま。
「!!」
闇は、深ければ深いほどその光を引き立ててくれる。
炙り出すような閃光に今度は瞳を開ける事すらままならない。
「ヨウゼン、あっちに誰かいるぞ」
彼女が自分の母であるならば、もっと決定的な証拠があるはず。
「あのまま落魂陣で死んでいれば楽だったのに……母の優しさは酷だな。姚天君」
石榴の瞳が、熟れた月の様に輝く。女が大きく息を吸い込むと同時に突出する一対の角。
(……やはり、貴女が母上……)
半妖体は、本気で挑むという意味を持つ。よしんば彼女を討ち取っても、次に待つのはおそらくここの開祖。
記憶の片隅でかすんでしまっても、母の手の暖かさだけは忘れることが出来なかった。
一つ一つが、破片を組み合わせるように噛み合っていく。
自分を抱いて、慣れない言葉で謳う子守唄。不在気味の父の分まで注がれた愛情。
いずれ敵対する事がわかっていても、自分の命のために崑崙へと送り出してくれたこと。
彼女は、紛れも無く自分の母親なのだ。
「さあ……出ておいで坊やたち」
閃光の中、生まれた己の影。それは実体となり、ゆっくりと手を伸ばす。
金光聖母の空間に、姚天君の仙気を充満させた密室。
これこそが十天君の力なのだ。
(貴女は、僕を愛してくれてたんですね……僕は、捨てられた子供ではなかったのですね)
どこかに、抜け道を無意識に作り出してしまうのは、彼女が彼を捨てられないからこそ。
痛む左手を隠して、姚天君は仙気を空間に放っていく。
「その影はお前達が死ぬまで消える事はない。私は、十天君で唯一生命を空間に作り出すことができるのさ」
影は密接に、三人に攻撃を仕掛けてくる。厄介な事に、影を斬れば自分自身にも痛みが走る。
金光聖母の力は伊達ではない。
(どうすれば……僕の体力も持ちそうにない……)
ふらつく足元を叱咤して、ヨウゼンは空中の姚天君を見上げた。
同じように自分を見つめる赤い瞳。手を伸ばせば、触れる事も出来そうな距離なのに。
(大きくなったね、ヨウゼン…………鴉環に良く似て…………)
物言わぬ人形となった父に会うよりも、ここ葬るのが優しさと彼女は意を決した。
母と一言聞けただけで、それ以上の事を望みなどしない。
もう、触れる事は出来ないのだから。
「ナタク!!隠れて!!」
「物陰にかくれっと、大丈夫なのか!?」
「韋護君も!!早く!!」
それでも、戦うことを至上の喜びとする少年は青年の言葉に耳を貸そうとはしない。
「道行の偽物だ!!俺が壊す!!」
執拗に姚天君を狙うものの、彼女はひらりひらりとそれをかわしていく。
同じ顔で異なる女は、少年の周辺に呪符を振りまいた。
「お前の相手など、したくもないのだが仕方がない」
「死ね!!」
二人のやり取りに頭を振って、ヨウゼンは印を結ぶ。
止まる意思がないならば、強行手段に出るしかないからだ。
「すげ……さすが、天才って言われるだけあるわ……」
一度の戦いで、十を学ぶ。それが清源妙道真君という男。
四聖の一人、楊森と化してナタクの周辺に城壁を作り出す。
「流石はお前と教主の息子だ。血は受け継がれるものだな」
彼女は、ただ青年を見つめるばかり。
(ヨウゼン……苦しいだろう?お前にはもう戦う力は残ってない……)
あの日、この手を離してしまったことをどれだけ嘆いただろう。
時が過ぎて、彼が仙となり自分達を恨んでいると聞いたときの胸の痛み。
出来る事ならば、ずっとこの手で護りたかったとう自責の念。
(ならば、私がその命を止める。再度我が身体に戻るがいい……今度は離さない)
指先が描く光は文字となり、今までとは違う札が次々に生まれてくる。
「行け!!破壊の呪符よ!!」
落魂符とは桁違いの衝撃と、熱波。それが雨のように降り注ぐ。
(どうやっても貴女を倒さねばならないのですね、母上!!)
影は消える事無く自分達を襲ってくる。それに加えて姚天君の札は止む事無く降って来るのだ。
戦闘に長けたものは、本能で己の行動を決めることが多い。ならば、と彼は賭けに出た。
「ナタク!!」
一瞬だけ重なる視線と、小さな頷き。
「行くよ……これが多分、最後だ……」
砂の嵐を生み出すのは、かつての同胞の姿。張天君と化し、ヨウゼンは黄砂を操った。
「張天君を討ったのはお前だったな……しかし、先に死ぬのはお前さ」
背後から生まれた影と、崩れる青年の身体。
「影は、一体ではない。以外と愚かだったな……!?」
砂を防護壁にして、少年は女の首に手を伸ばす。
狙いは最初から、これだったのだ。
金光聖母の首を締め上げ、金磚を発動させる。
「馬鹿な……ッ!!この私が……ッ!!」
「死ね」
飛行く魂魄と、消える光。それを見上げて女は首を振った。
(お前には悪いが、これで邪魔無くヨウゼンを討つことができるよ……金光聖母……)
金鰲十天君の一人として、崑崙の仙道を討つと言う名目。
揺れる心を封じて、姚天君は指先で円を描いた。




「ヨウゼンが、消えたらしい。どうやら王天君の所に向かったようだ。わしらも行くぞ」
懐の仙桃を取り出して、太公望は身体を起す。
「望ちゃん、こんな時にヨウゼン一人のために策を変えて良いの?」
符印を抱えて、少女は苦しげに呼吸を繋ぐ。
汗で肌に張り付く髪と道衣。残された力は僅かなのは明白だ。
「ヨウゼンが捕らえられたあたりから、望ちゃんは失敗ばかりしてる。冷静さが消えたね」
「ならば、このままヨウゼンを放っておけと?」
少女はどこか儚げな希望を抱き締める、そして女は残酷に命の選択が出来る。
それが、二人の違いなのだろう。
「ボクも、ヨウゼンも……この策の中の駒の一つだよ。もちろん道徳も。策士(マスター)が
 冷静じゃなければこの大戦(ゲーム)は勝てないよ。捨てるべき駒をきちんと選ぶ事、
 それだって大事なはず……いまの望ちゃんに必要なのは虚栄心を捨ててこの仙界大戦に
 勝つ事だよ。ボク達を使ってね……」
誰も失わずに済む戦争などありはしない。それは、自分が一番に知っている。
それでも、封神傍に名のあるものをそうせずにここまでこれたこと。
それが、彼女の最大の功績でもありまた、失策でもあった。
「……そうか、そうだのう……わしは策を見失っておった!!」
仙桃を二つに割って、片方を親友に手渡す。
「聞仲を叩くぞ、普賢」
「聞仲を?突飛過ぎない?」
「いや、今が好機よ。金鰲はどこかに向かって動いておるだろう?」
この戦が始まってから、ずっと金鰲列島は西へと直進している。
そして、その核で操縦をするのが件の聞仲なのだから。
「うん、西に向かってる」
「聞仲は十天君に戦を任せて『何か』をしておる。つまり、わしらの動きには目が向いて
 おらんのじゃ。くくく……聞仲め、引きずり出してくれようぞ。普賢、動力炉の位置はわかるな?」
符印に映し出される光を指す指。
「まさか……金鰲ごと崑崙も落とすつもり!?」
「そうじゃ、こんなもの要らん。おぬしらも西周のどっかに新婚家庭を築け」
けらけらと笑って、太公望は普賢に顔を近付けた。
「動力炉を壊せば、いやでも聞仲は出てこざるを得ない。そこを一斉に叩くのだ」
「でも、ボク達には壊すだけの力なんて残ってないよ……」
「だから、これを持ってきたのだ。半分こじゃ、普賢」
二つに割られた仙桃は、今まで食べた何よりも甘い甘い味がした。
そして、これが彼女の最後の晩餐なのだ。
「行くぞ!!普賢」
この星は、自分たちの墓標。
(望ちゃん……ありがとう……君に出会えてよかった……)



残時間は僅か。
時計の秒針を止めてしまいたいと、小さく呟いた。






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18:10 2005/06/21

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