◆穿つ雨◆





「御主人、何か嬉しそうっすね」
伸びた髪は簪で一括り。うなじに掛かる後れ毛が愛らしい。
「スープー、明日は雨じゃのう」
霧雨模様の夜空を見上げて、太公望はくすくすと笑う。
夕刻までの美しい空はご機嫌斜めなのか、急にその光を消してしまった。
「ゆっくりとできると思わんか?」
「そうっすね。雨の日は、お休みできるっす」
雨音は、傷を優しく癒してくれる。
「昔、道徳が紫陽洞の紫陽花をみな、枯らしてしまってのう。普賢が何年か掛けて
 元に戻したのじゃが……紫陽花の名を持つ洞府にそれが無いのはオカシイ!とな」
「普賢さんらしいっすねぇ。お花とか好きだし」
「おぬしは、あれの本性知らんからのう……昔、元始様に一服盛ったこともあれば、
 玉鼎の斬仙剣に皹を入れた事もあるぞ?あれを宥められる男はそうそう居らん」
親友は時折、洒落にならない悪戯をする。
その罠に掛かることを好む輩が多いのだから、それも仕方のないこと。
「道徳さんは、凄いってことすか?」
「まぁのう。殺しても死なぬような男で無ければ、普賢とは添い遂げられぬ」
笑い声が二つ、静かな空間で共鳴する。
どんなときも離れる事無く、白き霊獣は主の傍らに居るのだ。
時に苦言を呈し、時に叱咤しながらも。
「今夜はゆっくりと休める。何よりじゃ」
灯を消して、そっと目を閉じる。
まじない代わりに、眠りの夜香。
耳に優しい雨音と、小さな寝息。
(スープーも、寝付きが良いのう……)
うとうとしかけて、眠りに落ちる間際の事。
「……たいこーぼー……」
自分の名前を呼ぶ、小さな声に身体を起す。
「?」
見渡しても、人影などありはしない。
(気のせいか……)
「太公望……起きてる?」
「……天祥?」
柱の影から覗く姿に、静かに手招きをする。
「どうした?眠れないのか?」
「うん……なんか、寝れなくて……」
黄家の末息子は、一人だけ離れてしまったせいかまだどこか幼さが抜けない。
それでも、兄が仙界入りした時と同じ年齢になり、同じように彼もまた同じように考えていた。
甘えられる時期は、もう少しで終わり。
「おいで」
「うん。ありがと、太公望」
母と同じ黒髪を持つ少女に、彼はその面影を重ねることが多い。
髪を解いて、それを風に泳がせる姿。
剣を持ち、華麗に舞う姿。
どれも、彼の母に似通って見えてしまう。
「太公望、寝ちゃった?」
背中を向けて眠る少女に、そっと身体を寄せる。
声が帰らないのを確かめてから、そっと袷の中に手を忍びこませた。
掌に感じる、肌の柔らかさ。
寄せる様に揉み抱いて、指先でその先端をきゅっと摘む。
「ね、起きてる?太公望」
「……今、起きたわ」
その間も、肌を滑る手。
やんわりと乳房を掴んで、その首筋に唇が触れた。
「天祥」
「ね、気持ちいい?僕、しってるもん。太公望が兄さまやヨウゼンさんとかとこーいう
 ことしてるの」
耳元にふ…と息が掛かり、身体がびくん、と竦んでしまう。
その反応を面白がるように、舌先が耳朶に触れて甘噛するように唇が触れて。
「……ッ……」
指先がそろそろと下がって、下着の端に掛かる。
「!!天……」
「四不象が起きちゃうよ?」
腰骨をなぞって、指先が秘裂にたどり着く。
躊躇いがちに指先を沈めて、ゆっくりと押し上げてみる。
「…っは……ッ…」
「太公望、こっち向いてよー」
自分の方を向かせて、少しだけ開いた唇に自分のそれを重ねて。
逃げようとする舌先を、捕らえて絡ませた。
「僕のも、触って」
「……おぬし、最初からこれが目的だったか?」
「違うよ。僕、太公望のことずっと好きだったから。触りたいって思ったのもそうだし」
黒髪の女に弱いのは、黄家の純粋なる血筋。
少女の手を取って、まだ薄い胸板に導く。
「僕も、太公望を守れるくらい強くなれる?」
「努力次第じゃな。その頃には、もっと良い娘に恋をするだろう」
終わりの見える恋に気付くほど、まだ大人では無いけれども。
「僕、太公望のことが好きだよ」
「わしも、おぬしのことが好きじゃよ。天祥」
この気持ちが何なのかを認識できないほど、子供でも無い。
冒険心と小さな嫉妬、そして微かな期待と下心。
「子供扱いしてる」
「しとらんよ。なら、ぬしの望みどうりにするかのう」
ちゅ…と小さな額に唇が触れる。
それを合図に、少女の手はゆっくりと下がって行く。
「……う、わ……」
脇腹を撫でる感触に、背筋に走る甘い何か。
びくん、と震える肩口。
喉仏を甘く噛んで、まだ細い腰を抱き寄せた。
肌蹴た袷から零れた乳房が、肌に触れる。
「!」
押し当てられた腿が、焦らすように擦り動いて。
鎖骨で舌先が、怪しく踊る。
「…ふ……ぁ……!…」
それでも、触れて欲しい場所には指先すら掠めてはくれない。
手首を取って、軽く唇が押し当てられて。
中指の付け根から、指先まで下が舐め上げていく。
爪の先を軽く噛んで、ちゅるん…と吸い付く唇の柔らかさと温かさ。
「…っは……あ……」
指先を飲み込むように、唇が包み込む。
「指……より、こっちがいいよぉ……」
震える指で、少女の手を移動させようとする。
それを軽く振りほどいて、太公望は天祥の瞳をじっと見つめた。
「わしに、寝床で悪さしようとするのは、まだまだ早いぞ、天祥」
半泣きの少年に、諌めるような接吻を。
歯列を割って舌が入り込んで、逃げ腰になるそれに絡み付く。
罠を仕掛けるには、二重底では簡単に見抜く女。
幼さの残る少年が勝利を得るには、分が悪すぎた。
「だって、だって……」
「そう、焦らんでもおぬしは良い男に育つ。努力次第では天化を越すこともできるぞ」
「今、太公望としたいんだもん!色んなことを」
子供特有の言い分に、少女は困った顔で首を振った。
「聞き分けが出来るようになることが、わしと寝所を共に出来る第一歩じゃな」
「だって……」
彼女が望む姿に自分が成長した時に、おそらく彼女は地上には居ない。
仙となり、遥か手の届かぬ上空の人になっているだろう。
初恋は、実らないからこそ美しい。
だからこそ、苦しくて思い出の中で消化されて甘い甘い果実と成る。
「天祥」
闇に溶けそうな色の瞳。
「これ、泣くでない。これしきで泣いておったら、女なぞ抱けぬぞ」
「……泣いてなんか…っ…」
「仕方が無いのう……」
ぴちゃ…指先を濡らす音。
なだらかな身体の線をなぞって、反り勃ったそれに指が掛かる。
「!!」
先走った体液を指先に絡ませて、亀頭の先を摘むように扱いて行く。
鈴口に親指の先が触れて、くちゅくちゅと回転させる。
「あ……ぅ!!……」
しがみつく様に身体を寄せて、ぎゅっと少女の夜着の袷を掴む。
荒い息と、きつく閉じられた瞼。
「ぅん!」
指先で顎を持ち上げられて、唇が重なる。
「あ!!」
つ…と今度は幹元に指先が掛かって、上下に動き出す。
(世話の掛かる子供じゃのう……天化によく似ておる)
掌の中で、びくびくと震えるそれの反応に小さく笑う唇。
「あ……あっ…!!…」
ちゅ…ちゅっ…と降って来る甘い接吻。
ただ、それを受け入れるしか出来ないこの状況。
本来ならば、自分がそうする立場でありたいと願っても。
目線一つで男を操る事の出来る少女の前では、無理なことだった。
「は……ぅぅ……」
「我慢せずとも、良いぞ?」
「で……も…ぉ……」
外見は自分と大差無いはずなのに。
「まだ、わしの方が上手でおられるようじゃのう」
彼女は随分と大人で、どこか包む込むような大きささえも感じられた。
誰かと素敵な恋に落ちるのには、まだまだ時間が必要。
舌先が、顎をぺろ…と舐め上げる。
加速して行く手の動きと、耳に触れる甘い唇。
震える膝と、ぴったりと寄せられる身体。
「あ!!アアッ!!」
掌で弾ける熱と、指先に感じるぬるつき。
汗ばんだ額に唇を寄せて、少女は少年の身体を抱き締めた。




眠る天祥の髪をそっと撫でて、太公望は小さくため息を付いた。
闇夜に光る金の煙管。紫煙が溶けては、再度生まれ行く。
(こやつも、天化のようになりそうじゃ……)
時に彼女の回りの男達は、この少年に嫉妬する。
幼いというだけで、彼女の愛情を独占できる機会が多いからだ。
(立派に男のよのう……天祥……)
首に掛かる黒髪と、対を成す肌の色香。
(寝れん……スープーは夜香で朝まで起きぬようにしておいたからいいようなものの……
 わしの方が寝れんようになったわ……)
裸足でぺたぺたと、抜け出してお気に入りの場所を静かに目指す。
欄干に腰掛けて、西周を見るのが彼女の日課の一つだ。
昼と夜では見る景色がまるで違うことの妙美。
(どれ、頭も冷えたことだし、責任を押しつけに行くかのう)
巣足に感じる、空気の冷たさ。雨音は、気配を消してくれる優しい共犯者。
そっと、扉に手を掛けて室内へと滑り込む。
足音を忍ばせて、寝台で眠る男の顔を覗きこんだ。
「…んー……!?」
口を掌で押さえ込まれて、目を見開く。
「しっ……大声を立てるでないぞ?」
「何でここに師叔がいるさ?」
「おぬしの弟に夜這いを掛けられてのう……兄である、ぬしに責任を取らせようかとな」
弟の一件を聞きながら、天化は煙草に火を点けた。
その傍らに腰掛けて、同じように少女も煙管を銜える。
「故に、夜這いに来てみた」
「それは構わないさ。嬉しい」
覆い被さってくる体を抱きながら、舌先を絡ませて接吻を繰り返す。
「煙草の味がするのう……」
「師叔もさ。けど……師叔の方が甘い」
眠りを誘う雨音と、眠れないまま持て余すこの身体。
相性が悪く無いのならば、この雨さえも味方になってくれるから。
朝が来るまで絡まって、時間を過ごすのもまた一興。
男と女、二つの身体と心を持つのだから。






「あーーーーーっっ!!!太公望ここに居たーーーーっっ!!!」
その声に、寝惚け眼のまま二人は身体を起した。
「んぁ?天祥……朝っぱらから大声出すのは迷惑さ」
「ずーるーいーっっ!!兄さまばっかり太公望と!!」
天化の身体を揺さぶって、天祥はなおも捲くし立てる。
「お前だって、師叔に抜いてもらったろ?俺っちも結果は同じさね」
「全然違うよ!!ずるい!!!」
喧騒など蚊帳の外と、少女は上掛けにその身を包んで目を閉じるばかり。
「ずーるーいーーーっっっ!!!」
「うるさいさー!!俺っちの方が先に師叔見つけてんだから、天祥は我慢するさっ!!」
「……もう少し育ったら、二人まとめて相手にしてやる。もう少し寝かせてくれ……」
伸びた脚の艶やかさに、息を飲む。
「ほ、本気さ?」
「育ち具合にもよるがな。手の中に収まるようなままじゃったらお断りだがのう」
雨はまだまだ止む気配は無いまま。
「僕早くおっきくなるから!!」
「その頃には俺っちと師叔は仙界で家庭でも持ってるさ」
「僕も仙人になるもん!!」
眠り足りないと、抱き閉める枕。
その影で小さく笑う唇。
女は、いつの日にも誰かを振り回す生き物。
そして男は振り回されるのを楽しんでしまうから。
きっと、世界は滞りなく回るのだろう。




穿つ雨は季節を作り上げる。
誰かの共犯者になりながら。




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0:30 2005/06/07

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