◆優しい彼女の殺し方◆





良くも悪くも俺はイタリア人らしい。
そりゃ祭りは好きだし騒ぐのも好きだけどよ。
けどな、たまには決めたい時だってあるわけよ。
たとえばあいつの誕生日とか。
冬の空ってのはやっぱ綺麗で闇色だってあいつと同じだろ?
なのに空気の読めない連中が押しかけてきそうな気配いっぱいの聖域ってわけよ。
特に二つ上の同僚。
地獄まで一緒にいったそりゃあ大事な仲間さ。
お前だって男持ちだろ?おまけにお前の国はフリーセックスの国だろ?
だったら俺の気持ちぐらい察してくれや。
ミロはちょっと酒掴ませたらカミュ連れて実家帰りやがったけどな。
そんなわけで明日があいつの誕生日ってやつでして。
さて、俺はどうやって改めてあいつを口説きなおしましょうかねぇ。







「で、何やってんのアンタ…………」
風呂上り湯煙の似合う女ってのは良いねぇ!!
細身の筋肉質は俺の好みの体つきでエロくてやべぇ。
「別宅に来ちゃ悪ぃのかよ」
「ここがいつアンタの別宅になったのよ」
「何も着ねぇと風邪引くんじゃねぇの?」
「そこまで柔じゃないわよ」
人前に晒しても自信の持てる身体。
相手が冥府の神だろうとまったくかわんねぇのはこいつの肝の据わったところだ。
手早にシャツを着込んでも見える線が綺麗だって思う。
「そういえば、アンタって夏なのに冬っぽいよね」
俺が冬っぽい?どっか湿って寒いのか?
そういうのはお前の隣の宮が担当だろ。フランス人だし。
「どこがだよ」
「髪の色が冬」
一月ってのはどうしてこうも空気が刺すように痛ぇんだろうな。
だからお前の周りにいつも張り詰める何かが気持ちいいのかも知れねぇ。
「でも、目は夏かな。綺麗な色よね」
男が綺麗って言われもそんなに思うところは無いだろうけども。
そんなどっかうっとりした顔で言われると少しくらい自惚れてもいいか?
「手も冷たくて、やっぱり冬なのかな……」
頬に導かれた手が、多分少し震えてた。
俺は何でお前に惚れちまったんだろうな。
「また怪我してる」
「そんだけ俺は危険な仕事してんだよ」
お前がやばいところに行く確率が一番高いのはみんな知ってる。
サガは立場上動けねぇしなんだかんだで実戦経験が一番高いのもやっぱある。
けどよ、俺だって思うわけよ。
てめぇの女、死線に立たせんのなんて嫌だってさ。
ため息ばっかりついてた夜よかいいのかも知れねぇけども、お前だっていつもどっか傷あんだろ。
俺の傷なんてそんなもんに比べりゃたいしたことねぇよ。
「ワイン飲む?」
「おう」
「二十三年ものだって。サガに貰ったの」
あいつは教皇宮にたんまりと隠し持ってっからなぁ。
昔は三人でよく飲みまくったもんだ。
「珍しいよね、白貰ったの」
ああ、いっつも赤ばっかだったもんな。
「酔えりゃいーんじゃねぇの?どっちでも」
「んー…………どうだろ?」
意味深な視線は何なんだよ。
「アンタ白好きだもんね」
そりゃ、とーぜんだろ。
世界で一番白の似合う女が隣にいつも居るんだ。
「オメーはどっちよ?」
「赤も好きよ」
「そりゃ気になるな」
「アンタと同じ色でしょ。目が」
あ!?
俺の目と同じ色って!?
「太陽に飲み込まれそうな感じの綺麗な赤」
なぁ、十二時の鐘が鳴っても馬車はカボチャにゃもどんねぇぞ。
シンデレラはいつまでたってもシンデレラでいいんだ。
「白も、アンタの髪に似てるけどね」
なんでさ、俺が逆に口説かれてんだよ。
俺がお前を惚れ直させる予定だったのに、俺が惚れ直してんじゃねぇか。
どこまで行っても俺はお前に勝てねぇってことか?
悔しいけどもそれもしょーがねーんだろうな、シュラ。
「お、十二時回ってんじゃねぇか」
「そうね」
「ほれ、誕生日だろ」
「そうね」
この感情が恋ってやつだろ。
情熱的に狂うのは案外簡単で、お前みたいに静かに絞め殺す感じのほうがクルんだろうな。
「ほれ」
「何も要らないわよ。アンタが生きててくれりゃそれで十分だから」
「人が実家まで戻って見繕ってきたもんを」
片耳にだけ空けられたピアス。
「アンタが私よりも一秒でも長く生きてくれればそれで良い」
「……………………」
あん時、俺はお前よりも早く死んだもんな。
「生きててくれるだけで十分だから」
そんな瞳で俺を見るなよ。
呼吸(いき)も出来なくなるだろ…………。
「お願いだから死なないで。どうでもいいから生きていて」
一人だけ戻ることの無い宮の隣に。
いつまでも後悔の念が消えねぇことも重々知ってる。
「誰かに殺されるくらいなら、私がアンタの首を落とす」
「そりゃ怖ぇーな。簡単に死ねねぇ」
「だから生きてて」
なぁ、女神さんよ。
今日一日でいいから、こいつを普通の女に戻してやってくれねぇか?
誰よりもあんたに忠誠を誓ってるこの女を。
山羊座の聖闘士じゃなくて、ただのシュラに。
「ピアス、ありがと」
「おう」
「今日一日、絶対に死なないで」
「おう…………」
降り出した雪は、誰からのこいつへの祝福なのか。
なぁ、俺は死ねねぇ。
誰かのために生きるなんてことはできねぇししねぇ主義だけども。
お前と一緒に生きて死ぬのは悪くねぇって思うんだ。
「誕生日…………おめっと……」
「ありがとう」
少し乾いた唇だっていいじゃねぇか。
キスってのはこれくらいドラマチックに行こうぜ。
「雪降ってんな」
「うん…………綺麗ね…………」
「飲もうぜ。赤と白、両方」
「そうね」





白い雪は降る降る。
恋人たちの上に静かに。
その罪をすべて隠してしまうかのように。
季節はゆっくりと変わって夏の手前に。
きらめく光に彼の銀髪が透き通るように輝いた。




「どこにいく、蟹」
「ああ、シオン様か。ちょっと花でも買いに行こうと思ってよ」
「花?珍しいな」
法衣を翻す全教皇はいまだにそのカリスマがうせることはない。
聖域にはいまだにシオンを信仰するものも多く、それゆえに彼女は教皇宮に身をおくことも多いのだ。
銀色の髪と闇緑の瞳はまるで心の奥底まで見透かすような光を抱く。
「たまに花でも送るだろ?じーさんだって」
「あれにそのようなロマンは求めぬ」
「俺は花をおくりてぇんだよ。自分のオンナにはさ」
教皇宮には数多の花が咲き乱れる。
思い出すのはあの日の違う星の光。
「前もそうだったな……私は……」
この幸せは数え切れない犠牲の上になりたっている。
ともに肩を並べて二人だけで生き残ってしまった。
「先代の蟹も山羊に惚れてな。それはしつこくつきまとって……今も変わらぬ」
「ん?やっぱいい男だったわけ?前の蟹座も」
死刑執行人の名を翳して彼は最後まで己の信念を貫き通した。
守るべきものを見据えて、誰よりも尊ぶものを信じて。
「魚座と奪いおってな……エルシドは凛として美しかった」
「シュラの前の山羊座?」
「ああ。そうだ……我が宮の花を持っていけばいい。きっと山羊座も喜ぶであろうて」
「ラリングラーツィオモルト、シオン様」
後姿を見送って、彼女は小さく笑う。
「……マニゴルド、今の世界はお前にとってはどう見える?私は再度命を得てしまった……」
風が一陣吹き抜ける。
乾いた砂を巻き上げてあの日を思い出させるように。
「どうかなされましたか?シオン様」
「サガか」
「はい。たまには私も日でも浴びようかと」
ここ数日執務室に篭りきりの現教皇は少しだけ疲れた笑みを浮かべた。
目と鼻の先にあるはずの恋人の宮にはしばらく帰っていない。
自宮の双児宮は弟に預け、彼はもっぱら教皇宮と双魚宮を行き来する生活だ。
「ディテにもしかられましてね。真っ白だから不健康さが際立つんだと。なんとも反論できません」
「魚座の言う事が正論だな。お前は休むことをしない」
「シオン様ほどの業務はいまだにできません。私には」
荒れ果てた聖域を復興させ、来るべき聖戦に備える力を育て上げた女。
彼女が尊敬される由縁は十分すぎた。
万能と歌われる双子座のサガでさえまだ己の贖罪を終えるには足りないと思われるほどに。
「二百数十年生きろとは言わぬ。己のせいを十分に全うすればいいだけだ」
「まだ私の罪は消えません」
法衣姿の二人の影。
あの日託された冠を、彼女は自らの意思で青年に託した。
教皇になるものは覚悟をもてるものでなければならない。
この十一人の中でもっともふさわしいとしてシオンはサガを教皇として正式に指名したのだ。
「アイオロスはどうして戻ることを選ばなかったのでしょうか?」
「簡単なことじゃ。ハーデスがアイオロスを手放すことを拒絶した」
「神にまで愛されましたか、あれは」
「光、だからだろうな。暗き地の底では光がない」
眩しい光を抱いた少女の手を、冥王は離そうとしなかった。
青年が恋人の手を離さなかったように。
「私もディテの手を離すことはできません……それが彼女を縛り付けることだと知っても……」
魚座の女は最後まで彼を守り抜いた。
己の信念を曲げることなく、向かい来るものは全て薙ぎ払って。
「ならばもう少しかまってやれ。仕事なぞ後でもできる」
「はぁ……しかし……」
「なぁに、いざとなれば我が娘と婿殿を使う。私の言うことならば逆らえぬだろう?」
牡羊座の女と乙女座の男はこの聖域でも一、二を争う自我の持ち主だ。
彼らに仕事を任せるのはサガにとってはもっとも避けたいことのひとつだった。
(あとで私の仕事が倍増するんだな……あの二人に頼むと……)
まるで心を見透かしたように笑う瞳。
「ならば山羊座に命ずるか。あれは職務に忠実だ」
「しかし……」
「蟹座もつければいい。お前はもう宮に戻れ」
今生の魚座をアルバフィカが見たならばどう思うだろうか?
少し頼りなさの見えると首を振るだろうか。
(アルバフィカ……今生の魚座もお前と同じように守るべきものを知っているぞ)
夏の手前はどこまでも昔を思い出せてしまう。
「お言葉に甘えさせてもらってもいいでしょうか?」
「まだ日が高い。魚座も喜ぶだろうて。あの二人には明日にも書簡を送ろうぞ。今日は私が
 執務につこうぞ。慣れた仕事だ、しくじる事はないぞ?」
悪戯気たっぷりに片目を閉じる。
深々と礼をして青年は足早に石段を駆け下りていった。
「お前にしては珍しくやさしいな、シオンや」
「趣味の悪い男だな、トラ」
「わしも手伝ってやるぞ」
鳳凰の刺繍鮮やかな中国服を着た青年が女の隣に並ぶ。
「サガも苦労症だからな。まあ、教皇としての采配も悪くないしお前も安心して隠居できるな」
「できればいいのだがな。なまじ長く行き過ぎたせいかそうもさぼれん」
双魚宮の庭先でうれしそうに彼を向かえる彼女の姿。
咲き始めた薔薇を示しながらあれこれと話しているのだろう。
「トラ」
「ん?」
「残りの時間も私と居てくれるか?」
「当たり前だろうが、馬鹿が」
「そうだな。私はいつまでも頭が悪い。お前に惚れるくらいだからな」
ちゅ、と男の頬に唇を当ててシオンは静かに教皇宮へと向かう。
ほうっとしながら、頬を指で押さえ今度は彼が我に帰った。
「待たんか!!馬鹿もんが!!」
「待てといわれて待つ馬鹿はおらぬ」
「この性悪女が!!」
「その性悪と子までこさえたのは誰かのう?ほほ」








ああ、どこまでも世界はやさしく光を与えてくれる。
やがて生まれ来る夜と同じように。





2:00 2008/06/13









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