◆乙女座の彼氏◆
優雅にロイヤルミルクティーを飲みながら少女は雑誌に目を通す。
聖域でも入り口に近い白羊宮を守護するのはこのムウ。
「シャカ、そこのトースト取ってください」
「君は本当にトーストが好きですね」
「面倒だからです。焼くだけで良いから好きなだけで」
それでも、そんな彼女でもいざとなれば豪華な食事を準備することもある。
ただそれは彼が行うことのほうが多いのだが。
「東京ってところは恐ろしいところですね。でも……面白そう」
東の果てにあるその国は聞いてはいるが未知のもの。
「行ってみますか?そんなに興味があるなら」
唐突な一言に落下するトースト。
寸でのところで少年がそれを念力で止めた。
「ちょっと行って、すぐに帰ってくれば良いだけです」
齧られたトーストを口にして、飲み込む。
テレポーテーションで移動するのは基本的に行った事のある場所。
ムウとて最初は師であるシオンに引き連れられて聖域に来た。
「けれども、行った事のない場所には……」
「それならば問題はない。私ができる。念だけならば多分、君よりも使える」
視覚を断っているぶんだけ、力は彼のほうが強い。
「あ、そういえばあなた一応天才でしたね。思考に電波入ってるけども確かに強いことは
強いですし……まぁ、行けない事もないでしょうねぇ」
散々な言われようでも彼は気にするそぶりもない。
そもそもその程度で腹を立てたり疲れたりするものならばこの少女とは一緒には居られない。
「週末あたりにでも行ってみよう。ジャミールとガンジス以外に向かうのは久しぶりだ」
少年は未開の地を散策することに楽しみを得る。
(良いですね、楽しそうなところでデートするのも)
少女はまた別に思うもの。
少しだけ冷めたミルクティーだけが知る騒動の日々の始まりだった。
スカートにはさすがに慣れないと言って選んだのはワンピース。
下の重ねたのは細身のジーンズ。
彼はいつもと少し違い、薄手の黒コート。
「そうしてると、それなりに女の人に見えますよ」
「普段の私はそんなに男らしいですか、シャカ」
部屋着に一枚重ねただけなのに、ぐっと大人びて見える。
「さて、行きましょうか」
指先を絡ませて念じたのは東の果ての国。
歓楽都市東京。
人の多さは覚悟はしていたものの、空気の悪さに二人は顔を顰めた。
はぐれないようにいつもよりもきつく繋いだ手。
「ムウもこんなところに興味があるのか……なんとも」
「本で見たら面白そうだったんです」
意を決して歩き出して、ガラスの中で笑うアクセサリーを眺める。
さまざまな人が交差するこの街は危険でやさしい雑踏のようで。
貧しさの中に生れ落ちた少年にとってはまやかしにさえ思えた。
「この国のほんのわずかでも、豊かさが私の国にもあったなら」
「…………………」
高層ビルさえも雑居のようでどこか悲しげだと彼はつぶやく。
風に靡くその髪が光を受けて眩い。
「考えても仕方のないことはわかってます。さ、今日はどんな風に歩きましょう」
「そうですね。でも、ものすごく大事なことを忘れてますよ、あなたは」
「?」
「日本円持ってないでしょう」
「いや」
少年はにこにこと笑う。
どう考えてもシャカに現金は似合わない。聖域で最も生活臭の無い男だ。
普段からどうやって生計を立てているかと疑問を持てば「御布施」と笑うだけ。
「先ほど、どう見ても悪の塊のような男がいました。その財布から幾許か」
「それって……」
「捨て金になるならば、誰かを幸せにするために使うのが良いでしょう?さ、行きましょう。
私は君が幸せなら後は案外どーでもいいんです」
意味深な発言で周りを煙に巻くのは彼の得意技。
「お、御布施ですか?」
「それでも構いません。何か食べますか?」
離れないように、離さないように。この手をしっかりと繋いで。
人波をするりと二人、飲み込まれないように。
「トーストとかの方が良いですか?」
「あはは、あなたらしい考えですね」
まだ少し肌寒い風はこの距離を縮めてくれるから。
彼の手をとって自分の腰に回させた。
「?」
「たまには良いでしょう?こういうのも」
散々歩き回って足が痛くなることも。物珍しい風景に目を瞬かせることも。
誰かと並んで歩き、その人を見上げることも。
忘れてしまっていたはずの感情があふれ出して、世界はこんなにも猥雑で美しかったと思い出させる。
あれこれと買い物をしてくたくたになった体を引きずって。
「喉、渇きませんか?」
「え、うん」
「お酒でも飲みましょうか、ムウ」
その言葉に少女は一瞬で顔面蒼白になった。
聖域でも何回か酒宴は催されている。そしてことごとく彼に関して酒の席でのいい思いではない。
「私、だけなら。あなたは水でも飲んでなさい」
「なんと、君は何か誤解してる。あれは偶々酔ったデスマスクがシュラに絡んだから
天魔降伏をお見舞いしたまでであって個人的な恨みはあまりないぞ」
酔った勢いで宮を破壊するのはもう気にならない。
しかし、仮にも同僚を冥界一歩手前まで送り込むのは聊か感心できない事実。
「それに、あの時は君もスターダストレボリューションをかました筈だ」
ブロックに腰掛けてそんなことを話す二人の頬を夕闇の風が撫で上げる。
風に舞う優美な金の髪があまりにも綺麗で。
少女は少しだけ彼に見惚れた。
「綺麗ですね」
「何がだ?」
「あなたがですよ、シャカ」
「詰まらない事を……よほど君のほうが美しい。そのことも私は十分に知ってる」
考えなしに出てくる言葉ほど胸を打つものはなく。
それに対してどう答えようかと言葉を捜せば捜すほどに出てこなくなるだけ。
逃げ出すように駆け出せば、彼は困ったようにいつも追いかけてくる。
それはどっちが先でも結果はいつも変わらない。
「ところでシャカ、どうして私たちは人に取り囲まれているのでしょうか?」
「さても。私たちに何か用か?」
乙女顔負けの少年と丹精な顔立ちの少女が並べば嫌でも人目は引いてしまう。
「いや、こっちの目、閉じてる綺麗な女の子……」
「私は男だが?」
言い終わる前に返される言葉。
「それと、私の恋人に妙な真似はやめて頂こう」
す、と立ち上がり少年は男たちに生暖かい風を掌から送り込む。
呆然としている少女の手を引いて一気に駆け出した。
少女が交差させた手から感じる小宇宙。
そっと包み込んで静かに消滅させる。
「あんなところでスターダストレボリューションなんか出したら、死人が続発する」
「だだだだだって!!!だって!!」
「それ相応の罰は与えた」
聞こえてくる阿鼻叫喚の悲鳴に少女は足を止めた。
「な、なにを……」
「軽めの六道輪廻を。廃人にはなりませんよ、趣味のいいものでもありませんが。気にすることは
ありません。それだけの罪を犯したのですから」
もしも彼を敵に回すことがあったらそれこそ恐怖だろうと呟く。
思考回路の近さからそれはないと知っていても。
「帰る前に一箇所だけ寄っていきませんか?」
言われるままにつれてこられたのは小さなバー。
迷い込んでしまうか常連でもない限り見つけられないような場所だ。
「よくこんな場所知ってますね」
「ええ、まぁ」
少しだけ口ごもって少年は扉に手をかけた。
古びた雑居ビル、小さく『XYZ』と書かれたプレートが一枚下がっているだけ。
静かに扉を開けばクラシックピアノとカウンター。
「いらっしゃいませ、おや?そちらの方が……」
「ええ。そうです」
小柄で柔和な笑みの女マスターが席を勧めた。
慣れない場所に戸惑いつつも二人で席に着く。
「この間のをくださいませんか?」
「お連れ様にですね」
初めて入るカクテルバーは本で見たよりもずっと素敵で。
何よりも隣に彼がいることがいとしく不思議に思えた。
自分には一生縁の無い場所、聖闘士になってからそう割り切っていた。
この街もこの場所も、そして恋も。
「私にはシャルトリューズを戴けますか?」
小さなグラスが二つ並ぶのはまるで自分たちの様。
初めて口にしたカクテルは甘さと少しだけきつくて、この恋に良く似ていた。
「前にも誰かと?」
「ばれる前に白状しますよ。シュラに相談しました。で、ここに連れてこられたわけで」
相手が山羊座のシュラならば納得もいく。
自分でもカクテルを作っては双魚宮や宝瓶宮で酒宴を開くほどなのだから。
「男ならちょっと格好つけろといわれました。でないければいつまでも蟹のようになるぞ、と」
だから少し背伸びをして。
なれないながらも自分の手を引いて常に前にいてくれたのだ。
「最後だけは決めてました、ここに」
余計なものは無いこの小さな空間。
初めて甘い酔いというものを感じた。
穏やかな空気と耳に優しい音色。灰色の壁すらもどこかこの空間を彩る。
知識は実体験にはかなわない。
どれだけ恋愛小説を読み漁っても、頬に触れるキスのほうがずっと素敵なのと同じように。
窓枠から見える沙羅双樹。
思い出せば出すほどに不思議な一日だった。
「そういえば、さっきの酒の名前を教えましょうか?」
澄んだ海のような瞳が少女を捕らえて、ゆっくりと唇が重なる。
「SEX ON THE BEACHって言うんですよ」
頭を押さえ込まれるようにして、そのままベッドに縺れる様に倒れこむ。
耳元に掛かる息が、どこか甘い。
「……ぅ……ん…ッ…」
「受け売りですけども……っ……」
酔いどれの手つきでも上着を脱がせる手つきは確実。
「あなたにリードされるとなにか気持ちの悪いものがありますね」
少年の体を押しやって形勢逆転と少女は笑った。
「カクテルの名前は知ってますよ。少なくともあなたより」
初めて二人で過ごした夜も、こうして彼女がリードをとった。
強がりは臆病の裏返しで、それを暴くのは男として忍びない。
「今度はマティーニのきつめなやつを、二人で飲みましょう。レモンツイストで」
重なる視線に少年は苦笑した。
望むように与え合えるのならば、何をも奪うことなど必要ない。
眠る少女の髪をそっと撫でてシャカはため息をつく。
「臆病なのは重々わかってます。君が強がるように私も強がりです」
だからこそ、年上の少女に相談をした。
しかし黒髪の彼女は笑ってこう答えるだけ。
「恋なんて失敗するから楽しいのよ。本人たちが真面目であればあるほど周りから見れば
滑稽なんだから。体当たり上等で良いんじゃない?」
粋がって飲んだあの日の酒はどこか自分に似ていた。
錆びた釘、そんな名前のカクテルは味こそ良いものの喉を刺激して。
自分がまだまだ子供だということを知らせるようだった。
「臆病だから君にいつも言えない。君にこれを渡せない」
邪魔にならないように、それでも気に入ってもらえるように。
左手を取って、その第四指に細い銀の指輪を。
飾りもなく柔らかな光だけが彩りの指輪。
「君の誕生日なのに、君に愛の言葉ひとつ言えない」
朝と夜の間のこの空間をいとしいと思うように。
善悪の間にあるはずの感情を認めてしまえばいい。
願わくば。
二人が道を分かつことがないように少年は祈る。
神の化身といわれても結局はただの男と女。
神話の時代から繰り返されてきた恋愛模様。
「でも……君の歴史が変わる瞬間に立ち会えることは光栄なことだ」
「そういう独り言は聞こえないようにいうか、私の目を見つめていいなさい」
体を起こして少女は少年に笑いかける。
「悪趣味だ。起きていたのか」
「こんなに立派なものをもらって寝っぱなしにもいきませんからね」
目が覚めて一番最初の風景が君であるように。
「やっと十五になりました。最初に見るのがあなたでよかった。できれば、私がひとつ
年をとるときに一番最初にみる景色でいてくれませんか?」
永遠などないとわかっていても、この瞬間だけは永遠と信じているから。
「光栄な限りだ」
まだ未完成の裸体は、乳房も硬く丸みが少ない。
同じように薄い胸板と細い鎖骨。
ゆっくりと二人で時間を重ねて、心ごと体ごと大人になれるように。
夢のような話だって良いじゃない。
君が隣にいてくれるなら。
夢だって良いじゃない。
君のキスは本物だから。
―――――――HAPPYBIRTHDAY TO YOU―――――――
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15:51 2007/03/20
※初のオンラインイベント参加でどきどきですが、黄金の中でもセットで大好きな
このふたりでムウ誕生際参加できてうれしいです。ほかサイトさんではちょっと見れない
性格のふたりかもしれませんが、楽しんでもらえればうれしい限り。電波なシャカと麻呂娘
ムウですが、二人そろって幸せだったり、数珠をムウに託したりといろんなことが原作でも
起こってますので(゚▽゚*)
そんなわけでお誕生日おめでとう、ムウ。
サイトはこちらになっとります
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