◆ライジングゲーム◆
カイーナの執務室。今日もラダマンティスは胃薬を親友にペンを取る。
「ワイバーンいる?」
勢いよく開くドアと黄金聖衣を纏った少女の姿。
ふわふわのブロンドと真っ赤なバンダナは快活さを一層ひきたてる。
「……射手座のアイオロス……」
名前だけでも十分に胃痛の原因になる冥王の恋人。
その姿はエリシオンあたりでなければ滅多なことではお目に掛かれないのでも有名だ。
「あんた、うちの妹を泣かせたわね?」
確かに事実だがそれは先の聖戦での出来事。
今頃持ってこられても胃炎が悪化する原因に過ぎない。
「その罪、万死に値する!!」
番えられた黄金の矢が男を狙う。
射手座の矢は狙ったものは外さない。神さえも平気で撃ち落す金色の矢。
「死すべし!!ワイバーン!」
不条理すらも捩伏せるは姉妹の熱い絆。
その殺気に思わず冥王が飛び出してくる。
「待て!!アイオロスッッ!!」
「死にたくなかったらすっこんでなさいっ!!」
「余は冥府の神だ!!お前の話は余が床の中で存分に聞く故に落ち着け!!」
「じゃあ先にあんたから殺るから!!」
怒り狂う恋人を羽交い締めにして冥王は手を振りながら消え去る。
胃を押さえながらラダマンティスは溜息を吐いた。
冥界は不条理で出来ている。
「おいたわしい……ラダマンティス様……」
忠臣バレンタインは上司の不遇に涙を零す有様だ。
「バレンタイン、仕事の邪魔になるよ」
「特効薬を準備するぞ」
この場合は、もれなく彼の恋人のクィーンを指す。
のんびりとカイーナ宮殿の庭先で花を愛でる少女の後ろ姿。
色とりどりの花を摘み入れ、見事な花籠を作り出す指先。
「クィーン!!」
「はぁい」
振り返らずに手も止めない。
「ラダマンティス様がまた倒れそうなんだ」
「またハーデス様?」
「そんなとこだ」
同僚の言葉に少女は溜息を深くついた。
恋人のアイオロスと喧嘩という範囲を越えた喧嘩をし、冥王は命からがらカイーナ宮殿に逃げてくる。
しかも時間は決まって真夜中の手前。
恋人達には大事な時間だ。
「参っちゃうなぁ……」
煙草に火を点けて、シルフィードが隣にしゃがみ込む。
「な、最近エッチしたのいつよ」
制するバレンタインを殴り飛ばして、シルフィードは少女の肩を抱いた。
「最近してないよ。ハーデス様が来るから」
「だから溜まってんだよ。たまにフェラでもして、抜いてやれよ」
「んー……そうしようかなぁ。でも、ハーデス様が……うーん……」
珍しく眉間に皺を寄せて唸るクィーンにシルフィードが畳み掛ける。
「今日はジュデッカでしっぽりだろうから、お前はしっかり準備してやれよ」
「ハーデス様、アイオロスさんに勝てないもん。やだって言われたら泣きながらうちにくるし」
ぶちぶちと雑草を引き抜いて投げ捨てていく。
その闘気に反応したのか冥衣がクィーンを被いだす。
(冥衣で草むしりって……)
ミューがバレンタインに視線を向ける
(ラダマンティス様の方針だ。執務室で冥衣だろ!)
真面目一辺倒のラダマンティスはカイーナ宮殿に居を構える。
通勤はスーツ、残業終了まできっちり冥衣。
ティータイムは欠かさない。
英国紳士たるものの精神を持つ、三巨頭の中で最もまともな人物だ。
「ミーノスさまもしつこいしー」
事あるごとにミーノスはクィーンにちょっかいを出す。
カイーナとトロメアに険悪な空気が流れないのは偏にラダマンティスの忍耐と胃薬の成果と言えよう。
「アイアコス様はまだいーんだけど……」
暴走するミーノスを牽制するのはアイアコス。
三巨頭の一人、アンティノーラ宮殿の主だ。
妹分としてクィーンを可愛がり、時にはミーノスをたたきのめす。
そしてその分の仕事がカイーナに回ってくるのだ。
その度に増える胃薬の種類。
「んじゃ、アイアコス様に乗り換え?」
「やだ」
「じゃあ、癒してやれよ。ラダマンティス様を」
「ハーデス様を何とかして」
こうなると頼み込めるのは冥王の恋人だけ。
しかし、カイーナの面々とは些か相性が良くない。
聖戦だったから仕方のないこととしても、可愛い妹を痛め付けたラダマンティスは仇になるのだ。
「お前が言えば問題無しよ。アイオロスさんと仲良いじゃん」
「うーん……足止めお願いしようかなあ……」
ふわふわと揺れる黒髪。
恋人を何とかしたいのは彼女が一番強いのだから。
「ちょっとジュデッカ行ってくる」
ジュデッカでは本気の死闘を冥王と射手座の聖闘士が繰り広げていた。
まさに聖戦と言わんばかりの惨状は目を覆いたくなるほどだ。
「待て!!余の話も聞け!!」
「問答無用!!部下の失態は上司の罪!!死んで詫びろハーデス!!」
無数の光の矢が冥王に向かって弾丸の如く降り注ぐ。
正式に教皇に任命された実績は伊達ではない。
「掠りもせぬぞ!!アイオロス!!」
「かかったな……アホが……」
その中を縫って冥王の法衣を黄金の矢が射ぬいた。
「覚悟なさい、ハーデス!!」
「アイオロスさーん!!待ってー!!」
ぱたぱたと駆け寄るクィーンにアイオロスが振り返る。
十四歳で止まった成長は幼さは残るものの、可憐さを引き連れていた。
「やるなら徹底的に」
「よしきた」
「待てアルラウネ!!お前は余の戦士だ!!」
「ラダマンティス様のためですっ!!」
「どういうこと?」
今まさに冥王を殴り飛ばそうとしていた拳が止まる。
「実は……」
喧嘩の度にカイーナ宮殿になだれ込む冥王のお陰でラダマンティスは倒れる寸前だということ。
胃薬の量も日に日に増え、いまやちょっとした薬局レベルだということ。
「……あんた、よそんちで迷惑かけてんのね……」
飽きれ顔のアイオロスに俯く冥王。
黒衣の神はずいぶんと射手座の少女に執着しているらしい。
「たまにエッチでもしようと思ってもハーデス様がー」
「あんた、私には仲直りだとか迫ってよそんちブチ壊してんじゃない!!」
再び拳を構えるアイオロスに冥王はすっかり怯えっぱなしの有様だ。
「かくなるうえはアトミックサンダーボルトを……」
「核は駄目ですゥー」
いつぞや双子座のサガに聞いた、アイオロスと本気で戦うときは世界崩壊の序曲ということ。
あのカノンをも素手で殴り飛ばす最強の女聖闘士。
「向こう半年、エッチしないからね」
「アイオロス!!余を殺す気か?!」
「死ね。このエロの神」
翠色の瞳に睨み付けられ冥王はしゅんとするばかり。
惚れたが負けを進み行く冥府の神は何よりもアイオロスに嫌われることを恐れた。
「アイオロスさん、ハーデス様を放し飼いにしないでください。たまにいらっしゃる分にはいーんです。それにアンティノーラもトロメアもあります。そっちに行かせて下さい」
「あんた良い部下もったわね」
クィーンの頭にぽん、と手を置く。
妹とそうも変わらない年端。
面影が重なればどうしても願いを聞き入れたくなってしまう。
「今日はゆっくりできるようにするわ」
「ありがとうございますっ」
掌から生み出した光。
それは一瞬でカラーに姿を変えた。
「これ、よかったら」
「ありがと。飾らせて貰うね」
今度は冥王と手を繋いで少女は時空を移動していく。
黄金の翼は冥界に存在する小さな光。
「早く帰って御夕飯とお風呂の準備しなきゃ」
折角のチャンスを逃すわけにはいかない。
いそいでタイムカードを押してカイーナ宮殿へと帰宅する。
体に少しでも優しいように温野菜を中心としたメニューを並べ、ワインセラーから白を一本取り出す。
予定通りならば、直に彼は帰ってくるはずだ。
時を同じくしてカイーナ執務室ではバレンタインを始めとるラダマンティス親衛隊が愛する上司を帰宅させようと必死になっていた。
トロメアの貴公子は嫌がるおなじトロメア組のルネに押し付けた。
アンティノーラの神鷲は妹分の為だと説得すれば雪男狩りに出掛けてくれた。
「ラダマンティス様!!帰宅してくださいっっ!!」
「ああ、日付が変わる前には帰るつもりだ」
「今すぐ帰ってください」
「しかし、まだまだ終わらないからな」
「俺達がやりますっ!!」
居並ぶ忠臣たちに、ラダマンティスは目を丸くした。
「早く帰って暖かいご飯食べてください」
書類片手にミューが笑う。
「んで、クィーンとエッチしてがんがんストレス解消しちゃってください」
バレンタインに殴られるのはシルフィード。
「定時で帰ったって良いじゃないですか。ラダマンティス様」
精一杯の気持ちを無にすることなどできなくて。
「すまん。甘えさせて貰う」
「はいっ!!」
冥衣を脱いで、全速力でカイーナ宮殿へと走り出す。
身体能力の高さも、彼は優れていた。
ネクタイを直して呼吸を整える。
「お帰りなさいませ、ラダマンティス様っ」
ぎゅっと抱き着いてくる恋人。
軽いキスを交わして視線を重ねた。
「御夕飯できてますっ」
「ああ……遅くなって……」
「いつもより全然早いですっ」
恋は努力無くして維持は出来ない。
おおらかな恋人は自分には過分過ぎるほどだ。
「心配かけたな」
「お風呂も準備できてますぅ」
ただそこに存在するだけで、幸福をもたらす。
二人だけという安心感は、久しく忘れていたものだった。
暖かな食事と、対面の笑顔。
風呂上がりに肩を寄せ合って、少し甘目の白を二人分注いだ。
「お仕事、大変ですよね」
「それが俺の日常だからな……余計な仕事も多いが」
けれども、こんな時間が得られるならば苦難も激務も残業もなんのその。
冥界で恋人に出会ってしまった。
「静かな夜も良いものだな」
「はい」
見上げてくる視線。
抱き寄せて額に触れる唇に少女は瞳を閉じた。
「……っん……」
口腔を優しく蹂躙する舌。絡ませながら何度も何度も接吻を繰り返す。
「っは……」
男の頭を抱いて、自分から身体を寄せる。
「……ラダマンティスさま……」
邪魔者は周囲の用意周到さが重なり合って全て排除された。
冥王は黄金の矢に射抜かれて、今宵身動きは取れない算段だ。
「……たまには、私からしてもいいですか?」
少しだけ翠が混ざった黒の瞳。
背伸びして重なる口唇。
「今日は色んな好意に甘えられる日だな」
「うふふ」
「場所は移しても良いだろう?」
ソファーよりはもう少しだけ、柔らかな空間で抱きしめ合いたい。
「はい」
抱き上げて、静かに寝室の扉に手をかけた。
男に覆いかぶさる幼い身体。
柳腰を抱く手と、重なってくる唇の甘さ。
「……久々だと、照れますね……」
重なる裸体と絡まる視線。
舌先が鎖骨に触れて、唇が押し当てられる。
噛み痕をつけてそろそろと下がって。
「……ん、ぅ……」
勃ち上がったそれに唇が触れる。
亀頭を包むように飲み込んで、軽く吸い上げていく。
舌先が鈴口をちろちろと刺激して、口腔が甘く圧迫した。
つ……唇が離れて太幹を挟み込むように上下する。
浮き出た血管を丹念に舐め解してその下の袋を小さな手が揉みしだく。
乱れ始める彼の呼吸に反応するように、少女の唇が肉棒を犯した。
(……久々だと、勝手を忘れちゃうなぁ……)
ざついた舌が先端をちゅ、と一舐め。
(……飲んだ方が良いよね……でも……ラダマンティス様……)
口内射精も膣外射精も彼は好む方では無い。
避妊もきちんとするのが当たり前だと言わんばかりに。
(……たまには射精しちゃって下さいっ……)
両手で優しくにぎりしめて、雁首をなぞりながら舌が上下した。
掌で感じる脈動。
「……クィーン、もういいぞ……」
小さな頭をそっと押しやる彼の手。
「たまに……私にぶつけちゃって下さいっ……」
口中に感じる生臭い感触も許せるほど、彼が愛しい。
(……一滴残らず飲むっ!!)
ぢゅくぢゅぷと口唇が早さを増して上下する。
その旅にびくびくとした震えと、動脈が一層硬さを増していく。
扱きあげる手の動きも合わさり、先走りの粘液が口腔に広がった。
「!!」
掌の中で大きく弾けた感触と同時に発射される生暖かい体液。
飲みきれなかった白濁が頬に飛び散り、桃色に染まった肌を汚した。
「……ふ……ぇん……」
頬の白濁を指で拭い、舐めとる仕種。
「す、すまんっ」
「いーんですぅ……私がそうしたかったんですぅ」
こうすることしか彼を癒すことが分からないと首を振る。
己の無力さを知って闇の中で瞳を閉じたあの日。
小さな光が眩しくて目を開けたとき、自分の手を取ってくれた人。
その人のためならばなんでもしたいと、あの日から思うようになった。
「あ」
抱き上げられて腰を跨がされる。
とろり、入り口から零れ落ちるぬるついた体液を彼の指が掬った。
「もう、十分か?」
「……もっと、もっと……一緒に居たいんです……」
硬さを取り戻した肉棒に手を添えて、そのまま腰を下げていく。
膣内が押し広げられる感触に唇をきつく噛んで生まれそうな悲鳴を殺した。
「っ、あ!!」
細い身体が深々と貫かれてぎりぎりと軋む。
何度も腰を振って抜き差しされるたびに体液がこぼれてただ、喘ぐしかできない。
「……ラダ……マンティスさまぁ……」
細い腕が愛しくて堪らないと男の頭を抱きしめる。
「……好きです……っ……大好きなんですっ……」
じんじんと痛むのは身体なのか心なのか。
寂しいと悲鳴をあげて引き寄せあうように。
身体を繋ぐことでしか伝える手段を知らないのも事実で。
繰り返す愛の言葉は呪文となって二人を縛り付ける。
願わくばこの冥府のそこで芽生えた恋が永遠になりますように。
「あ、あアんっっ!!」
腰を抱く手に同じように触れる指先。
ぬるぬると男根が出入りするたびにひくつく陰唇と震える四肢。
ぢゅくぢゅくと湿った音が室内に響き渡る。
「あああァんんっっっ!!」
快楽に逆らうことなどできなくて、付随して恋は麻薬となって全身を支配してしまう。
それでもたった一つ真実だと思えることは。
彼を愛しいと思えるこの胸の中の気持ち。
もしも、これがまやかしで嘘だというのならば。
永遠に破れない嘘に変えてしまえばいいと思えるほどに、ただ一人だけを愛したいと願った。
小さな指が数えるのは遥かなる母国の言葉。
「ドイツ語か……昔やってたな……」
「分かりますか?」
黒い森は悲しみの記憶が封じ込められる地。
女王の加護も光も存在しない、冥府に近い場所とされる。
「でも、訛が酷いってよくシルに笑われます」
アルラウネの花は血を吸うほどに美しく咲き乱れるという。
冥府に咲く小さな花は、禍々しくも凛としているように。
「やっぱり、ラダマンティスさまと一緒が一番いいですっ」
誰にも邪魔されないように、策を巡らせた夜。
満月に二人で抜け出すように手を取り合って一晩、抱きしめあおう。
(あったかくて良い匂い……大好きですっ……)
この光なき世界で見つけた光。
翼竜の手には甘い花が一厘。
「どうしたんだ?急に」
「ぎゅーってしたいんです。だめですか?」
手を伸ばしてその広い背中を力いっぱいに抱きしめる。
「うふふ……大好きですっ……」
「俺もだ。しかし……今日は静かだな……不安になるくらいに」
「ハーデス様ならアイオロスさんとラブラブいちゃいちゃしてます。だから、私も
ラダマンティスさまとラブラブいちゃいちゃしますっ」
(誰だ……クィーンに妙な単語を植え付けたのは……)
それでも彼女の気持ちが嬉しくて同じように細い背中を抱きしめる。
真夜中過ぎに響く時計の秒針。
朝が来るのが少しでも遅れますようにと針を止めた。
「良い笑顔だねぇ……お互いに欲求不満が解消されたって感じだ」
咥え煙草でシルフィードが呟く。
今日も翼竜の彼は書類の山に埋もれている。
しかし、今日はまだ胃薬には手はつけられてはいない分だけ何かが満たされたのは確かなのだろう。
「ワイバーン!!余を匿え!!」
駆け込んでくる冥王の背後には金色の光。
弾丸ラッシュとばかりにとんでくる射手座の矢をかわしながら、ラダマンティスはため息をついた。
「ハーデス!!逃げるなぁぁあああああっっ!!」
「ひぃいいいいっっ!!ア、アルラウネ!!余を!!」
紅茶とスコーンを運んできたクィーンの背後にハーデスは隠れてしまう。
「ハーデス!!」
「アイオロスさん、ハーデスさま、お茶にしませんかぁ?」
地の底で繰り返されるライジングゲーム。
終わらないと終わらせないとくるくる回る。
0:31 2008/05/15