◆一撃必殺舞踏会のシンデレラ◆





「もうすぐラダマンティスさまのお誕生日なの」
焼きあがったスフレを籠に入れながらクイーンはため息を吐く。
カイーナの面々はそれぞれに敬愛する上司へのプレゼントを考えてはいた。
しかし、紆余曲折を得て晴れて恋人同士になったはずの女は憂い顔。
「あれだ、子供できたらきっとよろこ……ゴフっ!!」
シルフィードの頬を鮮やかに殴りつけたのは腹心の部下、バレンタイン。
別名ラダマンティス親衛隊長でもある。
「でも、お仕事がいつもよりも多くて。お薬も増えてるし」
「…………ミーノスさまとアイアコスさまは仕事しないからな……」
冥界を取り仕切るのはカイーナ、アンティノーラ、トロメアの三つ。
しかし、実質機能しているのはカイーナのみという実情だ。
「お前と暮らし始めてからはだいぶ笑ってくださるようにはなってるけども……」
徹夜が当たり前だったはずの彼は、彼女が待つ城に帰る。
迎えてくれる誰かがいることがこんなにも幸福だとはと呟いて。
「あ、五時だ。帰って夜ご飯の準備しなきゃ」
ぱたぱたと走り抜ける小さな影を見つめて小さく笑ったのはトロメアのその人。
灰白の髪を優雅にかきあげる。
「ふふふ……クイーンは本当に幼な妻ですね。ラダマンティスにはこれで立派にロリコンの
 あだ名が……ふふふ……」
「お言葉ですがミーノス様。クイーンはあれでも十九です。ラダマンティスさまとは釣り合いが
 取れる年齢かと思いますが」
バレンタインの声にミーノスは楽しそうに歪んだ笑みを浮かべた。
「どうみても犯罪行為にしか思えないセックスでしょう」
「直球ですね。ラダマンティスさまの明るい未来のためにもミーノス様、仕事してください」
カイーナチームはラダマンティス同様に己の職務を全うするものが多い。
まれにシルフィードがサボりに走るがそれでもやるときはやる。
バレンタインにいたっては上司の結婚式の日取りまで考え出す始末だ。
「お、ミーノスいた」
「おや、アイアコス」
冥界三巨頭のうち、機能しているのはラダマンティスのみ。
ほかの二人は自分のやりたい事を前面に出し仕事は専ら部下たちに。
「もーすぐラダの誕生日だろ。何かすんのか?」
「そうなんんですよ。私もちょっとしたサプライズを考えていて……ふふふ……」
ためいきは蝶に乗せて、どこまでも。
痛む胃を押さえながら家路をたどる彼にはまだ何も届かない。





「ラダマンティスさま、おかえりなさい」
頬にキスをして恋人を抱きしめる。
肌で感じられる暖かさの幸せがひしひし。痛む胃はきりきり。
黒髪の柔らかさは夜を呼び込む準備にも似ている。
闇緑の瞳が紡ぐ暖かな光は、地の底で見つけた小さな希望にも似て。
「ああ……ところでそのエプロンはどうしたんだ?」
まるで新妻のような純白のそれは豪勢なフリルで彼女を着飾る。
痩せた体には少しばかり不釣合いにも見えるが可憐さを強調するには十分すぎた。
「ミーノスさまに皆勤賞のご褒美でいただきましたぁ」
無遅刻無欠課無欠勤。定時退社の彼女にきっかけとしてトロメアの貴公子が送りつけたそれは
カイーナに喧嘩を売るには十分すぎた。
「裸で着なさいっていわれたんですけども、寒かったんで普通に着ちゃいました」
「それが本来の使いかただ。変態の言うことは聞かなくていいからな。クイーン」
少し肌寒さが増してくる季節の終わり。
彼の時を刻む日がまた近づいてくる。
「ラダマンティスさま?また胃が痛いですか?」
彼女は彼の薬となり、飲み込んでしまえるのはまた彼だけなのに。
「いや……大丈夫だ……」
「お夕飯、リゾットです。あったかくて消化のいいものにしてみたんですけどもぉ……」
見上げてくる瞳に心配はさえまいとしても、公の場では上司と部下。
彼の苦悩を一番に感じているのも彼女。
手を取り合って逃避行でも決めてしまえればどんなにか楽だろう。
それができないからこそきっと、彼は皆に愛されているのかもしれない。
「ラダマンティスさま?」
小さな身体を抱きしめて何度も何度も確かめるように。
(俺は……絶対に負けない。俺がクイーンを守らなかったら誰が守るんだ!!)
背中に回されるか細い腕。
しかし忘れてはならない。彼女の宿星は妖花アルラウネ。
男の血など糧にして咲き誇り栄華を極める。
「アイアコスさまからも皆勤賞をいただいたんですけども、まだ見てないんです」
「…………先に、俺に見せてくれるか?」
「はいっ」
紙袋を受け取って中を確かめた瞬間に彼の表情が固まる。
(……アイアコス……お前はもうチベットから帰ってくるな。そのまま頭を丸めて
 ダライラマでもなんでもなってしまえ!!)
何かに入っていたのはガーターベルトを含めた下着類。
黒地にレース、フリルで豪勢に作られている。
下着といえば言葉はいいがただの布切れと紐とも見れるような露出度。
(イエティでもなんでも狩って帰ってくるな!!もういっそ出家しろ!!)
ため息が溶けていく青い夜。
明日に向かう道はいったいどちらに進むのだろうか?






いよいよ差し迫った前夜。
カイーナチーム調理部隊長バレンタインは自慢のケーキを焼き上げていた。
「すごいねー。このワイバーンの羽チョコなんて君じゃなきゃ作れないよ」
ラッピングされた箱を持ちながらミューが呟く。
各々が好きにプレゼントを準備はしているものの、一つだけルールを決めている。
胃薬は今回は却下ということだ。
「ゴードンがジャケットで、シルがネクタイ。僕が万年筆で……ニオベが香水。
 あとファラオとルネとオルフェもなんか持ってくるって言ってたよ」
「オルフェはきっと楽しい音楽だぞ。ラダマンティスさまの耳を矯正するって気合が
 入ってた。ルネは手帳だろうな。ファラオはなんとなく精力剤。エジプトの神秘って
 やつじゃねーの?」
「シルフィード」
銜え煙草でふらり。カイーナチーム特攻部隊のシルフィードはにこ、と笑う。
「んで、肝心のクイーンは何すんだ?」
二本目に火を点けて煙を吸い込む。
どうだ、と進められたが丁寧に二人はそれを断った。
「ふふふふふふ……それは一番メインのプレゼントでしょう」
「!!!!!!!!」
首筋にふ…と息を吹きかけてミーノスはミューの体をなで上げる。
「ミミミミミミミミーノスさまっっ!!!!」
「相変わらず期待通りの反応をしてくれますね、カイーナの面々は。アンティノーラなど
 むさくるしいばかりで華がありません。ここにはロリータですが女子もいますしラダマンティスが
 うらやましい限りです。ふふふ……」
鳥肌が収まらずに騒ぐミューを尻目にミーノスは続ける。
白銀の貴公子はトロメアを統括する第一人者。
ランクは文句なしの三巨頭の一人だ。
「ミーノスさま、セクハラはルネだけにしておいてください。トロメアとアンティノーラの
 残務のしわ寄せがこちらに来てますので」
もはや常識とばかりにバレンタインが切り捨てる。
「俺とこいつの計画はクイーンを女体盛にして送りつけるんだが」
「洒落になりませんよアイアコスさま。確実に殺されますよ」
「まあそれはいいんだけどさ。ハーデスさまたちも何か考えてるみたいだし、ここは無難に
 行こうと。ミーノス帰るぞ。夜更かしは美容の敵なんだろ?」
長い銀髪をがし、と掴んで黒髪の青年はミーノスを引きずっていく。
サボり癖があることを除けばアイアコスは決して悪い上司ではない。
それなりに冗談も通じるしなによりも人懐こい性格だ。
アイアコスから見ればクイーンは勝手な思い込みではあるものの妹分。
ラダマンティスに持ち去られたのは兄の心境でいたらしい。
「あ、クイーンにも飯は人の倍食えって言っといてくれ」
「ありがとうございます、アイアコスさま」
月夜に飛ぶ孤高の神鷹。
「なんとなくだけどさ、ファラオがアイアコスさまに惚れてるのは納得はいく」
「うん。アイアコスさま、優しいもんね」
次々に作られていく菓子類か生まれる甘い香り。
流星も零れそうな青い夜。






肌に触れるほんのりと冷たい空気。
(……もうこんな時間か)
長椅子に腰を下ろして書類に目を通しているうちに時間は過ぎてしまっていたらしい。
「ラダマンティスさま、お茶入れましたぁ」
ブランデーと交じり合ったやさしい暖かさ。
隣にちょこんと座って触れ合う肩先。
「すまないな」
「そろそろお休みになられたほうがいいと思いますぅ」
額に触れる口唇に少女は瞳を閉じる。
ときめきを覚える胸で指を組み合わせて。
「ラダマンティスさま?」
唇が重なり合って瞳を閉じる。次第に深くなるキスに肌が熱くなって。
剥ぎ取られた上着と鎖骨に触れた唇。
妖花アルラウネの如く、少女は男に抱かれるたびにその色香を増していく。
「……ぁ……」
絡まりあった舌先が離れて糸を繋ぐ。
腰骨をなぞり上げて指先が下着に掛かる。
「あの……ッ……」
耳朶を噛まれて肩が竦む。
押さえつけられる様に抱きしめられて歯先が乳首を甘く噛む。
「きゃ……ン!!…」
男の首を抱くようにして肌を合わせる。
「その……本当に私でいいんですか?」
重なる赤い瞳が困ったように笑うから胸が痛んで。
ずっと欲しかった筈の時間ですら責め苦に思えてしまうのはどうしてだろう?
「俺は……お前でなければだめなんだと思う。まだ不甲斐ない所も多いが……」
「そんなことないですっ!!」
彼女にとって彼はきっと夢の中の王子様。
白馬ではないけれども黒き翼竜の羽ばたきで迎えに来てくれる。
「私、ラダマンティスさまが大好きですっ」
器用な生き方はできないけれども、君はそれでもいいと隣にいてくれる。
手を取り合って逃避行なんて無理な話だけれども夢だけは共有できるように。
「ずっと、ずっと一緒に居たいですぅ……」
胸に輝くペンダント。
「でも、私……ラダマンティスさまのお誕生日なのに何もできません……」
「いや……俺にとっては一番うれしいものを貰った……」
時計の針が十二時を少し回って。
「誕生日に恋人に祝ってもらえる。俺にとって一番嬉しいことだ」
裸の体と心を重ねて、幸せいっぱいのキス。
せめてこの一瞬だけでも世界で一番幸せな二人だと自惚れたって許されるはず。
「そうか、それはめでたいなワイバーンよ」
「!!!!!!!ハハハハハハハハハーデスさまっっ!!」
瞬時に体を離して礼を取る。
冥王にカイーナの結界など意味を成さないことは重々承知だ。
「余のことは気にせずに続けるがいい。散歩がてらに寄っただけだ」
なんとも心臓に悪い上司は一瞬でその姿を消してしまう。
「…………もう、寝るか…………」
「はいっ」
例え雨でも嵐でも。彼は彼女の手をとってどこまでも行くだろう。
奇跡を分かち合うように出会いを抱きしめて。
「ラダマンティスさま」
「?」
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
闇夜に羽ばたく翼竜を見上げる花の色。
青い夢に落ちていきそうな眠れない夜。





その日は冥界でもっとも賑やかな一日に入った。
ワイバーンの翼はチョコレートで模られてバレンタインお手製のケーキの上に。
蝋燭の数は二十三本。翼竜の傍には小さな花も。
次々に届けられるプレゼントにラダマンティスは照れながら受け取る。
「よかった。みんな胃薬以外ってのは守ってくれたな」
「でも、ミーノスさまとアイアコスさまはどうなんだろう……」
幹事よろしく不安げになる二人。
「ふふふふ……誕生日ですねラダマンティス」
「ミーノス……お前からは言葉だけで十分だ。何もいらんぞ」
「またそんなことを。あなたが一番喜ぶものですよ」
ふわり。現れたのは花嫁姿の恋人。
ミニドレスから覗く足にはウエディングループ。
「動けません、ミーノスさまぁ」
「おや、コズミックマリオネーションを解くのを忘れてました」
そのまま少女は男の腕の中へ。
「ラダマンティスさま、変ですかぁ?」
「いや、ものすごく似合うと思う……」
「俺とミーノスで選んだんだ。ちなみに中も見てからのお楽しみなんだがな」
「……俺は今すぐお前ら二人を始末したい欲求で一杯なんだがな」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる声をさえぎったのは冥府の神。
「ワイバーンよ、誕生日だそうだな」
一斉に礼を取る一同に冥王は穏やかに微笑む。
「と、いうことはもうすぐ余のアイオロスも誕生日か」
射手座の少女は訳あって冥府の神の隣に座する。
「ほれ、余からのプレゼントだ。受け取るがよい」
「こ、これは?」
「アルラウネとの結婚許可だ。ちょうど花嫁装束ではないか」
「いやまだ早すぎ……」
「黙れ!!お前がアルラウネと一緒にならぬとアイオロスが余の元に嫁がぬのだ!!
 先に誰かが結婚しなければいやだと昨日も突っぱねられたばかりだ」
自分勝手な計画を持ち出す上司に痛み出す胃。
傍らの恋人が青ざめていく姿に少女は一瞬で冥衣を纏う。
「ラダマンティスさま、逃げましょうっ」
冥衣にヴェールの少女と手を繋いで。
「逃げるほうがいい様だな」
さらに双子の神も加わり大乱闘。最早事態は収集不能。
「ラダマンティスさま!!ケーキは後でお届けします!!」
忠臣たちの協力を味方につけて一日だけの逃避行。
地の底の喧騒ならばきっと許されるはず。
ワイバーンの冥衣を纏って走り抜けていく。
「私たち、やっぱり冥衣で結婚式するんですか?」
「俺は普通にドレス姿が見たいが……まだまだ先になりそうだ」
悩み多き恋人に一日だけでも平穏な日々を。
それを与えられる彼女はきっと最高の贈り物。
「ラダマンティスさま」
「何だ?」
「これ、受け取ってくださいますか」
銀のプレートに刻まれた翼竜の印。
細いチェーンがちゃら、と擦れた。
「ありがとう」
「間に合ってよかったぁ」





執務室の彼の卓上には一枚の写真。
仮初の花嫁姿の恋人。
何時の日かと夢を見ながら今日も冥府で指揮を執る。






15:47 2007/10/30

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