◆メディカルラヴァーズ◆
書類の山に埋もれる男が冥界にも一人。その名をワイバーンのラダマンティスという。
うっかりと女神の慈悲は冥王をはじめとして冥闘士まで及んでしまい彼はこうして
かわらずに中間管理職として職務を全うしていた。
「おい、アイアコス暇なら手伝ってくれ」
「今から新しい友達と雪男狩りに行くんだ」
いそいそと地元に帰るための準備をすす同僚を一瞥する。
「新しい友達?」
「おう。羊一家だ。シオンねーちゃんとムウ、あとちびっこだ。途中でインド寄って
電波拾ってから五人で一斉に雪男狩りに……」
「土産はいらんぞ。間違っても肉片などはごめんだ」
陽気に手を振っていく同僚を見送ってため息をひとつ。
順応性の高すぎるやつはどこに行っても暢気者だ。
(しかし……あの羊三匹は危険人物集団ではないか。しかもそこに乙女座のシャカまで
加えるのか……アイアコス、お前の神経がわからん……)
ふいに香る甘い香りに顔を挙げる。
紅茶とマフィンを手にした部下の一人が顔を覗かせた。
「ラダマンティスさま、午後のお茶の時間ですよ」
英国人である彼は仕事もこなすがティータイムも大切にしていた。
「ああ、もうそんな時間か」
「そんな時間です。はい、どーぞ」
出身地がと近いせいかアルラウネのクイーンは何かと男と行動を共にすることが多い。
短く切られた黒髪はふわふわと跳ねて普段は穏やか。
「あまり無理しないでくださいね。最近、胃薬の量が増えてる気がします」
「……………………」
一番知られたくない相手に確信を突かれてラダマンティスは肩を落とした。
冥闘士の中でも数少ない女子の一人がこのクイーン。
直属の部下では唯一の女性だ。
戦えば容赦はないが普段は菓子作りに勤しみジュデッカ周辺の花畑を管理している。
「そういえば、いいお薬があると聞きました。私、ちょっと出かけてきますね」
「おい、待て!!クイーン!!」
「お夕飯までには戻りますからぁ〜」
聖戦後も何かと忙しい教皇は今日も胃痛と戦っていた。
補佐官も何人かはついていたがここ最近はパソコンも導入されサガの仕事もだいぶ楽に
なるはずだった。
しかし、待っていたのはさらに増える業務。
下手にデータ化が進んでしまったのと手際のよさで今までの残務も一斉に押し寄せてきたのだ。
「……っく……なぜ私がこんなに……っ……」
徐に開く執務室の扉。
「兄貴に用事?珍しいな」
「はい。サガさまならいいものをお持ちだと思って」
弟が連れてきたのは冥闘士の一人。
かつて打ち合いした相手の部下と臆面なく話しさらに親しくなれるのは十五年間海底で
中間管理職をしてきたゆえの社交能力だろう。
「こんにちは、サガ様」
物怖じしないドイツの少女は手土産だとスコーンを手渡した。
同じ花好きとしてアフロディーテとはそこそこに親しい間柄らしい。
「胃薬が欲しい?」
「はい。ラダマンティスさまのお薬の量が日に日に増えてるんです。なので、少なくても
よく効くお薬を分けていただけないかと」
「なるほどな。ならばこれをあげよう。君はアフロディーテとも親しいようだし」
小瓶を大切そうに受け取ってクイーンは再び冥界へと戻っていく。その姿を見送ってから
カノンは首をこきり、と鳴らした。
「……あいつはラダマンティスの胃炎の原因、しらねぇな」
何かと話しもあうせいかカノンとラダマンティスは連れ立ってバーに行くことも多い。
愚痴を聞くのは慣れていると弟は呟いた。
「あの奥手な男が胃炎悪化させてまで思いつめてもかけらも伝わっちゃいねぇな」
今頃スキップしながら冥界への階段を下りている彼女には決定的なズレがあった。
ラダマンティスが奥手ならばクイーンはその上を行く鈍感なのだ。
「どうやったら告白できるかここ二ヶ月ばかり延々と悩んでる。そろそろ禿げるぞ」
さわやかに笑うカノンに悪気はない。
直属の部下の甲斐甲斐しさにいつの間にか恋心を覚えた。
酒を飲みながらそんなことをぽつりぽつりとこぼすラダマンティスの姿。
海底にいたころは海将軍の半数は女性だったカノンにとっては不自由はなかった。
だからこそラダマンティスの気持ちもわかる。
自分を慕ってくれる部下の気持ちが尊敬なのか恋愛なのか悩むところは双子共に同じなのだ。
「お前だってアフロに手ぇだしたとき、あれは尊敬の念を恋愛感情と間違えただろ」
「う………………」
「俺もアイザックで同じ思いをしたからな。余計にやつの気持ちがわかる」
「ラダマンティスさまぁ!!」
背後から飛ぶようにして抱きついてくる彼女に一瞬心臓が止まりかける。
ダイレクトに背中に感じる柔らかな質感。
「ククククククイーン!?」
「ただいま戻りましたっ!!」
屈託のない笑顔がかえって胸を締め付けることを彼女は知らない。
英国紳士よろしく無粋なことはしないのがこの男だ。
「私思ったんですけども、たまにはお休みもらったほうがいいと思います」
「しかし、それはパンドラ様がお許しにはならないだろう」
「じゃあ、パンドラさまに会いに行ってきます!!」
小瓶を執務机に置くとそのまま飛び出そうとする。
「待て!!」
とっさに手をつかんで彼ははっと赤くなった。
「し、申請は自分で行かないと……」
「じゃあ、私と一緒に里帰りしませんか?もうすぐ試験なんでお休みもらってるんです」
「試験?」
「はい。フラワーコーディネーターの試験です」
想像するのは花を両手に抱いて微笑む姿。
しかしながら実際の彼女とは若干かけ離れている。
先日もジュデッカの庭園を一人で作り変えた実績がそれを物語ってしまう。
(たしか……素手で樹木を切り倒せるんだったな……)
しばらく実家には戻っていない。
久しぶりの帰郷ならば楽しくしたいと彼はその申し出を承諾した。
「わぁい♪ラダマンティスさまと一緒だぁ」
無邪気だからこそ性質が悪い。
ため息がひとつ、冥界の蝶に変わった。
もどかしいのはそれを見守る忠実な部下たち。
「ああ、クイーンの馬鹿!!なんでお前はラダマンティス様の気持ちに気付かないんだよ!」!
書類を握り締めながらバレンタインが傍らのミューに視線を投げれば同じように頷く姿。
「シルキィスレードでラッピングして送りつけるか?」
「喜ばないだろ……ああ、ラダマンティス様も真面目だから!!少しはアイアコス様のいい加減差を
混ぜてしまいたい!!」
三巨頭の中でもラダマンティスの部下は特に忠義が厚い。
だからこそこの恋をなんとしてでも実らせたいと思うのだ。
「そうだ、あの人に頼もう!!」
「誰?あの人って」
バレンタインはにんまりと笑う。
「魚座のアフロディーテさん」
「え……でも、あの人ラダマンティスさまと仲悪いんじゃ……」
一度用向きがあって聖域に降り立ったラダマンティスをアフロディーテは本気のピラニアンローズで
なぎ払った過去を持つ。同行したバレンタインも一緒に巻き添えを受けた。
「ラダマンティス様とはな。でも、クイーンとは園芸仲間だ」
「そっか!!僕が遊びに行ったときも優しくしてくれたし……ラダマンティスさまだけ
駄目なんだね。了解」
思い立ったが吉日と二人は双魚宮へと向かった。
時刻はもうじき夕暮れもあり件の主の宮にはその恋人も。
昼間の一件はすでにサガから伝わっておりアフロディーテは困ったように首を捻った。
「うん、クイーンは確かに斜め上に鈍いかもしれない……」
四人分の夕食を並べながら彼女は視線を恋人に移した。
「サガ、どう思う?」
「どう思うといわれても……」
「私はクイーンには違う男性(ひと)のほうがあう気がするけれどね」
いつになく辛辣な言葉にサガは頭の中で考えをまとめ始める。
アフロディーテとラダマンティスは冥界での一件以来国交断絶状態だ。
しかし、弟の友人であるということを考慮すれば何とかして今よりも有効な関係を築いてはおきたい。
加えて彼もまた冥界と聖域の橋渡し的存在でもある。
「でも、このままじゃラダマンティスさまが不憫で不憫で!!」
泣き出すバレンタインにハンカチを差し出して女は呟く。
「クイーン、いい子だよ?何もあんな神経質そうな……」
「アフロディーテさんだって十分に神経質すぎる御方とお付き合いしてるじゃないですか!!
何とか、お知恵を貸してくださいませ!!」
八十八の聖闘士の中でもっとも神経質な男を恋人に持つ女。
幸せな男だと呟いて女は手をぱちん、と打った。
「一緒に帰郷するんでしょう?だったらイギリスで迷宮庭園にでも行かせたら?これなら彼の
地元にさりげなくクイーンを誘えるでしょ。ほら、チケットあげるから泣き止んで」
ドイツとイギリスは地図の上では少し離れている。
あのラダマンティスが自分から誘えるはずもないと彼女も理解はしていた。
「ありがとうございますぅぅぅぅううう!!」
「僕たちもなんとかしてラダマンティスさまに幸せになって欲しいんです」
ミューの呟きは部下一同の気持ちだった。
「今回だけだよ。私もいつまでも険悪な関係で居たくないし」
「うわぁぁあああん!!黄金の皆さんの写真売りまくってるアイアコス様に聞かせたい言葉だぁああ!!」
「あの男、今度きっちり締めてやる……」
最後にローズティーを飲みながら二人の冥闘士はまじまじと目の前の二人を見た。
聖域の中間管理職代表、神経質を絵に描いたような男。
穏やかさと天然さを併せ持った黄金聖闘士の女。
件の二人にどこか重なっては消える何か。
「ありがとうございました。僕たち、帰ります」
「あ、ミュー。今度はもっと明るいうちに遊びにおいで、そこの彼も一緒に」
帰り道、二人はどうやってチケットを渡すかを考えていた。
「ラダマンティスさまじゃ受け取ってくれないよな……」
「そうだ!!クイーンに渡そうよ。んで、あいつ方向音痴だからラダマンティスさまに
案内してもらうようにすればいいんだ!!ガーデンジャンキーだから絶対に行きたがるはずだし」
ミューの考えに抱き合って喜び合う。
その足でクイーンの部屋まで向かい扉を叩いた。
「はーい。あ、どうしたの二人とも?」
「じゃーん!!お前これ欲しくないか?」
差し出されたチケットをみてクイーンの目の色が変わった。
「欲しい!!すっごく欲しい!!」
「じゃあ、あげる」
「わぁい!!でも、どうしたの?これ?」
もっともな質問にバレンタインは口篭った。
「ふ、福引で当てたんだ。男二人で行っても仕方ないからさ」
「そお?ありがとう……でも、ちゃんと迷わずに行けるかなぁ……」
不安げに視線を落とすクイーンに追い込みを掛ける。
「ラダマンティスさまにつれてってもらえよ。イギリスだし」
「クイーン一人じゃ駅までは行けても難しいしね。ラダマンティスさまが一緒なら大丈夫だよ」
二人の言葉に少女は静かに頷いた。
「うん。明日ラダマンティスさまにお願いしてみる。ありがと、バレンタイン、ミュー」
おやすみ、と閉まる扉にほっと胸をなでおろす。
あとは上司の勇気にすべてを掛けるのみだ。
「ラダマンティスさま、がんばってください……」
「この先できちゃった結婚でも誰も何も言いませんから……」
「絶対にありえねぇ、それ。あったら俺お前に山○養蜂場の蜂蜜、リットルで買ってやるよ」
「お前、まだ僕を昆虫扱いしてるな……」
翌日、思い人からの唐突な誘いにラダマンティスは握っていたペンを原子に返した。
「め、迷宮庭園?」
「はい。私一人じゃ絶対に着けないと思うんで一緒に行ってもらえないかと」
千載一遇の好機は逃せば後がないことは重々承知。
勇気を振り絞って彼はチケットを受け取った。
「駅まではこれそうか?クイーン」
「はい。大丈夫です」
「わかった、案内しよう。普通の格好で来てくれるか?」
「はい!!わぁい♪ラダマンティスさまとデートだー!!」
逸る気持ちを抑えながら赤くなりそうな自分を叱咤する。
出発日は明日。待ち合わせは明後日。
決戦は二日後と聖戦よりも覚悟を決めて彼はこぶしを握り締めた。
待ち合わせた駅で少女は普段とはまるで違う彼をぼんやりと眺めていた。
「どうかしたのか?クイーン」
黒スーツにネクタイ姿のラダマンティスは別人のようで。
冥衣姿を見慣れていた彼女にとっては驚いて当たり前だった。
「なんだか違う人みたいです。ラダマンティス様」
「お前は仕事上、冥衣を着ていないことのほうが多いからな」
それでも普段着の彼女は普通の十九歳。
オフホワイトのカットソーは冥界では見れないものだ。
「あの」
「?」
「腕組んでみてもいいですか?私、大人の男って感じの人とデートするの初めてなんですっ」
申し出を断る理由もなければ断りたい気持ちもない。
そうこうしてる内に絡まってくる細い腕。
歩調を小柄な彼女に合わせて街中を進み行く。
「綺麗な街ですねぇ……」
「見慣れてるからな。俺は」
その街並みさえ今日は違って見えて。
これ以上にないほど高鳴る鼓動と乾く唇。
平静さを予想だけで精一杯な心の中。
「ラダマンティスさまはずっと冥界に残るのですか?」
「わからんが、多分そうなるだろうな。お前はどうするんだ、クイーン」
「じゃあ、私も残ります。ラダマンティスさまやみんなと一緒に居たいし」
絡ませた腕と心の行方。
まさか冥闘士になってから恋に落ちるとは思ってもみなかった。
「どこか行きたいところとかあるか?クイーン」
「え…………」
「チケットの期限は長いのなら、どこか案内するぞ」
「じゃあ、王立植物園に行きたいです。私、イギリスにくるの初めてで」
サボテンの温室と螺旋階段。
熱帯睡蓮の前で足を止めてクイーンはそれをしげしげと見つめた。
「綺麗ですねぇ……こーいうのジュデッカに植えたら怒られますかね?」
淡い色合いと湖畔の美しさ。
量り売りのチョコを食べながら少女はうっとりと目を閉じた。
「クイーン」
「睡蓮はいいですねぇ……ほんのりとあまーい匂いもしますぅ……」
「その……あのだな……」
今を逃せば後は無い。
「その……」
呼吸を整えて言葉を。
「なんでしょう、ラダマンティスさま」
いつもならばそらしてしまう視線をしっかりと重ねて。
「俺は……その……」
「?」
ここにいるのは自分たち二人だけ。そう覚悟を決めて息を飲み込む。
「俺は…………お前が好きだっっ!!」
「はい?」
唐突なI LOVE YOUを瞬時に理解できるほどに人生経験は深くなく、彼女はぼんやりとしたままだ。
やがて言葉の意味を理解して今度は耳まで真っ赤に染まる。
「はいいいいいいいいいっっ!?」
「そこまで驚くな!!」
「だだだだだだあって!!なななななんでですかっ!!パ、パンドラさまとか!!」
「俺にMっ気はない!!俺はお前みたいにのんびりと過ごせるような女が好きなんだ!!」
零れ落ちるチョコレートにとまる一匹の蝶。
「でも、どうお返事したらいいかわからないですぅ……だって、私、庭の手入れくらいしか
できませんっっ!!」
「紅茶の入れ方が完璧だ!!茶菓子も文句無い!!」
「男っぽいってよく言われますぅ」
「どっからどうみても女だ!!」
なきながら答える少女と叫ぶ男の組み合わせは、誰かが見たら立派に刑事事件にも見れるだろう。
「ラダマンティスさまぁ……」
涙目。視線。止まる時間。
「その……泣かないでくれ……」
「だってぇ……」
額に触れる唇に、心音が早くなる。
戸惑いながら重なる唇。
「ふぇ……っ……」
断頭台の花といわれる少女も冥衣をとれば穏やかなアイリスに変わるように。
翼竜の彼も地上に出れば紳士に戻る。
「チョコレートこぼしちゃいましたぁ……」
「か、帰りに買ってやるからそんなもの」
「はぁい……」
睡蓮を見つめながらぼんやりとする頭の中で少女はこの瞬間におきたことをもう一度思い出す。
(……私、ラダマンティスさまとキスしちゃったんだ……)
さすがの彼女でも状況を理解して再度耳まで染まりあがって。
「きゃああああああああああ!!」
「どうした!?蛇でも出たか?」
「違いますぅぅうううう!!」
睡蓮の上に止まる蝶。
飛び立って光の粉が舞い降りた。
「ラダマンティスさま、言ったーーーーーーっっ!!」
「やったぁぁあああ!!ラダマンティスさまーーーーっっ!!」
冥界では蝶からの映像を部下一同がはらはらと見守っていた。
どう考えても堅物のラダマンティスがクイーンに何もできなかったことを考えて
最終手段は遠隔操作のシルキィスレードとデッドパヒュームでクイーンを操る計画
まであったほどだ。
「よかったな、おい」
「なんだか俺まで泣いちゃったよ。あとはどうやってやらせるか……」
シルフィールドの言葉に一同は顔を見合わせた。
「そこに行き着くまでに年単位でかかりそうな気がする……」
「遠隔操作でいくか。この際だ、手段は問えん」
「犯罪だろ、そこまでやったら」
「でも、そうでもしないとラダマンティスさまが」
喧々囂々と言い合うカイーナ組の声に反応したのは直属の上司。
「面白そうだな、余も混ぜてくれ」
「ハハハハハハハ、ハーデスさま!!」
ご丁寧に双子神を引き連れての登場にカイーナ組は凍りついた。
礼を取ろうとするのを静止して冥王は映し出される二人の姿に釘付け状態だ。
「ほほう、ワイバーンとアルラウネか。こやつの庭師の腕前はたいしたものだな。
今度許可証を発行するゆえにエリシオンの庭も頼むと伝えてくれ」
ちょこんと座る冥王とその後ろに座する二人の神。
「して、お前たちはなにをしていたのだ?」
明らかに答えなければテリブルプロビデンスを放つぞと構えているタナトスの姿に
一同はいきさつを三人に伝えた。
「ほう、あの堅物が。ならば余もひとつ噛んでやるか」
ミューの蝶を一匹使い、ハーデスは地上に向けてそれを放つ。
胡蝶は男の肩に留まり冥王の言葉を彼だけに伝えた。
『ワイバーン、その娘孕ませるまで帰ってこなくともよいぞ』
「!?」
『うろたえるなー、そこの娘にばれるぞ。まぁそういうことだ、精々がんばってくれ』
ギャラリー多数を告げられたも同然よりも、冥王の命令のほうが重くのしかかる。
(ハーデスさま……そんなに簡単に俺にはできません……)
しかし、現状を考えればラダマンティス抜きで職務を遂行するのは難しい状態だ。
それを一番に知っているのは他ならぬ彼である。
「ハーデスさま!!そんな事いったら冥界が機能しなくなります!!」
バレンタインの叫びに冥王はにやり、と笑う。
「知っておる。だからこそ嗾けた。思うならばどうにかするだろうて」
ミューお手製のプディングを頬張りながら双子神も頷くだけ。
要は面白ければこの三人にとっては何でも良いらしい。
帰り際にどっちに賭けるかという神にあるまじき発言まで聞こえてくるほどだ。
「ラ、ラダマンティスさま……がんばってください……」
「いや、本当にあらゆる意味でがんばってもらわないとなあ……」
シルフィールドの言葉に一同が頷く。
カイーナ組、別名ラダマンティス親衛隊は祈るように天を仰いだ。
キューガーデンを抜けて買いなおしたチョコレート。
先ほどからぐるぐると回るのは冥王の言葉。
(だから俺にどうしろと……くっ……)
夕暮れ間近の街並みはどこか忙しくて、のんびりとした少女は目を瞬かせるばかり。
「ラダマンティスさま、暗くなって来ちゃいましたねぇ」
「……夕飯にでもするか……」
辺りを見回して、死界の蝶が居ないことを確認して男は少女の手を掴んで徐に走り出した。
本気を出せば人間の波なんて簡単に潜り抜けられる。
冥闘士三巨頭の一人の実力は伊達ではない。
砂煙を上げながら失踪していく本気のラダマンティスにミューの蝶が追いつくはずもない。
勢い良く飛び込んだのは小奇麗なホテルだった。
「バルコニーカフェあたりで夕食でも取るか……」
「汗掻いちゃいました。変な匂いしませんか?私」
「いや……別段そんなことは無いが……気になるなるなら食事の前にシャワーでも浴びたほうよさそうだな」
手続きを済ませて鍵を受け取り、部屋へと向かう。
そして、彼はふと気付いた。
(……俺……今、ものすごいことしてないか……?)
よりにもよって面倒だからとエグゼクティブルームを選んでしまった。
赤絨毯の上を歩きながら平静さを装うのももはや難しいほど。
女を抱いたことが無いわけではない。
冥闘士になる前は普通に生活をして恋愛もした。
しかし、聖戦での自分の部下たちの心を知れば以前の生活が霞んでしまう。
天蓋付きのベッドに座り込んで隣をすり抜けてバスルームに向かう背中を見送る。
(け……警戒心ってものは無いのか……)
元々彼の部下たちは忠誠心が強いものが多い。
地上に帰らずに冥界にとどまったものが殆どだ。
彼があれこれと頭を悩ませてる頃、件の少女はのんびりと汗を洗い流す。
「さっぱりしたぁ♪」
髪も洗い終えていざ出ようとしてふと気が付く。
(……私、今ものすごい状況なのではないでしょうか……)
今自分が出ていくことはどうやってもそれを避けるには難しい。
「どどどどどどーしよう……」
鏡に映る姿を見てため息をつく。
(子供みたいな身体です……私……)
コンプレックスも重なってますます出るに出られない。
「じ……自信がありません、ラダマンティスさまぁ……」
釣り合いが取れないと何度も頭を振る。
意を決して戻ればまだ彼はぼんやりとしたままだった。
「ラダマンティスさま?」
「あ、ああ……ちょっと頭を冷やしてくる……」
よろよろとバスルームに消えていく姿。
心なしかどこかやつれている様にさえ見えた。
高い天井と天窓は、一度訪れたことのあるカイーナの彼の城にどこか似ていた。
差し込む灯りと窓越しの風。
「……そろそろいくらクイーンでも着替えくらいすませて……」
バスローブ姿で出てみれば聞こえてくるのは笑い声。
待っている間につけたテレビに見入ってしまったらしい。
大方着替えながら見ようとでも思ったのだろう。
「きゃははははは♪」
「……クイーン……」
「あ、ラダマンティスさま、いますっごく面白いところなんですっ」
危機的状況にすら気付かないのか、果たして男としてカウントされていないのか。
どちらが正解でも虚しさはセットで付いてくること間違いない。
「そうか、それは良かっ……」
強い引力でもかかったかのように彼の身体は鮮やかにつんのめりそのまま勢いをつけて
少女の小さな身体をベッドの上へと押し倒した。
「すまん、急に転びかけ……」
誰がどう見てもここで行かなければ男ではないという状況。
気まずい沈黙と止まったかのような時間。
見事に組み敷いたこの姿勢を変えるには伸るか反るかの二者択一。
(ええい!!俺も男だ!!この勝負乗った!!)
腰の結び目に手をやって深緑の瞳を覗き込む。
重なるレッドアイに少女はようやく自分の置かれた環境に気が付く。
「ラ、ラダマンティスさまっ!!」
ローブを脱がされて下着一枚の姿に。
とっさに両手で胸を隠して首を何度も横に振った。
「だだだだだだだ駄目ですぅっっ!!私……」
「……いや、そこまで拒絶されると俺でも何かしようとかは思わないから……理由を
聞かせてくれないか?クイーン」
困ったような顔の青年と涙目の少女。
もしもこれが彼ではなくアイアコスあたりならばフルコース確定だ。
「その……自信が無いんですぅ……幼児体形ってみんなに笑われるし……」
「み、みんな!?」
「カイーナチームで水着持って湖に行ったんです。その時に……」
十九にしては幼い顔立ちと体つきは、同年代の同胞から見ればからかうには格好の的だった。
「だから……」
ぽふぽふとあやす様に頭を撫でる大きな手。
「体系は人それぞれだからな。気にすることも無いと思うぞ。ミューなんかバレンタインと
歩いてるといつも恋人に間違われるとぼやいてるがな。俺なんかも不甲斐ない同僚にいつも
眉のことでからかわれる……同じではないがお前の気持ちはわかるつもりだ」
今、自分の隣にいる人が彼で良かったと思えるように。
「ラダマンティスさま、目を閉じてください」
言われるままに瞳を閉じる。
重なる乾いた唇がくれる触れるだけのキス。
「自分でできるのはここまでなんです。なので……あとは……お任せしますっ!!」
彼女の精一杯の勇気と気持ちに。
小さな背中に手を回してそっと抱き寄せた。
そのまま体重を掛ければ従うように倒される少女の身体。
柔らかな首筋に唇を這わせればくすぐったそうに身を捩る。
胸を隠す手を外させればふい、と横を向く小さな顔。
「恥ずかしいからあまり見ないでください……」
僅かな膨らみと浮いた肋骨。
ちょこんと乗せられたような小さな乳首に舌先が触れた。
舐め上げられる度に震える細い肩。
「や、あ……ぅ……」
歯先が甘噛すればぎゅっと閉じられる瞼。
乳房を押し上げるように指先が掛かる。
きゅ、と摘まれて零れる吐息と早くなる鼓動。
(どうしよぉ……やっぱり自信ないよ……)
顎先に舐めるように唇が触れて、今度は甘いキスに。
金色の髪が薄闇にぼんやりと輝くのをクイーンは不思議な気持ちで見つめた。
「……ラダマンティスさまぁ……」
手を取られて女王に忠誠でも誓うかのように指先に降る接吻。
一枚ずつ確かめるように爪を舐めあげられてその度に唇を噛む。
「やっぱりダメですぅ……私……」
火照り始めた身体をどうしたらいいかわからない様な心の行方。
流れるのは簡単で憧れと恋は紙一重に似てしまう。
「ちょっと怖いですぅ……」
敬愛する相手に抱かれることは考えたこともなかった。
夜の翼が降りて二人だけの空間を作り出す。
「いや……どうしても嫌だったら俺は……」
無理強いだけはしたくないと呟いてぎゅっと閉じた瞼にキスをする。
きっと彼はこの先も大事にしてくれるのはわかっているのに。
「だって、胸だって無いしガリガリだし……」
「気にしてるのはその程度か?」
「?」
鎖骨に触れる乾いた唇の感触。
「!!」
形を辿るように動いてその下に小さな噛跡を残して。
「気にするほどのことでもないと俺は思うぞ」
指先が滑り落ちて止まったのはくびれた腰。
浮かんだのはアルラウネをかたどった刺青にも似た痣。
冥闘士としての証と冥王への忠誠。
「お前はここに浮かんだか。俺は肩だった」
愛しむように降るキスに体が震えた。
熱くなるのは肌なのか心なのか。
火照った肌と汗のにおいが感情に火をつけて発情を促す。
「や……!!そ…な……駄目です……ッ!!」
脚を開かされて男の顔が少女の秘所に埋まる。
ねっとりと生暖かい舌がひくつく陰唇を嬲りあげる。
指先でクリトリスを軽くひねり上げると抱いた細腰がびくん、と震えた。
軽く噛むように歯を当てて攻めあげればもどかしげに指先が空を掴む。
じんわりと零れ出す愛液が受け入れ可能だと告げる。
どれだけ戦士としての能力が高くてもこの身体は柔らかい女のそれ。
「ァ……ぅ……!!……」
逃げようとする小さな身体を抱いてじらす様に動く舌先。
薄桃の肉芯とまだ他人を受け入れたことのない入り口。
張り付く様に押し当てられた唇がぐりぐりとクリトリスを嬲る。
その度に上がる甘えるような声。
「…っあ!!や、ん……!!」
溢れる声を殺そうとして両手で口を塞ぐ。
痴態と失態の区別など無いとクイーンは首を振った。
「あ……」
それを静かにはずされて赤い瞳と視線が重なる。
耳朶に触れる唇にぎゅっと瞳を閉じれば囁く声で肌がますます熱くなる。
「聞かせてくれと言ったら……嫌か?」
首筋に浮かぶ赤い花。
入り口をやんわりと撫で摩っていた指先がゆっくりと内部へと注入を始める。
「……恥ずかしい……ですぅ……」
ぢゅく、くちゅ…零れてくる淫音はまぎれも無く己のもの。
時折走る鈍い痛みと異物感と―――――これから自分がどうされるのかということ。
頭では理解していてもどうしても竦んでしまう。
「あ、あの……ッ……私……っ……」
小刻みに震える体と荒くなる息遣い。
深く重なる唇と絡まりあう舌先。離れたくないのは確かなのに。
肩越しに見える天井の闇が優しく怖い。
「その……ッ……」
誰かの体温を感じることができたのはどうしてか人の世を捨てたとき。
恋は唐突でたった一日で目まぐるしく走り抜けた。
「よ、よろしくおねがいしますっ!!」
「あ、ああ…………」
汗と彼の香りが肌を染めて覚悟を決めさせてくれるから。
膝を折られて秘部をさらけ出すような姿勢に目を閉じて。
先端が触れてゆっくりと沈んでいく。
異物の進入と違和感と圧迫。
呼吸と拍動と眩暈と血液の逆流。
すべてが一斉に混ざり合ってクイーンの体内でせめぎ合う。
「――――――――ッッ!!」
きつくシーツを握る指先を解かせて自分の背に回させる。
肩口に刻まれた翼竜に食い込む細い爪。
「ッッア!!や、あ!!」
苦しげに寄せられた眉と悲鳴にも似た声。
ぎりぎりと軋む小さな身体を抱いて揺り動かすように突き上げる。
腿を染め上げる破瓜の証と生まれたての感情の行方。
幼さの残る小さな乳房をやんわりと揉み抱く大きな手。
「んぅ……ァ!!……」
張り詰めた肌に落ちる男の汗がこれが現実だということを教えてくれる。
「……もう少し……力を抜いてくれ……」
闇に光るペンダントのチェーン。
(……綺麗……どうしてだろう……)
こぼれる涙の理由すらわからないのに、どうして自分の気持ちを制御できるだろう。
ただその広い背中にしがみ付くだけで精一杯なのに。
繋がった箇所がじんじんと熱くて痛みなのか痺れなのかさえわからない。
「……ラダマンティスさまぁ……ッ……」
突き上げられるたびに耳に響く濡れ湿った音。
小刻みな呼吸と自由の利かなくなった手足。
「……好き……です、ぅ……」
紡げる言葉はそれだけで、でも彼には十分で。
逞しい胸板と重なる小さな乳房。
抱きしめあって重ねた肌と心音。
「……俺もだ……クイーン……」
力の抜けた身体を彼に預けてただされるがままに流される。
困ったような顔で見つめられて、その瞳の色の優しさに涙がもう一度零れ落ちた。
「どうしましょう……大好きなんですっ……」
「それは光栄だな……」
「どうしたらいいんでしょう……」
痛みと涙でどうしようもないはずなのに、笑ってしまうのは。
不器用な彼と彼女の感情が重なるからなのだろう。
額がこつん、と触れて唇が降る。
ぎゅっと背中に回した腕に力を入れて彼の動きに身をまかせる。
腰に掛かった無骨な指と肌に触れる熱い息。
崩れ落ちる彼を受け止めるだけでも満たされる何かに瞳を閉じた。
まだ重い身体を引きずって身を寄せる。
伸ばした指先がペンダントトップに触れた。
「どうした?」
「綺麗ですねぇ……ずっと見てました……」
自分を抱く男の胸で揺れる銀色の光。
忘れ得ないだろうその色。
「ラダマンティスさま?」
静かに外してそっとクイーンの首に掛ける。
「似合うな」
「……私、に……?」
「何をやったらいいか俺にもわからんのだ」
夜空のどの星よりも煌いてまぶしい光。
ぽろろ、と零れ出す涙に狼狽する男の姿。
「ラ、ラダマンティスさまぁ……っ!!」
抱きついてくる少女を受け止めて頭を何度も撫でる手。
「私、ずっとずっと大事にしますっ!!」
「いや、その……繋ぎ程度でかまわんのだが……」
「でも……私、何もお返しできません……」
「毎日……美味い紅茶を淹れてくれるだけで十分だ……」
少し赤くなった顔が二つ。
「細いな。ちゃんと食事はしてるのか?」
「はい」
本当はもっと違う言葉を伝えたいのに。
出てくるのはそんなものばかりで自分に歯痒くなってしまう。
甘い言葉の一つでもあればいい物だと頭ではわかっているからこそ。
「ラダマンティスさまぁ」
「?」
「その、私……これからどーしたらいいんでしょう?」
その言葉で冥王からの件の命令を思い出す。
戻れば確実に同僚からのからかいと部下一同からの視線からは逃げられない。
前途多難の恋はまだ始まったばかり。
「お、俺もどうしたらいいのかわからん……」
「どーしましょう……ラダマンティスさまぁ……」
小さな頭を胸に抱いてあれこれと悩めばきりきりと胃が痛み始める。
「……胃が痛い……」
「お薬ありますっ!!」
「いや……大丈夫だ……」
痛みを消してくれる薬が今度は前よりもずっと近くにいてくれる。
少しだけ和らぐ痛みにどうにか笑顔を作るだけ。
「し、心配しなくとも俺は平気だから……」
「駄目です〜〜〜〜っっ!!」
明日ことは明日考えてしまおう。
今だけはわずらわしいことは忘れてしまえるように。
冥界に戻った二人に起こったさまざまな事件。
彼の胃炎がより悪化したのはまた別のお話。
0:17 2007/08/07