◆優しい彼の殺し方◆
「しばらく実家に帰るから、磨羯宮荒らしたりしないでね」
荷物を手早く纏め上げていくその手腕。
「ちょっと待て、俺はそこら辺の変態か」
おいおい、お前が実家に帰ってる間になんで俺が無人の宮に行かなきゃなんねーんだ?
そこにお前がいるからいくわけで俺は別に女神像なんかに興味はねぇぞ。
「スペインかよ」
「ま、実家って言うか……故郷?」
ピレネー山脈に帰るってことか。ま、俺のシチリアみたいなもんだな。
この時期のスペインってどうなんだかな。
空と海が綺麗だってのは俺だってわかっちゃいるんだが。
「あ、そうだ。あんたも来る?」
誘いに乗らねぇのは俺の流儀に反する。
こいつのいない聖域にいたところで青銅のガキたちのお守り役にさせられんだ。
そうい面倒ごとはサガにでもやらせとけば良い。
あいつなら喜んで面倒だって見てやるだろうよ。
なんてったって天下の教皇様だ。
「休暇届をちゃんとサガに出してからね。それくらいは待ってられるし」
俺とシュラが二人そろって執務室に顔出した時のやつの態度は今思っても笑えるもんだった。
休暇届を叩きつけてにんまりと笑う。
「シュラはともかく、デスマスク。お前が休暇を取れるような仕事していたか?」
してただろうよ。
民族の紛争黙らせてきたのは俺様だぜ?
「師匠の墓参りいきたいという正当な理由のシュラとお前はたんなるバカンスだろう」
眉間に皺寄せすぎっとアフロに嫌われるぜ、サガよぉ。
どうせまた夜になると睡眠薬とか飲んでんだろ。
クスリは後からじわじわ来るんだぜ?
うっかりお前とアフロの間にガキでもできたら大変だろーよ。
「サーガー!!お昼もって来たよ!!」
重厚な扉なんて聖闘士の前じゃ意味はない。
こんな細い女だって簡単に開けちまうんだから。
「アフロディーテ、君も思わないか?休暇をとるほどの仕事量をこなさない男が休暇届
をこの私に叩きつけて来たのだ」
バスケット抱えたままでアフロが俺を見上げてくる。
あんまり乳見えそうな服着んなよ、サガまた黒くなっちまうぞ。
「んー、もうすぐお誕生日だしプレゼント代わりにお休み上げてもいいんじゃない?」
ナイスフォローだぜ、アフロちゃんよぉ!!
今度土産にいいワイン買ってきてやっからな!!
「デスはお仕事ちゃんとしてるよ。サガはもっともっとしてるからそう思うのかもしれないけど」
もっといってやれアフロ!!大体サガは仕事と心中するのが趣味なんだからよ。
「ミロやカミュのように公務をこなしているようには思えないが?」
なんで俺のときゃそんなに査定が厳しいんだよ。
俺だってたまにゃ邪魔されずに自分の女とゆ〜〜〜〜っくり過ごしてぇの。
「アラビア半島の民族紛争を収めたのは彼ですよ、教皇」
シュラ、さすがは俺の女だけあるよな。
俺だって働いてるっつーの。
「そうまでいうならば認めようか。ただし、行き先はこちらで決めさせてもらう。期間は
シュラが聖域に帰ってきたからだ」
そんなこんなでシュラは早々と帰ってきた。
俺たちの行き先は『日本』つまりは青銅のガキどもの様子も見てこいってこった。
まぁ、女神の屋敷に泊まれっていわねぇだけいいとするか。
忠義厚いシュラならともかく俺様はあんな女のそばには居たくねぇ。
「んじゃ、楽しめるようにがんばらないとね」
お前のその意味深な笑顔はもしかしてあれなのか?
俺よりかドラゴンのあのガキに会えるのが嬉しいってのか?
「…………あんた、今ものすごくしょうもないこと考えたでしょ」
あきれ半分の流した視線。
俺たちってそんなことでも分かり合えるようになってたのか?
「飛行機って面白いね。いっつも自力で移動してるから」
カスピ海だろうがエーゲ海だろうが。
俺たちはその気になれば自力で高速移動ができる。
あえてそれをやらないのは休暇って物を雰囲気から目一杯に満喫するためだ。
聖闘士なんて物騒な職業を休んで極東で遊びまくるぜ。
「シャカからこれもらったんだけども」
あ?ジシャブッカクガイド?
俺は信心深くねぇから興味はもてねぇな。
だけど、こいつはどうなんだ?
「行きたいのか?」
少しだけ困ったような光。
「んー……私も詳しくないからね。どっちかってと、のんびりとスパのほうが良いな」
残しの長い時間を話しなんかしながら。
時折重なる手にがらもなく少しどきっとしたりしてな。
本当だったら聖域とはまったく縁のないところに行きたかったんだが、無理は無理だ。
「ま、ゆっくりしてこようぜ。たまにゃさ」
そそくさと業務連絡を終えてしけこもうとした時にペガサスのガキがシュラに後ろから
抱きつきやがった。
「な、シュラどこ行くんだ?」
まるで姉貴にでも懐くみたいにしやがって。
あいつも面倒見いいから嬉しそうに笑いやがって。
なんだかんだしゃべってるのを見ながらタバコに火を点けたらドラゴンが寄ってきた。
「お久しぶりです」
「おー。元気そうだな」
五老峰からいろいろと聞こえてくる話。
老師は相当このガキを気に入ってるのは間違いねぇ。
ま、そのうち天秤座継承すんだろうな。
「デス、そろそろ行こう」
ああ、そうだな。さっさとこんなとこからおさらばだ。
「紫龍、また今度手合わせしよう」
「はい。あなたから学ぶことは本当に多すぎます」
おい、なんだそりゃ。「何がアナタカラマナブコト」だ。
「じゃ、またね」
俺の手をいきなりつかんでシュラは足早に。
だからんなに急いでどこ行くんだよ。
「飛行機とかは十分に楽しんだよね?」
「ああ」
「一年に何回かは規律違反したっていいと思わない?」
俺は常に違反してるけどな。
俺とカノンとミロは守るほうが少ねぇだろうよ。
ああ、でもなんかこの感じは妙に懐かしいな。
こいつは忠誠心が強いからいつも一人で悩んで落ち込む。
死ぬまで罪を犯さない人間なんていねぇだろ?
「ちゃんと繋いで」
前のこんなのがあったような気がすんだよな。
何かが記憶に引っかかる。
あれはいつだ?ずっと昔だったのはわかってんだ。
こいつの小宇宙は青白いっつか、どっか海とか空とかそんな感じがする。
面と向かっていう様なことでもいえるようなことでもねぇ。
「じゃ、行くよ」
昔見た聖書ってやつの半端なページ。
聖母は生まれたてのガキを抱いて幸せそうに笑ってやがった。
俺にとっての母親なんてものはまったく別物で。
父親は俺を忌み嫌ってさっさと聖闘士にさせるという名目で追い出した。
まぁ、俺とやつは何のつながりもないから至極当然だろう。
たまたま素質があって俺は生き残った。
そして蟹座の聖衣を手に入れたってだけだ。
そこでシュラとかアフロと出会って今に至る。
「どこ行くんだよ」
「ここ、どこだか知ってる?」
テレポートで移動したんだからまぁ日本じゃないんだろうな。
「さぁな」
岩山の切り立った場所の割には空がやけに綺麗だ。
ガラスを水で溶いたようなグラスブルー。
雲ひとつありやしねぇ。
普通の人間だったらこんなところまで来ることは不可能だ。
俺たちは普通じゃねぇからどうにでもなる。
「先生、また来ちゃいました」
墓石に刻まれた山羊座の文字。
ああ、シュラの師匠の墓か。
「前にも言ったと思いますが、これが蟹座の聖闘士です。本当にどうしようもないような
男で私もたまに困っちゃうくらいで」
おい、いきなりそれかよ。
もうちょっと何とか言えや。
「悪行三昧で女神に忠誠なんかまーったくちかわないし、やるきもあるんだかないんだか」
なぁ、もうその石の下にお前の師匠は居ないんだろう?
お前が聖域に移ってきたときに、確か……死んだんだ。
塞ぎこんで誰にもわからねぇように泣いてて。
アイオロスとサガだけがお前の心の聖域に入れたんだ。
そんときのお前のことは忘れられねぇ。
あんなに苦しそうな顔して、誰かに逢うと無理して笑って。
「ねぇ、先生」
風が飾った花の首飾りを攫うように巻き上げた。
飛び散る花びらが空に溶けて行くようで俺はただその光景をぼんやりと見るしかできなかった。
「それでも、私にとっては彼が大事な存在でよりどころのひとつなのです」
そこにその人が存在するかのように紡がれる言葉。
胸の前で静かに指を組んで、そっと瞳を閉じる。
「馬鹿だと叱ってくれますか?」
きっと、一番にシュラの幸福を願うのはこの物言わぬ存在なんだろう。
家族からも離れて、過ごした過酷な日々。
「それとも…………」
風にこぼれる涙。
「笑ってくれますか?」
ここに足を踏み入れることが許されるの存在。
俺とそうと認めてつれてきたってことなんだろう。
「先生、私はまだまだ未熟者です」
指先が墓石に触れる。
「だから……たまに帰ってきますね。先生」
想像でしかねぇけども、きっとこいつの性格は師匠から譲られたんだろう。
「おっさん」
俺の声に驚いたような顔して。
「おめーの弟子、結構いい女だぞ。この俺様が惚れてんだ。なんかあっても俺様が
守ってやっからよ安心して寝てろや」
「…………だそうですよ、先生」
泣き顔も笑い顔もまとめて俺が面倒みてやらぁ!!
覚悟決めるには一番の場所ってことなんだろ?
「でも、先生。私、こう見えても結構強いんで自分の身は自分で守れます」
おいおい、そりゃねぇだろ。
確かにお前の強さは半端じゃねぇけども。
「デス」
「あ?」
「見て、綺麗でしょ。ここから見る空」
延久に広がるその雄大さ。
「昔、一回だけ一緒に来てくれたでしょ。オバケが出たら大変だって」
それか、俺が思ってたのは。
あんときも泣いてたこいつと一緒にここに来たんだ。
墓石に抱きついて大泣きしながら叫んでて。
俺もなんか一緒になって泣いてたきはする。
「それから」
何だよ、まだなんかいいてぇのか。
「これあげる」
渡された小さな包み。
中に入ってたのは飾り気の無いシンプルな指輪だった。
「どの指でもいいよ。あげる」
だったら俺はまよわねぇぞ。そのために左手には何もつけてねぇんだからよ。
「んじゃ、帰りましょうか」
俺の前を歩こうとするシュラの手をつかんでこっちを向かせる。
予想しなかった俺の動きに体が崩れて結果的に俺の腕に抱かれる形になった。
なぁ、ここはお前にとって一番大事な場所だろ?
んなとこに俺様連れてくるほうが間違ってんだぜ、シュラ。
「!!」
誕生日にゃキスがつきもんだろう?
もがく体を押さえつけて舌絡ませたディープキス。
いや本当にまったくいい誕生日だぜ。
ありがとよ、シュラさんよ。
「この馬鹿男!!」
「親離れしろや、墓石の下で泣いてっかもなぁ」
「その身に受けよ……わが師より受け継いだこの聖剣を!!」
な、今度は俺の番だな。
お前の誕生日の時にゃ、フルコースで準備してやっからな。
11:09 2007/07/09