◆ベストピクチャー◆






「サガ、綺麗な星空だねぇ」
闇夜に揺らめく金髪に対して肩を抱く男は漆黒のそれ。
世界を見据えるような瞳は濡れた紅の美しさ。
「星なんか何時だって変わらないだろうが」
「違うよ!!冬から春になる今が一番綺麗だもんっ」
石段に腰掛けて聖域を見下ろせる教皇宮。
後世に言われるサガの乱の首謀者とその忠実なる従者。
戦いの合間と肩を寄せ合って気まぐれに空を見上げた。
「月光の女神アルテミスをきどるなら俺はお前に射殺されることになるな」
グラスなど要らないと男は年代もののワインを飲み干す。
彼女が生まれたときに生誕した果実酒。
「しらねぇか」
「知ってるよ。アフロそこまで馬鹿じゃないもん」
月の女神は狩猟の護り人。草原で出会った青年と恋に落ちた。
けれども人と神の恋など認められることはなく彼女は兄に告げられる。
そこにある熊を射止めよと。
「普通、熊と自分の男見間違えるか?仮にも天上の女神だぞ」
司祭服に施された刺繍。神の告げた祈りと教え。
「どうだろう…………わかんない」
頬を撫でる温かな風は春の訪れを知らせてくれる。指先に覚えた大切な気持ち。戦士として聖域に来てから知ってしまったこの恋。
「ま、窺った見方すんなら上手い計画だよな」
「?」
女神は遥か彼方からその影を射止めた。狂う事なく彼の心臓を黄金の矢、たった一本で。
崩れ落ちるその姿をどんな思いで見つめたのだろうか?
「オリオンは星になり、天上を彩る。奴は永遠に恋人と一緒に居られるようになった」
草原の女神の悲恋をしった母神ヘラはオリオンを星空に召し上げた。
アルテミスが歎き悲しみ暮れる日を止めるために。
「そういう考え方もあるのね」
彼女を守護する魚座は愛の女神の加護を。
「聖域でアルテミスに一番近いのはアイオロスだったんじゃないのかしら?黄金の矢は神をも射止められるんだし」
「即死だな。まあ俺の好みからは思いきり離れてるからどーでもいいんだが」
それでも彼にとって輝かしかったあの日々に彼女が存在したことは消せない事実。
埋められない時間は夜毎少女を苛んでいく。紅薔薇の葬列に導かれるように。
「アイオロスは寧ろ戦女神ヴァリキリーだろうな」
「アテナとは違うの?」
「ヴァルキリーは自分の手が汚れることを厭わねぇ。アテナは俺らを使うだろう?他人任せの正義なんて薄っぺらいもんに命賭けるよりか俺は自分でやりてぇんだよ。お前らと一緒にな」
力無きものの唱える理想論は星屑よりもはかないもの。
繰り返される神々の戦いを人の手で彼は終わらせようと考えた。
幼い女神の力など無意味に等しい、と。




「後悔してるか?」
完全無欠を誇る彼が時折見せる表情。
深紅の瞳に宿る憂い。
「何を」
この世界を愛し守ろうとする戦士たち。
「私は貴方に忠誠を誓ったの。女神よりも貴方に」
世界はこんなにも美しくて愛おしい。
「サガ、貴方の守ろうとする世界はとっても素敵だよ」
人として生きていくこと。人として死ぬこと。
「俺が間違いだと思うか?」
「わからない。けど……私は貴方の傍に居たいの」
流れ行く時間がどれだけ引き裂こうとしても。
「お前は……いや、良いんだ」
言いかけて閉じた唇。闇に溶ける髪と外套。
「サガ?」
「あいつよりも俺の方がいい男だろ?」
「ワイルドだとは思うけどもサガはサガだよ」
キスはどちらの彼も彼女にとっては優しくて。
彼の護り星の双子座さえも顔を赤らめてしまいそう。
青い溜め息が溶け行く春間近の夜空。
「これやるよ」
「なぁに?」
「お前誕生日だろ」
夢だって素敵ならばいいじゃない。幸せであるならばどんな形であっても。
「まあ見てな」
彼の掌から生まれた光が星のように輝いて魚座を描く。
ただ一人、星を生み出すことの出来る彼だけの贈り物。
「くくく……俺にしかできねぇだろ?」
「うんっ」
ぎゅっと抱き着いてくる少女を受け止めてその頬に唇を押し当てる。
「……邪魔者がきやがったな」
石段を登ってくる足音が二つ。
「アフロー!!サガーー!!」
「お、こっちのサガか。湿っぽい酒は回避だな。けっけっけっ」
トランクに詰め込んだ沢山の希望。
夜が過去を連れ去るように君を連れ出そう。
「仕方ねぇな。教皇私物のワイン出してやるよ」
「持つべきものはいい上司だな、おい」
燻らせた煙が銀髪に絡まる。
「アフロ、ケーキ持ってきたよ。十七歳おめでとっ!!」
ああ、世界はこんなにも素晴らしい。愛すべき悪友と恋人が生きている。
時折苦しくもなるけれども星が導くようにこうして出会って。
全ては必然であり偶然ではない。
「あ!!」
灯る火時計。
「サプライズは大事だよなぁ」





笑いあったこの日が幸せというもの。
残された一枚の写真をあなたはいつも悔いるけれども私にとってはどちらもあなただった。
あなたの手がこの世界を教えてくれて、世界を作っていく。
だからこの写真は私にとっての宝物。






振り返る余裕はあとから生まれてきたのだろう。
今日も彼は激務に追われて彼女はそれを支える。
陽だまりの中で見つめる一枚の写真。
彼にとって大事な一枚と彼女にとって大切な一枚はまた形が違っていた。
「アフロディーテ?」
「みて、昔の写真」
その写真の中の彼はもう一人の彼。
以前の彼ながらば顔を背けていただろう。
「ずいぶんと私はひどい顔をしていたのだな。これならば謀反者といわれる」
司祭服も似合うようになり、教皇として彼は日々動く。
彼の双子の弟ももう影ではなく、今度は仲間の一人として認められた。
けれども。
あの季節がなかったらきっとこうはなれなかっただろう。
「サガはサガだよ。私にとって」
「そうか。今日は少し早く帰れるように勤めるよ。そろそろ神官たちが探しに来そうだ」
柔らかな風が吹くこの丘の上。
金色の鎧を纏って彼女はその傍らに立つ。
「手伝わせて。私も補佐にはなれてるよ」
手と手が触れるからわかる血の暖かさ。
指先が誘うロマンス。
「そうだな。ずいぶんと君は私を…………」
遠くを見つめてしまう癖はまだ取れないけれども。
「手伝うのは慣れてるよ。私もデスもシュラも」
「ああ」
振り返るだけの日々から抜け出して今度は自分の人生を歩むように。
操る糸を切って歩けるように。
「教皇!!」
「アアアアアアア、アフロディーテさまっ!?」
「アフロディーテ様までご一緒とは無礼を!!」
四人で過ごした日はいまでも大切な季節。
簡単すぎる言葉で言うならばきっとそれが青春というものだろう。
幼さを過ぎ捨てて、過去を受け止めて。
今度はどんな未来を描こう。
「教皇補佐を勤めようかと思って」
「わ、私どもがいたしますのでどうぞお休みにっっ!!」
「大丈夫。ずっとやってきたから慣れてるの。ね、サガ」
笑えるだけの強さはまだ足りないけれども。
「私としても早めに戻りたいのだ。君たちだって同じだろう?恋人の誕生日くらい」
忘れた振りして覚えててくれるから。
今度は少しだけ増えた人数で写る新しい写真。
「あ、サガ!!アフロ!!デスとカノンが磨羯宮(うち)でパーティの準備してるから
 あんまり残業しないでね!!」
「シュラさままで〜〜〜〜〜っっ!!」
普段そろう事のない黄金聖闘士たちの姿に神官たちは慌てふためく。
「サガ、もう帰れ。あとは私が代わる」
「今度はシオンさま!!!!」
「トラも居るゆえに。ゆるりとすごすがいい。教皇職在任暦は私のほうが長いからな」
ほほほ、と笑う女は白目を向いた青年を小脇に抱えて執務室へと姿を消す。
幼いころに見つめてきた背中はまだ今も健在だ。
「サガ、行こう」
「ああ。シオン様に甘えさせていただいて……」
「教皇!!」
「あ、この瞬間から双子座の聖闘士になったのでな。あとは教皇シオンにお任せるよ」






あの日から時間はやさしく流れてくれた。
やさしいと思えるのは一緒に過ごした人がそうだからだろう。
時間にやさしさも厳しさもないのだから。
すべてに均等に訪れるものとして。
「お、馬鹿兄貴と鬼嫁」
「んじゃ、始めますか!!」
「俺様の新しいデジカメでとってやっからよ!!」
落ちた一枚、ベストピクチャー。
笑いあった笑顔がようやく五人分そろった。
たった一枚を残すためにどれだけの時間を要したのだろうか?
憎しみあっていたはずなのに守られていたように。
「これ、私とデスから」
それは彼女がこの世に生れ落ちた年のワイン。
「ブルゴーニュまで走ってやったんだ。感謝しろよ。そこの欝持ちと趣味世界征服は
 飲むなよ。あくまでディテに持ってきたんだからな」
彼女のことを愛称で呼べるのもこの四人だけ。
「あんたは?カノン」
「んー……アテナの壺とか考えたんだけどよ。普通にいらねぇよな」
シュラの手が静かに聖剣を構え、サガが胸の前で腕を交差させる。
「待て!!宮が壊れるようなことはするな!!」
「壊れるのは直せるけれども、カノンは冥界直行だね。そしたらロスにきっと滅多射ちに
 されるね!!」
せめてこの日だけは神様も祝福してくれるように。
女神の名を持つこの人を。
失ってしまったものをどれだけ手を伸ばして求めるよりも。
少しだけでいいから今度は前に進めるように。
脛の傷はみんな同じなのだから。
「んで、おめーはなんなのよ。サガ」
コルクを抜いて、四人分のグラスに注がれる赤い果実酒。
「ん?休暇を十日ほど。たまに実家に帰ってゆっくりさせようかと」
「本当?じゃ、サガも一緒に行こうよ」
「だそうだからその間は双子座の聖衣はお前にあずけて……いや、ムウのところに修復に出すか」
兄の神を力いっぱいに掴む弟の姿。
「やめろ!!妙な改造される!!」



この喧騒に出会えるまでにどれだけの時間を必要としたろうか。
だからこの日の大切な一枚、特別に切り取った。



23:35 2008/03/15







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