『悪童西遊記』
◆三蔵と八戒の秘密の話◆


珍しく三蔵が大人しい。
大人しいというよりは本来の姿である僧侶たる姿勢を保っているのだ。
手には九環の錫杖。凛とした姿。
「三蔵、何か変なもの喰った?この前の百足野郎とか?」
「アホ、お前ぐらいだ。あんなもん喰えるのは」
妖怪は雑食である。飢えをしのげるのならば例え同胞であっても平気で食らう。
先日も襲い掛かってきた妖怪を倒すついでに胃に納めたのは悟空。
「さーんぞ、なんで無視すんの?」
ぺたぺたと触りながら、視線を合わせる。
赤い瞳が『静かにしていろ』と返してきた。
「わーった。三蔵に従う」
「そんじゃ俺もそうしますか」
「じゃ、僕も静かにしましょう」
世間的に見れば外見だけならば十分高僧として通じるその姿。
田舎町ならなおさらに人だかりができる。
「八戒」
「どうかなさいましたか?玄奘三蔵法師」
八戒は三人の中では一番の演技派。本物の従者よろしく三蔵を敬う素振りをする。
心中はこの三人、欠片も思わない。
自分は自分だけのもの。誰にも何にも縛られない。
三蔵は三人に持ちかけた。「自分を守り天竺まで行くならば経典を収めた後、この身は食わせてやる」と。
不老長寿には興味は無い。ただ、妖怪である自分たちに対して恐怖もたずに触れてきたニンゲン。
世界中の禁忌を集めた存在しないはずのニンゲン。
それが玄奘三蔵。
「商談を持ちかけられた。バケモノ三匹退治すれば暫く日銭には困らん。さて、どうしようか?」
「あなたが僕にそれを持ちかける意味は?」
「簡単だ。お前が一番適任だから。餌が要るならば私がなろう」
「ならば商談は成立でいいのでは?」
外見は人間と同等の美丈夫三人。纏め上げれるのは恐らくこの女僧ただ一人だけであろう。
妖怪でなくとも、噂に聞く三蔵法師ならば一度くらいは味を見たい。
下卑た男の視線を浴びながら三蔵は事も無く進む。
「そういうわけで、僕たちは別行動させていただきますよ。御指名を戴いたので」
「ハチばっかりずるい。俺は?」
「三蔵ちゃん、俺ってそんなに不甲斐ないオトコに見える?」
さらさらと封魔の呪府を書いてぺたりと額に貼り付ける。
「あっぢぃっ!!!!」
「痛ェっ!!!!デコが焼けるっ!!!」
弾くように振り払って二人は三蔵を睨んだ。
「ハチにはこの札が効かない。だから、今回はハチを選んだ」
「呪府の乱舞になれば大火傷ですよ?大火傷。蒙古班どころじゃありませんよ」
八戒はその名の通り、八つの大罪を犯した妖怪。
その封印を解いたのがこの女。再封印しようとして八戒は三蔵にこう持ちかけた。
『天竺までの道のり、お供しましょう。その代わり封印の呪府は捨て置いてくれ』と。
知に長けた者が欲しかったところ。三蔵は八戒を従者に加えた。





頼まれた相手は呪府と剣舞で簡単に倒すことが出来た。
血生臭い身体を引きずりながら宿へと身を移す。
「ハチ、ご苦労だったな」
「いいえ、今からお相手してもらえることを考えればあれくらいどーとも思いませんよ」
小さな顎を取って舌を絡める。
「血の味がする……口の中切ったんですか?」
「ちょっと……人間の身体はひ弱だって思うか?」
血の滲んだ唇の端をぺろりと舐める。甘い甘い、本能が欲しがる味がした。
「……ん……っ……」
唇を合わせたまま、壁に押し付けて法衣を脱がせていく。
紫紺の袈裟は赤黒く染まり、その下の襦袢に大輪の華のように染みを作っていた。
ちゅっ…と唇が離れると二人を糸が繋いだ。
「ここで……?」
「たまには。ダメですか?」
「できればあっちがいい」
寝台を指す。どのみち抱かれるならば身体に負担の来ないほうを選びたかった。
どさりと下ろされて襦袢を剥ぎ取られる。鎖骨をきりりと噛まれて声が上がった。
「っは……」
ぴちゃりと舌が乳房を舐め上げていく。柔らかく包むように揉みながら乳首を甘く噛むと
その度に嬌声が上がる。
「……そうしてると僧侶には見えませんね……ましてや玄奘三蔵なんて……」
「……お前もあの八戒には見えないぞ……そうしてると……」
赤い瞳と対を成すような碧眼。
引き寄せて唇をかみ合うような接吻をしながら指先を下げていく。
薄い茂みの中に指を滑らせればぬるぬるとした女特有の体液が絡みついてくる。
入り口を焦らしながら擦り上げると、腰つきが妖しく誘う。
「あなたを食べれば……また僕の名前は変わりますかね?」
じゅくじゅくと濡れて曇った音が耳を刺す。内側からの熱さに三蔵は身を捩った。
三人の中で最も性質の悪い抱き方をするのがこの男。
焦らして、泣かせて、苛めるのが好みなのだ。
「あ……っ……う……」
「あなたは……僕たちに近い気がする……その眼、人間がそんな色の眼で産まれてくるなんて聞いたことも無い……」
濡れた眼は熟れた月のような紅色。
「だったら……どうするつもりだ……?」
「どうもしませんよ。あなたが何であれ三蔵であることには変わらないんですから」
この言葉に左腕で顔を覆う。
八戒が決して触れることの出来ない左腕で。
「……っ……」
自分が何であろうと自分は自分だ。
そう言い聞かせてきた。
川流れの子供「江流童子」と名付けられ、揶揄されても師匠の下黙々と修行を積んできた。
誰にも負けない。そう決めて並居る男たちよりも武芸の腕を高めた。
女だから等と言われないように自分の身体を痛めつけてまで奪取したのがこの「玄奘三蔵」の法名。
それでも、肉体は性には逆らえず乳房は膨らみ、経血は否応無しに訪れる。
その度に蔵の奥に篭り息を潜めた。
始めて見た内側から流れる血の色はどこと無く黒く、そして鮮やか過ぎる赤で。
自分が女の身体であることを自覚させた。
「……ハチ、私は私だと思うか?」
ずるり、と指の引き抜かれる感覚。
皮肉にも女であることの性を開花させたのはこの男だった。
僧侶を陥落させ、妖僧に変えるかのように彼女の色香は艶やかになっていく。
「僕が何を言ったって、あなたが信じるのはあなただけでしょう?三蔵」
不遜な態度で前を見つめる。
光の下で誰にも臆することなく自分の味方は自分だけと。
「気まぐれでも何でも、あなたが僕をあそこから出してくれた。だから僕はあなたの傍に居る」
巻かれた包帯を口で外して、腕に口付けてくる。
「!!」
唇の焼ける感覚に眉を寄せても、止めずにそこに赤い痣を残していく。
「止めろ!何を……」
「これくらいしなきゃ、あなたに僕の覚悟は分かってもらえないから。あの二人にも、あなたの師にも
僕は負けたくありませんから」
細い首を押さえつけて、腰を抱いて引き寄せる。
「っあ!!」
奥まで突かれてつま先まで痺れが回る。
小さな爪が敷布を掴む。
抱きつけば刻まれた文字が八戒の身体を焼くことになる。
「……いつもみたいに抱きついてくれないんですか?」
高僧といわれても、中身はまだ二十歳の娘。
千年以上を生きる八戒とは経験が違った。
強さと脆さは剥離できない鏡のようで不安定な姿に興味を持った。
それがたまたま玄奘三蔵と名乗る女であっただけで。
「や、やだ……」
首筋を噛まれて竦むのを満足気に見つめる。
強く何回か打ち付けると仰け反る背中。そのまま噛み付くような口付けを眩暈がするほど重ねた。
口中に広がる血と女の味が体中を支配していく恍惚感。
「このままあなたを、喰いちぎるのも面白そうですね……」
離れる唇を追って舌を吸い合う。
「…っは……」
細められた瞳と、微笑む唇。
「喰えばいい……楽にしてくれ……」
それは彼女がこぼした小さな本音と愚痴。
「……そのうちに……」
強く乳房を掴んで、かり、と乳首を甘く噛む。
「んんっ!!」
壁に映る影は人型ではないものが二つ。
それは真夜中の八戒一人だけの秘密に留めた。




「もう一度聞きますが、天竺には何のために行くんです?この先には雑魚ではないバケモノしか居ませんよ?」
煙管片手に彼女はぼんやりと窓にかかる月を見上げた。
「経典を貰いに」
「建前ではなく、本音を聞かせてください。三蔵」
寝そべる八戒の頬に指が触れる。
「……お前に誤魔化しは効かないか……まぁいい。河童と違って口も堅いしな」
「悟浄と一緒にされるのは心外ですね」
「私が何であるかを知るためだ。其の口実に師匠は天竺行きを私に命じた」
身体を起こして、後ろから細い背中を抱くと珍しくその腕を取ってくる。
「口……大丈夫なのか?」
「ええ、あなたに接吻するくらいは」
「……ハチ、お前は何でそういうことを臆面も無く言えるんだ?」
「言わなければあなたは聞かない振りをしますからね。いいじゃないですか」
こつん、と寄り添ってくる細い身体を抱きしめる。
「疲れた……寝かせてくれ……」
「ええ、ゆっくりとどうぞ」
強がりの隠しがちな弱さを垣間見せ、そのたびに妙に心が痛む。
その思いをどう名付ければいいのかは未だ思案に暮れるばかり。
(三蔵もこうしてると可愛げがあるんですけどね)
悪態、毒舌、凶暴の三拍子揃った高僧はその目で全てを奪う力を持っている。
封印を解かれてもこの体たらく。自分も落ちたものだと八戒は自嘲気味に頭を抱えた。
妖怪は単純行動のものが多い。自分たちとて本能の欲求には従順で短絡的だ。
もし、この女僧が自分たちの同胞であるならば腑に落ちないところが多すぎる。
(まぁ、楽しませていただきますから……)
柔らかい髪を撫でると寝息がこぼれる。
「……ん……」
半開きの唇が扇情的で。
「……ハチ……」
(寝言でまで呼んでくれるんですか……?)
「……この、色摩が……触んじゃねぇ……」
口を開けば寝言でも甘い言葉は吐いてはくれない。
「……可愛くねぇ……」
どさりと寝台に押し付けるとその衝撃で三蔵は目を覚ました。
「……ハチ?私は眠いんだが……」
「寝言でまで誘ってくれたじゃねぇか……二回戦と行こうぜ、三蔵」
その言葉に彼女は八戒の人格が代わってることにようやく気が付く事となる。
「ま、待て!!明日はここを発つんだ、余計な体力は……」
「おぶってでもなんでもして運ぶから、心配無用」
にやりと笑う八戒の笑みに背筋が凍る。
伸びてくる手に三蔵は諦めて目を閉じた。




翌日、ひどくだるそうな三蔵の姿と妙ににこやかな八戒の姿があったのは言うまでも無い。

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