『悪童西遊記』
玄奘三蔵と名乗る一人の女。証文を手に山人の妖怪を引き連れて天竺なる場所を目指す。
「三蔵ちゃん、俺疲れてんだけど。自分だけ馬なんか乗ってないでさ」
「河童、ならお前が乗るか?」
「どうせなら俺は三蔵ちゃんに乗りたいんだけど」
僧衣を身に纏い、白馬に乗るのは玄奘三蔵。頭巾の中に隠した栗色の髪が僅かばかりこぼれている。
「悟浄、三蔵にだったら俺も乗りてぇ」
「ガキが何言ってんだよ」
喚く二人を取り成すのは猪八戒。
「三蔵、だったらボクならいい?」
「お前そういえば豚……」
「失礼な女性だね。あなた……豚じゃねぇよ。ボクは三代目」
「大差無い。まったくこんな厄介なもの四匹もつれて遠方に出むくことになるなんて……」
こめかみを押しながら三蔵はため息をつく。
はれて玄奘三蔵を名乗りたいのならばこの三人を引き連れて天竺に行きなさい。
それが課せられた使命。
建前は経文のためだけれども、その裏の言葉はまだ誰にも言えないまま。
「言葉が崩れてるぞ、八戒」
「最近人食ってないから。食わせてよ、三蔵」
「猿と河童と順番決めとけ。疲れてるから一人限定で頼む」
幾重にも重なった水晶の数珠。
この水晶が全て変わる頃、天竺に辿りつくと言われた。
(面倒なことを……お師匠様は何をお考えですか……)
女人禁制のはずがどういうことか三蔵は寺院で育ってきた。
元は江流童子。川流れの子供である。
早い話が捨て子を拾い、不憫に思った一人の僧侶が育ててきたのだ。
その子の法力が強かったのも幸いして僧侶名として「玄奘三蔵」を習得もした。
「おい、そこの街で休んでいくぞ」
「三蔵ちゃん、俺でいい?」
「河童か……どうやって決めたんだ?」
「くじ引き。ラッキーだわ、俺三蔵ちゃんに乗りたくってしょうが無かったからさ」
沙悟浄は鼻歌混じりに三蔵の肩を抱いた。
「なれなれしく触るな」
「生きてるものにはみな平等にが僧侶のモットーなんじゃねぇの?」
指で悟浄の額をぱちんと打つ。
「お前ら三人は外す。他には優しいつもりだが」
袈裟を止める金具が夕日を受けて赤く光る。
腰の辺りで留められた布地がその括れを露にしていた。
「明日の朝の出発までに適当に散っていいぞ。集合はここで」
沈む夕日と同じ赤い瞳。
「んじゃ俺は三蔵ちゃんと一緒に行ってくっから」
敗者二人に悟浄はひらひらと手を振った。
後ろから手を伸ばして三蔵の頭巾を外す。
「何をする……河童」
「河童じゃなくて悟浄って呼んで。三蔵ちゃん」
短く切られた栗色の髪。耳には小さな金輪が下がっている。
目尻に施された紅と白い肌。
「だぁってさ、そんなモン被ってたら俺の三蔵ちゃんが自慢できないじゃん」
「誰が何時、貴様の所有物になった?」
「坊主にしとくの勿体無いな……三蔵」
「さっさと宿を決めて来い。私は疲れてるんだ」
こきこきと首を鳴らす三蔵を見ながら悟浄は当たり障りの無い宿を決めに走る。
一度それようの宿に連れ込んだ時は結界と証文読経の二連打を受けた。
腐っても坊主。その法力は十分妖怪相手には効果があるのだ。
(あーゆーとこ、女なんだろうな。ヤれりゃ場所なんてどうだっていいじゃねぇか)
煙管片手に悟浄は三蔵の手を取った。
「んじゃ、行きましょうか。三蔵ちゃん」
簡素な作りの室内。散らばった僧衣。
「三蔵の目って……やばい色してるよな」
襦袢を脱がせることにも慣れた手つき。
「真っ赤でさ……まるで血みてぇ……」
形の良い乳房に沈む指。軽く甘噛すると細い肢体がかすかに震えた。
舌先で舐め上げて、腰に手を落とす。
「生まれつきだ……この目は……」
悟浄の額に触れる指先。薄い爪がちりりと傷をつけていく。
その指を取って軽く噛み、程よく締まった腹筋を滑らせて己の下腹に誘導する。
「俺のも触って」
「……嫌だ。この間十分やっただろ」
幸か不幸かここ最近の三蔵の相手はこの沙悟浄。
「もうちっと可愛い言葉使いってやつがあってもいーんじゃねぇの?」
「それを私に期待するほうが無駄だな、河童」
皮肉めいた笑いは、いつもの癖。
薄く笑った唇に噛み付いてそのまま言葉を封じた。
「……っは……」
離れるのを惜しむように糸を引き、それに答えるようにもう一度、深く重ねる。
首筋に痕を付けて、鎖骨を舐めると小さく声が上がった。
「坊主にしとくの、勿体無ぇ……」
肩から胸へ。赤い軌跡を残して悟浄の唇が下がっていく。
「…っあ!」
指先が入り口を摩り、ちゅぷっと音を立てて入り込む。
ぬめりと締め付け。女の感覚と身体。
中程まで沈めて押し上げるとぎゅっと自分の首に抱きついてくる。
「その気になってきた?三蔵」
「……ぅ……ああっ!!」
根元まで沈めて、引っ掻き回すように蠢かせる。
ぬるぬるとした愛液が指を伝って、敷布に堕ちていく。
親指でその上の芽を擦ると締め付けが一層強くなる。
「あっ!!……んんっ!!」
「準備よしって感じ……っと」
ずるりと指を抜き、三蔵の身体を抱いて向かい合わせの対面座位に変える。
「やっぱ顔見ながらやりたいからさ」
翠の瞳。深緑の髪と黄色の肌。
赤い目。金栗色の髪。真白の肌。
「……!!やぁっ!!」
腰を掴んで一気に沈めさせる。逃げようとする身体を抱いて沈めて、より深くまで。
「…は……ご…じょ……!っ……」
悟浄の背に手を回して、縋るように抱きつく。
「……俺(バケモノ)に縋る坊主ってのもさ……」
首筋を舐めて、耳に息を掛ける。
「あ!!あんっっ!!」
ちゅっと乳首を噛んで、吸い上げ、細い背中を抱いた。
「……三蔵……左手だけは勘弁して……俺…マジで死んじまうから……」
三蔵の左腕は絹布で幾重にも巻かれ、枡で封印するかのよう。
「……今日は……隠してる……」
荒い息と染まった頬。
「そーゆー顔……可愛いくてたまんねぇ……」
唇をぺろりと舐める。伸びた髪が三蔵の頬を掠め、くすぐったいのかその髪を軽く引く。
「……鬱陶しい……切れ……」
「あーん?好きなくせに」
締め付けてくる感覚と膣内の熱さ。
細い腰を両手で掴んで、何度も打ち付けさせた。
「ああ!!やっ……!…ご…じょ…う……っ……!」
細い足首を掴んで、膝を折らせる。
「!!!」
無理に屈ませられた身体が悲鳴を上げた。
「悪ぃ……ちょっと痛かったかも……」
「分かったら……足を離してっ!!!」
ぎりぎりと掴まれた足首。左だけ、小指が存在しない。
そこを責めれば三蔵は簡単に陥落する。
まるで指が無いことを見せたくないとばかりに。
「……あぁ……や…っ……!!」
「……三蔵……イキそう?」
繋がった部分から湿った音がこぼれる。
「三蔵の中……ぬるっとしてて気持ちいい……」
「……言うなっ……」
「何で……本当のことじゃん……」
汗で濡れた手。
纏わり付く女の香りは妖怪である自分を惹きつけて離さない。
「淫乱坊主ってのも……ありだよな……三蔵……」
絡みつく脚。
濡れた腰を抱けば自我なんて一瞬で消えていく。
「〜〜〜〜〜っっ!!!!」
一際強く打ち付けられて三蔵の身体が震えて崩れた。
「……っ……江流っ……」
熱さときつさに全て奪われて、その細い身体の上にどさりと身体を投げ出した。
薄暗がりの中、煙管の中の火がほんのりと灯る。
「坊主は普通そんなもんやらねーんじゃねぇの?」
「生憎だが、坊主では無く僧侶なもんでね」
「まぁ、確かに。でなきゃ俺とはやんねーよな」
身体を起こした三蔵の腰を抱いて、腹部を覆う敷布に顔を埋める。
「落とすぞ……」
「まぁた、俺の事好きなくせにィ」
「阿保河童。川に帰ったらどうだ?」
柔らかい腹に頬をすり寄せる。
「三蔵さ、よくあの寺で無事だったね」
「無事?」
「だってさ、俺と初めてやったとき、三蔵ちゃん処女だったじゃん」
悟浄の髪をくしゃくしゃと撫で回し、額をぱちんと弾いた。
「坊主は女犯を禁ず……だからな。それでだろ?」
煙を吐き出し、三蔵は窓の外を見た。
四角い枠に囲まれた月。
「それよりかなんでオンナであるあんたが『玄奘三蔵』なわけ?」
「……御仏の思し召し」
「そんな物騒なもん腕に刻むのもミホトケって奴の為?」
絹越しに悟浄の指が三蔵の左腕を摩った。
肩から肘に掛けて刻まれた破邪の呪文。
弱い妖怪ならば三蔵に触れるだけで消滅させられてしまう。
「俺、三蔵が死んだら左腕は喰わないでおこっと」
「お前が死んだら鳥葬にしてやるよ」
けらけらと笑う声。
(こーゆー顔してると三蔵も可愛いんだけどな)
「ありがたいキョウモンってやつは上げてくれないわけ?」
「そんなにいいもんじゃない。あんなもの……」
赤い瞳が仄かに憂う。
その目が欲しいから、離れられない。
「三蔵食ったら……美味いだろうな」
「妖怪が……」
高僧を食せば不老不死になるという。
それは誇張しすぎだが能力は格段に上がり、妖気も上昇するのは事実だ。
そして、今傍らに居るこの女があの『玄奘三蔵』である。
僧侶の中でも最高位に属する一人。
「あーでもさ、三蔵ちゃんとやった後って調子イイんだよね。やっぱそういうのもありなわけ?」
「おい……河童……」
「三蔵ちゃんがオンナノコでよかったぁ……でなきゃこんないいことできな…!!」
ごつんと肘で打たれて悟浄は頭を抱えた。
「何すんだよ糞坊主!!」
「今度言ったら向こう三ヶ月やらせない。河童、私はデリカシーの無いやつは嫌いだと何度も言ったぞ」
「それだけは御勘弁。俺が悪かったです、謝ります」
細く括れた腰に抱きつくと、そっと頭を抱かれた。
少しだけ笑った目は、慈悲深く、まさに玄奘三蔵と名乗るに相応しい。
「三蔵ちゃん、もっかいしよっか」
「断る。河童は河童らしく水でも飲んでろ」
「干上がったら俺死んじゃうよ?だから三蔵ちゃんのを飲ませて」
あがらう腕を押さえつけて。
「俺に死なれたら困るでしょ?三蔵ちゃん……カヨワイんだから……」
武器を持たない三蔵を全面的に悟浄は守る陣営が多かった。
高名なる玄奘三蔵を狙う妖怪は止まることを知らない。
僧侶としては本来成るべきではない女。
その女が正当なる『玄奘三蔵』を名乗り、天竺を目指すのだ。
しかも、従えたのは人ならざる者。
三人の美丈夫を引き連れた美貌の女僧はその顔を隠しながら進み行く。
「朝まで長いんだからさ……」
「……起きたら腰が立たないとか言うなよ……」
「望むところ。三蔵ちゃんったら大胆」
柔らかい胸に沈ませて。
夢を見させて、あなたの夢を。
これより先、彼女が天竺に着くのはまた別のお話。