◆仙界大戦―――策士二人―――◆








長椅子に座り、ゆるりと脚を組む。
すらりと伸びた脚は、それだけで魅惑的な産物。
殷の皇后よりも余程艶かしいといえるだろう。
「して、話を聞こうぞ。申公豹」
「どれから話せばいいですか?焦らずに、お茶でも飲みながらにしましょう。呂望」
出された香華茶に口をつける。
西と東の文化が交じり合った美しい茶器。
(この茶器のように、崑崙と金螯も融和できぬものか……人間と妖怪も、何かを成し得る事が出来るはず……)
薄く焼かれた茶器では指を焼いてしまう。
厚いものでは、色香が無い。
絶妙な計算で作られたものが、名器とされるのだ。
「封神計画は、順調ですか?」
元は、妲己の魂魄を封じ込めるための計画と教えられてきた。
しかし、二転三転されたこじつけの理由は今や溶けて闇の中。
誰一人として真実を知らないままだ。
「順調……なのであろうな」
「ええ、あの御老人の思うままに進んでますよ」
「……おぬしは、何故に崑崙を捨てた?」
「私の師は、崑崙にも金螯にも身を置かないからです。あの人のように、私も何かに縛られることから解放
 されたかったのでしょうね……」
す…と手が伸びて、彼女の顎に触れる。
少しだけ上を向かせて、申公豹は小さく笑った。
「あなたは、あの人にどこか近い気がしますよ」
「あの人とは?」
「我が師のことです。いずれ……分かりますよ。呂望」
意味深な言葉ばかりを並べて、申公豹はいつも核心には触れさせない。
「封神台のことを、あなたはどれだけ知っていますか?」
「封神台の事……?」
計画そのものの実行者であっても、その実は封神台については何も聞かれてはいない。
時折疑問に思う事はあっても、忙殺される日々はそれを許さなかった。
「ある者は魂の牢獄と言いましたがね」
「牢獄?確かに魂魄を閉じ込めるのだから、牢獄ではあろうが……」
顎先に手を当てて、太公望は首を傾げる。
「封神台に最初に封じられたのは誰だか知ってますか?」
「わしが封じた蟷螂ではないのか?」
ふいに手が伸びてきて、ずるりと頭布を奪う。
少年のように短く切られた黒髪。
女であった彼女を中性的に変えていく。
「いえ、最初に封じられたのは一人の女です」
「女?」
「封神台を作るために、魂を割られたのですよ」
仙骨を持つものには、稀にだが魂を分裂させる事が出来るものもいる。
そのようなものを人間界に置いたままでは混乱が起こるのもあわせて、仙骨のある者は仙界へと引き取られるのだ。
「道行天尊。あなたも知ってるはずです」
魂を捕獲するには、同じように魂を番につける。
封神台を管轄するには相応な仙人。
始祖の考えに背く事の出来ない女。
提示された条件を合致させていけば、該当者は一人しか存在し得ない。
「……何のために?」
「同じことを、貴女の親友も誰かに問うてましたね」
「普賢が?」
絶えず傍にいた親友は、自分には何かを隠して事を進めている。
普賢の意思を尊重し、太公望も追及しようとはしなかった。
「この戦い。しっかりと見届けさせてもらいますよ。太公望」
敢えて、道士名で呼ぶ時は彼なりの考えのあるとき。
そんな事すら、分かるようになってしまった。
欲しい答えの鍵はいつも、この男が握っている。
「……それだけならば、わしは帰らせてもらうぞ」
「まさか。先日、金螯であなたと同じような仙道を見ましたよ。呂望」
その言葉になぜか神経が過敏に反応する。
まだ見えぬ何かが、そっと彼女の頬に触れた。





ふわりと外套をひらめかせて、仮面の仙人は宙を漂う。
十天君の一人、姚天君。
仮面の下の素顔は、同じ十天君に座する物でも見たものは誰もいない。
細い声だけが、辛うじて女だということを告げるだけ。
「金光聖母」
「姚天君か。久しいな……何ぞ?」
「いや、最近子供がうろついていると思ってな。ほれ、耳長の……」
表情こそ見えないが、唇だけ笑う仕草が見える声。
頭まですっぽりと包み込まれ、その髪一本すら見えない女。
「ふふふ……まぁ私には関係の無い子供。手間のかかる大きな子供は先ごろに封じた」
その力は住人の中でも抜きん出ている。
落魂陣を操り、魂魄を抜き取るその手腕。
「お前の顔は、誰も知らんようだな」
「見るかえ?金光聖母」
悪戯な問いに姚天君は静かに仮面に手を掛けた。
「!!」
「気がすんだか?」
薄い唇。小さな鼻。石榴色の瞳。
伸びた銀鼠の髪は、ふわふわと揺れる巻き毛。
再び仮面を取り付けて姚天君は姿を消してしまう。
(あれは……崑崙の……いや、しかし……)
過去も素性も知れぬ女。
ただ名前ばかりを「姚天君」と定められ、金螯に住まうその仙人。
(分からぬ……通天教主は何をお考えなのだ……)
薄紅色の風がただ、ふわりと生暖かく頬を撫でていった。






砂時計を逆さにすれば、さららと砂は落ちていく。
戻せない時間逃れは、彼と彼女を他人に変えてしまった。
「揚延」
そう呼ばれて彼女は振り返る。
ふわりと揺れる柔らかい銀鼠の髪。
耳を飾る宝玉は藍。
「どうかしたか?鴉環」
「これを、君にと思って」
黄色く可憐な蒲公英が一つ。彼の手の中でゆららと揺れる。
「可愛らしい。あなたらしくない」
濃紺の髪の男は少し照れたように笑う。
日差しも穏やかで、肌に感じる湿度も悪くは無い。
「いつも君にばかり無理を掛けるているからね。せめて花でも贈ろうと思ったが……中々思いつかなかった」
この仙界は二つある。
人間を元とする仙道の住まう崑崙山。
そして、妖怪を元とする仙道の住まう金螯。
彼も彼女も元々は人ならざるものとして、この世に生を受けた。
知らなければ極ありふれた恋人同士にしか見えないだろう。
彼は元々を孔雀の精霊。
彼女は鉱物を基する妖精。
長い年を得て、人間の形を保つようになっていた。
「毎日毎日嫌になるよ。形だけの始祖と祭られて」
「あなたが居なければ、私たちは迫害されるだけの運命しかなかった」
人間は同種にも穏やかではない。そして、異形ならば殊更に。
打ち砕かれた水晶を集めて息を吹き込んで、彼女は蘇生したのだ。
「でも、君が居てくれるから随分安らぐよ。崑崙との関係も悪くないし」
「あなたが穏やかだから。それはあなたの力」
言葉を紡ぐことをあまり得意としない彼女。それでも、気持ちは伝わってくる。
「僕のこと、好き?」
「好き。大好きだよ」
銀鼠の髪に、柘榴石の瞳。笑った顔は大輪の向日葵のよう。
「風が少し出てきたね。帰ろうか」
彼女の手を取って、彼は野路を歩く。宙をふわりと舞う彼女は、彼の隣で嬉しそうに笑うのだ。






碧遊宮は教主である彼の住まい。
いつの間にか彼女も其処に住まわせるようになっていた。
指先を擦り合わせればそれだけで妙薬を生み出せる彼女の指。
言葉こそ不自由だが、彼女を慕うものは後を絶たない。
「鴉環。これは?」
興味有り気に手元の書簡を覗き込んでくる瞳。
「手紙。隣にいる友人に出そうかと思ってね」
人間と妖怪の差はあれど、始祖は密な連絡を取っていた。
「どうして?逢いに行けば良い」
「妖怪は同胞には寛容だ。人間にもある程度は。でも……人間はそうじゃないだろう?彼は違っても
 彼の周りはそうじゃないんだよ」
藍色の瞳が、少しだけ哀しそうに笑う。
「鴉環。悲しまない。私……ここに居るぞ」
「うん。君が居てくれるからいいんだ。それで。今のこの関係を持続できればお互いの為にもね」
彼女を抱き寄せて、その膝の上に座らせる。
少しばかり小柄な女は、膝に乗せれば男の胸あたりに頭が来るのだ。
「色んな言葉を、君に伝えたいんだ」
「うん」
「もっと、沢山時間を重ねよう。揚延」
頬をくすぐる柔らかい髪。指に絡めてそっと接吻した。





久しぶりに降り立つ人間の世界は、相変わらず雑音に満ちている。
耳を塞ぎたい気持ちを抑えて、彼は目的の場所を目指した。
「あった……悲鳴を上げていたのは君だね?」
朽ちかけた寺院の奥、小さな台の上に埃まみれの宝玉。
指先でそれを拭えば、きらら…と光を携える。
「君のあるべき場所に行こう。僕は君を迎えに来たんだ」
布袋に入れて、大事にしまいこむ。時折人間界から聞こえる声を拾うのもまた、彼の仕事だった。
寺院を後にして、のんびりと猥雑な街をふらつく。
外に出ることの無い彼女に、たまには何か持って帰りたいと思う気持ち。
(どれが喜ぶかな……)
人間も妖怪も、恋人を思う気持ちは同じ。
「鴉環」
聞きなれたその声に振り返る。
「揚延。どうしてここに!?」
「付いて来た」
僅かに浮いたつま先。危険だと彼は地に付けさせた。
「ここは危ないところだよ。早く戻った方が良い」
「一緒に、帰ろう」
すい、と伸びてくる手。まるで陶器のようで目に眩しい。
彼よりもずっと小さな彼女。その手を離さないように指を絡めた。
「大地に足を付けるのは苦手?」
「うん。でも、地は私の母。暖かいよ」
靴も履かずに彼女は地に足を付ける。
「母か……そうだね。ねぇ、揚延。子供を作ろうか?」
「子供?」
「そう。君と僕の」
言葉の意味を理解しようとする瞳。小首を傾げて彼女は彼を見上げた。
「そんなに困った顔しないで」
「困ってない」
指の温かさは人間と同じ。それでも、人間(ヒト)は妖を排斥しようとする。
どれだけ人間の振りをしても自分たちはいつだって狩られる側なのだ。
「そうだ。君に何か贈ろうと思ってたんだ。どれがいい?」
せめて、こうしている間だけでも。自分たちを誰も怪しまない間だけで良いから。
「これ。綺麗」
胸を張って恋人同士として歩きたい。
「そうだね。君の髪に映えるよ」
彼女が選んだのは水玉の髪飾り。組紐を絡めたそれは髪を結い上げるためのもの。
伸びた牧毛を二つの房に。
その左右にそれを飾り付ける。
「うん、可愛いよ」
長い睫も、丸く大きな瞳も。
「鴉環が嬉しいなら、私も嬉しい」
飾り立てて、自分だけの人形にしてしまいたい。
彼女を再生した何かの思惑など知らないままに。
「帰ろうか、揚延」
「うん」
完全に溶け込むことなど、出来はしない。
それが人間ではないもの宿命なのだから。例え、同じ大地を礎とするのだとしても。
(僕たちの子供にも……同じ運命を背負わせることになるのだろうか……)
頭を振って、浮かんだ不吉な思想を振り払う。
教主としては少しばかり優しすぎる青年は、見えない明日に対して臆病になってしまう。
たとえ、妖怪であっても。
生まれてくる子供には何も罪は無い。
「帰ろう、僕たちの家に」





程無くして二人の間には一人の男児が産まれる。
腕に抱きながらたどたどしい言葉で彼女は赤子をあやす。
「泣かない、泣かない。いい子」
濃紺の髪の間には小さな角。次の金螯の教主となるべき運命を背負った子供だった。
「名前、名前……なんだっけ……子供……」
その間にもぐずる赤子をあやしながら彼女は必死に記憶を引き出そうとした。
「揚……ヨウ、ゼン。うん。ヨウゼン!」
まるで子供が子供を運だと周りの道士たちは彼をからかう。
それでも、それさえも甘くて幸せだった。
「ただいま。二人ともいい子にしてたかい?」
「お帰り。ヨウゼン、いい子。あまり泣かないぞ。ちょっと……泣いた」
「向こうも大変みたいだ。子供が出来るとお互いに色々あるんだね」
赤子を受け取って彼は目を細める。
(それにしても、ここ最近の不穏な空気……何が起こるって言うんだ?)
人間には感じ取れない何か。言うなれば大きな意思が渦巻いているような。
伸びた髪を一つに束ね、男はため息をついた。
(まぁいい。僕には守るべきものがあるから)
「そうだ。ヨウゼンと外に行った。そうしたら挨拶された」
「誰に?」
「知らない女。人間じゃない。浮気したか?」
唐突な問いに彼は咳き込む。
「あはははは。どうして僕が浮気なんかするの?」
「綺麗な女だったぞ。でも……狐。あと雉。あと……わたしと同じ、石」
そんな三人組など見たことは無い。
それでも、人ならざるものであるならば金螯として受け入れねばならないのだから。
それが、全ての崩壊の序曲とは誰も気付かないままに。
幸せな日々は緩やかに、そして音も泣く流れていく。





少しだけ育った子供は母親の後ろを少しだけ覚束ない足取りで追いかけて。
「母様」
伸びた羽衣の裾を掴んで子供はじゃれついてくる。
「ヨウゼン。あまり走らない。危ないから」
「はい。母様と一緒に居ります」
さわさわと頭を撫でながら彼女は子供の手を引いて庭先をのんびりと歩く。
穏やか日差し。
太陽と月の香気は仙気を高めてくれる大事なもの。
人も、妖も等価値に愛してくれる。
「あら?奥方さま。それに王子様まで」
薄い唇が艶かしく笑う。
「名前、名前……ええと……」
「妲己、ですわ。奥方さま」
妹二人を従えて妲己はくすり、と笑った。
子供を後ろに押しやって彼女は三人を見据えた。
「わたし、お前好きじゃない。ここから早く居なくなれ」
「あらん、妾は奥方様と仲良くしたいのに」
ぷわんと漂う甘い香。鼻を押さえて彼女は眉を顰めた。
ざわざわと銀の髪が泳ぎ始める。
「…………その匂い、好かぬ」
夥しい光が生まれ、それはやがて呪符に変わり三人の周りをぐるりと取り囲んでいった。
「死ぬか、去るか選べ」
「今の妾ではさすがに奥方様には勝てないわ。うふふ……王子様、またあいましょうね」
去り際の笑み。
それは彼女の心を不安にさせた。
「母様?」
「……ヨウゼン、帰ろう。ここに居てはいけない」
生まれ持った血は、誰かに狙われるには十分すぎた。妖怪は強いものを食えば己の力も上がる。
いくら教主の血を引くといえども、まだ子供。
その気になれば首を刎ねる事など容易いのだから。
「父様の所に、行きますか?」
「夜になれば帰って来る。それまでは母と一緒。ヨウゼン」
子供を抱き上げて、彼女は慣れた道を戻っていく。
日が沈むまでなれないながらも書物を読み聞かせ、物のあり方を説いていく。
誰かを慈しむ気持ち。
注がれた愛情。
それは彼の核を構築していくものだった。
いつの日も、隣に居る母親。包み込む父親。
人と妖の架け橋になれるようにと、両親は彼に願った。
膝に抱いて、彼女は彼女の見てきた世界の話を子供に聞かせる。
この世界に不必要なものは何もないのだと。
望まれて生まれてきたことと、愛されるために存在するのだということ。
「あ、父様」
父親の姿に駆け寄っていく。
頭を撫でる大きな手。
「揚延。話がある」
「何だ?」
「二人だけで」
恋人だった二人は親となり、今は金螯という名の仙界を動かしていた。
子供を寝かしつけて、彼女は彼と向き合う。
「話?」
「ああ……ヨウゼンを……」
彼の話はこうだった。
かねてから危惧していた妲己が急速に力を付け、数百人の仙道をいずこかへ連れ去ってしまったのだ。
そして、妲己の次なる狙いは二つの仙界。
教主の血を引く子供を手元に置こうというのだ。
生かすも殺すも、どちらにしても妲己に損は無い。
それだけヨウゼンの力は未知数なのだ。
「崑崙と、少し話をしたよ」
このまま金螯にヨウゼンを残すにはあまりにも危険すぎる。
彼は単身崑崙山に向かい、教主と面会していたのだ。
取り決めた密約。
彼の願いは息子を守りきることだった。
手元に残すよりは、遥かに安全な場所へ。こちらにはあちらの一番弟子を。
「ヨウゼンを、崑崙に預けようと思う。ここに残せば妲己に狙われるだけだ」
「嫌。わたし、ヨウゼンを守る。それではダメか?」
「いくらお前でも、今の妲己には勝てん」
寂しげに伏せられる睫。己の実力を知らずに向かうほど彼女は愚かではなかった。
「……あなた、変わった。でも、でも……」
はらはらとこぼれる涙。
「ヨウゼン、ここに居ない方が幸せになる?幸せに、なれる?」
自分に言い聞かせるように、一つ一つ言葉を確かめる。
「……幸せになれるかは分からないが」
同じように彼も。
「少なくとも、身の安全は保障される。命を奪われることは……無い」
両手で小さな顔を覆って、彼女は小さく頷いた。
「ヨウゼン、まだ少し泣く。まだ少し、不安定。まだ……」
「ああ、分かってる」
「でも、でも、いい子。ヨウゼンが、無事なら……わたしも、幸せだ」
まだ、離すには我が子の手は小さすぎて。
「いいよ、鴉環。ヨウゼンのためなら」
「……すまない」
「少し、年を取った。その髭」
すい、と伸びた手が男の頬に触れる。
空気の甘さは何一つ変わらずに、二人の時間を一瞬だけ巻き戻してくれた。
「明日、崑崙に行くよ。あの子を連れて。君も一緒に行くかい?」
小さく横に振られる首。
「人間は、好きじゃない」
笑った顔は、少しだけ寂しげだった。





晴れた日は、雲の間から掠めるようにだが崑崙が見える。
久々の外出ではしゃぐ息子を諌めながらその髪を彼女は丁寧に梳いていく。
「母様は行かないのですか?」
「母は、留守番。ヨウゼン、いい子にするんだぞ」
額にそっと接吻して、その小さな手に丸い瑠璃の玉を握らせた。
「これ、持って行きなさい。友達。寂しくない。でも、まだヨウゼンにはだせないけど」
苦心して作り上げた宝貝。その中には息子が寂しがらないようにと白き獣を封じた。
「行って来なさい、ヨウゼン」
「はい。お土産持ってきますね。母様」
これが今生の別れになっても。息子が自分のことを忘れてしまっても。
生きてさえくれれば、それで良いと彼女はただ願った。
小さな背中を見送って、その姿が見えなくなったのを確認してから。
嗚咽を殺して、ただ涙をこぼした。






運命は悪戯に絡まって男の心は少しずつ崩壊していく。
彼を守ろうと彼女はその側近として身を潜めていたが予想し得なかった事が次々に起こるのだ。
(あの子供……何をする気だ?)
仮面の下に素顔を隠して、宙を漂う姿。
「よう、何やってんだ?姚天君」
伸びた耳。じゃらじゃらと煩い音に彼女は顔を顰めた。
「何用だ?王天君」
「あんた、昔はイイオンナだったんだって?」
「お前には、関係の無いことだろう?」
長い年月は彼女に言葉を与え、心を閉ざすことを教えてしまった。
この数百年の間に金螯の内部はめまぐるしく変わってしまったのだ。
教主に謁見できるのは自分を含めて数名。
その数名にはこの王天君と妲己も含まれていた。
「なぁ、その仮面とってくれよ」
「見てどうするつもりだ?」
「教主が惚れる顔ってモンを、拝みたいだけさ」
その言葉に静かに彼女はその仮面を少しだけずらして見せた。
何一つ変わらずに、彼女は佇む。
「気が済んだか?子供」
「……俺、アンタみたいな顔好きだぜ」
「お前に言われても嬉しくないな」
あの日以来、鏡を見るもの嫌で仮面をつけるようになった。
気まぐれに外すことはあっても、以前のように素顔を晒すことは無い。
心を閉じ込めるように、幸せだった日々を閉じ込めた。
「通天教主 、姚天君でございます」
碧遊宮に、彼は変わらずに住まう。
違ってしまったのはその瞳に色がなくなってしまったこと。
「……鴉環」
仮面を外して、そっと男の背に抱きつく。
この耳に聞こえる心音は同じなのに、彼の心は奥深くに沈んでしまった。
「わたしは今でもあなたのことが、好きだよ。ヨウゼンのことも」
「……揚延……ヨウゼン……」
うわ言のように呟かれる名前。
「忘れていないならば、それで良い……」
風が二人をそっと包みこむ。
散り行く華、まるで自分たちのようだと彼女も小さく呟いた。





「まずは金螯に行ってみようと思う。例え無駄足でも」
指を組みなおして太公望はそう呟いた。
「真実を知ることは、時に残酷ですよ」
「どういう意味だ?」
「いずれ分かります。この計画には裏がたくさんありますからね」
ぱらぱらと申公豹は封神傍を解いて行く。
「全部見ましたか?」
「ああ……でも、思い通りにはさせぬ。死なせるものか」
降り注ぐ雨は罪にも似て、彼女の体を濡らしていく。
その罪は誰のものなのか?
「あなたもそういえば、姜族の公主(お姫様)でしたね」
唐突な言葉に太公望は首を傾げる。
「彼も、同じですよ」
「彼とは?」
「教えません。いずれ分かりますから」






二つの仙界と一組の男女。
行く末は誰も知らないままに。



                  BACK



1:04 2004/05/06

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!