『真っ白な骨を墓場に捨てましょう』







きらきらと輝く物が好きなのは仙人も天人も人間も同じらしい。
同じように小さな生き物を愛らしいと思うのも。




「見て、可愛いでしょ」
掌で包むようにして眼前に差し出されたのは小さな砂鼠が一匹。
ふるふると震えては丸くなる。
「どうしたんだ、これ?」
「雲中子に貰ったの。育ててみようかと思って。籠とか作った方がいいよね」
雪のちらつく寒さには少しばかり耐えられないと、柔らかな肩掛け。
「俺がやるか?そういうのは得意だし」
「じゃあ、甘えちゃおうかな。上手にできるかボクじゃ不安だしね」
砂鼠が寒さで凍えてしまわないように、そっと胸の中に。
ふわふわの毛並みがくすぐったいと笑う唇。
「実験で作ったって言ってたの。凄いね、擬似生命を作れるなんて」
「籠ができるまで鼠も俺が預かるよ。実動実験があるって太乙から聞いたんだが」
「うん。高炉の点検とか入るから……言い忘れててごめんなさい……」
並んで歩く二つの影。
白い雪にできる二人分の痕跡。
たまたま宮で出会ったこんな日は、離れるのが嫌になる。
「泊って行くか?」
「うん」
繋いだ手の暖かさがいつもよりも強いと思うのは、空気が冷たいからなのか。
隣に居ることが当たり前だと思えるようになったのは、それなりの努力の結果。
四季のどこにも存在しない色の恋人は、彼にとってはもっとも鮮やかな虹彩。
胸に抱かれた小さな生き物に淡い嫉妬をして、その肩を抱き寄せた。




いつものように送りだして、溜まっていた書類と格闘すべく彼は筆を執った。
報告書を始めとして査問に係わる者はそれなりの量を求められる。
加えて封神計画の遂行率の算段書もあれば泣きっ面に蜂も良いところ。
仮に組み立てた籠の中で砂鼠はかたかたと車輪を回す。
(目がでかいところと毛並みがふわふわのところは、一緒だな)
指先で突けば、きぃ、と声を上げる。
彼と違い洞府に籠ることの多い彼女には、必要な存在かもしれないと笑う。
「道徳居るか!?」
勢いよく開けられる扉と、慈航道人の姿。
荒げた息から相当に急いでここまで来たことは簡単に読み取れた。
「おお、どうした?」
「早く!!」
手を引かれて、首を傾げる。
「だから、どうしたんだよ?」
「普賢が……っ!!爆発に巻き込まれた!!」
前日に高炉の点検に入るとは確かに聞いていた。
しかし、彼女が凡庸な失策を講じることがないのも彼は熟知したのだ。
今まで一度も事故を起こしたことはない。
些細な狂いも許さないと彼女はすべてに自分で作り上げた人工の眼を取り付けたいたほどだ。
岩場を全力で飛びながらあれこれと考えを走らせる。
彼女の管轄は核を軸とした高炉だ。
その爆発に巻き込まれたならばいくら大仙でも無事では済まない。
(どこだ!?)
宮についてみれば人だかりが激しく、前に進むことも困難な有様。
その中に運ばれていく雲中子の姿。
見る間に血の気が引いていくのを感じながらも、前に進む。
「道徳様!!こちらへ!!」
道士の声に我に返り、言われるままに付いていく。
次々に運ばれてくる怪我人に、不安は増していくばかりだった。
祈りながらどうか無事であるようにと。
震える手で扉を開く。
「…………………………………」
寝台に横たえられた恋人は、全身に浴びたであろう熱波で皮膚が所々爛れていた。
焼けた肉の匂いと血の匂い。
道士達が甲斐甲斐しく治癒に回る姿が余計に痛々しい。
「何が……原因だったんだ……?」
「究明中です。しかし……どうやっても不可解なことばかりで……文殊様が動いては
 下さってるのですが……」
文殊広法天尊は簡単な事件では動くことはない。
彼が動けば彼と組むもう一人の天尊も動くことは必至だ。
「爆発の際に、普賢様が防護壁を張ってくださったので人的被害は奇跡的に少なかったんです」
そっと手を取る。
剥がれかけた爪を留めるための薬液の匂いが鼻を衝く。
焼け焦げた前髪と瞼に走る傷。
自分が死ぬことを考えても、自分が残されることなど今まで考えたこともなかった。
「あ、道徳来てたんだ。良かった、迎えに行こうと思ってたんだ」
「太乙」
「ちょっと話あるんだけど良い?あ、みんなちょっと席払ってくれると助かるな」
大仙の一人の言葉に道士達は素直に従った。
薬を取り出して彼は少女の傷口にそれを塗りつけていく。
「!!」
眼の前で消えていく傷に道徳は思わず太乙真人を見上げた。
「傷は残さないから大丈夫。それに、道行に出撃命令が下りた。どうやらあちらからか
 狐からか……宣戦布告は受けて立つよ」
「……その案件、俺も混ざれないか?」
傷は癒えても、彼女が負う呵責を考えればただで済ませるわけにはいかない。
若年の彼女を羨む輩が責めるには格好の事態なのだ。
「正直、僕は君が参戦するのはどうかと思うな。できるだけ他の道士には隠密にしたいから
 あの四人なんだろうし」
「四人?」
「天尊二人に、大法師二人さ。予想以上に面倒なことかもね」
小さく切った湿布を張り付けていく。
「目が覚めた時に、傍に居てあげたら?」
「そのつもりだ」
「君でもそんな泣きそうな顔するんだね。なんだか、昔みたいで少し安心したかな」
まだ開く気配のない瞳。
こんな時は自分の力のなさと不甲斐なさだけが降り積もる。
「太乙、俺にも薬の作り方教えてくれないか?」
「え……いくら君でも普賢の傷を治す薬は簡単には作れないよ」
適材適所があるように、彼にとってが得意なものではない。
「分かってる。普賢の傷はお前に任せるよ。いつ何時、こんなことが起こるか分からない
 事態だって自覚がなかった……せめて簡単な傷くらいは自分でなんとかできるようにしたいんだ」
彼は前線に赴く可能性が高い一人だった。
攻撃力に優れる者は戦場でこそ、その真価を発揮するように。
「査問官は私情に流されちゃいけない。燃燈が消えたときに君はそう決めたはずだ」
警告は止めるために存在する物。
彼の理性を繋ぎ止めるのが少女ならば、はずすのもまた彼女。
「だから僕も、できる限りのことを彼女に施した。死すら撥ね退けられる様に。長くいきすぎたものは
 どうしても死に対する憧憬がおかしなことになるらしい」
死の存在を持たないものは、生きているといわけでもない。
仙人とはなんとも曖昧な存在だ。
死ねないからこそ、死を確実にするための術を編み出す。
叶うことなどないと知りながらも。





「慈航道人、参りました」
「うむ」
礼を取り、始祖の前で青年は腕を組んだ。
「此度のことはあの狐の仕業。随分と甘く見られたものじゃ」
始祖の言葉に青年は感情を噛み殺した。
仮にも同胞に負傷者が出ていても、開祖たる老人は眉一つ動かさない。
しかし、二つの仙界を巻き込む戦争に感情は必要ない。
「道徳真君の監視を命じる」
「……俺に、ですか……?」
親友は恋人を得てから感情に歯止めをかけることが困難になっていた。
もしも、この先彼女が先立つことがあればその被害は計り知れない。
純粋なものほど簡単に狂い、狡猾なものは発狂すらできないのが真実だ。
「監視するほどのことも……確かに、普賢のことになれば見境が無いのは事実ですが、
 その普賢にだって拘束隔離もしてますし……」
歪んだ空間から現れる影。
道衣の誇りを払ったのは一組の男女だった。
ぐったりとした女を抱いて、罅割れた色眼鏡を手の甲で押し上げる。
「文殊!!どーしたんだよ!!」
駆け寄ろうとする青年を制する手。
まだ納まらない殺気と硝煙に宮付きの側近たちが慌てふためく。
「ちょっと寄り道してきてだな……こいつは酔い潰れて寝ちまった」
汚れた頬と肢体に僅かばかりと絡まる唐衣と、焼けた巻き毛。
仙気のほとんどを使い果たしたのか指先一つ動かない。
「休暇貰うぜ、二人分……」
「報告はどうした。文殊広法天尊」
「言われたままにぶちのめしたぜ?女狐も大したもんだ……」
空間移動は限られたものにしかできない秘術の一つ。
天尊位を持つこの男は本来その能力はないはずだった。
「世界をしっちゃかめっちゃかにしてぇのはわかるが……やり方が納得いかねぇな」
「それだけか?」
「あんたの推測を裏付けたって言えば十分か?元始」
始祖を呼び捨てにする男の存在。
ひび割れた空間に飲み込まれていくその姿に道士達は眉を寄せた。
師表全てを知る者は少ない。
「慈航道人、天尊位二人の監視も命じる。反することがあればその頸を撥ねよ」
「………………………」
厚い雲に覆われた空。
宮から見る景色を好きだと思ったことは一度もない。
「御意」
「下がるがよい」
人間をすててから随分と殺劫にも麻痺してしまった。
この手は何のために力を得たのかと繰り返される自問自答。
癒えない傷を抱いて、誰もが成長するのならば。
傷付くこのなくなった仙人はすべての時間を止めてしまうこととなる。
それは生きていて死んでいること、死んでいて死んでいないこと。
即ち、どこにも存在しどこにも存在することのできない透明なもの。
(……文殊のとこ行こう……どっちにしろ、俺が殺される方が率は高い……)
岩場を蹴りながら目指すは五竜山雲霓洞。
手を触れずとも開く重厚な扉は主の器を物語る。
「文殊ーーーっっ!!」
「こっちだ、ガキ」
ぐったりと揺り椅子に身体を投げ出し、膝には同じような女の姿。
半身を金属に変えた彼女を抱えて、文殊は小脇の卓台に眼鏡を置いた。
四十手前に見える彼もまた、永劫を生きる不死人。
「何があったんだよ」
「まあ、こいつがこれだけ眠りこけてるくらいの異常事態だな。だから女は食えねぇ」
煙管を咥えて男は天井を睨んだ。
「俺がいねぇ間に何があった?」
手短に告げれば、彼は女を揺さぶる。
「起きろ、寝てる暇はなさそうだぞ」
「……何だ?面倒な……」
「普賢と雲中子が巻き込まれたってな。あのガキ、えげつねぇことすんなぁ……」
抱き起されて床に崩れ落ちる。
促されて慈航道人が彼女を拾い上げた。
「あっちの連中で一番食えねぇ……あれは男なのか?道行」
「分からん。おそらくは女だろうがな」
「狐に抓まれたか」
「そんなところだ。遊び半分もそろそろ終いじゃな。慈航、儂を運んでくれ。歩くのも面倒だ」
いつもよりも色の濃くなった左目。
「……元始様から、道徳を監視しろって言われた。あと……文殊と道行のことも……」
「監視の意味がねぇな……そりゃ」
「俺もそう思う。道徳だったらまだ何とかなるだろうけど、あんたら相手にして無事でなんて
 いられないのはわかってんだしよ」
火傷したままの指が男の頬に触れた。
「深く考えるな。それよりも……雲中子が被弾したのは……歴史に関わるは全てということか?」
悲しむことも疲れてしまうと、笑う唇に恐怖を感じる。
「ろくでなしが歴史を刻むとこうなるんだ」
繰り返される夢のように終わりのないこの命。
有限であるからこそ美しいのなら、死に場所は自分で選びたい。
拾う骨などなくてもいいから。
「歴史を刻む?」
「ああ。全部手の裏表にも。女ってのは嫌なもんだ……」
黒い海に緋色の衣なびかせて、幼年期に終わりを告げる。
「狐は焼いても食えぬ。さて……それよりもこの髪はどうしてくれようか?」
「焦げてる」
「切るしかなかろうて。どうせ伸びる」
ため息は風に乗せれば雅となる。
生れ落ちたこの命、終焉は己で決めると呟いて。





ひらひらと舞う思いを花に変えれるほどまだ、完成されてはいない。
未完であるからこそ、強くなりたいと願うのだろう。
無機質な天井はまるで己の上限のようで嫌気が差す。
「……?……」
鈍い痛みと自由の利かない身体。
「普賢?」
ぼんやりとした視界に見えるのは恋人の姿。
「普賢!!」
「……どうしたの?……そんな怖い顔して……」
「お前……爆発に巻き込まれて……」
記憶を手繰り寄せれば、この痛みの原因にたどり着く。
小さなため息と、彼に向けられる視線。
「……だから……痛いのか……」
そっと小さな手を握る。
少しでも力を入れれば、彼女は壊れてしまいそうだ。
「なんでだろ……眠くて……眠くて……ボク、死んじゃうのかな……」
鎮痛剤の催眠効果は優しい闇を連れて来る。
「そしたら……道徳と会えなくなるね……嫌だなぁ……」
独り言のように繰り返す。
つむがれる言葉は何も飾らずに、彼女の気持ちを告げてくれた。
「死ぬわけないだろ……?薬のせいで眠いんだよ……」
「……んー……そうだね……」
こぼれそうな涙を堪えて。
視界の定まらないであろう恋人に、精一杯の笑顔を向けた。
聞こえてくる寝息と、胸を走る焦燥。
乾いた唇に、触れるだけの接吻をした。
もう誰にも傷つけさせないと、誓いを込めて。
渦巻く思いは五臓六腑を駆け抜けて細胞のひとつにまで刻まれる。
その名を、黒く染め上げるまで。







0:51 2008/12/21





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