『永遠の森の中で 願うはささやかな事で 続く小さな幸せ 人知れず
 この手にある力抱いて 故郷に別れを告げよう 光るは道標の月  今壊す』








玉虚宮の欄干に腰かけて、組んだ手に顎を乗せて少女はため息を吐いた。
脚元の転がる書簡は持ち出すことは本来不可能なもの。
「あーもう……なんで世の中でってうまくいかないんだろ……」
人の命を定めた書物。
それが命数巻として今まさに乱雑に回廊に転がっているのだ。
「随分な行儀だな、お前にしちゃ」
「それ、見て」
事細かに歴史が刻まれているのは、一人の男の生涯。
「西に住まう賢君の命数糸」
「ああ、そこそこの人生の長命だな」
「そんなことないよ!!」
「人間だったら十分じゃないのか?そりゃ、俺やお前から見れば一瞬になるだろうけども」
終わることのない生は思うほど魅力的ではないと彼は呟く。
たった一人時間を止めて、毎日繰り返される非日常の日常。
散るから花も美しいように、人の生は限りあるからこその価値がある。
「普通の人間を超えると、不老不死を求めんだろうな。そんなにいいもんじゃねぇけど」
「あのくらいの賢君はそうもでてこないよ。だから望ちゃんは西に行ったんだ」
「だろうな。けど……人間辞めてまで賢君やるのは間違いだ」
「どうして?だって、もうすぐ大変なことが起るのにもう時間がないんだよ!!」
このままでは彼女は彼の命数を書き換えてしまう勢いだ。
それは仙籍に入った者ならば命数がそこで消えてしまうのだから仕方ないことだった。
しかし、賢君はあくまで人間としての生を全うしようとしている。
「命数書き換えに行ってくる!!」
「おっと待て。それをそのまま行かせたら俺はお前を懲罰にかけなきゃいけなくなる」
「望ちゃんが一番好きな人をなんとかしてあげたいって思わないの!?」
ゆらめく殺気は少女が極度の興奮状態に陥る時の特徴だった。
生に対する強い執着は仙人となってからは逆に麻痺を極めてしまう。
「仙道の介することのない世界。それに反する行為に当たれば厳罰は免れない。降格、仙名
 剥奪ならばまだいいが……俺は今更お前を人間に戻して放流する気はないぞ?」
仮にも大仙である師表に名を置く少女に愚行は許されない。
「だって!!」
「気持は解るけどもそれは違反行為だ」
符印が発動し、重力場が磁力を狂わせていく。
同じように莫邪を取り出し、彼はそのまま片腕に神経を集中させた。
「トチ狂うのは俺だけで十分だ。少し、頭を冷やせ」
光の帯が幾重にも少女を縛り上げ、その宝貝を封じていく。
元々査問に係わる彼には規律違反を拘束する権利はある。
その後の罰則を考えればここで彼女を野放しにすることはできなかった。
「道徳!!」
「言っただろ?規律は規律だ。何よりも俺はお前を手放さないぞ」
生まれた空間に飲み込まれていく少女の姿。
ゆらりと揺れた銀髪が最後に光を受けた。








金庭山ではのんびりと女が柘榴を収穫する。
肉厚だと喜び、それを今度は次の年のための果実酒にするらしい。
「ってことやっちゃった……道行……」
庭先に準備された卓台と椅子。
白で統一され飾り文様が美しい。
「やったことに過ちはないが……普賢には解せぬやもしれぬな」
燈色の巻き毛が秋風に揺れる。
暢気に柿を剥いて、楊枝で遊びながらそれを青年の前に。
「俺らうまくやってけんでしょうか……」
「十分ではないのか?」
「いや、咄嗟に空間圧縮で俺んちに送ったんだけど……あー……機嫌悪くなってるだろうなぁ……
 どうも仙人やってると感覚おかしくなってくる」
「機嫌取りに柘榴でも分けてやるか」
籠を手に柘榴の前にふわりと浮かぶ。
空間浮遊を常時やりのけるだけの仙気の強さはいまだに衰えることを知らない。
「おう、道行」
降り立つ影に振り返ればそこには文殊の姿。
「文殊丁度いい所に来たな。籠を持ってろ」
不精髭をさする男は剣呑として女の傍らに立つ。
先の十二仙から座する者は、仙道ですらないものの片鱗を見せつける。
「道行、最近の妖怪は礼儀がなってねぇなあ」
ざりり、と顎を撫ででから煙管を取り出す。
吸い込んで満足げに笑えばそれに女が答えた。
「まったくだな。どれ、一つ退治するか」
両手に燈扇を持ち、女は舞うようにそれをはためかせた。
生まれ出る鳥は炎の羽をもち、歪んだ空気を一瞬で焼き尽くしてしまった。
「な、何だ!?」
扇はそのまま空間を切り裂く。
宝貝ではなく術を主とする彼女特有の戦い方。
左手で男の首を抱いて、そっと視線を絡ませる。
「して、あれはなんだ?」
「あちらのもんだろうな。こっちが封神計画で動いてるのなんざ筒抜けだろうし」
瑠璃瓶を構えれば発射される弾丸の美しい乱舞。
女の手から生まれた歪曲空間が一点を収束する。
「どれ、やっとくか」
土砂降りのように降り注ぐ弾丸は、戦いになれたはずの道徳真君でさえも目を覆うほど。
撃ち込まれたものは骨すらも残らないだろう。
女の瞳が猫のように輝いて唇が歪んだ瑛実を浮かべる。
人を捨てて仙となるには、人の持つ感覚を殺すか封じるか。
「金庭山(ここ)に入り込むとは自ら死ににきたのだろう?」
空間圧縮と局地集中爆撃の複合技はかわせるならば大仙級になる。
同じ天尊の階位を持つ男女はまるでそうあることが当然のような連携。
「焙りだすか?」
「骨も残さぬのに、どうやって焙るのだ?」
渦巻く気迫に感じる寒気。
狂人よりもの手前の者の方が禍々しいかのように。
柘榴を一枝ぱちん、と折る。
見る間にそれは焔を巻いた鳳凰へと変わり羽ばたき始める。
「行け」
弾丸の雨に美しい火の鳥。
骨一遍残さずにそこには秋風だけが憂いを湛えた。
「……っとお」
ぐらり、と体勢を崩した女を抱きとめる男の腕。
「な、何だったんだ!」
「封神計画の邪魔をしようってとこだな。もしくは、あの狐が俺らの力を計るにか?
 どのみち、金庭山(ここ)を管轄するのが誰かがわかってんなら自殺行為だ。妖怪なんざ
 超越してるからなぁ……くくく……」
「ってか、俺……文殊と道行がやってんの初めて見た……」
同期で入山した二人は阿吽の呼吸を持つ。
「古い付き合いだからな」
そっと降ろせば、、同時に瞳が赤錆色に戻っていく。
妖怪以上に化けもの染みるほど、長生きし過ぎたと男は煙草に火を点けた。
何事もなかったかのように女は納戸へと向かう。
「文殊は、道行を抱きたいって思ったことねぇの?」
「あ?お前、仙人やるときに女抱くなって習ったろ」
「道行、普通に美人だし」
「昔は色々あったけどな。俺ぁこんな関係で十分だ。体だけが愛情じゃねぇだろ」
彼のようになりたいと願う仙道も少なくはない。
どこか世捨てで達観したその表情。
燻らせる煙草も絵になる男振りは、同性異性問わずに惹かれるだろう。
「俺らもそうなれるんでしょうかね……」
がっくりと肩を落とす。
頭では理解していても、彼女に触れたいと思うこの心。
「年取ればな。そう焦んなや」
「道徳、ついでじゃ。柘榴酒を持って行け。して、お前は何しにきたのだ?文殊」
「お前に貸した本を返してもらいにだ」
「本か……まだ半端じゃ。ほれ、お前にもくれてやる」
柘榴を握らせて女はにかり、と笑う。
「俺にゃ酒はねぇのか」
「どうせここで飲むだろ」
「ああ、荷物は要らんな」
きっとこの空気は変わることがない。
だからこそ太乙真人も割って入ることができないのだ。
二人が碁を打てば華精やら雷神やらが見物にくるほどの清々しさ。
だからこそ封印を解いた時の力が恐ろしい。
「ありがとう、道行」
「普賢もそろそろ落ち着いたころだろうに」
「ああ。もらったこれで機嫌なおんじゃないかな」




紫陽洞の邸宅、その一室に構えられた破邪牢の中で少女は己を収束する帯にため息をついた。
(恋に恋なんてしないけど……もう会えないっていうのは近くて遠いよ……)
その手を離す日がゆっくりと急ぎ足で近付いていくる。
声さえも聞けない日が。
「よう、どうだ?」
「あなたにこんなことができるなんて。油断した」
「仙人もそれなりに長くやってるもんでね」
拘束解除の印を結べば、すこしだけ赤く腫れた手首が目につく。
「すまない。やりすぎた」
「ボクも冷静さを欠いてた。ごめんなさい」
「道行から柘榴酒貰ったんだ。普賢と飲めってさ」
「じゃあ、戴こうかな」
笑う青を見れば彼女の言い分が自分に降りかかる。
仙号仙籍を剥奪されたものの末路は語るに悲惨なだけ。
罪人ならば贖罪がすめば元に戻れる。
しかし、査問にかけられる懲罰は話が別物になってくるのだ。
それだけ命数は触れてはならない領域。
「限りあるから綺麗なんだね。それを捻じ曲げてしまったから、ボクたちは罰として
 不老になる。人を捨てたなら人に関しちゃいけないんだね」
目も合わせらえないほどの恋の中、彼女はその心を隠す。
「明日、太公望のとこ行ってみないか?顔見れば少しは安心できるだろ?」
「いいの?」
「ああ」
彼女は知らない、彼の本心を。
彼女を失いたくないという一点に集約された行為だということも。







岩場の上でのんびりと釣り糸を垂れる姿。
掛かることのない針は親友の自慢の品だ。
「ご主人、いいお天気っすね」
「ああ」
黒髪を風に泳がせて、眩しいと閉じる瞼。
考え事をするにはこの場所は仙気も高められ、彼女のお気に入りだった。
水面に浮かぶ紅葉の鮮やかさ。
渓谷に座する軍師は十七で時を止めた。
「ここに居られましたか」
「姫昌」
「たまには私もさぼろうかと。そうすれば貴女も責められることはないでしょう」
祖父と孫のようにも見えるこの二人の年齢は彼女の方が僅かに上。
岩場に同じように腰を下ろして賢君は秋の美しさにため息をついた。
「良い季節だ。今年は豊作でしてね。貴女の好きなものもたくさん取れてますよ」
「西は土壌もよい。寝床と食事を貰えるだけでもありがたいものだ」
官女たちは幼さの残る軍師に冷たく当たる。
中には彼女が軍師だと知らないものもいるほどだ。
仙人などというものはそれだけ人の世から隔離された場所に存在する。
染まる頬もほんのりと紅葉色。
「風邪をひく前におぬしは戻れ」
「あなたと一緒に帰りますよ、太公望」
「そうか」
かすかに触れる肩が熱い。
この恋は生涯解けることのない魔法。
「私もあなたも食の趣味は同じです」
「生臭は食えぬからな」
「できれば、白に戻る前に甘味でもと誘いたいところですが」
「誘いは断らぬ主義だ」
いつか終わるからこそ美しい初恋。それが残酷な結末でも彼女は受け入れる。
復讐を抱いて知った恋だった。
それゆえに彼に出会えてしまったのだから。
「ご主人は軽いから、二人乗りくらい簡単っすよ!!」
釣り道具をしまいこんで霊獣に乗って飛び立つ姿。
それを離れた場所で二人は見つめていた。
「今が幸せだからきっと、あいつは戦うんだろうな」
さりげなく止めた髪飾り。今日の自分はいつもよりも少し違うのよ、と誘うように。
好きだと伝えることのできない恋。
「仙人やってるから出会ったんだ」
「うん」
「俺も仙人やってるからお前に出会えた」
息が止まりそうな視線に、胸が苦しくなる。
遂行すべき計画は二人の少女によって実行されているのだから。
「好きだと言えるだけ幸せだ」
「望ちゃん……このままが一番良いんだね。帰ろう、道徳」
「良いのか?行かなくて」
「邪魔したらだめでしょ。一番好きな人とお食事に行くのに」
繋がれた手。
俯き隠す憂いたる顔。
「とどまることを許されぬ、不死の御身か……」





同じころ、宮に呼ばれたのは大仙二人。
ともに自信気に笑うは歪みを浮かべる唇。
「文殊広法天尊、道行天尊」
欠伸を噛み殺す女と煙管を取りだす男の姿。
開祖の前でのあるまじき態度に側近たちが眉を潜めた。
「あちらからの使者を撃ったか?」
扇で口元を隠し、女は視線だけを投げかける。
燈色の髪がゆらめき空気をゆっくりと侵食するようなその気配。
「庭先を荒らすものがおってな。天狗たちが前より儂に伝えておった。それが何なのかは
 わからぬ。わかるも何も瑠璃瓶はすべてを破壊する」
「文殊」
「久々に使ったら加減がなぁ。そこの女も重力場を自在に操るから、俺も何をやったのか
 なんざ覚えてもねぇな」
瞳が歪んだ光を抱く。
赤錆色は猫目石に変わり、生まれる重圧に査問をかけようとした側近たちから血の気が引いていく。
「天尊の位は執行権を持ちうるはず」
「………………………」
「たしかにな。なあ道行。階位下ろして人道に戻るか?」
「ほほほ。それもよいかも知れぬ」
開祖の本心はこの女を手放したくないというところ。
気がつけば隣に居ることの多い文殊を疎ましく思うのは当然でもあった。
「最近の妖怪は礼儀がなってねぇ」
「まったく。六歌仙など怯えて出ても来ぬ。それほどに危険な使者ならば駆逐するしか
 あるまい。何しろ、始祖は動けぬからのう」
この二人を敵に回すことだけは避けたい。
処罰はないままに二人は回廊を戻っていく。
「目も合わせられんような男に用はない」
「けけけ。惚れたからだろ、あっちが」
ちら、と隣の男を見上げる視線。
「あんだ?」
「お前はいつも目を見て話す。太乙もだ」
そのままふわり、と浮かびあがり男の首に抱きつく。
「お前じゃ勃たねぇよ」
「試すか?」
「二千年前にお前とは打ち止めにした。俺は茶飲み友達なくしたくねぇからな」
先代から残れたのはそれだけの強さ。
かつて人だった彼らはすでに人でも妖怪でもない何かへと変貌を遂げた。
「文殊」
上着の裾を握る指先。
「儂の花印が鳳凰なのはおかしいか?」
それは彼女にしか描けない文様として、この先も刻まれる。
それぞれが己の印を持つこの世界で。
「道徳は鷲だったか?普賢は蝶。赤精子は昇竜、慈航は虎だったか?」
「おぬしは儂と同じ。朱雀だが差はなかろう?」
「ああ」
片手で女を抱き上げる。
暮れゆく落日、人の世も同じ。
蕩けていく太陽に影と成す紅葉。
「この計画……表向きは太公望だが、裏はあいつらだろう?」
「歴史には必ず影が絡みつくからな」
瞳の色が猫のそれを帯びる。
「良い区切りだ。これで堂々と……」
両手で男の頬を包み、視線を重ねる。
「殺戮を繰り返すことができる」
「ああ」
「神隠しは人だけにあらずや」
「重力場の境目なんかにいれられりゃ、十分な神隠しだ。どこに繋がってんだ?」
「知らぬ」
知る必要も無いと呟く濡れた唇。
「ああ、それくらい物騒な方が色気があっていいな」
鬼火を引き連れるは妖怪だけにあらず。
大仙二人を先頭に百鬼夜行は遂行される。
行きは酔い良い帰りは恐い。影を踏まれぬように、そっとそっと。
鬼より怖い神様が恐れる仙人様の道中歌だけが響き渡る。






10:10 2008/11/08

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