『夜に日傘を差して、朝に解け行く月を追いかけるように
 願わくは 花の下にて 春死なむ その望月の 如月のころ』
           






「なんだかひらひらして落ち着かない」
道衣ではなく、彼女にしてはおおよそ着ることのないだろう呪装束。
繊月の光を小瓶に閉じ込めるために少女は山麓に。
薄桃の衣に絡ませた深紫の前垂れ。
宝石たちが銀髪を飾り立て右耳に止まるは硝子の蝶。
(なんだってボクがこんなことしなきゃいけないんだろ)
事の発端は恋人の失策だった。
宝貝人形の器を完成させた太乙真人がいざ、入魂をしようとしたときにそれは勃発した。
たまたま近くを通り掛ったからと道徳真君が乾元山を訪ねたのだ。
入魂の儀は厳重な結界が敷かれた状態でやるのが通例である。
それは入山したての道士ですら知っていることだった。
太乙真人も入念な結界を敷き、呪符まで張り巡らせるほど。
それを何もなかったかのように苦もなく突破してしまったのだ。
その結果、偽魂は四散し器だけが残されたという惨状。
思い出してため息をつくばかり。








「で、太乙に思い切り怒られたの?」
のんびりと柿を剥きながら少女は困ったように首をかしげた。
入魂は仙人でも高位技術にはいるものであり、おいそれとできるものでもない。
「霊珠をつくるつもりだったらしくてさ……材料を集めて来いって言われたんだけども
 何がなんだかわかんねぇんだよな……」
ばりばりと頭を掻きながら道徳が深く溜息を吐く。
「材料、一応知ってるでしょ?」
「知ってるけども、俺……入魂とか落魂とか得意じゃないんだよな……」
向き不向き得手不得手があるように、彼にとって魂符は鬼門の一つ。
自然界に散らばる元素を拾い集めるのは不可能に近いものがあった。
「頼む!!この通りッッ!!」
今にも土下座せんという勢いの彼を宥めて、仕方がないと以来を承諾する。
「んー……集魂の儀の服どこにしまったかな……」
「ほえ?」
「ちゃんとした格好じゃないと集められないよ。それと、最中はボク丸腰状態になるから
 変なこと考えないでね。符印は自動(オート)で仕掛けるから」
「いくら俺でもそんな時に襲うわけないだろう、普賢」
のろのろと立ち上がり、箪笥の中を掻き分ける。
呪詛入魂の装束は純紙に包まれて、静かに光を放つ。
「こういうの着るの」
ふわりと広がる裾は、何段もの褶?が豪奢に飾り立てる。
陰陽の刻まれた前垂と胸元を飾る朱の組紐。
左袖に施された刺繍は盛者必衰の理として魂をその場に留めさせるもの。
「うへ……随分と豪華な……」
「好きでしょ」
「ああ。良いよな、銀髪に映える」
「少し重いからあまり着たくはないんだけどね」
それでも着なければならないと思わせる言葉尻は彼のために。
自惚れるならば唯一つの存在として彼女に君臨したいと思う。
「太乙にはちゃんと謝ってね。ボクもあまりやったことないから、上手にできるかわからなけど
 やれるだけやってみるから」
「すまないっ!!」
「ついでに納戸を直してくれるだけで良いよ。それこそボクにはできないことだもの」
必要なものを思い浮かべて、ふいと視線を上げる。
「警護してくれる?」
「死ぬまでする」
「ありがと。ちょっと大変なことする予定だから」





銀の鈴を打ち鳴らせば集まり始める精霊の欠片たち。
不変なる悠久を形とするにはそれなりの仙気を使わねばならない。
彼と彼女の奇妙なる関係のように。
武を美徳とする彼と知を永遠とすることは、相反して根底は同じことと。
始まる呪文の詠唱に空気がざわめく。
「!?」
大地から立ち上り始める光の渦が少女の体に纏わりつき、地の底へ引き込むように蠢く。
その色はまるで蛍火の不気味さでまさしく死者というべきものだった。
「普賢!!」
火扇をゆらりとはためかせれば飛び散る白銀の蝶。
乱舞する蝶が静かにその光を絡め取っていく。
「こんな夜に何をしておいでだい?小嬢」
「随分と大きなものが引っ掛かったみたいだね」
にこり、と笑う少女の手のひらから生まれる蝶の嵐。
「ああ、可愛い子は呪詛まで綺麗だ」
背に生えた美しい闇色の翼が羽ばたき、蝶は一瞬で掻き消されてしまう。
「蝶は美しい」
「それ、蛾だよ。とっておきの毒蛾」
薄明かりが照らす普賢の表情(かお)は、幽明を分かつ。
「!!」
ふわり。飛び立つその姿こそ蝶なれど、手にした呉鉤剣は牙と成す。
狙うは月と定めて左右の手から放たれる二本の剣が鉤を描く。
「はじめまして、普賢真人と言います」
「大した御挨拶だ、お嬢さん。俺は羽翼仙と言う」
「残念。出会ったのにもうお別れしなくちゃ」
月下に眠る賢者の鷲は、永劫を得て仙となる。
割り切ることも大事だと少女は狙いを定めて斬りかかる。
呪詛装束も可憐ならばその唇が刻む毒すらも麗しい。
「道徳ッッ!!」
「よしきた!!」
どれだけ才覚溢れても、彼女の身体能力は高くはない。
それを補う存在があってこそ智謀は美しく咲き乱れる。
桜花満開絢爛豪華。
彼の剣は風に舞う花弁一つ逃さぬようなその動き。
砂塵すらも追い付くことの出来な跳躍は羽翼仙の片欲を艶やかに切り落とした。
「俺が飛ぶだけだと思うな!!夜雀たちよ!!我が声を聞けッッ!!」
奪われる視界と耳を裂くような金属音。
それが野鳥の精霊の声だと気付くまでに時間は掛からなかった。
(どうする?)
背中合わせ、幽明など必要なしと答える唇。
(気配はわかるけども?)
(俺が当たってもいいが、全部討ち落とすぞ。本体ごとな)
(それじゃ道徳が困るじゃない。ボクは羽翼仙を太乙に渡すつもりだよ?)
一瞬だけ触れ合った指先。
(ならば俺が援護する。夜目は俺には通じない)
(じゃあボクを誘導してくれるの?)
(そういうことだ)
動きにくくてかなわないと下から上に裾を斬り上げる。
「行け。俺が見る!!」
その声が誘導するままに剣を振るう。一羽、また一羽と落とされていく夜鳥たち。
どこかで聞こえる悲鳴に似た音色に耳が慣れるころ。
「!?」
頭上から落下してくる巨大な火の玉に絶句するも束の間、彼の声が響いた。
「真っ直ぐ上に貫け!!寸分も狂うな!!」
「でも……」
「それも飲み込まれる幻覚だ。行け!!」
矢の如く飛び立ち、その真点を剣先が貫く。
それはそのまま羽翼仙の喉笛を掻き切り裂いて、あたりに鮮血を散らす。
札を張り巡らせて飛び立とうとする魂魄を閉じ込め、瓶に封じる。
「……厄介な……あああ……」
その場に座り込んで彼は静かに天を仰いだ。
「道徳!!」
「おお、お疲れさん。取れたぞ」
「それは良いんだけども……うん……」
呪詛は得意としない筈の彼が使いこなした封印呪の効力は彼女が思うよりもずっと強く。
「ん?俺になんかついてるか?」
そのだけの強さならば自力でもなんとかできたはず。
「自分でもできたんじゃないの?」
「んー……うまくいった試しがなかったんだ……はは……
がっくりと肩を落とすあたりその言葉に嘘はなかったらしい。
「脳味噌まで筋肉って、よく言われてたしさ……」
「そんなことないよ」
呪詛札は使い手の心を写し取る。
彼の敷いたそれは青白く光り、湖面のような静かな波を生んでいた。
激情だけでは作り出せないその美しさは、紫紺の蝶など足元にも及ばない。
己の幼さと自惚れを突きつけられたと普賢は唇を噛んだ。







教主の呼び出しならばと宮へ向かい。少女は静かに礼をとった。
「普賢真人、参りました」
「うむ。おぬしらのほうも計画は進んでいるようだな」
「どちらの、でしょうか?」
銀眼は静かに教主を捉える。
「どちらもじゃ。先日もまた一人封じたであろう」
千里眼を持つものを欺くことは出来ない。ましてやこの賢老は開祖なのだから。
「封神台も特に異常はありません。管理の方もそう問題は見つかりませんし……ただ、
 時折ですが乱れ(バグ)がでます。これはまだ初期段階なので仕方ないのかもしれません。
 原始さまにご迷惑をかけることはないとは思うのですが……」
浮かぶ光輪と手にした符印。
彼女は教主にとっても特別な弟子のひとりだった。
「おぬしにもこれを預けておこう」
手渡されたのは封神の寸分違わぬもの。親友が手にしているものと何ら変わらない。
今すぐに紐解きたい衝動を抑えて静かに受け取る。
「おぬしにとって酷なものかもしれぬな」
「天命は変えられませぬか?」
「いや。それは生きておる。明日には違うものの名が刻まれるようなものだ」
その言葉の意味を理解できるまでにはまだ時間が足りな過ぎた。
しかし、本当の彼女の時間はもう決められていたのだ。
「まあ、それに記されているのはおぬしらに討ってほしいものばかりだ。崑崙のために
 働いてくれることを期待するぞ」
どれだけ時間を使えばこの老人を出し抜くことができるのか。
「あの」
「なんじゃ?」
「道徳真君は、呪詛は不得手でしょうか?」
「道徳か?五行儀では火の気は強かったな。不得手というよりも使い方を知らぬ。いや、
 あれは知らぬ方がいいだろうて……あれが呪詛なぞ使いこなしてみるがよい。崑崙は
 屍の山になるだろう。ふぉふぉふぉ」
その言葉を反芻しながら邸宅へと帰路に。
涅槃桜の美しさを感じながら呪詛のあり方を解いてみる。
「普賢!!この間はありがとう」
振り返ればそこには穏やかに笑う太乙真人の姿。
「ああ、入魂は?」
「おかげさまで霊珠も完成しそうだよ。ま、道徳もたまには使えるね」
太乙真人と道徳真君は同期の入山。
彼女の知らない一面も彼は知っている。
「ね、太乙。道徳って呪詛とかできないの?」
「昔……それこそ、まだ仙人になって間もないくらいかな。道徳も死者蘇生の呪詛を
 やったことがあったはず。それで確か、俺には向いてないとかいったのかな……まあ、
 加減とかも必要だし何よりも術者に影響されちゃうからね」
「あまり聞かないほうがいい感じ?」
「君が聞けば話すと思うよ。君は特別だからね。僕たちなんかよりもずっと」
その言葉に普賢は首を横に振った。
「特別の種類が違うだけで、太乙たちしかしらない表情(かお)も沢山あるよ。
 ボクが望ちゃんを大事に思うのと、道徳を大事に思うことの違いみたいにね」
「あはは。それが理解できれば道徳もいいんだけども、その前に嫉妬で狂うからね。
 殺されちゃかなわないから僕はそろそろ帰るよ。今度二人で遊びにおいで」
枯れない花があればいいと願って、その命に手を加えた。
拭い去れぬ違和感に再びその命を閉じさせた。
そのものの寿命を帰ることはその魂を汚してしまうことだとしった。
ならば、魂を収容する封神台はどうなるのだろう?
死してなおその死を認められない。
それは永遠と狭間の咎と同じなのではないだろうか?
満開の桜の下、そんなことを思う。
「普賢!!」
舞い散る花弁と浮かぶ深淵の紅い月。
「ちょうど良かった。お花見しない?」
「お、いいな。酒持ってきたんだけど外で飲むか」
取って置きのこの場所に君と二人で特別な空間を生み出そう。
限りあることだからこそ美しいこともある。
「ね、これ見て」
封神傍を手渡せば、ばららと開き男は眉を寄せた。
そこに記されるべき名は無く、封神されたものだけが刻まれている。
いうなれば太公望が持つ書と対極にあり、そしてまた同じ意味を持つもの。
「逆封神傍ってことか?」
杯に唇をつけてそのまま飲み干す。
少し辛めの清酒は桜が痛いほどに似合う。
「そう。ボクたちがあたりだったらここに刻まれる。はずれだったら……」
「体よく降格処置にできる。煩い瘤を生かして殺すってか。あのジジイ」
「どうかな?」
掌に落ちた花弁を蝶に変える。
僅かに羽ばたいてそれは銀の光に砕け散った。
「綺麗だな。俺にはできない芸当だ」
「嘘。反魂陣敷ける癖に」
「たまたま上手く行っただけだ」
この人の過去をもう少しだけ知ることができたならば。
知ったところで己の存在することのできない行き場の無い嫉妬に駆られるだけだと分かっているのに。
この思いはいつも伝えられなくて、一人で泣きそうになる。
「できるのに、どうしてできないなんて思うかなあ?」
ころん、と彼の膝に頭を乗せて。
「あんなに綺麗な反魂陣、見たこと無いよ」
「……昔、大失敗してさ……それ以来止めてたんだ……」
「大失敗?」
誘導はさり気無く掛ければいい。
下心の裏をくぐって表の寸前で君の心を覗く。
「一緒に修行してた奴が居たんだ」
誰しもが仙道になれるわけではない。
過酷な修行は心身ともに極限へと追い詰めていく。
それはそれに耐え得る者でなければすべてを超越した存在には慣れないという
至極単純にして絶対な真実からだった。
当然、脱落するものは数え切れない。
里に帰れるものはまだ幸福だろう。
命を落とすことも当たり前のようにいつも隣り合わせなのだから。
「不運な事故でさ、死んじまった。いい奴だったんだ。俺よりもずっと才能があった」
救えなかったことは己の力不足。
ありったけの思いを込めて敷いた反魂陣の中で、彼は呪詛を詠唱する。
立ち上る夥しい光の蝶が絡まり合い、人の形を織り成していく。
再び会えたと手を伸ばした瞬間だった。
虚ろな表情の友人の顔が、ゆっくりと綺麗に崩れ始めた。
死したものを完全に再生することなど出来やしない。
反魂の儀はそれが終わるまでに術者は己の感情を一切殺さねばならないのだ。
「死んじまったものは生き返らせちゃいけねーんだな」
「………………」
「でも、もしまた陣を敷くならそれはお前が死んだときだけだろうな。失敗なんか
 今度はしない」
「ボクは……道徳が死んじゃっても反魂陣は敷かないよ」
「愛されてねぇな、俺」
「だから死なないでよ。今の道徳と一緒に居たいんだ」
「………………」
この花のように、永遠がないからこそ恋をする。
君を思えば春桜の下で死ぬことも悪くないと思わせるほどに。
「ボクも一緒に死なないようにがんばるよ」
離れてしまわないように、消えてしまわないように。
「だな。いつか散るから綺麗なんだ」
貴女のすぐ傍で。
酔い醒めやらぬ紅月に、願うはささやかなことばかり。
当たり前が有難いというのは世の常、皮肉となる。
朱色の盃よりもずっと赤い酸漿に似たこの月。
「あ」
「俺には蝶とか綺麗なもんは出せないみたいだな」
「綺麗なものだせるくせに。嘘吐き」
彼の左手から生まれる銀色の鷲。
宵闇を飛びぱぁん、と弾ける。
「妖怪退治と行きますかね。俺たちは」
「ボクたちだってそう変わらないよ。人間じゃないなら化けものだもの」
抱き起して銀色の瞳を覗き込む。
「そうだな。ここに蠱惑の蝶なんか飼ってる奴が居る」
忌まれ、疎まれる銀眼が見据えるべき未来は光k闇か。
少女は面白みのない明日よりも、華やぐ今を見つめるばかり。
「この書、全部やりきるっつーのもなー。太公望だけじゃ無理だってのはじーさんも
 よくわかってんだな。ただ、表立って俺らを出撃させれば大戦争は免れねぇし……
 組み合わせとしては良い戦術だもんな、俺らは」
同胞十二仙はそれぞれが特化した能力を保持する。
崑崙の頭脳たる太乙と普賢を入れたある意味の武装集団。
「殺りあうのは嫌いじゃないから困るんだよな」
肩を抱いてそっと頬を寄せる。
「しかも、お前から『助けて!!』なんて言われたらはりきっちゃうぜ?」
「最終兵器に取っておくね」
「あ?」
「秘儀、道徳召喚。誰も勝てないよ」
満月の夜に日傘をさすように曖昧なこの世界を。
切り裂けるのは彼の持つ莫邪たる宝剣の光なのか。
知るはこの永夜の月ばかり。








12:25 2008/10/02

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