『さぁ助けましょう。高く振りあがるあの腕。あなたはお姫様。わがままなお姫様』
「道徳真君か」
始祖の声に男は静かに礼を取る。
一道士を使った封神計画が発動してから、師表十二仙は水面下での動きが多くなった。
才はあっても実戦不足の太公望の隠れた補佐。
即ち、金鰲の道士の殲滅ということを表す行為。
「十日以内に」
「御意」
最強の攻撃力を誇る男は、これまでも始祖の命により任務を遂行してきた。
増える傷に眉をよせる恋人と共に。
「元始様、我々の行為は……」
「救い、じゃ。それだけで良い」
「………………」
疑惑を殺すことにもなれてきた。
それが生きていくことの知恵、生き抜く為の術というもの。
まだ幼い恋人にはそれが理解できない。
何度説いても、首を振らないように。
散り行く花が美しいなどとは人間の勝手な思い。
命が終わる一つの形に付加価値を見出だす行為。
「普賢」
「おかえりなさい。それともまた出撃?」
振り返らないままの言葉に彼は自嘲気味に笑った。
「ああ」
「今度は何をするの?」
「いつも通りだ。慈航と一緒に」
「…………して」
「?」
「ボクを連れていって。もう傷だらけで帰ってくるのを心配するのは嫌!!心配はモクタクだけで十分!!」
急にとんできた言葉に青年は目を見開いた。
普賢真人は戦闘を好む方ではない。
むしろ後方支援に回る方だ。
「人の気もしらないで!!」
「あ?」
「ボクだって強いでしょ?一緒に戦う!!」
振り向かなかったのは涙を見せないため。
だから、向き合うならば真摯になりたい。
「剣を持てないわけじゃない。道徳」
胸の中で警鐘がなり響く。
この手を取ってはいけない、と。
「……普賢……」
そして、決して離してはならないと。
「そんなに頼りない?そんなに非力?これでもあなたと同じ十二仙だよ!!」
「お前の拳が世界を狙えるのも俺は十分知ってるぞ」
「じゃあ連れてって!!」
どれだけ才があっても、普賢には実績がないのだ。
師表に名はあれどもその姿すら知らないものもいるように。
(どこの馬鹿野郎だ……俺のお姫さんにちょっかいだしたのは……)
宥めても今夜だけはどうにもならない。
「わかった。今度は慈航じゃなくてお前と組むよ」
「本当?」
「嘘吐いたって意味ないだろ?」
ぱっと輝く笑顔と抱きついてくる細い身体を受け止める。
(……痩せたな……ったく、余計なところで神経使いやがって……発信源見つけて
ぶっとばさねぇとわりにあわねぇな)
沈む夕日を背にすれば視界は紅に染まる。
夜に溶け込む瞬間に人と妖は混じり合う。
「望ちゃんは?」
風に解け行く銀髪。
「西に居るぞ」
莫邪の宝剣を手にして、左手で恋人の腰を抱く。
皇后妲己の郡はほとんどが妖怪仙人。
人を危めるものが仙ならば、見過ごすわけにはいかない。
「人に紛れた方が良いな。女連れなら怪しまれないし」
たん、と大地に降り立つ。
何かと目立つ道衣だが、恋人はそれに気付くほど世間に慣れていないのだ。
「着替え買うぞ、普賢」
「え……道徳!!お金!!」
「手ぶらでくるわけないだろ?」
手を引いて服屋に入り込む。
娘達が好む可憐な衣類が処狭しと並んでいた。
ふわふわの羽根の着いた上着や深い切れ込みの入った巻き帯。
どれも目移りする色合いに溜息だけが零れる。
(……でも、ボク可愛い服似合わないよ……)
ちらちら輝く耳飾り。
「たまに良いんじゃないか?その薄紅の」
「きゃ!!」
耳元で囁かれてびく、と肩がすくむ。
唇に指を当てて、彼は悪戯気に片目を閉じた。
「小嬢、御静かに」
「だって……」
「たまにはいいだろ。きっと似合うよ」
見上げる視線は不安げに。
「おかしくない?」
「着てみれば良いさ。それから決めればいいだろ?」
選んだのは紅と紫の間。
短衣と長衣、二つを手にとって惑う姿。
(短い方がいいよな。脚だって綺麗なんだし)
胸元にあしらわれた蝶の刺繍が、色香を醸しだす。
「短い方が俺は良いと思う」
「おかしくない?」
「全然おかしくないっ!!」
拳を握って肯定するすがたに思わず笑みがこぼれる。
「長靴(ブーツ)とか合わせてみないか?」
「え……でも……」
「動きやすいようにさ」
「うん」
まるで下士官のような彼と街娘そのものの彼女。
外套に身を包んだ少女はどこか妖艶さも。
「夕刻にここを騎兵が通る。その上官が化け物だ」
「どうすれば良いの?」
「思う侭に。俺はお前を信じてる」
揺れる夕日を背にすれば、ざわめく空気。
「こんばんは」
四辻の交わる空間に佇む二人と、高官。
「じゃあ、始めようか」
ぼこぼこと異音を立てて、男の姿が変わっていく。
端正な唇は耳まで裂けて、澄んだ瞳は濁り澱む。
突き出た骨に浮かぶいくつもの眼球。
「甘く見られたもんだ」
「どうかな?ボク、そんなに弱くないよ」
呉鉤剣から生まれる閃光。
切り裂くたびに轟音を上げ、竜巻を起こす。
呉鉤剣の真価は変則攻撃にある。
「破ッッッ!!!」
銀髪が宵闇に溶けて幻想を生み出す。
千手の影に隠された真摯な一撃が顎先から唇へと斜めに切り裂く。
「グギャアアアっっ!!」
無垢は汚れの無いことではなく、何も知らないこと。
殺業ではないとしても指に感じる体液の生温さが悪寒を生む。
「!!」
本体である巨大な蛾が鱗紛を撒き散らし、辺りを腐食し始める。
散るならば少しでも巻き込んでやろうとの行為だ。
「普賢!!」
男の宝剣が胴体を切り裂くと同時に太極符印が発動する。
指先が刻み込んだのは空間の圧縮と分解。
逆立つ銀髪に見える風圧。
「!!」
飛び立つ一筋の閃光が遥かなる封神台に飲み込まれていく。
(これが太極符印……)
呼吸を整えて己の宝貝をじっと見つめた。
使い方一つで多彩な攻撃をすることができる。
(望ちゃんを守る力になる……これなら)
けれども、彼女はまだ知らない。
この宝貝の本当の意味を。
「怪我しなかったか?」
「うん」
傍らの恋人が心配そうに覗き込んでくる。
「道徳」
「ん?」
すい、と眼前に出された手。
頷いてぱん!と快音を上げて彼の手がそれん打った。
「任務完了。よくやったな、普賢」
「一度やってみたかったんだ。何だか嬉しいね」
少し肌寒くなった夜風に、青年の手が肩を抱く。
「帰るぞ。報告書やんねーと」
「うん」
全身に感じる疲労に瞳を閉じる。
安眠香を焚いても高ぶった精神が覚醒を促す。
きつく枕を抱きしめても、体の芯が酷く熱い。
(……眠れない……)
扉一枚隔てて恋人が隣に居るこの空間。
無意識に指先が扉を叩いた。
「どうした?」
見上げてくる潤みがちな瞳。
「眠れない」
夜着一枚の恋人を抱き寄せて耳に唇を寄せた。
「誘いには乗るぞ」
「何だか変なの……助けて」
ちゅ……触れる唇に熱さが増していく。
入り込んだ手が乳房をまさぐった。
「……あ、ン」
左耳を甘く噛まれて肩が竦む。
滑り落ちた手が直に腰を抱いた。
「ン!」
「着たままが良いか?」
絹擦れさえも甘美な刺激に。
焦らす指先と絡まる視線。
「やー……」
布越しに重なる肌。
「此処が良いか?」
「やだぁ……」
内股を撫でられて、首にぎゅっと抱き着く。
抱き上げて寝台へと向かう途中にも、何度も接吻を繰り返して。
舌先が絡まり合っては離れる。
「……っは……」
はじけ飛びそうな感情をもてあますように、渦巻いた熱さが取れない。
「!!」
硬くなった乳首をかり、と噛まれて嬌声が上がる。
濡れた先端を舌先が舐め嬲って左右をねっとりと交互に唇が包み込むように吸い付く。
ちゅくちゅくと吸い上げられる度にもどかしげに指先が宙を掴む。
「……傷、出来てんな……」
下がった唇が腰の部分に出来た僅かな痣に触れた。
「気付かなかった……いつだろ……」
「やりあったときだろうな。腰帯が斬れてた」
秘裂に指先が入り込んで焦らすようにゆっくりと上下する。
舌先が痣を舐めあげるたびにもどかしげに腰が揺れた。
戦い慣れない者は、昂ぶった感情の制御を知らない。
「……ぁ、や……」
ごつごつとした指先が奥まで侵入して、体液を絡ませながらゆっくりと動く。
その動きの一つ一つが余計に熱を生み出させてしまうのだ。
飲み込んだ中指と人差し指。
愛液に濡れてぬらぬらと光る爪。
親指が秘芯を押し上げると一際大きく身体が仰け反る。
「や、や……ン!……」
舌先がねっとりと秘芯を嬲るたびにぐるぐるとめまいに似た何かが身体を支配していく。
ただ喘ぐことしか出来なく、痴態を晒すだけ。
「ひァ!!」
尖りきり熟れたそこを唇が包み込み吸い上げる。
びりびりと走る痺れとどろどろと溢れ出す愛液が意思など無視して腿を濡らす。
声を殺そうと両手で口を押さえば、彼の手がそれを外した。
「聞かせろよ。抑えられねぇんだろ?」
試すように瞳を覗き込まれて頬を包む手に動きが止まる。
唇を挟むように何度も重なる接吻。
その度に脊髄の奥まで犯されるような感覚に襲われて。
手を取って指を一本ずつ舐め挙げられる。
「なんとかしてぇんだったら、やりたいようにやってみろよ」
のろのろと身体を起こして肉棒に手を掛けていく。
掌で感じる脈動に耳まで真っ赤に染まりあがった。
くちゅ…入り口に先端が飲み込まれて腰がゆっくりと沈んでいく。
ぬるぬるとした体液が二人を繋ぎながらやんわりと光った。
薄明かりはほんの僅かの周囲だけを照らしてくれる。
肌の色を一層妖しく魅せて彼女の銀髪を際立たせるように。
男の腹に手を着いて何度も何度も細腰を上下させる姿。
「んぅ……!!あ、アアっ!!」
下から乳首を抓むように捻り上げられてその度に唇の端から毀れる涎。
膣内を擦り上げて着き貫くたびにじんじんとした甘い痺れが子宮を中心にして全身を駆け巡る。
根元まで深々と咥え込んで赤く充血した肉襞が苦しげに蠢いた。
彼の手が背中をわずかに抱いて、もっと、と促す。
「ん、ア!!……ァ……っ!!……」
昂ぶった精神は同じように昂ぶらせた身体でなければ均衡が取れない。
「!!」
両手を一纏めにしてぐい、と引き寄せられる。
その瞬間に更に深く繋がれて息が上がった。
悲鳴すら上がらずにただ身体を強張らせ、見開いた瞳から零れ落ちる涙。
「……ぁ……ア……ッ!!……」
びくびくと震える腰がへたり込むようにして男の上に崩れる。
(あー……ちょっとあれだったかな……戦闘慣れしてねぇから……どうしたら治まるか
わかんねぇんだよな……やっぱ……)
一度引き抜いて今度は少女の身体を横たえて。
片足を担ぐようにして肩に掛けて再び繋ぎなおす。
「!!!!」
ぎりぎりと噛んだ唇ときつく握り締めた敷布。
溢れ出した混じった体液が腿を濡らして真白な布に染みを作っていく。
捲れあがった媚肉が包み込むように肉棒をしっかりと飲み込んで、動くたびにぐちゅぐちゅと
淫音を生み出して鼓膜を直に刺激する。
「……普賢……」
不意に呼ばれた自分の名前に、潤んだ瞳が応えて。
優し過ぎるような接吻にもう一度涙がこぼれた。
張り詰めた緊張を解くことを知らない幼さ。それに手を掛けてしまった己の浅はかさ。
それでも後悔などはしたことも、これからもすることもない。
「んー……そんな泣くな。泣き顔まで可愛いな、本当に……」
初めて彼女を抱いたときに感じたあの気持ち。
愛しくて何度も何度も小さな頭を撫でてその身体を抱きしめた。
「……道徳……っ……」
同じ様に広い背中を抱く細い腕。
重なった心音と止まる時間。ただ二人だけでこうして永遠を願った。
ぎゅっと抱きついて何度も何度も頬をすり寄せる。
彼女はまだ子供だった。
育つのが待てずに、その花を手折った。
「や、ア!!」
何度も出入りする太茎が蹂躙してその度にずきずきと痺れだす神経。
動きが加速してただ喘ぎと呻きだけが響きだす。
汗と互いの匂いだけが確かな生存証明。
「あああああアアっっ!!」
迎えた絶頂と一際きつくなる締め付け。
引き抜いて迸る白濁液をその火照った身体にぶちまけた。
本能に忠実になっていたのは彼も同じで、何かを汚したかったのも事実。
濡れそぼった肢体に飛び散った生暖かな体液がどろりと肌を滑った。
「だから、謝ってんだろうが……」
「洗ったのにべたべたする気がするんだもん……」
枕を抱きしめて少しご機嫌斜めの恋人の頭をぐしぐしと撫でる大きな手。
煙草に火を点けて紫煙を燻らせる。
「戦い慣れてねぇとああなるんだ。気持ちばっか昂ぶって、身体がおっつかねぇの」
「ふぅん……」
「誰か殺してみろ。こんなんじゃ治まんねぇ……三日くらい寝れねぇしな」
「人を殺したことがあるの?」
のろのろと身体を起こして恋人の胸に手を当てる。
重なった視線に目を逸らす事無く男は笑った。
「どうだかな」
彼は過去を話したがらない。はるか昔、まだ人間だったころの話も少しだけしか彼女は知らない。
黒髪が闇に融けるのに対になるように浮かび上がる乳白色の肌。
「あるの?」
薄い唇が問う、その解を。
「あるよ。ずっと昔。人間だった頃」
「……………………」
「十五の頃、初めて戦場で相手を殺した」
彼は彼女とは違った形で躊躇せずに相手に向かう。
時折見せる獣のような瞳の色の意味を知らせるようにその言葉の意味を噛み締める。
「寝れなかった。何度も何度も手を洗っても、まだ染まってるような気がして」
手のひらが赤く変わって血が流れるほど掻き毟った。
それでもあの暖かな感触とぬめりは消えない。
気の狂いそうな夜を打破するために彼は更に多くの血を求める。
感覚が麻痺する頃、戦士として認められた。
「そろそろ気が狂うかなって頃、元始様が来たんだ」
仙骨を持つが故に狂えない彼を救うのは、殺業の名を変えた粛清。
「お前が思ってるほど、俺は綺麗なもんじゃない」
「………………………」
「昔言ったろ?どんな風にお前が俺を思っても、俺はお前をもう手放さないって」
男の手が細い首に掛かる。
少しでも力を入れれば彼女の命は終わるのだ。
「良いよ。このまま力を入れて」
静かに閉じられる双眸。
「あなたの手で全部終わらせてくれるのなら」
「…………………………」
「そして、あなたは永劫にボクを忘れられなくなる。清虚道徳真君をそれで永遠に
ボクのものにできるのなら…………」
男の手首に触れる少女の指。
「この命くらい、安いものでしょう?」
彼女の本性を目覚めさせてはいけないと何かが警告する。
傾国の淫婦に成り損ね、仙となった故に咲き乱れた。
「物騒な女だな、お前も」
抱き寄せて開かせた口唇に吸い刺しの煙草を銜えさせた。
「俺には丁度良いくらいに」
「光栄だね」
その先の蛍火から、もう一度煙草に火を。
唇が歪む様に笑って銀色の瞳が何かを狙うかのように細まる。
「嫌な笑い方だな」
「何で?」
「国一つ滅ぼせそうだ」
「国なんていらないもん。ボク、道徳がいてくれればそれでいい」
愛しくて適わないとその小さな頭を掻き抱く。
嬉しくて堪らないと笑う恋人の細い身体。
「今からこういう感情(きもち)なんて山ほど出てくる。前線に出るってのはそういう
ことなんだ。慣れろとは言わない……けど……」
煙草を取り上げて、触れるだけの接吻。
「抑制の仕方は覚えとけ。自分でいられるように」
「うん」
「もし、どうにもなんねぇときは俺がなんとかしてやるよ」
「うん……ありがと」
渦巻く世界に落ちていくのはたった二人きりがいい。
罠に掛かる全てを焼き払うように。
23:59 2008/05/11