『君を思いながら、一人歩いています……』
               春よ、来い





「今日は韋護。道行天尊は?」
ばさり、と羽をはためかせて金庭山に降り立ったのは白鶴童子。
「師匠なら乾元山の方にいってっぜ、鶴」
「お前に省略されるような名前ではないぞ、韋護」
「ぐだぐだ言うと焼き鳥にして晩飯に出すぜ?師匠も出せば食うだろうし」
その言葉に白鶴は二度ばかり頭を振った。
「揃いも揃った師弟だな」
十二仙の中でもこの道行天尊と普賢真人は白鶴童子とお世辞にも仲が良いとは言えない。
崑崙の中でもある意味特殊な道行は玉虚宮にも自由に出入りする。
白鶴童子からすれば目の上の瘤のようなもの。
「んで、何の用よ?」
「書状を預かってきた。年増が帰ってきたら渡せ」
ばさり、と投げつければ男はそれを受け取る。
「直接本人に渡せよ」
「乾元山まで行くほど暇では無いからな」
「いや、後ろに居るし」
その言葉に振り返れば、そこに佇むのは件の人。
白い羽を捻り上げてにこり、と笑う。
「誰が年増じゃ。焼き鳥にしてくれようぞ」
「生臭は禁忌と忘れたか!!婆!!」
「ほほう。婆は物忘れが酷いゆえに、そのような掟は忘れたのう」
命辛々と逃げていくように飛び出す白鶴童子を見て、道行天尊は大笑い。
籠に入った葡萄のようにたわわな笑顔。
「しっしょーーーー!!!あんま笑わせねぇでくださいっっ!!」
「はははははっっ!!昔からあの鶴はああでのう……大人しくしてると思えば普賢に
 ちょっかいを掛けては道徳に討たれておる」
道行を抱き上げて韋護も同じように笑う。
「葡萄を貰ってきた。お前も食え」
「そうっすね。でも、その前に」
二つに結わえられた巻き毛に唇を当てる。
「師匠の髪、梳かさねぇと。葡萄の葉っぱとか色々くっついてきてる」





書状を開きながら、普賢は首を傾げる。
「ねぇ、これはボクはモクタクと一緒に行けばいいのかな?」
「そういうことになる。ついでに道徳真君にも渡しておいてくれ」
彼の分の書状を受け取って、卓上に。
「何着て行こうかな。モクタクにもちゃんとした格好をさせなきゃ」
「呑気な女だな。道行天尊とどっちもどっちだ」
立ち去ろうとする白鶴の羽を掴む。
「何をする!!馬鹿女っっ!!」
「折角だから御茶でも飲んでいったら?」
普賢の手を振り解いて白鶴は少女のほうを向きなおした。
「お茶菓子に胡麻団子もあるし、ゆっくりていきなよ」
聞くだけでも身の毛が弥立つその言葉。
胡麻団子は彼にとって鬼門の一つだった。
ましてや普賢真人の手製、そして彼女の根城のこの白鶴洞。
「冗談じゃない!!俺は忙しいんだっっ!!」
ばさばさと飛び立つ姿にモクタクは首を傾げた。
「師匠、なんであの鶴あんな急いで帰ってんだ?胡麻団子くらい食っていけばいいのに」
何も知らないものがこの光景を見ればそれ至極当然の反応だろう。
仙道の中でも温厚とされる普賢の誘いを断るのだから。
「死にたくないからじゃない?」
「……あんた、何やらかしてんだよ……」
「ちょっとした悪戯。ボクだって好きじゃない人くらいいるから」
卓上の書簡に目を移して。
「これ、紫陽洞まで持って行って貰ってもいい?手土産には胡麻団子でいいかな」
くすくすと笑う薄い唇。うなじに掛かる灰白の髪がちょこん、と跳ねる。
「毒入りかよ」
「まさか。さっき作ったばっかりの甘い奴だよ。モクタクの分もあるから天化と
 半分こして食べるんだよ?」
少女の笑みは小悪魔のそれに通じるから。
まだまだ目を離せないと笑う青年が居る。
女の心はいつも不思議色。相手によってその光を変えるのだ。




「この間さ、李家の奥さんとこに行って来たんだ」
葡萄を口にしながらあれこれと太乙真人は先日あった出来事を親友に話す。
妊娠三年を過ぎた殷氏の胎には、やはり肉の塊しかないというのが結論だった。
しかし、このような長い年月に流産することも無くとどまり続けているその強さ。
何よりも李家は仙道を多く排出してきた名家。
「霊珠を使えば、李家の奥さんも子供に会えるし僕も宝貝試せるし」
「すげーな。お前って」
それもあっての兄弟二人への下山許可。
「天化のところもいつの間にか弟増えてるしな。時間ってのはあっという間に流れるわけだ。
 あーあ、なんか一気に老け込む気分だ」
そうは言うものの、彼の外見は二十代も後半がいいところ。
見ようによってはもっと若くも。
「まぁねぇ。僕たちだってここ来てもう何千年目だか」
そんなことを話しながら青年は先刻に受け取った書状をばらら…と捲った。
「俺んとこに着てんのかね、それ」
「当然だろ。君も十二仙なんだから」
「面倒なこと嫌いなの、俺」
こつん、と卓上につっぷして目を閉じる。
「その割りには普賢みたいに面倒の極みみたいな子を選んだじゃないか」
「普賢は別物なの。基本的に面倒なことしたくねぇんだもん」
会えず仕舞いの日々が続けばこの体たらく。
恋人の笑顔一つでこの憂鬱は吹き飛ぶというのに。
「どっちにしても招集掛かってるし。白鶴洞まで迎えに行く口実できて良かったじゃないか」
「そーだな。難関乗り越えてここまで来たんだ。意地でも幸せになってやるっての!!」
難攻不落の高嶺の花は、手にしてみれば意外なほどに優しい光を持っていた。
死ぬまで守ると誓ったのだから。
どんな悲しいことも憂鬱も過ぎれば昨日になる。
不機嫌の低気圧だって終われば澄み切った青空に変わってしまう。
「気を取り直して普賢のとこ行ってくるか」
「じゃあお土産に葡萄もって行ったらどうだい?自信作だよ」
籠に盛られた大粒の葡萄を受け取って目指すのは白鶴洞。
飛べる翼がある限りあきらめるなんてできない。




「あれ、モクタクとすれ違いになっちゃったかな?」
庭木の手入れも一段落して、休憩でも取ろうかと思った頃合。
彼の姿を見つけて自然に綻ぶ唇。
「さっきまで太乙のとこに居たからさ。これ、普賢にだって」
「わあ……おいしそう。一緒に食べよ」
取れたての花茶と胡麻団子を準備して、日当たりのいいお気に入りの場所へ。
向かい合わせで座って、彼の前にそれを差し出す。
「モクタクにも持たせたんだけど、きっと天化と食べてる頃かな」
「んじゃ俺の分はねぇな。ま、ここで食ってくから良いけども」
摘んで口に入れて「美味しい」と言葉が生まれる。
「ね、封神計画の実行日決まったね」
「あ?」
「ほら、ここみて」
隣に移動して書状を開く。そこに記されているのは何人かの道士の名前とそれを繋ぐ
相関図に似ているもの。
もちろん自分たちの名前と愛弟子も記されている。
「天化でしょ、あとモクタク。文殊のところのキンタクと道行のところの韋護。あと玉鼎の
 とこのヨウゼンと……いっぱいいるね」
それでも無意識に指先はモクタクのところで止まってしまう。
「丁度十年後……それまでにどこまでモクタクを育てられるのかな……」
まだまだ未成熟な自分が育てる弟子は、予想よりもずっと逞しくなってくれた。
ぶつかりながらもここまでの関係を築けたことは、彼女にとって掛け替えの無いもの。
「天化のほうもなぁ……筋はいいんだが本腰入れてねぇんだよな」
「んー…………」
「どっちも剣士だしな、試合させてみるか」
どちらも実戦で才能を伸ばす傾向が強い。
「そうだね。そのほうが良いかも」
「奴は俺んち行ってんだったな。んじゃ、普賢もうちに来るか?」
育成環境としては紫陽洞のほうが何かと好ましい。
限られた時間を最大限に使うには適材適所を誤ってはいけないのだ。
「そうだね、そっちに行こうかな」
「決まりだな。晩飯はうまいものが食える」
その言葉にくすくすと笑う。
手を取ってゆっくりと二人で歩き出した。





欄干に腰掛けて持参した胡麻団子を二人でぱくつく。
口の周りに付いた胡麻をそのままに二個目に手をつける。
「うんめー。俺っちも普賢ねーちゃんに弟子入りしてぇさ」
「機嫌悪ぃと芥子入りの団子出されっぞ」
その言葉に天化はげらげらと笑う。
あの温厚そうな普賢がそんなことをするとは到底思えないからだ。
「うっそだーー。あの優しそうなねーちゃんがそんなことするわけねぇさ」
「笑顔で食わせんだよ……残したら太極符印でぶっとばされるし……」
それは寝食を共にしなければわからないこと。
彼は身をもって彼女の恐ろしさを知っているのだ。
「よ、ちびっこ二匹。何やってんだ?」
腰に手を当てて少年二人を覗く姿。
「慈航にーちゃん」
「慈航師伯……」
伽羅洞に住まう慈航道人は、道徳真君の親友の一人。
どちらも武道を主軸とする仙人としてその名が知れ渡っている。
「道徳は?」
「コーチは太乙さんとこ行ったさ」
「んじゃそろそろ帰ってくる頃だな。あいつは男のとこには長居しねぇから」
無精髭を擦りながら笑う顔は人懐こさが溢れて。
相手が子供でも一人の人間として接してくれる。
「あ、コーチと……普賢ねーちゃんさ」
「普賢?あー、乾元山からあっちにまわったか」
手を振れば同じように帰ってくる。
「よー!!お姫さんつきかぁ?」
飛んでくる小石をかわして、たん!と飛び降りて。
拳を突合せてにやり、と笑った。
「雲中子んとこ行ったついでに寄らせてもらった」
「んじゃ、こいつら二人の判定してもらっても良いか?剣士二人だから対戦させるかって
 普賢と話しててさ」
階段に腰掛けて少女は男二人をじっと見詰めた。
「ね、慈航。慈航って剣使わないんだよね?」
「俺はどっちかって言えば素手」
「ふぅん……面白そ……」
唇に指先を当てて、意味深な視線を絡ませる。
「ボク、道徳と慈航が試合してるの見たこと無いんだよね」
その言葉に弟子二人も見たいと声を合わせた。
「ねー、見たいよねー」
「見てぇな。慈航師伯と道徳師伯だったら面白ぇと思うもん」
「見てぇさ!!」
そう言われれば断る言葉も無い。
断る由縁もないのだからと二人は顔を見合わせた。




どちらも武器は使わずの勝負と位置付けて同時に大地を蹴る。
打ち合いと蹴り合いの速さに視線が付いていけたのは普賢一人だけ。
少年二人は唖然としながら二人の動きを眼で追うのが精一杯。
(慈航は距離を詰めて一気に勝負に出るんだ……道徳とは違う感じ……)
中指の先端を軽く銜えてじっと見つめる。
慈航の拳を受け止めて投げ飛ばそうとすれば、今度は脇腹を狙う蹴り。
かわして背後を取り合って砂埃が巻き上がった。
(早い……悔しいけど、ボクじゃここまであの人の力を引き出すまでには至らない……)
額から流れ落ちる汗。
自分が相手ではそこまで持ち込めないのが現実だ。
「!!」
空中での打ち合いは着地しても止まることを知らない。
「破ッッ!!」
「疾ィィッ!!」
拳のぶつかり合う音と空気を裂くような蹴り合い。
(速さは慈航のほうが上……でも、一発に重みがあるのは道徳……)
どちらも均衡の取れた戦士。
隆起した筋肉と精悍な身体つきは重ねた功夫の賜物。
「すっげー……慈航にーちゃん強ぇさ……」
「俺も、慈航師伯ちょっと見直した」
ぼんやりと口を開く二人に、少女はうふふと笑う。
「目が慣れれば二人の動きも見えるようになるよ」
「普賢ねーちゃんもすげーさ」
「悔しいのは、あの二人笑ってるんだもん。楽しんでやってる」
その証拠に勝負はつけずに互いの手を叩きあって終わらせる。
額の汗を拭って呼吸を整えた。
「いい運動になった。たまには打ち合い(スパークリング)も良いもんだな」
「あんな女に入れ込むと身体なまるぞ、道徳」
「言ってくれんじゃねぇの」
それも気心が知れてるからこその言葉。
「汗かいてる。はい」
差し出される巾を受け取って汗を拭い取る。
恋人が居るからこその特権に、道徳は視線を慈航に向けた。
「こういうことしてくれる相手いねぇもんな、慈航」
「俺の好みは爆発気質の女じゃないもんで」
響く笑い声。
それはいつもの昼下がりの出来事だった。





いつでも彼が一番だと思ってしまうのはこの気持ちだけではないから。
彼がここに居て笑ってくれることが一番で。
どんなときも、どこにいても。
何もかもを飛び越えて逢いに行くから。




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22:26 2006/01/03

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