『この恋の行方は運命に繋がりますか?奇跡か諦めるしか考えられない……
 あなたを真似するわたしは一番可愛くなるはず』
               I LOVE U





織り上げた布地を縫い合わせて作り上げた男物の上着。
もうじき此処にも雪が降るから、寒さが厳しくなる前に糸を紡いだ。
「健気なとこあんじゃねーか」
それが誰のものなのかが分かるからこその言葉。
「あの人、しょっちゅうどっかに引っ掛けてるから何枚あっても足りないんだ」
此処に彼が来てから何度目の冬だろうか。
喧嘩をしながらも師弟関係がそれなりに築かれつつある。
「あ、モクタク。おいで」
「あんだよ」
手を伸ばして少年を招く。
「これ、モクタクの。この間裾が短くなったって言ってたでしょ?寒くなるし少し
 あったかいの着ないとね」
一枚は普段用の暖かなもの。肌寒い季節にも風邪を引かないようにと。
そしてもう一枚は謁見用のそれだった。
淡い檜皮色の布地に縫いこまれた一羽の鶉。
彼女が一針ずつ作り上げた正装用の長衣。
「いずれ必要になるから。モクタクだってちゃんとした格好して行かなきゃいけない
 場面だってあるんだからね。人前でおっきなこえだしたりしちゃ駄目だよ」
「夜におっきな声出すやつにいわれたくねぇー」
「モクタク!!」
冬の気配はもうすぐそこまで。初雪を今かと待ち受ける。
「あ、そうだ……今度お母様の所に一回帰ってもいいよ」
「あ!?」
「キンタクも一緒に帰宅許可出てるはずだから。モクタクの立派になった姿、見せてあげたいしね」
自分がかなえられなかった思い。せめて彼には自由に親元に帰れるようにと。
「師匠も来んのかよ?」
「え……ううん、ボクは待ってる。家族で過ごしたいでしょ?」
袋の中に男の上着を畳んで、織機に新しい糸を掛けていく。
自分で染め上げて紡いだ絹糸。嫌がる愛弟子にも手伝わせて何本か余計に作り上げた。
様々な色の中、ほんのりとやわらかい乳白色が一つ。
「これはボクの。派手なのは得意じゃなくて……」
織り上がれば彼女に似合いそうだと、ぼんやりと思う。
「もうじき忙しくなるから、お父様とお母様に逢っておいで」
「師匠も来るか?」
小さく横に振られる首。
弟子の両親に顔をあわせるのは迎えに行くときだけの一度きり。
本来は仙道が親元に帰ることは認められていない。
大成する頃には親はもう亡いことが多いこともあって、それらは暗黙の掟となっていた。
それに異を唱えたのは次世代の仙道たち。
逢えるならば逢わせてやるべきだと提唱したのだ。
「お兄様とゆっくりしておいで。家族水入らずで」





閉ざされた地下室で普賢は画面を見上げた。
生まれては消えていく緑色の文字の螺旋。
(封神台って……なんでこんなに厳重なんだろう。別にここまでしなくても魂が逃げることなんて
 物理的に不可能な作りなのに…………)
猫の瞳のような光がぱらら…と降り注ぐたびに湧き上がる嫌悪感。
(ちょっと探ってみようかな。管理を任されてるんだから知る権利はあるよね)
指先が画面(モニター)の文字を規則正しく押して、解析画面へと切り替わる。
外部からの進入は観測なし、中心部への暗号(パス)を入力して目線を上げた。
(疲れるなぁ……道徳、何してるかなぁ……)
時折過ぎる恋人の顔がこの空間での唯一の癒し。
優しい腕の中で、うっとりと目を閉じたい。
「!!」
立ち上げた全ての画面に映し出される『警告』の二文字。
これ以上の進入は厳罰対象になるということ。
(やっぱりこれ以上は無理か……)
手元を操作して今度は場面を青峰山へと変える。
画面越しに写る彼の顔をじっと見つめて、手を伸ばした。
「こうしてみると、格好いいんだけどな」
指先が頬に触れる。いつもならば擽ったそうに目を閉じてくれるはずなのに。
自分の存在など始めから存在しないかのような笑顔。
「天化と一緒だと、そんな顔で笑うんだもんね」
面白くないと頬を膨らませても、うろたえることもない。
「妬けるなぁ……嫉妬で死にそう……」
瞳を閉じてため息を絡ませた唇を、画面に映る彼のそれに重ねる。
これだけ近くに居るのに、息遣いさえも分からない遠さ。
「仙人失格だね……嫉妬なんかしちゃいけないのに……
椅子の上、膝を抱えて大きく息をつく。
「本当に道徳のこと、好きなんだなぁ……どうしよう……」
貴方に言えない秘密を抱えたまま、貴方の腕で瞳を閉じる。
背信の徒でも愛してくれますか?そんな言葉が浮かんでは消えていくから。
「逢いたいなぁ……こんなにボク、弱かった?こんなに我侭だった?」
笑顔の彼は無言のまま。
言いようのない気持ちだけが砂になって山を作ってしまう。
砂時計の硝子は割れて、思いはさららと砕けて流れた。
「知らないよーだ……天化と居るときのほうが楽しそうな顔して……」
織り上げた布地のように、二人で重ねた時間。
いつか誰かを暖めて、大切なものを築けるように。
もう一度だけ画面越しの恋人に少女は接吻した。
「これに逃げるのも止めなきゃね……見つかったら怒られちゃう」
銜え煙草の姿は恋人にはまだ一度も見せたことはない。
親友から渡された一本は、彼女を虜にするまでそう時間は掛からなかった。
真夜中に目を覚ましてふと見た彼の姿。
窓辺で肘を突いて同じように煙草を口にしていた。
同じようにありたいと吸い方を真似る様になって。
離れている時間を忘れるように、自分に課せられた問題を見なくてもいいように。
本当は見つけて欲しい気持ちを煙と共に飲み込んだ。
「美味しいなんて思わないけどね……」






お気に入りの香油を数滴、湯に垂らす。
桶の中に足首まで浸けてのんびりと読みかけだった書物を広げた。
「師匠、お客さんきてっぜ」
「だぁれ?こんな夜更けに?」
寝巻き姿に髪は浴巾で包んだ佇まい。
本来ならば誰にも会いたくもないし、この時間には普通なら誰も来ないだろう。
「こんばんは」
「……どうしたの?天化は?」
「寝てる。しごいてやったから朝まで起きねぇだろうな」
頬に触れる手のひらの冷たさに思わず瞳を閉じる。
「なんか昼間から普賢に逢わなきゃなんないような気がしてさ」
その言葉にどきんとしてしまう。
画面越しに触れた唇は、彼の心に届いてくれたのか、と。
「嬉しい……でも、天化を一人にしてちゃ可哀想だよ」
「んじゃモクタク、お前ちょっと添い寝してきてやれ」
指先が触れ合えばそれだけで二人だけの空間が生まれてしまう。
「冗談じゃねぇ!!」
けれども、ここ数日の彼女の表情を知っているだけに無碍にもできない。
願い事は唯一つだけ、眠りに落ちる瞬間に手を握っていて欲しい。
彼女が呟いたのはそんなことだった。
「天化も呼んで、お泊りでもしよっか」
「子供は子供同士の方が気兼ねなくていいだろ?モクタク」
この後のことを考えれば紫陽洞に向かったほうが得策だ。
しかしながら簡単にこの男の願いをかなえたいとも思わない。
「それは、あんたが得なだけじゃねーか。道徳真君って名前、返上したほうがいいんじゃね?
 エロ仙人が」
「普賢、修行中には不幸な事故は付き物だよな?」
今この場で引導を渡してくれようと男は少年の首を片手で締め上げる。
「二人とも、そんなこと言い合わないで。喧嘩するほど仲が良いのは分かったから」
男の手を蹴り上げて、少年は身軽に後ろへと飛ぶ。
「モクタク、いくら紫陽洞(あっち)でも一人じゃ危ないから、一緒に居てあげて」
「……仙桃三つなら受けてもいーぜ」
「ありがと。元始天尊さまから豊満でも貰ってこようかな」
無自覚の恋でも彼女の笑った顔が好きだから。
夕べ見た泣き顔を消せるのが自分ではないこともしっているから。
痛む胸の理由さえも分からないままなのに。







唇が離れて男は神妙な顔をした。
舌先に残るわずかな苦味と、髪に香る不自然な甘さ。
「あのな、普賢……前々から言おうと思ってたんだが……お前、煙草吸ってるだろ?」
「どうして?」
知らない振りをして困らせたいと思ってしまう。
それが分かりきってることでも、少しでも彼の気を自分に引きたい。
「煙草の味が今日は強かった。俺、昼間吸ってないからなおさらわかったのかもな」
こつん、と額を拳で突かれる。
「女の子なんだから、煙草なんか止めとけ。肌にも悪いし子供が出来たらどうすんだ?」
「子供、生ませる気なの?」
小首を傾げて瞳を覗き込まれて。
止まりそうな呼吸と行き場のない両手。
「できるなら、俺はお前に俺の子供を産んでもらいたいよ」
「赤ちゃん、欲しい?」
「うん」
分かっているから現実は過酷だ。この胸の憂鬱を吐き出したら山の一つは軽く出来てしまう。
「ボクも……赤ちゃん欲しいよ」
「何時授かってもいいように、隠れて吸うのは止めなさい。な?」
こくん、と小さく頷く。
銀細工の施された小さな箱を彼の手に握らせてもう一度その瞳を見上げた。
受け取って金具を指先で押し上げる。
ぱちん、と開いて中に並んでいたのは細身の煙草たち。
「こーいうのに入れてると分かんねぇんだよな」
「可愛いほうがいいって、望ちゃんが白鶴と遊びに行ったときにお土産にくれたの」
「没収。そんなに口寂しかったか?」
「うん」
思いがけない言葉に今度は男のほうがたじろいだ。
「寝るときに一緒に居てくれないから、煙草吸ってたの」
「……………………」
不完全なこの十六夜ならば、一人の少女に戻って我侭を言っても許されるかもしれない。
「今日は我侭なほうに普賢なんだな」
「我侭言う子、嫌い?」
わざとらしくあたりを見回して、ぎゅっと抱きしめる。
「うるさい子供が居ないんだ、いっぱい言え。お前の我侭をかなえられるのは俺だけだから」
二度目の接吻は甘くて涙がこぼれてしまう。
彼の魔法は、小匙一杯で大河をも砂糖水に変えてしまうから。




足首に触れる唇に肩が竦む。
こぼれる吐息が本能をじんわりと刺激した。
「やー……ん……」
踝から脹脛を舐め上げる舌と、やんわりと噛み付いてくる唇。
「そこ、やだ…ぁ…!……」
言葉を塞ぐように重なる唇と入り込んでくる舌先。
耳の後ろから両手で頬を包まれて、鼻先にちゅ…と降る接吻に瞳を閉じた。
敷布を握る指先はそのままの色に対して足の爪は萌えるような緑。
星を散らばせて光を模倣したその愛らしさ。
濡れそぼった身体と声を殺すように咥えられる指。
「声なんか殺したって、無意味だろ?」
手首を掴んで身体を反転させる。
背中の線をなぞって首筋に少しだけ強く噛み付いた。
「胸付けて……腰だけ浮かせて」
汗ばんだ乳房が敷布に触れる。乳首の先端が擦れてぴくん、と腰が震えた。
「……こう……?」
ぬるぬるとこぼれる愛液が腿を濡らす。
「!!」
ごつごつとした指が入り込んで根元まで沈んでいく。
かき回すように蠢かせればきゅんと絡みつく媚肉。
「ア……っ…!?……」
普段よりもずっと深い快楽と刺激に息が詰まる。男の指先が襞肉を押し上げるたびに
びくびくとただ震えるしか出来ない。
「…ひ…ァ!!あ!!……ン!!」
「ここ、気持ち良いだろ?」
右耳をぱくり、と噛まれて指が引き抜かれる。
「ふぁ……ん……」
顔を少しだけ彼のほうに向けて、蕩けた瞳で見つめた。
腰を抱いてゆっくりと陽根を沈めながら小さな頭を押さえつける。
「あああっっ!!!」
子宮を奥深くまで貫かれて上がる悲鳴にも似た嬌声。
顔を敷布に埋めて、胸と膝だけで身体を支える形に感じる小さな嫌悪感。
「や…っ!!あ!!……あァんっ!!」
休むことなく繰り返される注入と妖しく動く指先。
薄い茂みの中の突起を摘みあげて軽く弾く。
「きゃ…ァン!!…ッ……」
きつくなる締め付けに眉を寄せて、抉るように突き上げていく。
「や!!や…っだ……!!……」
「何が?」
ぽろぽろとこぼれる涙が、敷布に沈む。
「だって……顔が見えないから怖いよ……っ……」
自分を抱いている男が本当に恋人なのか。
耳元で囁く声だけでは不安になってしまう。
画面越しの接吻のように、ひどく物悲しくなって胸が痛くなるから。
「っは……ん……」
引き抜いて身体を横たわらせて、膝に手を掛けてぐっと斜めに折る。
「!!」
肉壁を押し広げながら繰り返される挿入と、頬に降る接吻の雨。
「ちゃんと、俺だってわかるだろ?」
「……うん…っ……」
乳房をぎゅっと掴まれて息が上がる。
じゅくじゅぷと互いの体液が絡まりあう音と喘ぎ声が室内を支配して。
吹き飛びそうな理性と、噛み付くような口付けを繰り返す。
「……道……徳ぅ……ん!!」
不意に舌先が耳飾に触れる。そのまま飾りごと耳朶を口中に含まれてぎゅっと目を閉じた。
濡れた吐息が耳に掛かって入り込む舌に腰が震える。
しっかりと抱かれた腰と絡ませた身体。
「耳も弱いもんな……どこが一番気持ち良い……?」
男の手をとって、根元から人差し指を舐め上げる。
赤く小さな舌がまるで違う生き物のように怪しく魅えた。
「道徳に……触られればどこでも……気持ちいいの……」
陽根に奉仕するように舌と唇が男の指を愛撫する。
「んんンッッ!!」
怒張した肉棒が膣内を埋め尽くして蹂躙していく。
肉欲に溺れる仙道など本来は言語道断。
「…き……好き…ッ…!!」
男の背中を細い爪がちりり、と走った。
「ふぁ…ン!!あ!!ああんっっ!!!」
乳房が押し当てられた胸板でつぶれるほどに抱きしめあって、何度も何度も発情期真っ只中の接吻を。
じんじんと痺れる秘所とひくつく突起。
溢れた愛液は灰白の薄い茂みをべっとりと濡らしていっそう劣情を煽る。
親指がそこをくりゅん…と押し上げれば仰け反る喉元の艶かしさ。
「ここ、好きだもんな……」
なだらかな腹部に手を置いて、子宮にあたりを付けておもむろに押し付ける。
「きゃぁんっ!!」
「うわ……ッ……今の不意打ちは俺にもキく……」
ふるふると灰白の髪を揺らして、懇願するように振られる首。
「…ダ…っめ……ぇ……!…」
口元を押さえるものの、こぼれる声はどうにもできない。
ぐちゅ、ぢゅぷ…淫猥な水音が鼓膜の奥まで浸透して己の淫乱ぶりを知らしめる。
「あ、んんっっ!!あぅ…ン!!」
短く荒い息と、肌に落ちる汗。それだけでもこの身体は疼きを覚えてしまう。
「…く……道徳……ッ……」
二人きりで絡まりあって、一つの肉塊になれたらばどんなに幸福だろう。
「ふぁ……!!…ああああっっ!!!!」
びくびくと痙攣する細い身体を抱きしめて、小さな子宮を満たすように白濁を吐き出す。
伏せた瞼に唇を押し当てて、彼女を抱いているのは自分なのだと分かるように小さくその名を囁いた。





ぐったりとしながら、重い身体を男に寄せる。
「もっと、こーやって……」
「ん?落ち着かねぇか?」
胸に顔を埋めて、違うと首を振った。
「モクタクにね、夜におっきな声出すやつに文句言われたくないって言われちゃった」
その言葉に思わず噴出す。
「はははははは……あいつそんなこと言うようになったか」
「そんなに声、おっきい?」
抑えてもどうにもならないものは仕方がない。
「あいつが聞き耳立ててんのが悪い。明日は天化とまとめてお仕置きだな」
互いの愛弟子は手を組んで自分たちに向かってくる。
それが嬉しくも楽しいこの毎日。
「あんまり虐めないでね。モクタクももうすぐお兄ちゃんになるんだから」
「は?」
「お母様が妊娠中なの。でも、もう生まれても良い頃なんだけど……」
それもあっての帰宅許可。母を独占できるうちに下山させてやりたかったのだ。
「いや、太乙のあれのことかな……たしか李家の奥方がどうとか……」
「それ、モクタクのお母様」
「うーん、今度太乙に聞いてみねぇことにはわかんねぇしなー」
額にちゅ、と口付けて普賢の瞳を覗き込む。
「なぁに?」
「いや、俺も親父になりたいなーと思って」
「んー……うん……お父様にしてあげたいな……」
「そういうことで、煙草は止めなさい。口寂しいなら……」
唇が重なって、ゆっくりと離れる。
「いつでもこうして、煙草なんか必要なくしてやるから」
「うん……それなら止められそう」
この世界で出会って、恋をした。
あなたの口付けは何よりも勇気をくれるから。
名前を呼ばれる嬉しさも逢えない苦しさも。
あなたがここにいてくれるからのもの。
「道徳も一緒に止める?」
「そうだな……天化が俺の煙草もって脱走するのは、そこに煙草があるからだしな。
 一緒に禁煙するかな」
「口寂しくなったら、こうしてあげるね」
同じようにちゅ、と触れる薄い唇。
甘い夜はまだまだ終わらない。





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1:16 2005/10/29

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