『こんなに眩しい灯、君が教えてくれた
どんなに深く溺れても今を愛してやまない』
月はピアノに誘われて
「なんだか、恥ずかしいね……」
夜着を落とす指先に、少女は目を閉じた。
男の手が肌に触れて、唇が重なってくる。
入り込んでくる舌先を受け止めて、同じように返した。
「そうだな……一緒に過ごすのも久しぶりだし……」
男の首に手が回って、ぎゅっと抱きついて。
愛しくてたまらないと、頬が寄せられた。
さらしを解いて、乳房が外気に触れる。
小さく震える肩に唇が触れて、甘い噛跡を残した。
「や……」
額に、頬に、首筋に。確かめるように触れる口唇。
強く触れるたびに、ぼんやりと咲く赤い花。
覆い被さってくる彼の腕に手を掛けて、体制を整える。
「怖い?」
「うん……なんか、初めて一緒にいた時みたいに……」
少しだけ細まる灰白の瞳。
「……どきどき、する……」
二人分の体重を受けて、軋む寝台。
ぷるん、と揺れる乳房とぼんやりと光る素肌。
頬を小さな手が包み込んで、唇を挟むようにして接吻してくる。
(……道徳って……体の線、綺麗……)
剣士である彼の身体には、無駄な肉が無い。
上腕筋も、割れた腹も、日ごろの鍛錬の賜物だ。
少女の体とは正反対の物で構築されている。
「ぁ!!」
舌先が乳房の先端の突起に触れて、ぺろ…と舐めあげて。
ぬるついた指先が、そこを捻るように摘んだ。
「ぁ、んんっ!!」
焦らすように、左右を交互に舐め弄る舌先。
ちろちろと這い回って、じゅぷ…と吸いついてくる。
「ふぁ……!!あ!あぁ…ンっ!!」
揉み抱くように乳房を掴まれ、確かめるように指が沈む。
逃げがちになる腰を抱いて、眩暈のするような接吻を重ねた。
感情よりも、本能を刺激するために。
「……道……徳……っ…」
名前を呼ぶ声の甘さ。
ちゅ…と額に唇を当てて、視線を重ねた。
「まだ、怖い?」
囁いてくれる、優しい声。
この声が聞こえないだけでどれだけ不安に苛まされただろう。
一人で過ごす夜の寒さと寂しさ。
一度、誰かの温かさを知ってしまえばそれまでの寒さなど一瞬で忘れてしまう。
けれども、その寒さを思い出してしまうと今度は一人で過ごせなくて。
春の日差しがどれだけ穏やかでも、一人だけ取り残された気分だった。
「……ううん、もう大丈夫……」
浮いた背中を抱いて、ゆっくりと下がっていく掌。
小さめの尻を、ぎゅっと掴む。
「…っは……」
零れる息さえも、雄の性を目覚めさせる呪文。
この腕の中の魂の生殺与奪を自由に出来るのもまた、自分の心一つ。
誰かと身体を重ねる事は遊びではなく、覚悟を共有する事だから。
裸なのは身体だけは無く、また心も同じだった。
「…ぅ……あ!!」
指先の動き、一つ一つがやけに熱い。ただ、触れているだけでも息が上がってしまうほどに。
敷布の上で、灰白の髪が乱れる。
流れる汗と、吐息を舐め取って指先を下げていく。
「ひゃ……ぁんっ……ッ!!」
腿の内側を撫で擦って、入り口に掌が宛がわれる。
皮膚に感じるしめった体液。
中指がそこに、つぷ……と沈んでいく。
「……道徳…っ……!…」
爪が、ぎゅっと敷布に食い込む。
引きちぎるかのように、強く握って内側で蠢く指に身体を震わせた。
何度も抱かれたはずなのに、何もかものが懐かしくて。
愛しくて、何度も思って焦がれたはずなのに。
「……お願い…っ……」
縋るように伸びてくる腕。
「名前、呼んで…ぇ…ッ!……ここ、に……居るって……」
繋がるはずの言葉は、唇で塞がれた。
『信じさせて』と。
「俺は夢でも嘘でも無いぞ……ちゃんと、ここに居る」
小さな頭を掴んで、舌先で薄い唇を舐めあげる。
汗ばんだ肌と、男の匂い。
自分の体と性が女なのだと、思い知らされる行為。
捨て去ったはずの人間の『心』が、ぎりぎりと悲鳴を上げた。
「あ!ぅ……」
内肉に絡んでいた指が、ぐ…と子宮を押し上げて。
ぞくぞくと背筋に走る何かが、神経を支配していく。
指を濡らす体液と、喘ぐ身体に男は目を細めた。
同じように、どれだけ焦がれただろう。
「あ!!アあっ!!」
次第に増えていく指に、びくびくと震える肩の妖艶さ。
指を引き抜かれる感触にさえ、吐息が零れた。
「!」
膝に手が掛かって、ゆっくりと押し広げる。
「ひゃ…ァ!!」
ぬらぬらと光る入り口に、ふ…と掛かる甘い息。
ひくつく小さな突起に、貪るように唇が触れた。
「ああアッ!!や……や、ァ!!」
嬲る様に吸い付く唇と、舌先に意識が蕩けていく。
歯先が甘噛みするたびに、腰が揺れて男を誘う。
「いあ…!あ!……あァんっ!!…やだ…ァ…!…」
「……嫌?俺にはそんな風には……」
ちゅっ…何かを愛でるかのように悪戯にそこに降る接吻。
「たまには普賢の方から可愛く『道徳、お願い』とか俺だって言われてみたいもん」
「ば……馬鹿っ!!」
「でも、普賢は素直じゃないからなー、そういう所も含めて俺はお前が好きなんだ」
目線を重ねて、さわさわと頭を撫でられる。
「うー……だって……ッ!!」
予告無く訪れた衝撃に、大きく肩が揺れて。
仰け反った喉に、道徳真君の唇が触れた。
「ああっっ!!!」
腰を掴んで、より深くまで入り込むために抉るように腰を進める。
纏わり付いて来る襞肉の温かさと、締め付け。
「きゃ……ぁんっ!!や…!…ダ、メ……ッ……」
開かせた唇に入り込む指。
従順に絡み付く舌先に、暗い心が満たされていく。
誰かを支配したいという、人間の欲の一つは。
どれだけ心を滅却しても、捨て去る事は出来なかった。
この腕の中で喘ぐ女は、自分の意思一つでここでその命を奪うことも出来る。
「!!」
ずく、と突き上げられて声が上ずる。
「あ、あ……っ…」
零れる喘ぎを殺そうと、普賢は両手で口を覆った。
嫌、と頭を振る度に丸い乳房がふるる…と揺れて。
言葉以上に饒舌に気持ちを語ってしまう。
「…ひ……ぅ……」
加速する腰の動きに、ぼろぼろと零れる涙。
弾き飛びそうな意識を、必死で繋ぎ止めるために唇をきつく噛んだ。
最初に抱かれた夜に知った、血の味。
あの日と同じ味が、口腔に広がった。
霧雨は止む事無く、二人の声を消してくれる。
誰も居ないこの空間で、ただの肉塊になって溶けあってしまいたい。
「声……聞かせてくれないのか?」
覗きこんでくる瞳の優しい色。
「ずっと、普賢の声が聞きたかったんだ。弟子に先を越された」
柔らかな乳房と胸板が、隙間無く重なり合う。
「……き……大好き……」
物憂げな雨の桜を綺麗と思えるのも、彼が居てくれるから。
複雑に絡まった糸の一本を、自分たちは引き合った。
その糸の鋭さで、この指が切れても構わない。
「ぃ……ア!!ああんっ!!」
身体を屈させて、ぎりぎりまで引き抜いては打ち付ける。
敷布に肩口だけが触れ、細い指が男の腰に縋った。
「…く…道徳……ッ……」
「……な、俺、本物だろ……?」
「…ぅ……っふ……」
唇を深く重ねて、呼吸すら忘れて夢中で接吻を繰り返す。
僅かに角度が変わる時だけ、得られる呼吸を貪りあった。
それでもまだ、離れていた時間を取り戻すには足りなくて。
「あ!!ああっっ!!!…ァ……ぅ…」
唇の端から、零れる涎と目尻の涙。
背を走る細い爪がくれる痛みさえ、どこか嬉しく思えてしまう。
「……普賢……」
「っは……あ…ん!!…道…徳……ッ…!…」
荒い息と喘ぎ声。
愛しい雨が繋いでくれるこの恋。
「あ!!あ、あアっっ!!」
びくびくと震える少女の身体をきつく抱き締めて、彼もその奥へと熱を吐き出した。
耳に残るのは切なげな吐息と雨音だけ。
春の夢のように、ただ愛したいと感じた。
まだ呼吸が乱れたままの普賢を抱いて、その顔を道徳は覗きこむ。
「こうして、普賢の顔を見るのも久しぶりだ」
丸い瞳が、男を静かに捕らえる。無意識の誘惑は女の武器の一つ。
「なんか、殷の皇后も傾国の美女で国王を堕落させるらしいけど……女ってのは
みんな男をそうさせるだけの力を持ってんだろうな」
「なぁに?それ」
「俺だって、お前が居ないと駄目みたいだから」
「……馬鹿……仙人のくせに……」
恥かしげに胸に顔を埋めて、身体を丸くする。
聞こえてくる心音がくれる安心が、心の一番奥へと染込んで行く。
「やっと、逢えたね……」
「俺たちの周りには、邪魔者ばっかりだからな……お前、天化に白鶴洞(ここ)に
遊びに来いって言ったんだってな」
「え…………?」
自分がその言葉を告げたのは、虚玉宮であった少年一人。
「あの子が!?」
「殷王国武成王、黄飛虎の次男。黄天化」
「そう……モクタクにも良い御友達が出来るね」
彼女の言葉とは裏腹に、弟子同士は早くも一戦交えている。
そして、その関係はこの先も変わらないことを彼女はまだ知る由も無い。
(だと良いんだけどな……どっちも喧嘩っ早くて……)
誤魔化す様に、柔らかい銀髪に唇を寄せた。
「ゃん……」
「弁当、ありがとな。美味かった。一緒に食えたらもっと美味かったんだろうな」
傍に居てくれる笑顔が、何よりの味付けだから。
君の気持ちの欠片を飲み込んで、君を思う。
「また、作るね。天化にも栄養取らせなきゃいけないんでしょう?」
「俺の飯じゃ……問題ありすぎるもんな」
「道徳の好きなものしか作れないけど、それでも良い?」
身体を起こして、窓辺に立つ。
降り止まない雨が見せてくれる幻想的な風景。
灰銀と薄紅が織り成す妙。
「こうやってみると、お前って本当に白いな」
「母さまに似たから。父さまに似たらもっと違ってたんだろうけども」
「綺麗なかーちゃんだったんだろうな。俺に普賢をくれたんだから、一度、ちゃんと
顔出しにいかなきゃな」
「………………………」
項垂れる顔に、そっと触れる大きな手。
「普賢の親父さんも、御袋さんも、ちゃんと居る。その場所に連れてっては貰えないのか?」
「ううん……」
ぽろぽろと零れる涙と、殺した嗚咽。
「俺んちの親にも、逢わせたいんだ。こーんな可愛い嫁貰ったぞって」
「……まだ、お嫁さんじゃないもん……」
「俺のとこには来るだろ?だから」
怖がらなくてもいい、と告げてくれる声。
春の寒さを忘れるために、抱き締めあって体温を分け合った。
こうしていることだけが、自分たちにとっての真実なのだから。
「大好き……」
「知ってる。俺もお前の事が、好きだから」
慣れない弟子との生活は、知らず知らずに普賢を追い込んでいた。
太公望がモクタクを連れて帰宮したのも、それが原因だった。
風の道士は、雲の流れで明日を未来視する。
遣らずの雨が降れば、恋人同士は引き合うのだからと笑いながら。
「雨、止まないね……」
この雨が降り続けてくれる間は、彼はここに居てくれる。
一秒でも長く、霧雨が続きますようにと小さな唇が囁いた。
「そうだな……止まないな」
指先を絡ませて、離れないように。
「ね、道徳……あのね……」
「ん?」
「……もっと、ぎゅって……して……」
まだまだ甘える事が得意ではない彼女。
ようやく自分を信頼してくれたという証拠が、心の奥にゆっくりと沈んでいく。
一番奥底で、それは柔らかい光で輝き続けるのだ。
「かーわいいなぁ……普賢は……」
「子ども扱いしてるね?」
「してない、してない。俺は事実を述べたまで。次の定例会の議題にしてもいい位だ」
「ダメ」
右耳で、くすくすと青玉の飾りが笑う。
「もうちょっとしたら、天化とモクタクで試合でもさせるか」
「いいね、それ」
寂しさを知って、人は強くなれる。一人の時間も、必要な階段。
素敵な恋物語として綴るには、まだまだ頁が足りなくて。
「負けないよ。モクタク、強くなってきたもの」
「剣士を育てんのは俺の分野だ。こっちも負けるわけにはいかない」
強がりも、意地の張り合いも、まだまだ終る事も無い。
「風邪引くぞ、おいで」
手を取って前を歩くのは彼だけとは限らない。
従う事を由としない女の小さな手。
「うん」
同じ未来を見つめるために、対等な立場でありたいと彼女はその場所を得た。
努力無くして、恋は続かない。
「あったかーい……まだちょっと夜とか寒いよね」
腕の中で、くすくすと唇が笑う。
「一人寝は特にな。さっさと天化を鍛え上げて俺はまたこっちに来ようかと」
「あはははは。いつでも、どうぞ」
二人とも、まだこの先の結末など知らないまま。
愛弟子が一人立ちするときが、自分たちの運命の日なのだと。
「そういえばな、元始様の所に行った時に封神計画がどーたらとか言われたんだけど、
お前何か聞いてるか?」
「ううん。ちゃんとしたことは聞いて無いよ」
「恐ろしいもの作ったよな。封神台なんて……」
実行者はすでに決定している。
それなのに、幹部である十二仙でその事を知っているのは自分と太乙真人だけ。
同格とは言え、兄で師である彼が知らないのはおかしな事なのだ。
「ね、道徳。誰が実行者か知ってる?」
「いいや」
「………………………」
「何か隠してるだろ。普賢」
どこまで、彼に告げて良いのだろう。
そして、彼はその後も自分を信じてくれるのだろうか?
失うことの怖さを知ってから、無鉄砲にはなれなくなった。
「実行者だけ、知ってる」
「誰よ?」
「望ちゃん」
未だ宝貝すら持つ事の無い、一人の道士。
教主の一番弟子ではあるものの、能力的に見ればずば抜けた何かがあるわけでもない。
能力を数値に置き換えれば、玉鼎真人の愛弟子のヨウゼンの方が余程適任だろう。
「……わかんねぇな……あのじーさまが何を考えてんのか」
「うん…………どうして、望ちゃんなのかなぁ……」
「太公望で悪いってこともないだろうけど、良いってことも無いって感じだ」
「うん…………」
もう少しだけ、真実を見極めるには時間が必要。
この胸に閉じ込めた秘密を吐露するのにも。
「いずれ、きちんとした形で通達はされるだろうな。超重要計画だし」
自分の管轄の一つ、封神台の管理制御。
それぞれに違う解析暗号と数字の羅列。
(元始様は、道徳には何も言ってない……何を御考えに?)
思い悩んでも時間だけが悪戯に過ぎて行く。
「定例会で聞くか。時期的にもそのあたりに発表な気もするし」
「そうだね……」
負い目を隠すように、体を寄せる。
この温かさだけは、信じられるから。
(でも、この計画は絶対に何かが隠れてる……だまって言いなりには……ならない)
雨音は止む事無く、何もかもを隠してくれる。
それでも、止まない雨は無い。
「眠くなっちゃった……でも、寝たくないな……」
「ちゃんと寝なさい。寝不足でモクタクに稽古なんかつけられないだろ?勘ぐられるぞ?」
「そうだねぇ……うふふ……」
それでも、幸せそうに笑う恋人を寝かせなく無い気持ちもまた、真実。
瞬きする事すら、惜しいと思ってしまう。
「明日の朝、一番に道徳の顔が見れるんだね……」
「俺も、お前の顔が見れるんだな……」
抱き締めあって、瞳を閉じる。
これは、夢では無く現実だから。
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18:52 2005/04/27