『愛しいあなたの全てを、私がほしいと思う気持ちは罪ですか?』
                          罪深く愛してよ




「うおぁ!!元始さまから迎えに行けって言われてたの忘れてたぁっ!!」
「……道徳、こんなことしてる場合じゃないんじゃないかな」
普賢を組み敷く手を解く気配は無い。
それどころが上着を脱がせて、肌に手を滑らてくる。
「あー……どうすっかなー。明日でもいいかなー……」
「ね、だから、こんなことしてる場合じゃないでしょう?」
首筋に触れる唇。
ちゅ…と離れては吸い付く。
「…ぁ……ッ……」
肩口、鎖骨。舐めるように触れては、時折甘く歯が立てられて。
「ね、今からでも迎えにいってあげ…ん!!」
両手でぎゅっと乳房を掴まれる。
「いや、まぁ……明日でもいいかなーとか」
「駄目。迎えにいってあげて」
押し問答の根源は、道徳真君が迎える新弟子のこと。
名門、黄家の次男坊のことである。
「んー……やっぱ、明日でいい……」
「道徳」
柔からい胸の谷間に顔を埋めて、嫌だと小さく呟く。
彼にしては珍しく、ここ最近はこんな風に駄々を捏ねるのだ。
「お昼から、したいの?」
「んー……」
ぎゅっと抱きしめてくるのを受け止める。
そっと手を伸ばして、子供をあやすように男の頭を撫で摩った。
「安心するんだ。お前を抱いてると」
柔らかい命がくれる平穏と安定は、何物にも代えることができずに。
「新弟子、あんなに楽しみにしてたじゃない」
「そこなんだよ。迎えるに当たってさ、身辺をちょっと調べてみたんだが、ちょっと見てくれ」
ばらら…と書簡を開いて、その文字を二人で追う。
鎮国武成王、黄飛虎が次男黄天化。
仙道を輩出することもある名門、黄家の血を引く子供。
「立派な御家柄だと思うけど?」
「家はな。問題はコイツだ」
そこに記された子供の悪行三昧。脱走は言うに及ばず、殷王家でも大暴れ。
少々血の気が多すぎるのと、腕白では括りきれない行動。
「んー……でも、男の子だし」
「大人しく道士の修行なんかつむと思うか?」
「……思わない」
ため息が深くて、どこまでも沈んでしまいそう。
ただでさえ、恋人に会える時間は激減してしまったのだから。
「生活乱されるっていうか……ああ……」
傍迷惑な恋人たちには、いつだって障害が付き物。
夢のようなじかんはあっというまに過ぎ去ってしまう。
「仙人なんだから、ちゃんとしようよ」
「今以上にあえなくなるんだ。普賢はそれでもいいのか?」
「けど……」
じっと見つめられれば、声が出なくなって。
『一緒にいたい』と思うのは同じ。
離れてしまえば、それだけで苦しくなってしまう。
「もうちょっと、大人しい子だったらなぁ……」
「道徳」
頬を包んで、普賢は男の目に視線を重ねた。
「どんな子でも、優秀な剣士に育てる。それが道徳真君でしょう?ボクが好きな
 師兄で、尊敬する人だよ」
殺し文句は無意識に。
灰白の瞳がくすくすと笑う。
「このまま、ずーーっと尊敬してたいの」
「……うん……」
惚れた女の前で、醜態は晒したくないから。
愚痴も嫌味も纏めて愛し、愛されるようになりたい。
「行くか。覚悟を決めるしかないんだもんな」
「ボクにできることは何でもするから。モクタクがきたときに……いっぱい教えてもらったしね」
家事一般が不得意な恋人のために。
多少の睡眠不足は覚悟の上での支援を。
「どんな奴が相手でも……まぁ、俺としては久々の弟子だしな……」
「ボクも、会えるのが楽しみ」
嵐の前の静けさ。
ここから始まる波乱の日々など、想像もつかなかった。





夜の帳が下りて、月は頭上に。
門の前で腕組みをして、道徳真君は首を捻った。
(正面から行くのが、筋だよなぁ。まぁ、普賢とくっついてて遅くなったけど)
黄巾力士で急いで飛び出したものの、時刻は夜の真ん中。
人間相手に拳を使うのは本懐ではない。
(さて、行きますか。迎えに来たんだ、鍛えさせてもらうぞ)
大地を蹴り上げて、月を背に飛ぶ姿。
欄干を越えて、回廊に降り立つまでの時間は仙人たる者の力そのものだった。
どこか似通ったもの同士が、師弟関係になるという。
普賢真人とモクタクも、どこか似ているものがある。
(んーあ……こんな夜中になんさぁ?)
考える暇も無く、響き渡る破壊音。
「な、何さ!!??誰さぁっ!?」
寝台から飛び起きて、少年は辺りを見回した。
壁の大穴は、明らかに外からのもの。
「俺は清虚道徳真君!!おまえを道士にするために迎えに来た!!」
「そんな怪しさ満開なやつの所に、誰がいくさね!!」
「上等だ!立派な道士に鍛えてやるからな!!」
言い合う声に重なる足音。
「天化!!無事か!?」
「とーちゃん!!」
息子の姿に、安堵のため息をこぼしたのは武成王、黄飛虎。
その傍らには剣を抱いた妻が。
「うちの息子に何をしやがったーーーっっ!!」
振り下ろされる拳を、片手で青年は受け止めた。
黄飛虎は天然道士。筋力だけを取るなら、仙道よりも上である。
(とーちゃんの拳を……片手で受け止めたさ……)
「破ッ!!」
息をつく暇も与えずに、賈氏は長剣を振り下ろす。
切先をさらりとかわして、青年は上着のよれを正した。
「夜分にすいません。私は清虚道徳真君。崑崙山より参りました。あなたの息子 には仙人骨があります。道士として大成させてみたいのです」
自分たちの拳と剣を受け止めるだけの実力はある。
尚且つ、呼吸一つ乱れてもいない。
守兵たちに気配すら感じさせずに息子の寝室まで男はたどり着いたのだから。
「立ち話もなんだ……向こうで茶でも飲みながらきこうじゃねぇか」
「はい」
外見は自分よりも年若い青年に、飛虎は苦笑する。
黄家は仙道を何人か輩出した血筋を持つ。
息子である天化に仙界からの使者が来ても、おかしくはないのだ。
差し向かいに座る青年は、どう見ても仙人らしくない。
笑った顔などは、まだどこか子供のようなところもある。
「あんた、幾つなんだ?」
「四千を少し過ぎたばかりの若造ですよ。武成王、黄飛虎」
出された茶に口をつけて、道徳は室内を見渡した。
「仙人様が、斯様なお時間に?」
「それは私の失態ですね。それと、壁……申し訳ありません」
甘い香りのそれは、恋人が好んで入れてくれる味。
「桃花茶、ですか?」
「ご存知ですの?男の方はあまり好まれないそうですが、この人は好きですの」
艶めく黒髪の淑女は、優しく笑みを浮かべる。
「道徳殿にも、女房が?」
妻、と聞かれれば口篭ってしまう。
断言できるだけの言葉は、まだ無い。
「あー……そうなれれば良いのですが。何分相手が若いので……」
「若いったって、俺たちよりゃ上だろうしな」
まさか、百に満たない少女ですとも言えずに、苦笑いを噛み砕く。
親となって、子を育てるのも夢の一つだ。
叶うか叶わないかは五部と五部。
「日を改めて、正式に向かえを出します。支度などもあるでしょうし」
「そうしてもらえると、ありがてぇ。てめぇ息子であれなんだが、筋はいい。
 鍛えてモノにならなさそうならつっかえしてくれてかまわねぇからよ」
「あなたを、拾い損ねました。ご子息はその分上乗せして鍛えますよ」




「ね。あの人ちゃんと間に合ったと思う?」
朝食の支度を終えて、普賢は愛弟子に問う。
「あんな時間に迎えに行くのも珍しいよね」
食器を並べていく指先が、どこか寂しげ。
先日まではもう一つの暖かな声がここにあったのだから。
盆を抱いて、にこにこと笑ってはいるものの、どこか伏し目がちになってしまう。
「あいついなくて、さびしーんだろ」
それは、からかい半分の気持ち。
そして、お決まりの答えが返ってくるものだと思っていた。
「……うん……寂しいよね……」
当たり前の風景が、当たり前で無くなること。
どれだけ強がっても、その声がここに無いだけで気弱になってしまう。
「宝貝つかって今度はやってみようね。モクタクは飲み込みが早いから、すぐに 使いこなせるようになるよ」
「どーせ、チビとか思ってんだろ?」
「身長は今からだって伸びるよ。それに、小さいほうが奇襲掛けるには適してる」
かつて、彼女がしたように。
少年もやがて同じ道をたどることになる。
両手に剣を持ち、大地を蹴る姿。
「ご飯食べたら、今日は兵書の写しね。ボクも溜まった書類を片付けるよ」
「書類?」
「うん。これでもいろいろと仕事もあるから」
開発研究班と言う名の、密約者たち。
誰にも言えない秘密が、胸を締め付ける。
苦しいのは誰だって嫌だから。
痛むならば、自分ひとりだけで良いと彼女は位置付けた。
生まれては消える憂鬱を愛せるほどの強さはまだ無く。
かといって、ただ言われるままの人形であるほど弱くは無い。
(ボクも、修行が足りないね……あなたがいないだけで、こんな風に思える。
 平気で嘘がつけるようになるまで、まだまだかな……)
諌めてくれる、大きな手が恋しくて。
両腕がじんじんと痛むほどに、自分で自分を抱きしめる。
強さと表裏一体の弱さ。
遣らずの雨でも降ればいいのに、そう呟いた。





願いが通じたのか、夕日が傾く前に振り出した雨。
案の定、濡れ鼠になりながら男は白鶴洞にやってきた。
「風邪引いちゃうよ」
「ニ、三日もすれば止むだろ?そしたら天化を引き取りにいかなきゃな。壁壊しちゃったし」
「え?壁?」
男の頭を拭きながら、少女は首を傾げた。
「壁、壊したの?」
「あー……その、不可抗力で……」
「怪我、しなかった?」
いくら仙道でも、生身の身体。
痛みを感じて、血を流すこともある。
不老長寿ではあるが、不死ではないのだから。
「雨が降れば良いって思ったの。そうしたら……雨が降ったよ」
「暫く、会えなくなるな」
「うん……我侭は言わない。ボクも、自分のやるべきことをする」
そっと、触れた手がさわさわと髪に触れる。
「強がりだな……けど、それくらい気の強い女のほうが好きだ」
「強がりじゃないよ……強く、なりたいから」
「モクタクは?」
「寝ちゃった。書き取りさせたからね。雨が上がったら、鍛えなおすよ。あの子は……
 この先、いろんなところを飛ぶんだ」
少年はその翼でどこまでも飛べる。
足枷は、外れることなく自分たちをこの地に縛り付けるのだ。
「このまま、止まなきゃいいのにね……」
穿つ雫は、花を染め上げる。
恋人の住む地と同じ名の花を。
「どんな子だったの?かわいい子だった?」
「どっちかって言えば……悪童(ワルガキ)だな、ありゃ。脱走の百や二百、覚悟しねぇとな」
ため息はこぼれるばかりで、消えるまもなく重なっていく。
けれど、それを言う唇がどこかうれしそうで。
胸の奥が、小さく痛んだ。
「かわいそうな師兄を、慰めてはくれないのか?」
「そんなに嬉しそうな顔してるのに?」
手を伸ばして、その背中を抱きしめる。
この手が、声が、視線が、自分の罪を自覚させる。
その想いは、長きに渡って彼女を苦しませるのだ。
「楽しみなんでしょ?」
「そうだな……ようやく捕まえた血の持ち主だ。先代の分も合わせて鍛えさせてもらうよ」
「その子に、会いに行っても良い?モクタクもほかの子と剣を交えたほうが良いと思うし」
「ある程度形になったらな。俺も、お前に会うための口実を作れる」
口裏も、心も合わせて。
「あはははは。脱走でもする?」
「悪くないな。文殊あたりに押し付けて、世界の果てまで行ってみるか」
まだまだ、行ったり来たりを繰り返してばかりの二人。
「ニ、三日もすれば、雨も止むだろうな」
「うん……」
「雨が降ったら、ここに来るよ。俺の修行は、雨の日は休みだから」
「うん」
「雨、嫌いか?」
「好きだよ。こんな雨なんか特にね」
霧雨は、音も少なく姿を消してくれる帳。
この目を凝らして、君が来るのを待ちわびよう。
その手の暖かさを、感じるときだけ。
この罪を、痛みを忘れることができるのだから。






青い空は凛と澄んで、頭上の太陽は輝石のよう。
紫紺の長衣に身を包み、男は天を仰いだ。
「気を付けて」
「ああ」
緋色の衣を纏って、普賢は飾りのついた長剣を男に差し出した。
深々と礼を取り、ゆっくりと顔を上げる。
紫と白の組紐が印を結ぶ、一振りの美しい剣。
静かに受け取って、腰に下げる。
宝貝を使う仙道にとって、剣は飾りでしかない。
それでも、弟子として迎えるならば剣士としての正装をして迎えるのが彼の流儀だ。
「飛ぶ鳥も、切れそうですか?師兄」
「望むなら」
「真白の鶴など、如何です?」
灰白の瞳と鷲色のそれが重なり合う。
「望むならば、いくらでも」
「気まぐれな鳥は、狩られることを望むやもしれませぬ」




混乱の日々はまだ序章。
二人の間はまだまだ前途多難。




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22:46 2005/01/14



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