『忘れないですぐそばに 僕がいる何時の日も
 星空を眺めている 一人きりの夜明けも』
                風になる




「傷。大分良くなってきたな」
包帯を替えるたびに、見えるそれは。
「うん。改築ももうちょっとで終わるみたいだしモクタクをそろそろ引き取らなくちゃ。
 文殊に迷惑かけちゃってないか心配だしね」
ゆるりと着込んだ道衣。少し伸びた襟足。
穏やかに笑う恋人と過ごせる時間も、そう長くはないことに男は苦笑する。
「道徳にも、迷惑かけっぱなしだし」
「迷惑なんて欠片もないぞ。俺だってこうして居たいって思ってからな」
この幸せのために。
一つだけ、彼に嘘をついた。
砂で作った幸せは、ほんの少し力を入れたら壊れてしまう。
けれども。
それでも。
この幸せを守れるなら、何だって出来ると信じていた。
星空も、灯る光も。
あなたがいたから綺麗に思えた。だから。
あなたの手を汚さないように、この手を汚そうと決めた。
「どうした?」
「なんでもないよぉ……ただ……」
窓から零れる日の光。その優しさに涙がこぼれた。
「道徳のことが……好きって思ったの……」
この気持ちに、嘘はひとかけらもない。
君のためになら、何だって出来るのだから。





「おぬしら三人に、この計画を任せたい」
それは始祖の一言から始まった。
仙女妲己の魂を保管する計画―――その名を『封神計画』と言う。
十二仙は主に二つに分かれての実行となる。
封神台そのものの建設に当たるものと、そして内部の管理に当たるもの。
「始祖、私は十二仙ではありませんが?」
「おぬしら三人はわしの懐剣のようなものじゃ。管理は信用できるものしか
 任せられぬからのう」
はぐらかすように、老人は笑う。
三人の中でも最も目を掛けたのがこの普賢真人。
直弟子として育て、若年での師表入りまで果たした実力者を始祖はたいそう愛でていた。
「近々、おぬしらの邸宅に設備をつけよう。改装中は好きにするがいい」
「封神計画。実行者はお決まりになったのでしょうか?元始さま」
「適任者が見つかった。そのための準備に入るわけじゃ」
生まれた疑問符を押さえて、彼女は老人を見る。
「どなた……ですか?」
「我が愛弟子、太公望じゃ」
「そうですか……普賢真人、全力で取り組みましょう」
真意は、闇の中。彼女は自分が一つの駒である事を初めから知っていた。
それでも、それを受けたのはただ一つ。
親友の名前が、そこにあったからだった。




風は、うまれたばかりの命を優しく導く。
その風になるべき少女は、まだ自分の運命を知らない。
「ねぇ、どうして涙がでちゃうんだろう?」
悲しいわけではない。それなのに。
「泣く事は悪いことじゃないだろ?それだけ感情が豊かなんだから」
ただ、こうして手を繋いでいるだけでも。
わけも無く涙がこぼれてしまう。
「ちょっと前まではこんなこと、考えもしなかったよ。ずっと一人で生きていこうって
 思ってた。この仙界で」
「俺も、こんな風な気持ちが残ってるなんて思わなかったよ」
抱きしめてくれるこの腕を。
今更どうして失えようか。
「幸せだと思うと、無くしそうで怖いよ……あなたはあったかいから、それにボクは
 甘えてしまう。あなたの負担も考えないで……」
「……おいで。散歩に行こう。怪我してると変なことばっかり考えるように人間は出来てんだ」
手を引いて、柔らかい風の中へ。
黄巾力士を操作して、青空の中へ溶けていこう。





溶けていく夕日を追いかけて、風を切る。
「すごーい……久々だねー。こんな風に飛ぶの」
「たまには空中散歩もいいよな。まだ操縦するには無理だし。それに……
 お前の操縦はあぶなっかしくて見てられない」
自分の前に座らせて、後ろから手を伸ばして操縦桿を取る。
背中越しに感じる彼の鼓動。
それだけで、自分の拍動が早くなってしまう。
「それに……」
片手で普賢を抱き寄せて、操作画面を立ち上げる。
指先で入力すると、黄巾力士は空中で浮いたままその動きを止めた。
「こんなコトだって出来る」
「凄い……空の中に居る……」
「おいで」
振り向いた少女を、包む腕。
空の青さに溶けそうなほど儚げだった少女は、凛とした花としてその色を。
開花するのは、時間の問題。
高嶺の花は、今、自分の腕の中で瞳を閉じている。
花の色は、悲しいほどに綺麗な白。
純潔ではいられないと、風に揺れるのだ。
「あったかーい……」
「風邪引かないように、もっとくっついて」
「あはは。道徳も風邪引かないようにしなきゃ」
頬に触れる手。
「冷たくなってる……」
その手を取って、唇を当てる。
「お前も、少し冷たくなってるよ」
「道徳があっためてくれるもん」
「心も、少しさささくれてるだろ?身体より、俺はそっちに触りたいんだ」
「………………」
重圧は、知らず知らずに彼女の表情を曇らせてしまう。
「荷物は、もてないときは俺が持つから。無理しなくていいんだぞ」
「……うん……っ……」
「綺麗な顔が台無しだ。けど……俺はそういう表情(かお)の方が好きだよ、普賢」
一言一言、心の一番奥底に沈んでいく。
それはきらきらと輝く宝石。
「頼りなさい。これでもお前よりも長く生きてんだ」
「うん……」
重なる唇は、いつもよりもずっと甘くて。
その甘さにまた、ほろろと涙が落ちてしまう。
「……ぁ…ん……っ…」
「口、開けて」
入り込んでくる舌に、同じように絡ませる。
胸元の組みひもに手がかかり、そのまま上着がはらり、と落ちた。
「……やぁん……冷たいよ…っ…」
外気に晒された肌。小さな肩が寒さで揺れる。
「…あ!!あ……ッ…」
ぎゅ…と乳房を掴まれて、その先端を唇が挟む。
空間の狭さが、余計に二人を密着させてしまう。
「やぁん……!!あ…アんっ!!」
前垂れを繋ぐ金具を外して、柔らかい腿に手を掛ける。
背中を抱いて、離れられないように。
肌に触れる布地でさえ、甘い疼きを与えてしまう。
ぴちゃ、くちゅ…乳首を吸い上げて舐め嬲る水音。
全てを隠してくれる夜は、まだ少しだけ遠くに。
「……寒いか?」
ふるふると小さく横に振られる首。
しつように繰り返される乳房への愛撫に、教え込まれた身体は『もっと』と強請る。
奥の方で生まれてしまう熱い渦。
「ふぁ…んん!!!あ!!あぁん!!」
かり…と歯先が当たって、ぎゅっと閉じる瞳。
それでも、肝心のところには指先さえも触れないまま。
向かい合わせで抱き合って、男の身体を全裸の少女が跨ぐ格好。
「…ゃ…ぁ…!!……」
とろり…零れた体液が下穿きをじんわりと濡らし淫糸で繋ぐ。
「どうして欲しい?普賢……」
舌先が鎖骨の仙を謎って、手は小さめの臀部に。
丸い双球を揉み抱いて、柔らかい腹に顔を埋める。
「……違うとこ……触って……」
「どこ?」
男の手を取って、ぬるついた秘裂に導く。
「あぁんっ!!」
くちゅ…入り込む指に絡まってくる襞と体液。
「触るだけでいい?」
「…や…ぁん!!」
抉るように掻き回されて、膝が崩れる。
ぎゅっとしがみついて、甘えるようにすり寄せられる頬。
「……触るだけじゃ……やぁ……」
「随分と悪い子になったな、普賢……」
「誰が、そうしたの?」
小さな手を取って、上着の金具を外させる。
「自分で……挿入れてみせて……」
耳に掛かる吐息は、ゆっくりと理性を奪っていく。
「……ん……ッ!!……」
それに手を掛けて、入り口に当てがう。
ぬらぬらと濡れながら、それは隙間無く埋め込まれて。
腰を下げていくたびに、零れる甘い吐息。
汗と女の匂いは、雄の本能を呼び覚ます禁断の香り。
「……ふ…ぁ……」
奥深くまで繋がって、じんじんと身体の中から生まれてくる痺れに息も絶え絶え。
「よく出来ました……」
さわさわと頭を撫でてくれる手。
「もう……死にそう……」
「これから……一緒に天国見るのに?」
「だって……」
道徳の背中を抱きしめて、小さく呟く。
「温かくて……気持ちよくて……幸せなんだもの……」
細い腰に手を掛けて、ゆっくりと繋ぎとめていく。
内側を擦り上げながら、それは胎の奥を目指して深く突き刺さる。
足りない何かを、埋めたくて。
心の中の空洞を満たしたくて。
肌を寄せ合った。
「……んんっっ!!…あ!!……ァ…」
耳の先まで甘く染めて、自分の中に居る男を感じれば。
この身体が女であったことを感謝こそすれど、もう、恨むことは無かった。
耳に触れる唇の熱さも、接吻の甘さも。
誰かの体温がくれる安心感も。何かも、彼が与えてくれたものだった。
「……普賢……?ごめん、痛いか?」
こぼれる涙を払う指先。
ふるふると横に揺れる首。
「……わかんない……何も怖くないのに……っ……」
目尻の涙を舐め取って、ちゅ…と小さな額に唇が触れる。
「大丈夫。どんな時も……俺はお前の手を離さないから」
「……うん……っ……」
小さな尻を抱いて、ぐ…と引き寄せて。
「アぁんっっ!!!」
突き上げるたびに、ふるふると揺れる乳房。
ぐちゅ、ぢゅく…耳に響く体液同士が絡まる音。
背筋を走るぞくぞくとした甘い痺れ。
恋は、こんなにも自分を弱くして、強さをくれた。
「や!!やぁんっっ!!」
親指でひくつく突起を押し上げられて、びくんと身体が仰け反る。
「…っは…ああっっ!!道徳…!!ふ…ァン!!」
「俺も……死にそうだよ、幸せで……」
両手で括れた腰を掴んで、無我夢中で突き上げていく。
うねる様に絡まる肉襞と、ぬめった体液。
耳鳴りのような甘い悲鳴と、現実に引き戻す収縮感。
「やぁ…!!あー…あああんっっ!!!」
きらりと光ったのは輝いた一番星か。
それとも彼女の涙だったか。
曖昧な世界でただ二人、抱き合って得る失速が愛しかった。






頭上の星を数える指先。
少しだけ冷えたそこを包む手。
「冷たくなってる」
ちゅ…と触れて、離れる唇。
時間を忘れて何度も身体を重ねて、気が付けば硝子の粉を撒いたような空が広がっていた。
その星の一つ一つを数える指。
「えへ……いいんだ。道徳があっためてくれるから」
「傷、大分消えてきたな。お前は何十年かに一度、とんでも無いことをしでかすからな。
 前のときもそうだったろ?素手で莫邪掴んだのは後にも先にもお前だけだよ」
「だって……」
柔らかい身体を抱き寄せて、その肩に自分の上着を掛ける。
「風邪引くぞ」
「引かないよ。道徳があっためてくれてるから」
彼の言葉は、この後現実となる。
二つの仙界を巻き込む大戦争、彼女はその決断を下すのだから。
何も知らずに、今は二人きり。笑いあっていられる。
彼も、彼女も、この先に待ちかえるものなど欠片も感じることは出来なかった。
「ね、我儘言ってもいい?」
「ん?」
「ぎゅって……して……」
「そういう我儘はもっといいなさい。いくらでも」





振り返れば、何時の日にも隣に居てくれた。
詰まらない言い争いも、何気ない優しさも。
無理に微笑む、君の優しさは、いつも心を締め付けた。
けれど。
それが君の選んだものだったから、君の言葉を信じた。
君を一人にしないこと。
それが、自分に出来るただ一つのことだったから。
どれだけ強がっても、僕たちは子供だった。
向こう見ずな瞳で、空を睨んだ。光を―――。
繋いだ手が震えていたことも。
それを君が隠そうとしたことも、全部知っていた。
だから。君の手を離さないと決めた。






「荷物、持って帰るのやだなぁ……」
「置いていけばいいだろ?こっち用に」
帰宅前夜、普賢は纏めた荷物をもう一度しまいなおすことに。
「俺も、新弟子取るのやだなぁ……」
彼女の口調をわざと真似て、男はそんなことを言う。
「やだ……どうして真似るの?」
少しだけ膨れた頬。
「可愛いから、真似したくなった」
「新弟子。楽しみでしょ?本当は」
「ちょっとな。でも、何か嫌な予感がすんだよな……」
彼の予感は的中することとなる。
「お互い、健康的な生活になりそうだね。ボクはモクタク、道徳は新しい子がくるし」
「弟子を上手く寝かしつければ、こっちのもんだろ?」




灯るのは君の光。
この手の中の揺らめく思い。




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23:08 2004/10/14         

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