『だれかが 言っていたよ、僕らは生まれてからずっと
 半分誰かのために……あけてあるんだって……    』
         
                  恋はめんどくさい? 









「道徳も、モクタクもいい加減にして。ご飯冷めちゃうでしょう?」
むすっとしたまま、箸もつけない男二人に普賢はため息をついた。
「人の寝室に踏み込むなんざ、いい度胸だ。その喧嘩買ってやるぞ?」
「道徳!!」
温野菜を芥子で炒めた物を、葉に包む。
ぱり、と小気味いい音を立てて男の胃袋へとそれは消えていった。
煮立てた里芋、茄子。子供が食べても良いように、考えに考えたものばかり。
「モクタク、お前もさっさと食え。食ったら修行開始だぞ」
「……冗談じゃねぇ。誰があんたの指示なんか受けるか!!」
蕎麦茶の入った碗を置き、道徳はモクタクを睨んだ。
「仙女の下じゃ、強くなれねぇよ!!」
立ち上がって、男は少年の胸倉を掴んだ。
小さな身体が、宙に浮かぶ。
「口の利き方に気をつけろ、ガキが」
「うるせぇ!!」
「もう一度だけ言ってやる。口の利き方に気をつけろって言ってんだ。クソガキ」
いつもよりも、低く凄みの増した声。
震えそうな手足を叱咤して、少年は負けじと男を睨んだ。
「度胸は買ってやる。けどな……俺の女を侮辱するなら身体で分からせてやるぞ?」
「道徳、ご飯食べてからにして」
取り箸で男の手首を普賢は打つ。
「そうだな。まずは飯を食うか。モクタク、お前も早く食え」
「…………………」
「一つでも残してみろ。腹筋千回追加するぞ」
しぶしぶと箸をつける姿。
その脇では普賢が男の皿に、再度炒めた筍を取り分けている。
(別に、こいつらがなにしようがどうでもいいじゃねーか……)
黙々と口に入れながら、それでも見てしまうその白い肌。
「モクタク、おかわりは?」
「いらねぇ」
「俺が食う」
見方を変えれば、両親と反抗期の息子とも言える光景。
事実、仙人にとって弟子は子供同然なのだから。
「はい、どうぞ」
「おう」
受け取って、箸を付ける。
「あんたら夫婦かよ!!」
「将来的にはそうなるが、何か文句でもあるか?馬鹿息子」
瓜の酢漬けの最後の一切れまで、残さずに食して男はゆらりと浴室へと消えていく。
(ば……馬鹿息子!?なんで俺があいつらの息子なんだよっ!!)
だん!と箸を置いて、モクタクも部屋に篭ろうとしたときだった。
「モクタク」
「なんだよっ」
「あれでも道徳、モクタクの事褒めてるんだ。太刀筋が良いって言ってた。それに、
 才能のない子に手をかけるほど優しくもないよ」
剣士系の道士の育成に長けた男は、自分が才覚を認めたものにしかまともな稽古はつけない。
それは道兄たちから聞かされてきた。
中には強制的に下山させられたものもいると。
「ボクよりもいい稽古をつけてあげられる」
「あんたらが一緒に居たいだけだろ。俺の稽古に理由つけて」
「そうじゃないよ。ボクは……彼には剣術では勝てない。悔しいけどね……」
ぎゅっと握られた拳。
今までに何度も剣を合わせてきた。
それでも、越えることの出来ない壁。
「……早く着替えて、準備してね」
後ろ姿が妙に寂しげだったのが印象的で。
その日は一日、憂鬱を抱いての修行となった。
自嘲気味の笑みを浮かべた唇が、小さく震えて。
彼女の『男の才能への嫉妬』が本物であることを知ってしまった。
例え恋人であっても、彼女は自分が負けたことが悔しくてならない。
それは普賢の心を、男から離れることなく縛り付ける鎖となる。
儚くも、恋とは。
心を幾重にも縛り付けて、離さない。





正午の少し手前、さぼりにきたと太公望がふらりと現れる。
掻い摘んで朝方の騒動を普賢から聞くと、流石の彼女も苦笑いを浮かべざるを得なかった。
「……それは災難だったのう」
茉莉花茶を口にしながら、菓子の代わりに二人の剣戯をのんびりと見つめて。
「これ以上、師匠を失墜させるわけにも行かないよねぇ……」
「まぁ、新婚家庭に送り込まれたのが運の尽きじゃな」
「そんなこと言わないでよ、もう」
桃を剥きながら、男二人を手招いて、休憩を促がす。
「喉渇いたでしょ?どうぞ」
「太公望、サボりか?」
桃を齧りながら、出された茶に手を伸ばす。
「師叔!!」
「おお、モクタク。順調にしごかれておるか?」
けらけらと笑う声。
「聞いてくださいよ。この二人朝っぱらから房事ですよ。何とか言ってやってくださいよ」
「まぁ、災難だったな。目のやり場に困ったか?それとも別な場所が困ったか?」
口ごもるところからするに、どうやら的を得てしまったらしい。
「目にいいものでもないからな。おぬしらも朝からは控えろ。いや、普賢の身体のことも
 考えるがいい。道徳よ」
びし!と指で二人に示す。
「まったくですよ」
「おぬしもじゃ、モクタク。大体この二人が同じ家屋に居て何も無いと思うのか?
 こやつらは仙界きっての傍迷惑な恋人たち(バカップル)だぞ?」
今度は件の二人が口篭る番となる。
尚も太公望は続けた。
「まぁ……おぬしも新婚家庭への弟子入りは苦労するだろうが、天命だと思って
 受け止めるがいい。まだ、此処はいいほうじゃ。太乙ならば今頃は宝貝で改造されておる。
 慈航なら……二、三回は雲中子のところに送り込まれておるな」
道徳真君の同期の慈航道人。
彼の修行もまた過酷なものである。温暖な人柄に合わないその内容は、屈強な男でも根を上げるほどだ。
比較的仙人としては若い普賢の修行は、おそらく十二仙の中ではもっとも優しいといえるだろう。
「命の危険がないだけ、いいとしろ。モクタク」
「…………冗談だろ…………」
「噂をすれば当の慈航だ。慈航!!こっちじゃ!!」
わずかばかり顎鬚を蓄えた猫顔の男が、手を振る。
張りのある上腕筋。焼けた肌は精悍ささえ覚えるよう。
「やっぱこっちか、道徳」
「泊り込みでモクタクのコーチに出るって言っただろうが」
「あ、奥さん。俺にも桃くれや」
くすくすと笑って、普賢は桃を取って、さくりと刃を入れていく。
「!!」
慈航の首筋に不意に触れるその刃先。
「誰が奥さんなのかな?ボク、まだ道徳と婚姻結んだ覚えは無いよ?」
「…………すいませんでした。普賢さん。俺が悪かったです」
「そう?わかってくれればいいんだけどね」
その動きは、道徳さえも読み取れないほどの鮮やかさ。
「で、何の用なんだ?慈航。わざわざ白鶴洞まで来たのは」
「ああ、そうだった。元始さまがお前に渡してくれって」
ぽい、と投げられたのは朱紙で飾られた書間。
ばらら…と捲って目を通していく。
「……んぁ!?あんの爺!!そんなに俺と普賢を引き離してぇのか!?」
ぐしゃぐしゃと丸めて、それを地面にたたきつける。
「忙しない男よのう。道徳」
「道行」
「まったくね。ちょっとはこいつ見習ったら?道徳も慈航も」
「雲中子。黄竜まで珍しいね」
ふわふわと亜麻色の巻き毛を揺らして、宙で笑う一人の仙女。
金庭山玉屋洞の主、道行天尊。
「私の所に道行が来てね。せっかくだし、たまには黄竜も連れてあるこうかと思って」
真っ赤な唇は魅惑的に笑い、その肉感的で官能的な身体は仙女にあるまじき逸品。
にこりと妖艶に笑うのは終南山玉柱洞の主、雲中子。
その横で穏当に笑う長身で褐色の肌の男。
道衣の上からでも分かる、隆々とした筋肉。
黄金色の髪は短く切られ、彼の男振りを上げている。
二仙山麻姑洞を管轄する黄竜真人だ。
そして、普陀山落伽洞の慈航道人。
師表十二人のうち、五人が顔を合わせると言うなんとも不思議な事態。
「このオチビが普賢の弟子?師弟そろってちっこいのね」
ぐしぐしと雲中子の手が、モクタクの髪を撫でる。
「どう?道徳から見て。オチビは」
「まぁ、まずまずってとこだな」
「どころで、何を苛立っていたんだ?」
黄竜の声で、はた…と道徳真君は我に返った。
「……モクタクのコーチを終えたら、新弟子を取ることになった。殷の武成王の次男だと」
「名門黄家の子息か。いい逸材だ。のう、普賢」
人数分の桃と格闘しながら、普賢は小さく頷く。
李家同様に黄家もまた、仙道を輩出する血を持つ家柄だ。
「あの爺、絶対嫌がらせだ」
「確実だな。でも、その線で言ったら太乙に弟子を取らせるほうが早いのではないのか?」
黄竜はちらりと隣の雲中子に視線を向ける。
「今空いてるのは、道徳でしょ?慈航でしょ?ああ。弟子がいるほうを数えたほうが早いか。
 普賢、道行、文殊、衢留孫大法師……だったら順番からいっても道徳だわ。慈航と黄竜は
 この間ひとり立ちさせてるし。お前くらいだ。此処二百年ばかり弟子を取ってないのは」
そういわれれば反論は出来ない。
加えれば、黄家は武術の血が強い。
それを伸ばすのであれば道徳真君の門下に入れるのが最適だと教祖は判断したのだ。
「ま、精々がんばりな。道徳」
肩を落とす恋人の手を取って、普賢が心配げに視線を投げてくる。
「愛に障害は付き物だ。乗り越えてやろうじゃねぇか」
「だってさ。あたしたちは障害無く来たけどねぇ。黄竜」
「始祖も命あってのことだからな。お前の薬は危険だ」
黙々と語る男の隣、雲中子はけらけらと笑った。
「道行に何かしようものなら、人体改造か術で丸焼きにされるか出しな」
桃にそのまま歯を立てて、慈航は太公望のほうを見る。
「ま、崑崙(ここ)には新婚家庭が多くてな。まだ、ましな方だと分かったじゃろ?
 モクタクよ」
よりにもよって仙界は、恋の花が咲き乱れまくって。
傍迷惑な恋人たちの派手な打ち上げ花火。
「じ、慈航師伯もですか?」
「あ、俺は一人身」
「鳳凰山の赤雲に追いかけまわれてるのはどこのどいつだったかなぁ〜」
「道徳っ!!言うなって言ったろ!!」
はっとなって口元を押さえても後の祭り。
「慈航。アンタみたいなどーしようもない男のことを好いてくれる女なんて、あと
 一万年くらい出ないかもしれないわよ。赤雲に三つ指突いて落伽洞に来てもらいなよ」
慈航の肩に手を置いて、雲中子は首を振る。
「飯もろくに作れねっていうか……殺戒のど真ん中みたいなもの食わされるんだ」
「障害は、愛で乗り越えろ。慈航。俺と普賢みたいに」
「俺はお前みたいに核融合食らっても平気な男じゃねーんだよ!!!」
騒ぎ立てる姿は、外見に相応していて思わず噴出してしまう。
仙号を得ても、大仙となっても、結局は男と女なのだ。
「望ちゃん、この間ね……」
「ほう。中々に興味深いのう」
少女二人はうふふ、と笑って話に夢中。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる姿を、くすくすと笑って道行はモクタクの隣にちょん、と座った。
「えーと……道行師伯?」
「婆でも構わぬぞ?わしがこの中では年長じゃからな」
そうは言うものの、陶器のような肌と柔らかい波打つ髪は少女と女の挾間のそれ。
よほど雲中子のほうが大人びて見えるほどだ。
「仙となっても、結局は人間じゃ。モクタク、おぬしの師は優秀なる仙人じゃ。
 道徳もな。得るものこそ多々あれど、無くす物は無いぞ?」
「俺、強くなりてぇんだもん」
「そう焦るな。どうとでもなる」
結局、夕方近くまで騒ぎ続け、それぞれが帰路に着いた。
大仙でも、教主の直弟子でも、悠久の時を過ごした仙女でも。
こんな風に笑うのだと、少年の心に刻み付けて。



いつものように食事を終えて、立て篭もりを決行しようとしたときだった。
「おい、ちょっと風呂まで来い。モクタク」
「あんたと風呂に入るのはもう嫌だっ!!」
「首の骨へし折られんのと、風呂。好きに選んでもいいんだぞ?」
「…………風呂」
引き摺られるように、浴室に連行される。
並んで入るのも二度目なら、少しは距離のとり方も心得てきた。
「明日、宝貝習得の最終試験な」
「なっ!!??」
「流暢にお前に教えてる暇が無くなった。俺も弟子を取るから」
暢気に鼻歌交じり。男は何事も無かったかのようにそう告げた。
「がんばって合格できるようにしろよ。そんだけだ」
不意に伸びてきた手が、モクタクを水中に沈める。
「…が…っ…!!」
「殺す気で掛かって来い。でないと、お前が死ぬぞ」
そこの言葉に、おそらく嘘は欠片も無い。
「ま、俺に勝とうというのが間違いだが。運悪くお前が死んでもそれは修行上の不幸な事故
 で片付けることも出来るしな」
「それが狙いかよ!!」
「どうせ死ぬなら、本気で相手してやったほうがいいだろ?」
反抗心丸出しの子供をからかうのがよほど面白いのか、道徳はげらげらと笑う。
「ぜってー、あんたをぶっ倒す!!」
「ここ数百年で俺に傷を負わせたのは普賢くらいだぞ」
目を細めて、あの日のことを思う。
それは、まるで昨日のことのように色鮮やかに瞼に残っているから。
「その壮大な背中の傷とか言うなよ」
「まぁ、これも傷っちゃ傷だが……剣でちゃんと付けられた。いまのお前よりも小さく、
 体力も無かった普賢にだ」
それは、対格差では言い逃れが出来ないということ。
ましてや普賢真人は女である。
「まぁ、お前じゃ俺には勝てねぇな。身長も、腕力も、あれの大きさも」
「最後のは関係ないだろっっ!!俺はこれから成長期に入るんだ!!」
「どうだか。それでも俺には勝てねぇな」
「うるせぇ!!!」
「勝てねぇだろ?俺のあいつへの愛の大きさも」
さらりとそんなこと言ってのける。
「もう出る!!!!」
「出るついでに普賢呼んでこい」
「てめぇで呼べ!!」
ばたばたと浴室を飛び出して、すれ違いざまに「さっさと風呂に行け」と叫んで扉を閉める。
小首を傾げながら浴室の扉を開いて、中を普賢は覗いた。
「おー。一緒に入ろうぜ」
「んー……たまにはいいかな」
衣類を落として、浴槽に身体を滑り込ませて。
こつん、と肩が触れて普賢はくすくすと笑った。
「モクタクに何言ったの?」
「んー?身長の筋力のアレの大きさも俺には絶対に勝てねぇって」
「やだ。そんなこといったんだ」
腕を伸ばして、縁に身体を預ける。
湯気は彼女の色香を引き出し、男の手をそっと伸ばさせた。
「あは……なぁに?」
後ろから抱きしめられる格好。その手を取って自分の頬に当てる。
「愛の大きさも勝てねぇってな」
「そうだねぇ。でも、あんまり小さいとか言わないでね。気にしてると思うから」
頬からゆっくりと肌の感触を確かめながら、手は下に滑り落ちていく。
「まぁ、実際に奴のアレは小さいけどな」
「んー……そうかもしれないけど、そいうのも気にすると思うから言っちゃダメ」
「待て!!何でお前が知ってるんだ!?」
「え?お風呂一緒に入ったりしてたもん」
何気ない一言が命取りになることは、日常生活の恐ろしいところ。
「見ただけ……だよな?」
「ん?ちょっと触ったけど。逃げられちゃったし」
「……………………」
例え相手が子供でも、列記とした男である以上。
嫉妬を抑えろというほうが無理な話だ。
しかも、四六時中一緒に居られる弟子と言う立場。
(あのガキ……ぶっ殺す!!)
「ほら、綺麗にしておかないと病気になっちゃうでしょ?本にも書いてあったし。
 本当はそいうのはお父様が教えてあげるほうがいいらしいんだけど、ここなら
 ボクが教えるしかないし」
それが必要な性教育の一つだとしても、湧き上がる嫉妬心には火を注ぐばかり。
「普賢〜〜、俺にもーー」
「何馬鹿なこと言ってるの?道徳、今年で幾つ?」
体勢を変えさせて、向かい合わせでその身体を抱きしめる。
「新弟子……取らなきゃなんねーし、まったくなんで俺らはこうも大変なんだ?」
「そうだね……でも」
男の喉仏にちゅ…と触れる小さな唇。
「ボクが道徳を好きなことに、変わりは無いよ」
殺し文句は破壊力抜群のその笑顔。
胸を一撃で射抜く、恐怖の魔弾。
「ちょぴり不安だけど、助けてくれる?」
その柔らかい胸がくれるぬくもりと、甘い笑顔。
「当たり前だろ?俺よりもお前を愛する男なんて居ないからな」
「うん……」




恋は障害があるほどに燃え上がるもの。
そして、障害など無くとも焦がれてしまうもの。
面倒な理屈は後にして。
指と指を絡めよう。




              BACK



23:04 2004/09/25     


 


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