『あの時感じた夜の音 君と癒した傷の跡』
                  薔薇色の日々



まるで水底のような色の空。
手を伸ばせば、雲でさえも掴めそうな錯覚に陥る。
「明日、ですか?」
教祖に呼び出されて、普賢は首を傾げた。
新弟子になる子供を、明日迎えに行けと言うのだ。
「兄は一足先に文殊のところに引き取られた。弟のほうを普賢、おぬしのところにと思うじゃが」
父親も仙界で修行した季家の息子。
「分かりました。明日、下山してみます」
唐突な命令に、戸惑うばかり。
仙界入りしている道士を育てたことはあれども、仙籍に入る前の人間の子供を育てるのは初めてのことだ。
(明日、逢いにいってみるしかないよね……どうしよ、不安だよぉ……)
白鶴洞に帰ろうと踵を返す。
「普賢や」
「はい」
「おぬしは自分の立場を十分に理解していると信じ、言うが……道徳真君とは……」
言い難いのか、さすがの始祖も口篭る。
同じように少しだけ俯いて、彼女は言葉を紡いだ
「とても、大事な恋人(ひと)です。それではいけませんか?」
「前例がないからのう。立場がそうでないのならば寛容にもなれるが、おぬしらは師表じゃ」
ふわり。風が柔らかい髪をそっと撫で上げていく。
「それでも、大事です。あの人が」
「…………………」
「失礼しますね。明日、その子に逢いに行って参りますので」






誰かを知って、自分という人間を知った。
枠の中でしか存在できなかった世界に、手を差し伸べてくれた。
不安は山のようにある。
それでも、その不安を知ることも無かった日々よりもずっと幸せだと自信を持って笑うことが出来るから。
「望ちゃん、居る?」
そっと扉を叩いて、室内に入り込む。
白樺の香が焚き詰められた親友の部屋は、懐かしい光に溢れていた。
「おお、普賢。どうかしたのか?」
長椅子に座って、書を紐解く姿。
足元には数本の書簡が転がっていた。
「疲れた顔をしておる。道徳と何かあったのか?まったくあやつめ……わしから親友を奪って泣かせるとは……」
「そうじゃないよ、道徳とは何も。明日ね、新しい弟子を引き取りにいってくる事になったの」
母の傍でまだ甘えた年頃の子供。
それを才があるからと言って引き剥がすのもいかがなものかと普賢は親友に言う。
お互いに身内は全て失った間柄だ。
それ故に、母の傍に居たい子供の気持ちも痛いほどにわかる。
一度仙界に入ってしまえば、そう簡単に下山することは出来ない。
「お母様の傍に居たい子を引き離すのは……どうかとも思うんだ」
「……わしらのような身の上ならば兎も角、両親健在ならばな……」
しかし、仙骨のある子供を人間界においておくわけにいかない。
成長するに従い、道士としての力が出てくるからだ。
「子育てと一緒だって、黄竜にも言われた。雲中子や太乙もゆくゆくは取るって言ってるし、ボクだけが例外に
 なるわけにも行かないんだろうし……でも……」
「不安?」
「うん。まるっきり初めてのことだから……あはは、柄にもないかな」
空の青さはいつも、彼女たちの心を写し取る鏡の如く曇り無い。
手を伸ばして、頭上の陽を掴もうと指を折るのだ。
「何ぞあればいつものようにしゃしゃりでる男が二人おる。気にせずにやればよい」
二人と指された男は、共に師表の座についている。
剣士系の道士を育てるのに長けているものと、賢者計の道士を得意とするもの。
どちらも掛替えの無い友で、大事なものだった。
「ありがとう。望ちゃん」
「わしは、おぬしがそんな顔をするとは思わんかったぞ。道徳に感謝せねばな」
「え…………?」
「いい笑顔だと、言ったのじゃよ。普賢」
悪戯気に片目をぱちんと閉じて、太公望は唇に指を当てる。
「これはわしのヤキモチじゃ。道徳におぬしを取られたからな」
「望ちゃんも、道徳も。同じくらい大事だよ」
運命は過酷なほどに重なって、すれ違う。
まだ、二人ともそれを知らないだけ。
例え、知っていたとしても彼女たちはきっと何も変わらないだろう。
それが、この二人なのだから。





金霞洞には玉鼎のほかに、一人だけ弟子が住まう。
天才道士として名高いが、一向に洞府を持とうとはしない偏屈ものと揶揄するものもいる。
仙号を得ても、己の鍛錬のために弟子は取りたくないというのだ。
「玉鼎」
「珍しいな。お前から訪ねてくれるとは…………」
見つめられれば、悪い気はしない。
その心に少しだけでも触れたいという思いはまだ、胸に息衝いているのだから。
「ちょっと、良い?」
椅子を勧められて、普賢は素直にそれに従う。
金霞洞は白鶴洞よりずっと東にあり、絶えず光に満ちているところ。
「明日、道士見習いの子を迎えに行くことになったの」
「それは大変だな。最初の一月は喧嘩の連続だ」
「ヨウゼンでもそうだったの?」
「いや、あれは…………」
弟子の気配が無いことを確かめてから、玉鼎は言葉を続けた。
「泣きっ放しだった。子育てだと思って掛かったほうが良い。何かあったら遠慮なく言ってくれ」
分けありの弟子は、父に逢いたいと毎晩涙をこぼした。
背が伸びるにつれて、泣き言も言わなくなり自分の心を隠すことにも長けてきた。
本当の気持ちは閉じ込めておきなさい。なきたい時はここで泣きなさい。
師は弟子にそう告げて、ずっとこの場所で育ててきたのだ。
「喧嘩したら……怪我しないようにしなきゃ……」
「ははは。いくら才覚があっても仮にも仙人にお前に勝てるわけが……」
「だって、ボク……手加減あんまり出来ないから」
空恐ろしいことを言う女だと、男は笑った。
そんなことを言う女を、愛しいと思う気持ちもまだしっかり残っているのだ。
「何を教えれば、いいのかな……」
「そうだな……自分の子供だと思ってあたるしかないだろうが。まぁ、そう難しく考えなくても良いと思うぞ」
何も知らないまっさらな子供。
数十年前の自分と、同じで違う何も知らぬ子供。
「相談に、来てもいい?」
「お前の頼みを断わる義理は無いが?」
思考面では、恋人である道徳真君よりもこの玉鼎真人の方がどちらかといえば重なることが多い。
ただ、それが道徳真君にしれてしまえば面倒なのだが。
箍の外れた嫉妬は、仙界でもしらないものはないほどにもなった。
「明日の、準備しなきゃ。ありがとう、玉鼎」
「礼には及ばぬ。もっとちょくちょく、ここにきてくれればそれでいい」
覗く肩口の白さは、まだ彼を誘惑してくる。
恐らく、永久に解けない魔法なのだろうと男は苦笑した。
扉を閉めて、来た道をゆっくりと引き返していく。
「普賢師弟」
「こんにちは、ヨウゼン」
哮天犬に乗り、美貌の道士は長い髪を書き上げる。
空の青さに溶けそうな、濃紺の豊かな髪。
「弟子を御取りになるそうで」
「うん。明日、迎えに行って来るんだ」
「あなたも酔狂だ。あなたなら仙号を得ても、道士として功夫を積んでもっと凄いことが出来たのに」
純粋に己の力を上げることを好む男は、ため息をつく。
天才と歌われる自分と同様に、数十年で仙号を得た少女。
違ったのは彼女が師表と言われる階位にその名を置いたことだった。
表向きは冷静を装っても、心は少しばかり穏やかではない。
誰だって、権威は欲しいものなのだから。
崑崙における仙女の地位はまだまだ低い。
それに対する小さな革命にも近い彼女の十二仙入りに、女道士たちは俄かに色めき立ったほどだ。
「ヨウゼン。強くなってどうするの?」
「それは…………」
「綺麗な顔だね。きっと、体も傷一つ無いんだろうね」
「僕に、傷を付けれる道士なんていませんから」
自信たっぷりにヨウゼンは普賢にそう告げた。
「じゃあ、剣で斬られた時の痛みも、骨を折られた時の苦しみも、負けたときの屈辱も君は知らないんだね」
銀色の瞳は、言葉よりも雄弁に語る。
見せ掛けだけの強さ、数値で図れるだけのものに興味はないと。
「痛みを知らない子供は、好きじゃないんだ。ボクは、今から来る子にもそう接すると思う」
「………………」
「君の強さは間違いのないものだよ。君くらいに技を完成させた仙道もいないと思う。きっと、ボクよりも強いよ」
丸腰で、宝貝ももたないはずなずなのに。
「でも、ボク…………君には負けないと思うよ。ヨウゼン」
勝てない。本能がヨウゼンにそう、伝令を下した。
「またね、ヨウゼン。暇があったら九巧山にも遊びに来て」
小さな背中をぼんやりと見送りながら大きくため息をつく。
(勝てないなぁ……あの人が言った事、真理だよ)
「普賢様!!」
少し遠くなった姿が、振り向く。
「九巧山よりも、青峯山の方がよろしくは無いですか?」
「ヨウゼンっ!!!」
喚き散らす姿に、大人気ないと分かっていても。
「近いうちにお邪魔しますよ。普賢様!」
「知らないよ、君みたいな子なんて」
からかってしまいたいほど、まだ幼い容姿なのだから。







筍の皮を剥きながらのんびりと過ごす時間。
たまには好きなものでも作ってやろうと、早めに夕飯の支度に取り掛かった。
明日からは暫くの間、逢いに来ることも出来ない。
今まで自由に使っていた時間は、今度は弟子のために使うのだから。
「晩飯、何?」
後ろから抱きついてくる手の感触。
「筍と、あと……」
「俺の好きなのばっかり、嬉しい」
「明日から、暫くここにはこれないから……」
出来るだけ、優しくしたいと思うのはお互い様で。
離れてどれだけ耐えられるかは、自分たちの修行だと男は笑った。
「新弟子、不安か?」
「不安じゃないって言ったら、嘘になるね……」
大きな手に、自分のそれを重ねる。
「でも、困ったら助けてくれるんでしょう?」
「あったりまえだろうが。その弟子が普賢に喧嘩売るようなら、俺が買う」
「やだ。そこまでひ弱じゃないよ。わかんないときは、教えてね」
じゃれあいながら夕食を終えて。
帰る気も無ければ、帰す気も無いから離れないように長椅子に寄り添った。
肩越しに見える横顔も、暖かい日の光の匂いも、優しい指も。
しばらく、お別れ。
「俺さ、本気で昔はお前を弟子に取りたかったんだ。剣士は無理でも、もっと違った風に育てられたらって思ってた」
さわさわと耳を撫でる指先。
それに目を閉じて、肩に体を預ける。
「弟子にしてたら、俺……仙号剥奪もんだったな。でも、お前の才能は伸ばしたかった。純粋に」
紫陽洞も現在は門下不在。
それでも、そう遠くない未来に同じように新弟子が彼のところにも来るのだろう。
「今からでも、弟子にしてくれる?」
「え…………」
「仙号を返上したら、一緒に居られる?」
「……普賢……」
「そんなことしないけどね。だたったら初めから十二仙にならないもの。でも……」
道徳の頬に手をかけて、その目を覗き込む。
「あなたに師事していたら、きっと……もっと賑やかだったんだろうね」
いつだって「もしも」「だったら」の繰り返し。
泣き言だけの日々は嫌だと、彼女は強くなることを選んだ。
親友も同じように、後悔だけの人生は要らないとその手に風を掴む。
「今が一番好き。道徳がここに居て、こうしてくれる」
言いたかった殺し文句は先手を打たれて。
言葉の代わりに唇を重ねた。
「……あ、やだ……っ……」
抱きすくめられて、布地越しに乳房に触れる掌。
「離れ離れになる前に。ちゃんと憶えさせて」
膝抱きにされて、寝室へと運ばれる。見慣れたはずの壁も、天井も、今夜で少しの間見納め。
「……ん…ぅ……」
頭を抱き合って、絡ませあった舌先。
背中を滑る指が腰に触れて、こつん…と腰骨を甘く打つ。
二人分の道衣が床に崩れて、小さな山を作る。
抱きしめあえる暖かさが、少しだけ遠くなのは不安だけれども。
離れて壊れてしまうような気持ちなら、最初から求めることは無かった。
首筋から、鎖骨に触れた唇。
軽く歯を立てられて、ぴくんと肩が揺れる。
「……ぁ……ッ!!」
乳房を這っていた舌が、その頂をぺろ…と舐め上げていく。
口中で嬲りながら、転がるように吸い上げて歯を立てる。
普段はさらしで押さえ、女であることを捨てて仙人としての勤めを全うする姿。
それでも、柔らかい身体は女以外のなにものでもないのだ。
少し吸い上げるだけで、赤く染まる柔肌。
自分が男だということを再確認させる甘さ。
「…きゃ……!!やだ…ンッ!!」
窪んだ臍を舐め上げられて、震える膝。
そのまま口唇はゆっくりと感触を味わうようにして下がっていく。
「んんんっっ!!!」
ぴちゃ…濡れ始めた入口を掠めるように嬲る唇。
指先が入り込んで、ぬる…と奥の方へと進んでいく。
一本、二本。くわえ込ませて指を抉るように回すたびに、甲高い声が上がる。
ぬちゅっ…溢れた体液は指を伝って敷布を濡らす。
「あ……んん!!……っふ……」
愛液を絡めた親指が、熟れてひくつく突起をくりゅ、と押し上げる。
「ああんッ!!!」
「もっと、声……聞かせてくれよ……」
甘い声も、しばらくは耳にすることも出来ないのだから。
「や……ぁ!!……道徳……ン!……」
自分の名前を呼ぶ声も。
「もっと……俺の名前呼んで……」
背中を走る細い爪がくれる小さな痛みも。
「ああっ!!!…ダ……メ……ぇ……」
少しだけ下がった肉壁をぐい、と押し上げられて仰け反る喉元。
「やあぁ……!!ああああっっ!!!」
とろり、とこぼれた体液を指先に纏わり付かせてずる…と引き抜く。
膝を割って、静かに左右に押しやって繋がろうとした時だった。
「……待って……」
びくつく身体をゆっくりと起こそうとするが、自由が利かない。
そっと手を引いて起こして、胸を重ねて抱きしめあった。
「どうした?」
「……ん……とね……」
細い指が腹部を伝って、立ち上がったそれに掛かる。
「普賢っ!?」
「……ボクが……上になろうかな……って……」
言った後で、耳まで真っ赤に染め上げて彼女はぎゅっと目を瞑った。
「なってくれるなら、凄ぇ嬉しい……」
「……顔、にやけてる」
「う……だって今までそんなこと無かったからさ。でも……無理はしなくたっていいんだぞ?」
子供にするように頭を撫でられて、返事の代わりに頬に唇を当てた。
腹の上に跨るようにして、それに手を掛ける。
「……ッ……」
先端が入口に触れて、内側を擦りながら奥へと進んでいく。
「…あ!!……っ……」
ふるふると揺れる二つの丸い乳房。
下から見上げる恋人の顔は、いつもよりもずっと妖艶で幼く見えた。
「……もっと、腰から力抜いて……」
膝立ちのまま、ゆっくりと沈む細い腰。
(必死な顔も……可愛いよな……)
腹筋に手を付いて、全部受け入れるために意を決して腰を下ろす。
「んんんっっっ!!!!!」
はぁはぁと荒い息。顎を伝って落ちる汗。
繋がったまま、動く余裕など無くぞくぞくとしたものが背筋を走り抜けていく。
「……良く、出来ました……」
括れた腰に手を回して、ずん!と突き上げる。
「ああんっっ!!!」
下から突き上げられる衝撃に、痺れる神経。
加減されること無く、打ちつけられる腰。
「んじゃ、御褒美に力一杯いい思いさせてあげる」
「……ッ!!……馬鹿……!」
それでも、じりじりと熱くなった心と体を鎮める方法など思いもつかない。
ただ、抱いて何もかもを一瞬だけでも忘れさせて欲しいという気持ちしか。
「!!」
片手で腰を抱きながら、ぐちゅぐちゅと半透明の体液に包まれた突起を指先が嬲る。
二箇所を同時に攻められる初めての感覚に悲鳴に近い声が上がった。
「…ァ……ぁぁ…ッ!!!」
小さく振られる頭と、唇からこぼれる涎。
(……意外だったけど……楽しみが増えたな……)
きゅん!と絡んでくる襞肉に飛びそうな意識を繋ぎ止める。
(普賢より先には……もうちょっと虐めたいし……)
強く腰を打ちつけながら、その手を今度はゆれながら誘う乳房に回す。
「んん!!!あああっっ!!」
子宮が押し上げる感触は、貫かれるよりもずっと魅惑的で。
理性も何も無く、ただ喘ぐことしか出来ない。
ぢゅく、じゅぷ…艶かしく絡む互いの体液の生み出す音。
耳を背けたくなるような淫音さえ、耳に出来なくなる。
「あ、ああッ!!!…道…徳…ッ…!!」
体を少しだけ起こして、道徳は普賢の腰をぐっと抱き寄せた。
「!!!!!」
対面座位に近い状態にして、小さな臀部に手を掛けてより奥まで絡まるために強く打ち付けていく。
ぼろぼろとこぼれる涙。
縋るように手が伸びて首を抱いて。
舐めあうように、噛み合うように、本能だけの接吻を交わした。
「あ…あ!!……ぅん!!」
熱さで蕩けそうな体を抱き合って、貪るように呼吸を移しあう。
「ああああぁぁんッ!!!」
びくんと細い身体が大きく揺れて、ぐったりと胸に預けてくる。
(……まだ、終わらせない……しばらく逢えないんだから……)
なりふり構わずに進められる腰に、悲鳴さえも上がらない。
それでも、『もっと』と強請る身体。
「……ひ…ぅ……!!ああ…!!」
言葉も何も要らない。
乱れる髪と、甘すぎる吐息。
向き合って、互いの腰を抱きしめあって息を重ねた。
「や……やぁん…ッ!!」
口元を押さえる手を取り払って、指先をちゅるんと吸う。
「あん!!」
それだけで、反応してしまうように作られた身体。
他人に触れさせることなど、許せないほどに。
耳朶に、首筋に、額に。
降り注ぐ接吻の雨。
それでも、一向に加減されることの無い腰の動き。
(……そろそろ、俺も……一回出させて……)
両手を腰にかけて、ずく!と強めに突き上げる。
懇願する声も、涙も、見ない振りをしてただ自分の本能に素直になれるように加速していく。
「あ!あああぁんッ!!!!」
「――――――!!」
崩れる速度だけは、ずらしくないと抱きしめあった。
内側から溢れてくる体液に震える小さな身体。
愛しくて、伝える言葉が見つからなくて……ただ、抱きしめた。





回数を数えることは放棄して、ぐったりとした体を寄せ合う。
腕の中でぼんやりとした表情。
指先がどこかに触れるだけできゅっと目を閉じてしまうくらい、まだたっぷりと余韻は残っていた。
「なぁ、どこで仕入れてきたんだ?」
「………………………」
「気になるだろ?男としちゃ」
道徳の頬に手をかけて、普賢はぐっと自分の方に引き寄せた。
「本」
「あ?」
「あなたの部屋を掃除した時に見つけた本」
少し膨らんだ頬と、睨んでくる大きな瞳。
「俺、そんな本持ってたっけ?」
「二、三冊あったけど?」
つまりは、偶像の産物に負けるのが嫌で仕掛けた彼女なりの大勝負。
その真意に道徳は必死に笑みを殺した。
「笑わないで!!」
「いや……あはは……可愛いな、お前って」
「知らない!!」
そっぽを向いてしまった恋人を抱き寄せてちゅっ…と口付ける。
「ヤキモチ焼いてくれたんだ。うわ、俺って幸せモンだ」
「あんな本置かないで!目の……やり場に困るから……」
言葉尻から察するに、興味で全部読破したらしい。
「でもそれ、俺のじゃないよ。多分」
「じゃあ……」
「太乙か、慈航だな。どんな内容だった?」
「馬鹿ッ!!」
ぺちん、と軽く頬を打たれる。
「いや、だから……中身分かんなきゃ、持ち主が特定できないだろ?」
真っ赤になって俯くところからすると、口にするには抵抗があるらしい。
「な、どんな感じだった?」
「……色んな格好で……してるのとか……」
「他には?」
「……口で……とか……」
よしよし、と頭を撫でられて恥ずかしいのか胸に顔を埋める。
(追々それは全部こなしていきましょうねぇ……楽しみはじっくりと味わいたいし)
「当分、お前の小言も聞けないんだな」
「……煩くなくて、嬉しい?」
「小言好きだよ。普賢限定だけど」
これからしばらく、喧嘩すら出来ない。
当たり前のように重ねていた逢瀬も。
「寂しい?」
「うん。寂しい。けど、これは俺の我儘だから」
重なる胸の柔らかさ。
「他の人……好きになっても、良いよ……」
「何言ってんだよ」
「だって……」
「本当に、そうなっても良いのか?」
「……ヤダ……っ……」
不安なのは自分よりも、彼女の方で。
仙人としては若年過ぎて何も見えない明日が恐いと呟くのだ。
「どうしようもなくなったら、逢いに行くから」
「ボクも……逢いに来る……」
「問題は新弟子にいつカミングアウトするかだな。上手いこと見計らって……」
「道徳ッ!!」
「いつも普賢の顔になった」
そう言われてはっとする。
「悪ガキだったら、お仕置きしてやっから」
「道徳に叩かれたら、怪我しちゃうよ」
甘えるような目線。こうして抱き合っている時だけはただの恋人同士なのだから。
「眠りたくないな……起きて、ずっと道徳の顔、見ていたい」
「そうさせたいのは山々だけど、寝なきゃ酷い顔になるぞ」
閉じた瞼も、長い睫も。
明日からは少しだけ遠い場所になる。
「親御さんに顔あわせるのはそれが最初で最後になるんだ。きちんとしていかなきゃな」
弟子が下山して親に逢いに行くことはあっても、師には無い。
人の命は短すぎて道士として大成させて会いに行っても、物言わぬ墓石になっているのだ。
それは、何度と無く彼も通り過ぎてきた。
だからこそ、彼女の我儘を諭すのだ。
「うん……そうだね……御母様から奪っちゃうんだものね……」
「一時預かりってことにしておけ」
「ありがと……少し、楽になった……」
疲れた体には、休養が必要で彼女は腕の中で静かに目を閉じた。
程無くして聞こえてくる小さな寝息。
(なぁ、本当のことを言えば、お前に会わずに耐えられるか自信は無いぞ……)
男だから女だからは好きじゃないが、滅多に弱音など吐かない恋人には甘い嘘をつく必要もある。
それを「男だから」と位置付けて、胸の奥にしまい込んだ。
(俺にもある意味修行だな、これは)
柔らかい髪をそっと撫でる。
(でも、お前も同じ気持ちだから……少し頑張ってみるよ)
また、窓枠に括られた月を見上げることが出来るように。
甘い夜を過ごせるように。






空は蒼過ぎるほど蒼く、空気はどことなく凛としている。
迎えに行くには絶好の天気だ。
「本当は付いて行きたいけど、これはお前の大事な仕事だから」
真白な道衣に身を包み、正装した姿。
腕に、肩に、絡む細めの羽衣。
「そうやってると、違う人みたいだ」
「そう?おかしくない?」
「いや、綺麗だよ。何処にも出したくないくらい」
いつもならば、冗談交じりの声も今日だけは真剣だ。
「気をつけて。君の手の光が消えませんように」
膝を付いて、小さな手にそっと唇を当てる。
それは、今まで見せたことの無い彼の一面だった。
「……行って来ます。道徳師兄……」
「御武運を」
遠くなる姿。
見えなくなるまで、ずっと見つめていた。




騒々しすぎる日々と、小さな恋敵が来るなどとは予想もせずに。
ただ、彼女の身に何も振らぬようにと彼は祈った。




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23:47 2004/03/29

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