『外すことのない恋の魔弾をこの胸に……撃ち込んでよ
 ぬくもりだけが聞き分けなく 君の元へ逝く前に……』
               魔弾〜Der Freischutz〜








良く晴れた日の午後のこと。
「原始天尊様、紫陽洞道徳真君、参上いたしました」
膝を付き、紫紺の長衣に緋の外套を身に纏い、男は一礼をした。
崑崙十二仙の一人、清虚道徳真君。胸の前で手を合わせ、静かに顔を上げる。
明朗快活とでもたとえようか。裏表のない性格が顔にも現れていた。
「道徳よ、お前に頼みたいことがある」
「俺に……ですか?」
「うむ、わしの弟子の一人と手合わせを願いたいのだ。どれほどの実力かを見ておきたくてのう」
「はぁ……構いませんが……」
「ならば明日の正午に。頼んだぞ」
拍子抜けしながら彼は自分の洞府へ帰路に付く。
教祖が直々に自分を呼びつけての命なのだから、余程の仙道なのであろう。
あれこれと想像しては明日の試合が楽しみになってくる。
相手が誰であれ、負けることは己のプライドが許さない。
武術の才気で十二仙の座を勝ち取った男の自負。
(さて、どんな男なのか楽しみだよな……まともな相手にあたるのは三百年振りくらいだ)
愛剣の莫夜で対峙するか、それとも破壊力のある双槍にするか。
あれこれと考えては顔が綻ぶ。
十二仙入りしてというもの、骨のある相手に当たることが少なくなってきた。
自分に十二仙という余計なはくが付いてしまったが故に相手が尻込みするのだ。
(教主直々なんだから……楽しみだよな……)
それの思いが違った形になることを彼はこのとき予想だにしなかった。
対峙する相手をその目で見るまでは。





紫紺の道衣で相手を待つ。
日は頭上に。選択したのは紫陽の双槍。しっくりと手に馴染む愛用の一つ。
短く切られた黒髪が日に透けて。
太陽の下、今かと待ち構える。
「………………」
すい…と現れたのは細身の少女。手には同じように双槍を持ち、まっすぐに見つめてくる。
「清虚道徳真君様ですね?よろしくお願い致します」
膝を付き、深々と頭を下げ礼をとる姿。
灰白の髪と瞳。袖から覗くのは白く細い手首。
「え、あ、その……」
道徳の混乱を見透かすかのように教主の声が響く。
「普賢、相手は十二仙で最も攻撃に秀でた男じゃ。油断せぬようにな」
「はい、原始様」
真白の道衣。前垂れには赤で刺繍が施されている。
少しでも力込めたら壊れてしまいそう。それはまるで上等な人形の様で。
予想外の相手に道徳真君は戸惑いを隠せない。
「はじめるがよい。一本勝負じゃ」
その声聞くと同時に、普賢と呼ばれた少女は槍を構えてじっくりと男を見据えた。
まるで心の置くまで見透かすような硝子玉のような瞳。
じりじりと間合いを詰めながら槍の力を利用して普賢は華麗に宙を舞う。
その小柄な身体を最大限に利用して道徳の目を眩ますのだ。
(ほう……意外と楽しませてくれる子だ……)
男の道士でも道徳真君の相手が務まるものはまず滅多に居ない。
おそらく仙界入りしてまだ日の浅いこの少女。
相手にとって不足無し。道徳真君は、そう位置付けた。
風を切る切先を交わしながら普賢の手元を狙っていく。
(でもなぁ……女の子相手に本気出すのも悪いしな……顔に傷でもつけちまったら……)
槍を受けながらそんなことを考える。
それが伝わったのか普賢は憮然とした表情で攻撃する手を止めた。
「どうした?降参か?」
その声を無視して、普賢は教主の方を見る。
「原始様、十二仙の方とは斯様な御仁ばかりなのですか?自分はここに来て以来このような侮辱を
受けたのは初めてです。仙道には性別で差別をすることは無い……そうお聞きしておりましたが……
道徳真君様は自分が女だからとお情けを掛けてくださってるように思われます」
「え、と、どういう意味だよ?」
「馬鹿にするなって言ったの。あなたを打ち負かしてボクが十二仙に入るのも面白いって」
冷たい瞳。完全に思考を読み取った発言。
「大方、顔に傷でも付いたらとか考えたんだろうけど……その槍がボクの顔に当たることはないかもしれない」
「だって、そうだろ」
普賢の槍が道徳の首筋で止まる。
「ボクはそんなに弱くは無いよ。相手があの道徳真君だからこの話を受けたんだ」
「なるほど。俺の勘違いみたいだな」
軽く払って普賢を見据える。
「なら、敬意を払って本気で相手させてもらう。依存は無いな」
打ち合う音が激しくなり、乱れた呼吸だけが響きあう。
普賢の攻撃は速さはあるが、重みと破壊力に欠ける。
それを見抜き、道徳真君は降ってくる槍を真向から受け止めた。
「疾っ!!」
じんじんと痺れる腕の感覚に普賢の顔がゆがむ。
身体の小さいものは破壊力に欠ける。大柄のものは敏捷性が低くなる。
求められるのは均衡。完璧に作り上げられた肉体。
それはおいそれと手にすることは出来ないもの。
仙骨を持ち得るものでも極少数。長年の修行と努力のみで作られる。
彼女にはまだそれが足りない。
「どうした?掠りもしないぞ」
「まだまだ……負けない!」
引くことなく進んでくる姿。
(いい目だ……弟子に取りたいくらいだな)
その才覚を伸ばしてやりたい。そう、本気で思った。
鍛えればさぞかし骨のある道士になるであろう。自分よりも強いものに対しても臆することなく進んでくる。
なによりもその目が気に入った。
「普賢って言ったな?」
がきん、と金属の擦れる音。
「憶えておくよ。お前の名前」
小さく笑って道徳真君は力を込めて槍を振り下ろす。
辛うじて受け止めるものの、防ぎきれなくて槍は粉々に砕け散り、身体はそのまま叩きつけられた。
「勝者、道徳真君」
判定の声に普賢は空を仰いだ。乱れた息はまだ戻らない。
土埃の付いた顔を指で払って、前を見つめた。
「大丈夫か?」
心配そうに覗き込む顔と差し出される手。
「望みどおり手抜きはしなかった」
その手を受けて、身体を起こす。
「ありがとう。本気で相手してくれて」
笑う顔。
「あ……うん……」
「また、お相手願い出来ますか?」
先刻までの殺気等微塵も無く、少女は笑った。
(あ……可愛い……かも……)
「その……手を離してくださいませんか?」
言われて我に帰る。
「あ、すまない……」
「失礼しますね」
静かに立ち去る姿を見送って、道徳真君は満足気に笑った。



この先に待ち受ける、騒々しい未来など、想像することもなく。






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