◆彼女◆






「師叔!!」
天化の声に太公望は両手で耳を覆った。
「そんな大声出さずとも、しかと聞こえとる。何用じゃ」
はぁはぁと息を切らして天化は太公望の隣に座り込む。
「師叔って今年で幾つになるさ?」
「……………」
筆を手に、太公望は天化をぎろりと睨む。
「……たしかにわしはおぬしより五十と少しばかり上じゃがのぅ……それをわざわざわしの口から言わせたいのか?
まったく師弟してデリカシーのない連中じゃのう。さぞかし普賢も道徳には手を焼いてるだろうな。
この様なことに限定ならばヨウゼンと発のほうが余程……」
そこまで言いかけて彼女はため息をついた。
ヨウゼンは兎も角、天化と発はそうそう年は変わらない。
(比べてもどうなるものでも無かろうて……わしこそ子供だ……)
結び目からぴん、と伸びた頭布を指で撫で付け、太公望は天化の額に指を付ける。
そして、小さく弾くと天化は少し驚いた風にまばたきをした。
「女子(おなご)に年は聞くでないぞ。わしや普賢は兎も角、雲中子や道行に言ってみろ。その場で封神台直行じゃぞ」
「あの二人って幾つさ?」
声音からするに天化は本当に件の二人の年齢を知らないらしい。
外見は二人揃って二十を少し越した風。
実年齢など、想像することが無駄でもあった。
「雲中子は道徳と太乙の同期、道行は文殊と同期じゃ」
「ってことは……う、嘘さっ!!!あの二人がそんなにばーさんな筈がないさ!!」
「……その言葉からすればおぬしはわしの孫のような年じゃのう……天化よ」
指をぱちんと鳴らせば傍らには四不象と武吉の姿。
「天化を送り届けてくれ、わしは仕事がまだまだ残っておる」
口元を押さえても後の祭り。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ天化を二人はどこかへと連れて行った。
それを見送りながら太公望は二度ばかり首をこきこきと鳴らす。
(まったく……まだまだ子供じゃのう……)
そのままたまっていた仕事を減らすために太公望は筆を進める。
軍師としての仕事は否が応でも積もっていく。
休むことなく、愚痴もこぼさずに彼女はその一つ一つをこなしていくのだ。
(昔は皆が祝ってくれたのう………)
それは暖かで優しい日々。
思い出は色あせることなく、光に溢れている。
縛られてはいけないとわかっていても、どこかそこに留まりたい自分がいるのだ。
(だから、頑張らねばならんのだ)
風は追い風。
どこまでも行こう。






「それで師叔の誕生日はわからなかったわけだね?」
腕組みをしてヨウゼンはため息をつく。
「太公望の実年齢も俺はしらねーぞ」
ぼりぼりと頭を掻きながら呟くのは発。
「確か……八十くらいではなかったと……」
「そりゃあ、立派なばーさんだ。年齢だけは」
前に手を伸ばして、発は呟く。
「普賢さまも同じくらいですよ」
「普賢ちゃんに関しては俺は失恋組決定だから。あんな筋肉馬鹿のどこがいいんだよ〜、普賢ちゃ〜ん」
両手で頬を押さえて発はそんなことを言う。
「でも、普賢様なら師叔の誕生日を知ってるかもしれませんね」
「そうさね。あの二人は仲がいいさ」
「じゃあ、僕が崑崙に戻って聞いてくるよ。皆は準備のほうを頼んだよ」
そういうとヨウゼンは哮天犬を飛ばして崑崙へと向かう。
残された二人も準備と称してそちこちへと消えていった。




「望ちゃんの誕生日?」
太極府印を使って庭に水をまきながら普賢はぼんやりと考える。
「ええ、できれば師叔には内密に。驚かせたいので今回ばかりは敵と手を組みました」
長い髪を一纏めにし、美貌の道士はにこやかに笑い普賢の手を取る。
「ヨウゼン、死にたくなかったら手を離して」
「!」
右には莫邪を構えた道徳真君、左には斬仙刀を手にした玉鼎真人。
「師匠、道徳さま。大人げありませんよ」
手を引いてヨウゼンは苦笑する。
「ああ、そうだ。望ちゃんの誕生日なら確か来月の今日だよ」
「本当ですか!?」
「うん。夏のちょっと手前だから字が何だったかな……そんな話をしたもの」
「助かりました。くれぐれもこのことは師叔には」
「分かってるよ。たまには甘やかしてあげて。望ちゃんを」
頑張りすぎる友のことを、離れても思わない日はないと彼女は笑う。
ヨウゼンの姿を送りながら普賢は再び庭に水をまき始めた。
「普賢、時にお前の誕生日は何時なんだ?」
「今日だよ。だから俺が来てんだろうが。さっさと帰れ邪魔者」
ぎゃあぎゃあとうるさい外野に彼女は小さく笑った。






太公望に気付かれないように、三人は珍しく連携を組んだ。
そして、いよいよその前日。
「師叔!!明日、暇あるさ?」
天化がにこにこと近付いてくる。
「明日は旦と治水工事の所見じゃ。それから予算の見直しと……夜まで手一杯じゃのう」
困った風に笑う姿。
「あんまり無理しちゃダメさ。俺っちも何か手伝うさ」
「おぬしが兵法を認めてくれれば、兵を任せられるのだが……」
「う……が、がんばるさ。師叔は今欲しいものってあるさ?」
「そうじゃのう……」
唇に指先を当てて、彼女は小さく笑う。
「――――――――じゃよ」
「……師叔……」
軽やかに書面を両手に抱えて太公望は回廊の奥へと消えていく。
その姿が小さくなるまで天化はずっと見つめるしかなかった。
とぼとぼと来た道を戻って天化は重い気持ちで扉を開く。
「んで、太公望の欲しいものって何だったんだ?」
茶器に口をつけながら、発は天化のほうを向く。
「……ん〜〜……師叔らしいって言うか……」
「結局何だったんですか?」
「その……なんて言うかさ……」
一呼吸置いて天化は答えた。
「平和……だってさ」
あまりにも彼女らしいその願いに、三人はため息をつくしかなかった。
「花とか、甘いものとか、そんなんじゃよろこばねェって事だな」
困ったように笑う発。
「なぁ……こういうのはどうだ?」
三人顔を見合わせて、ひそひそと発が提案する。
彼女が望んだものには程遠いが、それでも彼女を喜ばせることは出来るという代物だ。
決戦は明日。
準備は抜かりなくと、三人は手を組んだ。




翌日も、太公望はいつものように軍師殿へと足を向ける。
一山終わらせてしまえば、少しは自分の時間が作れるからだ。
久々に書物も読みたいし、外に出て咲き乱れる花だって見たい。
「師叔」
「天化。珍しいな、ここに来るなど」
書きかけの軍書を広げて太公望はくすくすと笑った。
天化は滅多なことでは軍師殿には入り込まないからだ。
一度入れば兵士の指導やらなんやら押し付けられると知っているからだ。
最も、ヨウゼンのように下心を抑えながら入り浸るものもいるのだが。
「師叔は今日はお休みさ。旦さんと活さんがやるっていってるさ」
太公望の手を取って、天化は回廊を走り抜ける。
「待て!そんなに早くは……」
ぱらりと頭布が解けて、長い黒髪が風に泳ぐ。
まるで指の隙間をこぼれていく幸せのように、さらさらと靡くそれ。
「なら、こうするさ」
膝抱きにして、自分の首に手を回すように促す。
小さな手が絡むのを確かめると、天化は再び走り出した。
「ちゃんと皆で分担したさ。俺っちはそれを師叔に見せる役目」
官僚たちに詰め寄られながら、発は苦笑いで答えている。
通常ならば彼女が全て請け負うその仕事も、王らしくなんとか彼が切り盛りしているようだ。
(発……大人になったのう……)
無精髭を触りながら、指揮を出す姿。
それに太公望は目を細めた。
「あっちも」
宮廷に住まう仙道たちに稽古をつけるのはヨウゼン。
これからさきの戦力になるようにと彼は変化を駆使して一同の相手をしている。
それも普段ならば自分があれこれとメニューを考えるところだ。
(ヨウゼンも……くやしいがおぬしはやはり天才じゃな……)
お気に入りの欄干に太公望を降ろして、天化はその隣に立つ。
「俺っちは、ちょっと兵隊鍛えてくるさ。師叔、今日はお休みしてて大丈夫」
そのまま階下に飛んで天化も姿を消してしまった。




日が沈むまで書物を読みふけり、お気に入りの茶を口にしながら時間を過ごす。
それだけのことが、酷く心地よかった。
室温も、体感温度もこの上なし。
「太公望」
「発」
すい、と差し出されたのは一輪の花。
笑顔で咲き誇る大丁草(ガーベラ)は、まるで彼女の姿勢のようにすらりと伸びて美しい。
「誕生日、おめでとう。休暇は俺たちから」
「……そういえば、今日だったのじゃのう……」
長く続く戦乱は、彼女の記憶から記念日を喪失させてしまっていた。
いや、本当はどこかでおぼえていたのかも知れない。
祝ってくれるものの居ない日は、彼女の中ではありふれた一日に擦りかえられたのだ。
自分で、傷付きたくないという防衛本能。
「ぬけがけ、させてくれよ」
「抜け駆け?何を?」
「四不象って、俺を乗せられそうか?俺と、お前」
丸く大きな瞳がゆっくりと細まる。
「少しだけならのう。スープー!!」
程無くして現れる霊獣。
「武王さんも乗せるっすか?」
「街の入口まででいいんだ。あいつらに見つからないように」
賄賂代わりだと発は四不象に小さな鍵を握らせた。
「何すか?これ」
「食品庫の鍵だ。好きに開けて食え」
「了解したっす」





久々に二人で繰り出した夜の街は、ざわめきときらめきの交差する場所。
小さな彼女がはぐれないように、発は太公望の手をしっかりと握った。
指を絡めて、決して離れてしまわないように。
「たまには、俺と二人で出歩くのも悪くないだろう?」
「……ん……」
見知ったものがいないほど、彼女は自分の気持ちを露にしてくれる。
誰かが居れば軍師として、道士として振舞わなければならない。
「何処に?」
白い長衣は休日の時にだけ着る太公望のお気に入りの一品。
檜皮色の帯が細い腰を締め付ける。
耳に揺れるのは水晶の飾り。
飾ればどこにだしても文句は出ない少女の姿。
「そうだな……飯でも食うか?」
「なまぐさで無ければ。おぬしは好きに食えばよい」
「馬鹿。お前と一緒のものが食いてぇんだよ」
雑踏の中に紛れてしまえば、彼と彼女のことなど誰にも分からなくなってしまう。
その二人がこの国の王と軍師だと誰が思うだろう。
武王は滅多なことでは城外には出ることは無い。
視察の際にも護衛に守られその姿は遠めにしか見えない。
太公望も髪はまとめて結い上げ、頭布の中に仕舞いこんでしまう。
道衣を着て居なければ、道士には見えない顔立ちだ。
「望」
外套の中に包み込んで、触れるだけの口付け。
上着を掴む小さな指も、閉じた瞳も。
何もかもが愛しくてたまらなかった。
「……このようなところで……」
「したかったんだよ。街に居る恋人同士みたいに」
細い肩を抱き寄せて、体温が分かるほどにくっついて。
「……少し、嬉しい……」
その微かな温もりは彼女の素直な気持ちのように思えた。
いつもよりも少ない言葉は、それだけ重みがあるから。
何気ない一言が彼女の本心だということも分かるような関係なのだ。
もう少しだけ、あと少しだけ。
この距離を消したい。
この繋いだ指先の分だけでも構わない。
二人で居ることの意義を重ねたかった。




「これ以上は、食えぬよ。発」
次から次へと運ばれてくる料理に太公望は苦笑する。
彼女が口に出来るようにと、野菜と果実だけで作られた品々。
「そっか?小食だよな」
「それに、すこし酔いが回った……」
掛かる息はほんのりと甘い。
度数を誤魔化すことの出来る果実酒をこっそりと頼み、発は太公望に勧めていたのだ。
口当たりの良いそれは、水の代わりに喉を潤す。
次第に染まっていく頬を見ながら、彼は心の中だけでにやりと笑っていた。
「じゃあ、場所……変えようぜ」
さりげなく腰に回される大きな手。
布地越しに腰骨を突付くと、ぴくんと肩が揺れるのが見て取れた。
「それとも、城に帰るか?」
「…………帰りたく……ない……」
この優しく猥雑な裏路地に紛れてしまえる幸せ。
身分も、何も要らない。必要なのは幾許かの金だけ。
ここではただの男と女で居られるのだから。




「……っん……」
舌先が離れて、唇が喉元に触れる。
組敷かれて剥ぎ取られた薄絹は、床の上で二人分の山を作った。
太公望の右手が頬に触れて、引き寄せられる。
啄ばむように口付けを重ねて、呼吸を分け合った。
「……発……っ……」
男の手は、女を抱くことに慣れていて何処に触れれば彼女が鳴くかなど分かりきっている。
その手に、女が嫉妬することだけは知らないままに。
両手で包むように乳房を揉み抱いて、その先を飾る小さな乳首をちゅ…と舐め上げる。
少しだけ固めの胸は、彼女が前線で戦うものだということを知らしめた。
指先で挟んで、きゅっと摘み上げると甘い声が上がる。
「あ!!あン…ッ…」
左右を舐め嬲られて、びくびくと身体が震えて止まらない。
するりとなだらかな腹を撫で上げて、大きな手はその下の入口へと触れた。
秘裂を擦るように指先を動かして、乳房を甘く噛む。
入口に掠める程度だけ指先を沈めれば、誘うように腰が揺れる。
「あ……やだ……ッ…」
首筋を舐め上げれば、きゅっと閉じられる瞳。
瞼に小さく接吻して、そのまま唇を鼻先に。
「嫌か?」
「……馬鹿者……」
諌めるような口付け。口腔で舌を絡ませて、何度も吸い合って舐めあって。
愛しさの裏の、その裏の裏の気持ち。
可愛さはあまって嫉妬が痛い。
白い喉に噛み付いて、痣を残す。この痣が消えないうちに、次の痣を刻むために。
抱きしめあって、呼吸を分け合う。
城の中ではそんなことさえも簡単には出来ない。
「!!」
ちゅく…と指先が入り込んで、やんわりと動き始める。
焦らすように入口の浅いところで注入を繰り返して彼女をゆっくりと追い込んでいく。
自分で、求めることをさせるために。
「…あ……ぅ……」
指を浅く沈めながら、柔らかい胸に顔を埋める。
時折舌でその輪郭を辿りながら、ぺろりと舐めて。
「……は…つ…ッ!!」
ぎゅっと抱きついてくる細い腕。
「どうして欲しい?お前の誕生日だろ、お前がして欲しいようにするぜ?」
意地悪く笑う唇。
その唇に噛み付くような接吻を。
「……指よりも、もっと違うものの方が良い……」
右手が下がって、発のそれに掛かる。
「……発、少しだけこう……してくれぬか?」
男の体を静かに倒して、その上から覗き込む黒い瞳。
立ち上がったそれに指を這わせて、その先端にそっと舌を這わせてくる。
舌先はそのままゆっくりと上下して、飴でも舐めるかのように先をちゅぷ…と転がす。
「……ん……ぅ……」
小さな唇を使って咥え込み、吸い上げられる。
(やっべぇ……こいつからしゃぶられんの久々だから……ッ…)
指先と唇がゆっくりと発を追い込んでいく。
(……飲ませるわけにも、いかねぇしな……)
顎を取って、自分の方を向かせる。
「……発……」
「もういい。今度は俺の番」
「でも、それではおぬしが……」
(珍しいな……だったらお互いにやりあうのが一番だよな……)
額に甘く唇を当てて。
「じゃあさ、お前が上になって……俺の爪先の方向けよ」
「は、発っ!!」
「俺もしたいし、お前だってしたいんだろ?効率よく考えりゃ至極妥当だ」
優しい強制。言われるままに男の上になって太公望は再度舌を這わせた。
やんわりと濡れ始めた秘所を視姦しながら、そこを開かせる。
(やっぱ……しながら感じてたんだな。気付いてねぇだろうけど、被虐嗜好持ってんだよな……こいつ)
薄い茂みに隠れた弱点を指で捲り上げて、舌で小突く。
「あんッ!!」
弱めることなく、其処だけを丹念に嘗め回せばとろりとこぼれてくる半透明の体液。
唇を使って吸い上げれば、そのたびに自分を舐める舌が震えるのが伝わってくる。
「お前、おれにしながら感じてたろ?」
「……違っ……」
「違わねぇだろ?淫乱」
見えなくても、目を瞑って耳まで染まるのが手に取るように分かった。
「優秀な軍師様も、本当は虐められんのが大好きな淫乱娘だもんな」
こぼれてくる愛液をわざと音を立てて吸い上げる。
彼女に聞こえるように、聞かせるために。
「あ……!!あ、や…ぁ…!!」
それでも、必死に舌を使って愛撫してくるのは愛されているからだと自惚れたい。
吸い上げて、歯を軽く立てると大きく体が揺れた。
ふるふると二つの乳房が誘う。
「いい身体してるよな。俺だけじゃなくて、天化とかヨウゼンとかともやってるしな」
「や……言うな……ぁ…!」
指を二本くわえ込ませて、ぐるりとかき回すように動かす。
絡むように締め付けてくるのは女の悲しい性。
「好きなんだろ?結局」
体勢を変えて、向かい合わせで組敷く。
敷布の上に散る、漆黒の糸。
太公望の細い手首を片手で押さえて脚を開かせる。
「ああっっ!!」
躊躇なく一息に突き上げると、もどかしげに指先が動く。
「あ!あ…ッ!!…発……」
唇の端からこぼれる涎。舌先で舐め取って腰を抱き寄せた。
隙間無く埋め込んで無我夢中で突き上げる。
「ん!!」
手首の戒めを解けば、ぎゅっと抱きついてくる腕。
「……取れよ。左手の、それ……」
「……嫌……これだけは……」
義手を見られることを嫌い、彼女は房事の際でも左腕の手袋を外すことは無い。
「見せてんだろ?俺以外の男には」
「嫌!!やめ……」
力任せにそれを剥ぎ取る。
「………………」
肘から下を綺麗に失った太公望の左腕。
作り物の冷たい腕が、縫合された跡が、異物と分かるそれが目を奪った。
「やだ…………ッ……」
右手で顔を覆って、声を殺して震える裸の身体。
「あ!!」
接合部分に唇が触れた。
「やだ!!発ッ!!!」
「……綺麗だ……望……」
傷跡を確かめるように降る接吻。
西周のために、彼女は左腕を失った。
その周の王は、自分なのだ。
自分のために、躊躇なく利き腕をなくした女を。
どうして愛さずにいられようか。
「嘘……ッ!!」
「嘘じゃねぇよ。この腕は、俺のモンだ」
重なる目線に、こぼれる涙。
「……誰にも、見せたことはないよ……発……」
気遣って、誰も彼女の左腕に触れるものはいない。
その手を取って、自分の背中に回させた。
「掴まってろ。俺に頼れ」
「……ぅ…ん……」
しがみ付く左腕。
冷たく無機質のはずなのに、やけに熱く感じた。
「あ!!」
腰を抱いて、強く突き上げる。
敷布に触れるのは肩口だけ。
「やぁ……あんっ!!ああっ!!」
ぐちゅぐちゅと絡まる音と、腰を打ちつける音が耳を犯す。
片腕で太公望の腰を抱いて、そっと熟れた突起に指を這わせる。
「アあんッ!!!や!!!」
くりゅ…と弄ればその度にきつく絡む柔肉。
「嫌じゃないだろ?こうされると……」
濡れた指で押し上げる。
「ひぁ…ん!!!」
「すっげぇ絡んでくる……お前の中……」
「あ!!あンッ!!!…発…ぅ…!!」
二人分の重みを受けて、寝台が悲鳴を上げる。
泣かせたいのは今のこの腕の中で喘ぐ少女だけ。
重なる呼吸と、腰の動きが二人の意識を同時に追い詰めていく。
「気持ち……良いか?望……」
「…い…あっ!!…発の……ッ…すご……!!」
身体だけは大人になれても、心はまだ子供のまま。
その心ごと全部、この腕に抱きたいと思うのは自分のエゴなのだろうか?
不安に喘ぐその瞳を。
優しく閉じさせてやりたいだけなのに。
「…ふ…ぁ!!!ああ!!!」
ずぷ、じゅぷ、と絡まる淫音と互いの身体。
「あ!!!発…ッ!!!!」
最後の声は唇で塞いだ。
言葉よりも、もっと確かなもので何かを分かり合えたと感じられたから。





小さな身体を後ろから抱きしめる。
自分を抱く腕に、太公望も自分のそれを重ねた。
「一つ、年を取ったのう……」
胸や背中は大人でも、中身はまだ十代の少女。
「そうだな。でも、直に俺も一つ年取るぜ?」
頬に振る唇を受けながら、くすくすと笑う。
「な、手……出せよ」
言われるままに右手を出す。
「そっちじゃなくてよ、こっち」
取られたのは左手。
その手の第四指に発は細い指輪を挿した。
窓から零れてくる灯りを受けてきらきらと輝く銀色の指輪。
「こっちの抜け駆けが、本当はしたかったんだ」
少し照れたように笑って、抱きしめてくる。
「……発っ!!!」
向き直して勢い良く抱きついてくる小さな身体。
受け止めきれずに発は彼女を抱いたまま寝台に倒れこんだ。
「大事にする!!わし……こういうのを貰ったの……初めてじゃから……」
「左手の薬指は、俺のもの」
「……ん……」
少し涙目で笑う顔。
軍師でも道士でもない、呂望という名の少女。
同じように武王ではなく、姫発と言う名の一人の男。
「何があっても忘れぬよ、この日のことを」
「馬鹿。今からもっと楽しい日々を俺らは作っていくんだぞ」
くしゃくしゃと頭を撫でてくる大きな手。
「誰にも見せねぇんだろ?左は」
「うん……」
宝物を見つけたように、指輪を摩る。
「あ、見せたい奴が居るよ」
「な!!誰だよ」
身体を起こして、太公望の肩を揺さぶる。
「普賢」
「あ……普賢ちゃんか……だったら良いけどよ……」
安心したかのように、発はため息をついた。
「でも、本当は普賢にも見せたくは……ないのう……」
笑う瞳。
抱きしめてもういちど甘い口付けを交わした。
誰にも言えない様な接吻を、何度も何度も重ねた。
「発の……唇……」
「……ん?……」
「……気持ちいい……」
答えの代わりに、彼女の好きな甘い接吻を。
「もっと、気持ちよくなろうぜ……望……」
一つだけ、大人になった君との距離を埋めるために出来ることは何?
分かっているのは、この腕が君の痛みを少しだけ取り去れるということだけ。
「今日だけじゃなくて、もっとたくさんの日々を一緒に過ごすんだからさ」
「自信過剰じゃぞ、発」
ふにゅん、と柔らかい胸が重なる。
「でも……自信があることは……良いことじゃ……」
細い背中を抱きしめて、降ってくる唇を受け止めた。





今日も忙しく彼女は城の中を走り回る。
その傍らには四不象と武吉が常に張り付いている状態だ。
「太公望」
「発。何ぞ用か?」
横目で外野を一瞥する。
「お前等、ちょっと席外せ」
「ダメっす!!ボクは御主人と一緒に居るっす!!」
「スープー、武吉。少しだけ発と話をさせてくれぬか?」
主と師匠の言葉には逆らわない二人は言われるままに姿を消した。
「……あいつら、ここが誰の国だと思ってんだ……」
「良いではないか。して、何用じゃ?」
書類を抱えたまま、見上げてくる大きな目。
そのまま外套の中に隠して房事さながらの接吻をした。
「……っは……」
舌先を銀糸が繋ぐ。
「俺の唇、好きなんだろ?」
「発!!」
「俺も、お前の唇……好きなんだよ」
余韻が消えるまもなく、重ねて。
「今夜も、この唇……貰いに行くからな」
「……ん……」





ある晴れた日の昼下がり。
誰にもいえない秘密のクチヅケをした。





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0:55 2004/04/24

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