◆仙界大戦――ひとひらのやさしさ――◆





ひらひらと舞い散る葉を見つめながら思いを馳せる。
金庭山にも四季はある。その時間の流れの中、数え切れないほどの季節を見送ってきた。
「師匠」
「韋護か?」
両手に絡めた羽衣。自在に操って宙を舞う姿。
「趙公明が、封神されました。師匠はどうでます?」
ぷわん、と揺れる緋色の巻き毛。大地に爪先を付けて、道行は韋護を見つめた。
「天命の定めるままに」
「言うと思った。はぐらかしとペテンの天才だから、師匠は」
どっかりと座って韋護は帽子を脱ぐ。癖のある髪と性格は師匠譲りだと揶揄されることが多い。
韋護のほかにも何人かの弟子が彼女にはいるがその中でもこの男は特出した実力の持ち主だった。
実力のあるものを育てるのことは、仙人の楽しみの一つ。
道士としての修行から女の抱き方まで韋護は玉屋洞で得たと笑う。
「しかしさ、師匠ってどうみてもちっちぇよな。うん」
「喧嘩を売るとは良い度胸だ。買っても良いぞ?」
「まさか。発破食らって生きてる自信は俺にもないですよ。師匠」
道行を膝に乗せ、その顔を覗き込む。
「韋護。秋は美しいな……命の終焉、散り際まで鮮やかだ」
譲り葉は大地に帰り、新しい生命の源となる。
それは人間にも言えるのだと彼女は説く。
古きものは地に還り、必要なのは新しい風なのだと。
「師匠……一個だけ俺の頼み聞いてくれませんか?」
「何じゃ?」
「死なないで下さい。師匠」
細い肩を抱きしめて、韋護は道行の耳元で小さく呟いた。
「あんたが居なくなったら……どうやってそれからの日々を過ごしたらいいかもわからないんだ……」
「韋護。保障は出来ぬが……できるだけそう務めるよ」
両手で韋護を同じように抱いて、道行は目を閉じた。
耳を澄ませば魂の声が聞こえてくるから。
春に、夏に、秋に、冬に。道行は物言わぬ季節と心を通わせてきた。
生命の息吹は知り得ぬものを教えてくれる。
無駄なものは何一つ無い。生きているのではなく、生かされているのだ、と。
「身体は子供みてぇなのに……やっぱ師匠なんだ……あんたは……」
前髪を指先でかき上げて、韋護は彼女の額に唇を当てる。
「お姫さんより、師匠のほうが綺麗だ。俺にとっちゃ」
「それを物好きというのじゃよ。韋護」
膝の下に手を入れて、抱きかかえて邸宅の扉を蹴り上げる。
「物好きでも何でも、好きってことだろ?」
額をぴん、と指で弾かれ韋護は目を閉じる。
「出来れば終南山まで連れて行ってくれると有難いのだがな。韋護」
「寝室じゃ駄目ですかい?」
「急ぎじゃ。頼めぬか?」
じっと見つめられれば、断わる言葉が見つからない。
「分かりました。雲師姉の所に行きますよ」





崑崙に戻ってから数日。
太公望は玉虚宮の自室に篭っていた。
封神傍は一度ぱららと捲っただけで、改めて見たことはないことに気が付いたのだ。
(何故……このようなことを……元始さまはわしになにをさせるつもりなのだ……)
そこに並ぶ名前は本来はあってはならないもの達ばかり。
それでも、未確認の人物を含めて三百六十余名になるまで封神台は自動的に稼動する。
それは、誰にも止めることは出来ないのだ。
(死なせぬ……この天命、天数、わしが変えてみせる。殺させるものか)
事実、彼女は封神傍になを乗せているもの達を数人殺さずにここまで来た。
それ故に、この運命は変えられるものだと信じるのだ。
絡まった糸は、断ち切るには余りにも優しすぎていっそ手を切ってしまいたくなる。
命数という名の糸で、この両手をずたずたに引き裂いてしまいたい。
(誰も……死なせぬ。何があっても。どんな手を使っても)
彼女には一つの信念があった。
仙道のない、人間だけの力で作られた国を建てると。
相応しいと思っていた姫昌はこの世を去ったが第二子の発が武王として名乗りを上げた。
まだ荒削りではあるが、いずれは父を越す名将になるだろう。
ただ、王としてはまだ未完であるように彼女も道士としては不完全。
甘い理想を掲げてしまう。
(何のための封神計画なのだ?なぜ、こやつらが死なねばならぬのだ?)
ため息は蝶になり、ひらひらと室内を飛ぶ。
窓に掛かるのは夕日。
まるで血の様な赤黒い色だった。





何気ない日常が愛しいと思えるのは、自分たちの未来が見えすぎるから。
幸せだったと気が付くのは、それを失ったとき。
当たり前にあるはずだった未来は、いまや不確定なのだ。
「道徳、どうして掃除中に触るのかな?」
太乙真人の作った宝貝を使って室内を掃除する姿。
細い身体と揺れる胸が甘くてついつい手を伸ばしてしまう。
「だからっていきなり引っぱたく事はないだろう!!」
「じゃあ人のお尻触らないで」
「そこにあったら触りたくなるだろ!!俺だって男なんだから!!」
ぎゃあぎゃあと言い合ういつもの風景に、太公望は苦笑する。
同じ日々がずっと繰り返されるはず。そう、信じていた。
喧嘩しながら絶えず共にある二人。いつかその間には小さな子供が来ると。
「相変わらずじゃのう、おぬしらは」
「望ちゃん」
「白鶴洞に居らんかったら、紫陽洞(こっち)じゃろうと」
勧められた椅子に腰を下ろせば、ほんのりと甘い香りの華茶が出される。
「お疲れ様。大変だったでしょう?モクタクは役にたってる?あの子最近全然顔出さないんだよ。まったく」
「天化は相変わらず血の気が多いか?腕はいいんだが……」
揃って弟子の心配をする姿。
愛弟子たちはまだまだ修行不足だとは言うが、立派な剣となって彼女の補佐をしてくれる。
どちらも師匠の面影を映した道士だ。
「二人とも、よく動いてくれる。おぬしらそっくりじゃ」
褒められれば悪い気はしないのか、二人とも顔が綻ぶ。
「おぬしらを見とると毒気が抜ける。いっそ嫁にでも行ったらいいのではないか?普賢」
「だよな〜。俺もそういってんだけども、結構強情でさ〜」
笑い合える日々。それは何時まで続くの?そう言い掛けて言葉を飲み込む。
言葉にしてしまえば、何もかもが奪われる。
ならば飲みこんで、殺してしまいたい。
「暫く崑崙に居るんでしょう?」
「ああ。玉虚宮に居るよ。聞仲の動かぬ間に色々と調べたいこともあるしのう」
どうか。どうか、この日々を奪うことのないように。
この空間を、暖かさを、何もかもを失わなくとも良い様に。
そのためならば血まみれになっても構わないから。
「どうしたの?望ちゃん」
「太公望?」
こぼれそうになる涙を封じて、彼女は小さく笑う。
「そろそろ帰るとするか。まぁ、子供でも出来れば普賢も諦めがつくじゃろうて。道徳」
「それについては毎晩頑張って……痛っってぇ!!!」
力一杯耳を引く指。
「だからそういうことを望ちゃんや慈航に言わないで!!」
「事実だろうが!!」
言い合う二人に笑いかけて太公望は来た道を戻っていく。
その姿が見えなくなってから、揃って小さなため息をついた。
「話したいことが……出来ちゃった」
「俺もだよ……」
伸ばした指先がそっと触れ合う。
絡めた指。離さないと心に誓った。





窓枠に掛かった月は、細い刀身のようで心に暗い影を落とす。
後ろから抱きしめてくる腕をとりながら、その手にそっと口付けた。
あと何度、こうして夜を重ねることが出来るだろう。
「昼間のことだけど……どう思う?」
「どうって……」
灰白の髪に映る月の影。
うなじの香に引き寄せられて、道徳は少女の肩口に吸い付いた。
「前に一度だけ、封神傍を見たことがあるんだ」
「……………………」
「ほんの出来心だった。モクタクの名前が無ければ良いなって……ただ、それだけだった」
その手を取ってそっと自分の胸元に。
掌に感じる鼓動は、確かな生存の証だった。
「言ってもいい?」
「聞きたくは無いが……聞く覚悟は出来てる」
「ボクだって全部見たわけじゃないよ。本当に少しだけ見たんだ」
息を吸い込んで、普賢は言葉を生み出す。
「まさか、自分の名前があるなんて思わなかった……」
「他には?」
「……道徳、あなたも」
ちゅ…と唇が頬に触れる。そのまま愛しげに彼女は男の頭をそっと抱いた。
「あとは言わなくてもいい。それだけで十分だ」
「望ちゃんは、同じように封神傍に乗ってる子達を殺すことなくここまで来た。だから、きっと僕たちにも同じことをしようと
 思ってるんだ……でも……」
一度出かけた言葉を飲み込んで、彼女は恋人のほうを向いた。
「それは奇跡だと思う。望ちゃんだから為しえた奇跡」
「そうだな、奇跡……ってやつだな……」
「奇跡なんて……何度も起きないから奇跡って言うんだと思う」
じっと見つめてくる瞳には、一抹の寂しさ。
それでも、逃げることは無く進むこと決めた者の光が宿っていた。
「ねぇ……どうして叱らないの?いつもなら『そんなこと言うんじゃない』って言うくせに」
とん…と胸を押す拳。
「叱ってよ……馬鹿なことは考えるなって。言って、そんなことは無いって!そんなことは起こらないって!!」
ぼろぼろと泣き崩れる身体を抱きながら、その額に唇を当てる。
見上げてくる瞳は熟れた月の様な赤さ。
子供のように泣きじゃくる恋人をただ甘えさせることしか出来なくて。
「言って……何でもいいから……」
「何を言っても、お前の欲しい言葉にはならないだろう?普賢……」
抱きしめあえることの幸福。
それも、どれくらいあるのだろう。
「ずっと、こうしていような。ずっと」
「でも……ッ!」
「余計なことは、考えなくていい。ああ、そうだ。この間な、慈航の奴がさ……」
耳に響くその優しい声は、子守唄のようで寂しがる魂を抱いてくれる。
夕べ見た夢、またその夢の繰り返し。
耳を塞ぎたくなるような囁きばかり。
「足掻こうぜ、精一杯。天命だろうが、天数だろうがそんなもの……ぶっ飛ばせる様に」
もう、泣かなくてもいいように。
裸足で歩かなくてもいいように。
「な?」
「………うん……っ……」
「ほら、泣くなって。綺麗な顔がぐちゃぐちゃになるぞ」
隣に居るのが当たり前になってから、随分と長い時間がたってしまったような気がした。
あのときに失うはずだった命。ここまで生き永らえたのだから。
「泣きやまないと、襲うぞ」
「やだ。触っちゃ駄目」
願い事は、一つだけ。たった一つ、それなのに。
叶うことの無い、小さな祈り。
「なぁ、筆と墨で太公望の居ない間に封神傍から俺らの名前消すってのはどうだ?消しちまえばこっちのもんだ」
「あはははっ、それ、いいかもね」
じゃれ付くように抱き合って、声を上げて笑った。
運命の日は、確かに近付いてくるのだから。








「雲中子、頼みがある」
空中からすとん、と降り立ち道行天尊は雲中子の前に進む。
「太乙には言えない事かい?」
「ああ。おぬしにしか頼めぬ」
横目でちらりと韋護を見て、雲中子はパネルから手を離した。
「なんだい?私に頼みって」
「韋護、少しだけ席を外してくれぬか?」
韋護の背中を見送って、道行はゆっくりと口を開いた。
「これを、預かってくれぬか?」
それは道行がまだ人間だった頃から身に付けていた宝玉の首飾りだった。
紅玉をぐるりと囲む輝石。銀の鎖に絡まった美しい一品だ。
「儂に何かあったら、それを娘に」
「……道行、ヘンなこと考えちゃ駄目だよ。あんたもそうだけど、黄竜も変だ。いや、十二仙、揃って皆……」
雲中子と太乙真人が太公望の援軍として下山している間に、残りの十二仙はある一つの結論を出していた。
来たるべき日のために。
「何を隠してるのさ……太乙も何も知らない。道徳も笑って誤魔化すだけ……」
そっと雲中子の頭に触れる指先。
「金庭山からは鳳凰山は見えぬ。儂にはもう何も見えぬのだよ」
「あんたが公主の母親だって知ってるのは……あたしと、十二仙。それと公主の父親にあたる人だけでしょう?」
黒髪の美女は、母の血を色濃く受け継いだ。
輪郭も、面影もありありと重なる。
「名乗ればいいんだ。公主だってきっと逢いたいって思ってる」
「……父を、知ったならばどうなる?」
「ねぇ、そんなにヤバイ相手なの?あんたが愛した男は」
羽衣を握る手に力が入る。
「…………道士名は戒遜。仙号は……元始天尊。ここの開祖じゃ」
「え…………」
予想すらしなかった名前に雲中子は声を失った。
先の十二仙の誰かの忘れ形見だろうと考えていたからだ。
「金螯とやりあえば、間違いなく狙われる。それは、ほんの少しだが儂の念を込めた。あれの防護位は出来るだろうて」
「待ってよ、黄竜も道行も何を言ってるのか分からない」
「雲中子。黄竜真人は良い男じゃ。無口だが、他人を思いやる。大事にしてやれ」
道行天尊も口数が多いほうではない。
それでも、ずいぶんと笑うようにも、話す様にもなった。
「太乙はどうするのよ。道行のこと、信じてる」
「…………………」
「あたしも信じてる。黄竜のことも、道行のことも。他の十二仙のことも」
信じている―――――それなのに、心が揺れる。
出口の無い迷路、進むのは自分なのか彼女なのか。
「馬鹿なことはしないって。何時もみたいに笑えるって、信じてる」
「……そうじゃな。馬鹿なことは、せんよ」
ちゃら…と掌の首飾りが揺れた。
「まぁ、儂からでは公主に渡すことは叶わぬ。頼んだぞ、雲中子」
ふわりふわりと宙を舞って、道行は扉に手を掛ける。
「待たせたな。韋護」
廊下で座り込んで咥え煙草の弟子は、にやりと笑って師を見上げた。
「帰るぞ」
「へいへい。人使いの荒い師匠様で」
「うるさい子供じゃな。晩飯は抜きにするぞ」
「勘弁してくださいよ。あ、でも、師匠が食えるならそれでも……」
「調子に乗るな」
言い合う二人を見送って、雲中子は掌の宝玉を見つめた。
(ねぇ、あたしは師表なんて階位に縛られるのが嫌で、ずっと逃げてきた……)
きらきらと輝く赤い石。
(それなりにやってきて、あたしはあたしなりに頑張ったつもりだった。でも……あんたたちはもっと別な次元で
 色んなことを考えてたのね……)
ぎゅっと握り締めて目を閉じる。
(どうやったって、金螯とはやるしかないんでしょう?あたしも、戦う。もう、逃げない)
変わり者の仮面をつけることはやめてしまおう。
そして、本当に大事にするべき人を大事にしようと決めた。
(あたしだって仙人だ。黄竜、あたしもあんたの隣で戦うわ。そして……一緒に生き残るのよ……)
はらはらと舞い散る花弁のように、優しさは降る。
一片摘んで、そっと抱きしめた。
未だ夜明けは遠く―――――――――。






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0:00 2004/02/24

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