◆小さい小さいきみのために◆




窓枠の中に見える月は、ただ美しいだけではなく。
どこか物悲しいから綺麗と思える。
「ヨウゼン、そろそろ休んだらどうじゃ?」
灯りの油もあと少し。継ぎ足して無理をするのも吝かではない。
「師叔が休まれるなら、僕もそうしますが……」
「うーむ……わしもこれだけ片付けてから寝たいのじゃよ」
「なら、僕も付き合います」
自分より先に休むことの無い青年に少女は首をかしげた。
「決めた。わしは明日おぬしと昼寝に出るぞ。哮天犬を枕にすれば気持ちいいこと
 この上ないだろうしな」
主の足元で丸くなっていた哮天犬が、のそり、と視線を少女に向ける。
そのままゆっくりと立ち上がって太公望の膝元に。
「ははは、かわいいのう……わしもこんなのがほしいのう」
鼻先を撫でれば哮天犬は『もっと』と尻尾を振る。
そのしぐさが愛らしくて少女はさらにかまってしまうのだ。
(哮天犬にでもなろうかなあぁ……いっそ……)
ふかふかの毛並に穏やかな表情。
犬に嫉妬しても埒があかないことくらいはよくわかっているはずなのに。
「くすぐったいよ、哮天犬」
「師叔、明日は雪だと思いますよ。空気がこんなに冷たいです」
青年の手を取ってそっと頬に当てる。
(あったかい……)
こんな夜は誰かの暖かさがいっそう恋しくなるから。
このまま彼女を抱きしめてこの腕の中に留まらせたい。
「雪か、それは風情があって雅だのう」
どんなときでも彼女はそれを楽しもうとする気構えがある。
「雪の始まりの場所はどんなものなのかのう……ヨウゼン」
見上げてくる視線は軍師のそれではなく、少女のもの。
「見に行ってみますか?師叔」
手を伸ばせば、その上に重なる小さな小さな手。
寒さを凌ぐ為に肩掛けと少し厚めの上着を。
足先が冷えないように皮造りの靴を。
「わしばかりではなく、おぬしもじゃ。ヨウゼン」
愛用の膝掛けと長めの圍巾(マフラー)と手にする。
圍巾を青年の首にそっと巻きつけると、くすり…と唇が笑った。
「わしには長くても、おぬしには調度かもしれぬな」
「これは?」
「軍議の合間に作った。止まらなくなって、長くなりすぎたのが……」
深緑のそれは彼に誂えてたような色合い。
「行きましょうか、師叔」
たまには二人で窮屈な靴を脱いでこの城を抜け出そう。
十六夜の月が誘うから、と理由をつけて。





肌を刺すような空気の冷たさに、少女は青年の上着をぎゅっと掴んだ。
「やっぱり寒いのう」
「大分上まで来てますからね」
完全な円形ではない十六夜が二人を照らし出す。
不完全な月は自分にたちに似ているような気がした。
「ここにはわしとおぬししかおらんのう」
「ええ」
「ならば……」
髪を留めていた綾紐を解く指先。
ばさり…風に舞う黒髪が影を作った。
「おぬしの本当の姿を、見せてくれぬか?」
ざわめきと、どこかで聞こえる夜鳴き鳥の声。
その言葉に青年の姿がゆっくりと歪んで異形のものへと変わっていく。
「辛かったであろう……御父君のことを……」
歪な手を撫で擦って、そっと唇を押し当てる。
「わしが憎かろう?おぬしの父君を殺したのはわしのようなものだ」
彼女が決断を下さなければあの大戦は無かったのかもしれない。
多くのものが散り、仙界大戦は終幕を迎えた。
数え切れないほどの傷跡をそれぞれの心に残して……。
「おぬしの望みが、わしの死であるなら」
その手を自分の首に掛けさせる。
「今ここで、殺して構わぬ」
石榴色の瞳が歪んで、静かに首を振る。
望みは彼女の消滅などではない。
「すまなかった……わしはおぬしの大事なものを全て壊してしまった……」
後悔と自責の念は、蝶となって夜毎この身に舞い降りる。
膿んだままの傷口を抱えてそれを癒すことも無く彼女は茨の道を裸足で歩くのだ。
「師叔……」
「どう詫びればいいかもわからぬよ……」
自分が妖怪だと知っても、彼女は何一つ変わらなかった。
今までと同じように接して笑うだけ。
その笑顔の裏にはどれだけの悲しみが隠れていたのだろうか?
「僕は……貴女を恨んだりはしていません」
それは何度も何度も自分に言い聞かせてきた言葉。
最愛の恋人は何もかも奪った相手でもある。
「もし、もしも僕が貴女に何かを望むならば……」
風が二人を包み込む。
「僕を受け入れてください。ありのままの、この姿の僕を」
拒絶されることが怖くてずっと姿を偽ってきた。
何よりも彼女におびえられることが怖かった。
「以前に一度……おぬしはわしに見せてくれただろう?あの頃からおぬしを怖いと
 思ったことなど一度も無いよ」
闇の中にぼんやりと浮かぶ篝火幻灯。鬼火を引き連れて進む死出の道。
「どうすれば、おぬしに信じてもらえるのだろうな……」
柔らかな肌はきっと何よりも甘い味がするだろう。
骨ごと噛み砕いて飲み込んでしまいたい。
「貴女に所有されるように、僕も貴女を所有したいんです」
渇きを癒してくれるのはその甘い体液。
本能が求める味。
不完全なまま知った恋に、身を焦がす。
自分たちを置き去りに過ぎていくこの残酷な夜の間で。





「あ!!!んぅ……ッ!…」
室内に響くぐちゅぐちゅとした淫音と少女の喘ぎ声。
両手を押さえ込んでその首筋に噛み付く。
「ふ…ぁ……」
銀灰の髪を掴んで、青年の顔を自分へと近付ける。
舌先を絡ませて互いの体液を交換し合う。
腰を抱かれたまま強く突き上げられてびくんと肩が震えた。
鉤爪は肌に食い込んで小さな痛みを植えつけて。
「……師叔……」
いつもよりもずっと低い声と、冷たい肌。
それでも彼が彼であることに寸分の違いも無い。
抉る様に突き揺さぶられ、そのたびに響く嬌声。
「あ、んんっ!!」
指先が震える突起に触れて、くりゅ…と押し上げる。
この身体を作り上げたのは自分と数人の男。
それを思えば嫉妬と独占欲が生まれて、沈めるのが容易ではなかった。
「ヨウ…ゼ……!!」
ぬるつく体液が肌を汚して敷布に沈んでいく。
灯りに照られさて浮かぶ絡まった影はどちらも人のものとは異なって見えた。
「痛いですか……?」
小さく横に振られる首。しがみつくように背中を細い腕が抱いた。
ふるふると揺れる乳房を揉み抱いてその先端に舌を這わせる。
「ァ、んッ!!」
かり…乳首に当たる歯に、びくんと大きく腰が跳ねた。
細身の筋肉で作られた身体には、余分な脂肪が無い。
そのために彼女の身体はどこか中性的な美しさあった。
「ヨウゼン……」
ぼんやりとしていた瞳が、男のそれを捕らえて少しだけ細まる。
「震えておる……わしが怖いか?」
重なる肌と唇でしか分かり合えないことだってあるから。
「そうですね……貴女がいつか僕から……離れていくことが怖いんです……」
その柔らかな胸の中でこぼす言葉と涙。
膝を折って、ぐ…と奥まで刺し貫く。
「ああんっっ!!」
この腕に抱いて意のままにしていても、逆にどこか自分が抱きしめられている様な気持ち。
彼女に出会うまでは自分の弱さなど考えたことも無かった。
天才と謳われその実力は誰もが認めていた。
名も無い一道士が担った封神計画。
なぜ自分でなかったのかと自問自答を繰り返した。
そして得た真実。
ただ、前だけをみて立ち止まることの無い少女の姿。
「……怖がり……だのう……」
首を抱かれて、頬が触れる。
「どこにも行かぬよ。おぬしがそう望まぬ限りな……」
この身体を抱くたびに見つける新しい傷跡。
「わしは優しくなどない……優しいのはおぬしのほうじゃ……」
唇を吸って言葉を封じて。
小さな身体をきつく抱いた。
乱れた呼吸と汗の匂いが枷を外して、二人からただの肉塊へと変えていく。
「や、あ!!あ……ッッ!!!」
悲しい言葉を消してくれる柔らかな白い肉。
じゅく…じゅぷ…聞こえてくる体液の混ざり合う音が鼓膜を侵食する。
「あ……ああああっっ!!!」
ゆっくりと歪む表情と力の抜ける身体。
消えてしまわないように強く抱きしめた。





「この爪は切ったほうが良いな」
自分を後ろから抱く手を取って、そんなことを少女は呟く。
伸びた爪は柔肌に蚯蚓腫れを残していた。
「おぬしはどっちにしても顔は良いのだな。詰まらぬ」
「それは……複雑な気分ですね。どんな顔が良かったのですか?」
胸に当たってくすぐったいと、少女は青年の髪を軽く引いた。
「いや、どんな顔でも姿でもヨウゼンに変わりはないのだがな」
うふふ、と笑う唇と凭れてくる薄い背中。
「角も悪くは無いな。わしにも生えればいいのに」
髪の間から指先を出す仕草。
「ここまで怖がらないのも師叔だけでしょうね」
「わしの他に誰か見せたい相手がおるのか?」
見上げてくる瞳に、どきりと胸が早まる。
「居ませんよ」
「どうだかのう。おぬしは官女たちに狙われておるからな」
そんな冗談もいえないほどに自分たちは疲れ果てていて、余裕など無かった。
向かい合ってようやく現実をしることができた。
「髪……伸びましたね……」
「切ってくれるものがもう居らぬからな」
認めることが怖かった。
同じ傷を持ったものでしか理解しあえない痛み。
「わしが……普賢を殺した……」
はらら、と流れる涙。
人前で泣くことなど無い少女。
痛みを初めて知って、失うことの怖さを憶えた。
「誰もわしを責めぬ……詰らぬ!!なぜ……っっ!!」
嗚咽交じりの独白は彼女が見せた本音で。
今まで押さえていた感情があふれるように涙が落ちた。
「……なぜ……っ……」
その小さな肩に圧し掛かる重い運命。
震える手を伸ばして少女の身体を強く抱いた。
「泣いても良いんです……貴女は強くなんて無い……」
「………………」
胸に顔を埋めて、何度も頭を振った。
その度にぎゅっと抱いてくれる腕に安堵を感じた。
肌の暖かさが不安を消してくれた。
強い振りをしなくてもいいという言葉に再度、涙が零れた。
「貴女が声を上げて泣ける場所になれるなら……」
指先がそっと涙を拭う。
「誰に何て言われたって構いませんよ、望……」
悲しみも過ぎれば綺麗な思い出に変わる。
そのときが来るまでは二人で傷を舐めあうこともきっと必要。
「貴女のことが、好きだから……」
これがきっと生涯最後の恋。
一番最後の恋人。
「……うん……」
自分の感情を言葉にすることも、笑うことも本当は苦手な彼女。
不器用な少女は、今までの誰よりも自分の心を支配した。
「怖い夢を見ないように……」
ちゅ、と額に触れる唇。
「ずっと、ずっと、一緒に居ますから」
本当はとても小さな君のために。
一緒にこの雨に濡れようと決めた。





腕の中で目を閉じて、胸板に乳房が重なるように身体を寄せた。
背中に走る痛々しい傷を指先がなぞれば、「いや」と身を捩る。
「寒くないですか?」
こくん、と頷く姿。
灯りも消して何も見えない室内で、互いの暖かを確かめ合う。
「明日、晴れていたら封神台の近くまで行ってみますか?」
「…………………」
「僕もあそこがどうなってるかはわかりませんが、もしかしたら普賢様たちに逢えるかも
 しれませんし……」
「まだ……普賢に逢う勇気が持てぬ……」
きっと親友は何も無かったように自分を迎えてくれる。
けれども、まだそこにいくだけの資格が自分にはないと少女は呟いた。
「もう少し、時間が経ったら……一緒に行きましょう……」
「…………うん……」
もう少しだけ。
この悲しみの中で泣いてから、前に進もう。
「そろそろ寝ましょうか……師叔」
朝が来ればまた慌しい日常がやってくる。
それまでに力をつけて、また歩き出せるように。





小さな小さな手を繋いで。
二人であの空を見上げよう。




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2:40 2006/01/03


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