◆羽化◆




「発、この要件を満たしてくれるか?」
道衣ではなく部屋着姿。髪は簪で一つに纏めて、少女は書状片手に王の傍らに立つ。
紅玉が埋め込まれた黒の簪が光に笑う。
「おう、面倒なんだな」
「国王の仕事じゃ。今のうちから慣れておけ」
男の胸の辺りの小さな頭。
親しげに肩を抱く手と、ほんのりと染まる柔らかな頬。
「おぬしにともじき、逢えなくなるからのう」
長い睫には憂いの影。
どこか儚げさを感じさせながら、その瞳はいまだ光を失わない。
「師叔、こちらはどうしますか?」
「おぬしに任せるよ、ヨウゼン。わしが無くとも上手くやってくれるだろう?」
二人の男に挟まれたこの少女は、この国を護る軍師。
そして風を背負う仙界の住人でもある。
「んじゃ、昼飯でも食って残りを片付けっかな」
「ああ、もうそんな時間だ。師叔、昼食にしませんか?」
両手を男にたちに取られて、太公望は首を振った。
「手ぇ離せよ。ヨウゼン」
「武王は政務に専念してください。僕は師叔と今後の予定の打ち合わせも兼ねますので」
にこやかに笑っては飛び散る火花。
「飯ぐらい一人で食わせてくれ。話し相手は旦に頼むよ。わしがいない間は何かと面倒を掛けるからな」





揚げ豆腐に箸をつけながら、少女はあれこれと論議を掛ける。
この国の宰相は彼女の心強い味方の一人。
「では、あなたはその太上老君とやらを味方につけるわけですね?」
その言葉に静かに頷く。
「わしが不在でも殷への進軍は続けてくれ。合戦までには戻ってくるつもりじゃ」
「しかし、小兄さまにそれが出来るでしょうか?」
人参茶で煮豆を飲み込んで、親指で唇を拭う。
そこを舐める小さな舌が、やけに魅惑的に蠢いた。
「出来るよ。発も立派になった。わしらが引退する日も近いな」
それは太公望を始めとした道士たちの消滅を意味する。
人間に関与することは好ましくないと説く彼女にとって、殷王朝の滅亡の後の自分たちは
この国にとって必要ないと位置づけているのだから。
「しかし、仙界無き今……どこへ帰るというのです?このまま此処に留まるのも一つの方法ですよ」
「わしらは空に還るよ。それが仙道の行く末じゃ」
長い睫も伏せた目も、まだあどけなさが残るというのに。
彼女はまだその身を戦渦の中に置くと言うのだ。
「いずれは発も美しい娘を娶るだろうよ。婆は大人しくしておるのが道理じゃろうて」
薄紅色の可愛らしい唇が紡ぐのは、残酷な言葉。
自分はどうあっても彼の傍にいることは出来ない。
「貴女は……小兄さまと離れたらどうするつもりなのですか?」
炒った豆に糖衣を塗し、甘い味を加えた一品。
一粒づつ口に入れて、太公望は旦を見つめた。
「霞にでもなるかのう。仙道の行く末なぞそれくらいじゃ」
「この国に残ることは出来ませんか?新しい国を興すにはそれなりの人材が必要です」
「発の嫁でもいびれと?そんなことはできぬよ。いくらわしでもな」
明日にはこの命は消えているかもしれない。
彼女の命を削って、国は成長していく。
「わしとて女だからな……好きな男がほかの女子を娶った傍になど居れぬ……」
まだこの胸が痛むから、人間としての感情を持っていられる。
心とは厄介なもので、必要の無い痛みまで感じてしまう。
もっと非常になれたならば、どれだけ楽になれるだろう。
「それに、霞にでもなれればいつの日か姫昌にあえるやも知れぬしな」
穏やかに笑っていても、彼女は自分倍の年を生きている。
彼女だけでなく、この西周にいる仙道はみなそうなのだ。
「貴女にばかりつらい選択をさせてしまいますね……」
兄から離れろといったのは自分。子を成せぬならば王族の妻にはなれないから、と。
誰よりもこの国を愛するはずの少女。
「旦、おぬしも良い女を娶れ。楽しみにしておるぞ」
はらはらと舞い散る花のように、この心の中で涙が流れる。
だからまだ…………人間だと思いたい。
痛みを悲しみを取り込んで優しさに変えることが出来るのならば。
この細い腕であの人を暖めたいのです。




「天化。具合はどうじゃ?」
腹部に巻かれた包帯に指先が触れる。
じんわりと血が滲み、そこを赤く染める体液。
「ん……血が止まんねぇだけ」
自分を残すことを選択し、彼女は仙界へと向かった。
そして結果として彼の師はその命を失ったのだ。彼女の親友と共に。
「師叔」
「?」
「どうして……コーチは死んださ?」
傷む傷口を抱えているのは同じはずなのに、そこを引っかきたくして仕方が無い。
抉って泣かせて、悲鳴を聞きたい。
「そうせねば、聞仲を倒すことができなかった。師表十二仙の力でなければあそこまで
 追い詰めることなど出来なかっただろう……」
崑崙屈指の仙人の力でも、完全に打ち倒すことは出来ない強さ。
それは始めから分かっていたことなのかもしれない、
ならば、自分の師は無駄死にをしたのだろうか?
浮かんでは消える疑問だけが、そこに残る。
「本当さ?聞太師が強いなんて始めから分かってたことさね」
「そうじゃな……わしが殺したようなものだ。道徳も普賢も皆、な……なんという失策であろうな……」
指先をぎゅっと握って、彼女は言葉を紡いだ。
「どうして、そんな選択したさね!!師叔ならもっと……もっと何とかできたさ!!」
「あのときのわしに出来る最大の策の結果じゃ。仮におぬしを連れていったならば
 もっと悲惨な結果になっていただろうな。十二仙だからこそ、あそこまで持ちこたえた。
 あやつらでなければ、この戦いに勝つことは出来なかった!!」
吹き抜ける風が、黒髪をそっとなで上げる。
その妖艶さに背筋が震えた。
「わしの弱さとおぬしの未熟さ。それが普賢と道徳を殺した」
苦しいのは自分だけではない。
立ち止まって嘆くことよりも、彼女は前に進むことを選んだ。
「恨むならばわしだけにしろ。ほかの誰でもなくな」
「……………………」
「わしはおぬしの父親も殺した。この仙界大戦の戦犯は他ならぬわしじゃ」
死神に肩を抱かれながら、少女はその手を軽くかわして行く。
春を待たずに新たな旅に出るために。




宵闇の優しさは誰にでも平等で。その帳の色合いは彼女の瞳を思わせた。
「居るならば入れ、天化」
書物を閉じて、少女は静かに声を掛けた。
手元を照らす小さな明かりが、形の良い影を長く伸ばす。
「その……昼間のこと、謝ろうと思ったさ……」
「?」
「師叔だって、普賢さん居なくなってて……俺っちよりかずっと普賢さんやコーチと長いこと
 一緒に居たのに……俺っち、自分のことしか考えてなかったさね……」
手招いて、少しだけ屈めと囁く。
ちゅ…頬に触れる唇と覗く込んでくる暖かな闇色の瞳。
「天化、わしはおぬしを戦力外として外したわけではないぞ」
指先を取って、舌を這わせる。ねっとりした湿気と女の感触に身震いして。
「おぬしは道徳に似た。良くも悪くもな」
「コーチは…………」
「十二仙にしか聞こえぬ話は分からんかったが……あやつら二人の会話は盗み聞きできたのだよ」
君を守って盾になると、男は真っ先に飛び込んで行った。
目を逸らすことなく少女は男の魂が散るさまを見つめていた。
「今頃は封神台の中でゆっくりしておるであろうな。時期が来れば子供も産まれる」
「こ、子供っ!?」
その言葉に太公望は目を瞬かせた。
「なんだ。知らぬのか?普賢の腹には道徳の子供が……」
「だって、仙道は万に一つの確立でしか……って……」
「その一つが降りただけだろう?二人で今度はのんびりと子育てと喧嘩でもするだろうな」
櫛を通された艶やかな黒髪は、明かりでほんのりと淫靡色。
浮かぶ影がおいで、と誘う。
「……ん……」
乾いた唇が触れて、じんわりと濡れて行く。
唇を挟み込むようにして何度か重ね合わせた。
入り込んでくる舌先に、同じようにそれを絡ませて夢中で吸い合う。
「!」
寝台に倒されて、身体を組み敷かれる。
夜着を剥ぎ取られ、裸体が薄明かりの下でぼんやりと光を帯びた。
「…ぁ……っ……」
舌先が乳首に触れて、その先端を舐め上げる。
少し硬めの乳房を揉み抱かれてぎゅっと瞳を閉じた。
身体中を走る蚯蚓腫れが、彼女が戦ってきたことの証明。
その一つ一つを天化は唇でなぞっていく。
「……っは、あ……ッ!!」
瘡蓋を爪で弾いて、舌先で入念に舐め上げる。その度にびくびくと腰が震えた。
細い背中を抱きしめながら腹部を愛撫するように何度も接吻する。
「師叔……虐められるの好きさね?」
自己犠牲は被虐嗜好に通じるものがあるから、と天化は笑う。
額に触れる唇と、じんわりと濡れ始めた入り口を撫で摩る指先。
つぷ…入り込んでくるそれに吐息が零れた。
「ひぁ……ン!」
根元まで沈ませると、背中に回った手がぎゅっと抱きしめてくる。
短く切りそろえられた爪と、皹の入った指先。
「あ、んぅ……ン!!」
内側で蠢く指に絡まる襞肉。ぐちゅぐちゅと塗れた音が耳を支配する。
ねっとりと指全体を包む体液の生暖かさ。
「あ…っん…」
引き抜かれれば身体は追ってしまう。
塗れた指先で震える突起を押し上げれば、細い体がびくん!と仰け反った。
弾くように摘めば、とろとろと溢れ出す愛液。
舌先でそこを突いて唇を押し当てる。軽く歯先で噛めば甘い悲鳴が鼓膜に響いた。
「や……ぅ……」
「師叔……俺っちにも、して……」
指先を這わせて亀頭に口付ける。そのまま唇はそこを飲み込むように包んで。
ちゅるん、と離れて今度は幹根を銜え込む。
愛しげに何度も何度も上下して雁首に舌を這わせていく。
「……っは……」
見上げてくる瞳に、心拍数が上がる。
顎をとって唇を重ね合わせて、自分の身体を跨ぐ様に導いた。
「挿れてみせて……見たい」
勃ち上がったそれに手を掛けて、秘所に先端を押し当てる。
「!!」
ゆっくりと腰を沈めながら天化の身体を抱きして、唇を塞ぐ。
耳に掛かる息の熱さに身体が震えた。
「天……化……っ…」
誰かと身体を繋げば、その間は一人ではないと信じていた。
けれども、ただそれだけのことに何の意味があったのだろう?
欲しいのは熱ではなく、その心だと気付いてしまったから。
「……どっか痛いさ……?」
「?」
「涙、出てるさ……望……」
傷を舐めあうことの何に罪があるのだろう。今この瞬間を感じることに。
ひらら、と羽ばたく悲しさは燐粉のようにゆっくりと侵食していく。
「ここが……痛い……」
傷の癒えぬ乳房に天化の手を当てさせる。
「気が合うさね……俺っちもさ……」
泣ける場所が互いの胸ならば、今だけこの涙を止めずにいよう。
君と二人だけの秘密にしたままで。





「縫ってもらったけど、まだ止まんねぇ……」
傷口からはじわじわと血が流れ落ちる。
そこに触れる少女の唇。
「な、何してるさ師叔っ!!」
「止まらんのう……止められるかもしれぬと思ってな……」
左に手を掛けて、防護用の手袋を外す。
今まで一度たりとも彼女はそんなことをしたことは無かった。
「!!」
肘から下につけられた義手。一見すればさほど違いは無いのだが境目に走る傷が
それが人工物であることを語っていた。
利き腕が落下するのを見つめながら彼女は何を思ったのだろう。
その手で命を殺めて何を感じたのだろう。
「………………」
「醜いか?この先は腕一本ではすまぬだろうな……」
凛とした身体に走る様々な傷。彼女が男だったならばそれが珍しいものではなかったのかもしれない。
けれども、細すぎる少女の躯にはあまりにも過酷で目を覆いたくなる。
「この命は普賢たちが繋いでくれた。まだ……死ぬわけにはいかぬ」
こつん、と胸に当たる額。
そして自分の命は目の前の裸の少女が繋いでくれたのだ。
「俺っちも……まだ死ねねぇさ……」
君を守ると誓ったあの迷宮から、この腕は彼女の盾にすると決めたのだから。
「誰もわしを責めぬことが苦しくてな……言いたいことは山とあろうに……」
その言葉に少女の身体をきつく抱きしめる。
一番に苦しみを背負ったのは他ならない彼女。
誰にも何もいえず、退く事は許されない立場。
「天化?」
言葉にならない思いだけがぐるぐると渦巻いて。
ただ彼女の声を消すことしか出来なかった。
羽化したばかりのこの思いで、この命が尽きるまで君を守ろう。
涙をこぼす意味を知らない君を、悲しいこと全てから。
「何も言わなくていいさ……望……」





弱弱しい羽もいつかは大空を舞う。
柔らかい青白い羽に冷たい夜露が当たらないようにそっと手で覆った。





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14:44 2005/10/18

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