◆宵闇小路◆





果てしなく感じるこの夢幻の空間で向かい合う。
それは遠くで聞こえる誰かの優しい歌のようでどこか寂しげ。
「さて、わしもそうそう長居はできぬ。どうにかしておぬしの力を借りたいのだ」
時間が無いと少女は呟く。
実際にこの世界で自分がいまどれだけの時を浪費しているかなど見当も付かなかった。
「困ったねぇ。私は何もして上げられないよ?」
「そこを何とかならぬかと聞いておる」
「んー……じゃあ、これあげる。私が持ってても使わないから」
空間を包み込むように生まれる文字の羅列。
「あなたにあげるよ。スーパー宝貝太極図を」
七色の光を放ちながらそれらはゆっくりと彼女に降り注ぐ。
ぼんやりとそれを受け止めながら両手をじっと見つめた。
「何か……変わったのか……?」
「あなたの宝貝を見てごらん」
言われるまま打神鞭を取り出す。
「な、なんだこれはっっ!!先っちょに変なものがっっ!!」
「許由にもスーパー宝貝あげちゃったからね。あなたにもやっとかないと不公平だよねぇ」
力を吸い取られてがくり、と膝を付く。
持っているだけでも仙気を根こそぎ吸い取るもの、それがスーパー宝貝。
だからこそ、それを持つものは真の実力者として認められるのだ。
「さて、死んでないみたいだからあなたも少し太極図に慣れないとね」
「…………?」
「まずは使えるという自信を持つことが大事だからね」






推測と憶測からでは何も生まれない。
事実彼女も秘密を抱えてきた。
「道徳、封神台の秘密って知ってる?」
白鶴洞の奥に設置されていた管理室。その中で彼女が見つけた真実。
「いや……」
「ボクのところの管理言語(パス)は『伏羲』だった。誰のことなのかな」
それは金鰲の教主も口にしていた名前。
それでも多くは語れないと彼は口を噤んだ。
これは簡単な事ではなく、慎重を要するのだと。
「通天教主は道行のことも知ってた。元始様もきっと姚天君のことはしってる」
ぼんやりと見えてきた光をたどって、少女は謎を引き寄せる。
同じ顔を持つ女を始祖は互いに妻とした。
「内部までいければ、もう少しここのことがわかるのかもしれない。構造が一緒なら
 管理室にさえたどり着けばボクでも解析できるだろうし」
おそらく、少女の頭脳を持ってすればそれも可能だろう。
しかし身重の彼女に余計な事はさせたくないというのが本音だ。
「待てよ。確かにそれは最短でなんとかすることができるだろうけど俺は賛成できないな。
 第一、太公望の動きが見えない」
実行者であるはずの親友は隠里から一歩も動いていない。
「じゃあ、どうしよう……」
「順序良く考えてみようぜ。聞仲とやりあう前にもう一人居ただろ?」
妲己、聞仲と並ぶ金鰲の大幹部。
「……趙公明……」
「元始様や道行のことも知ってんだ。よく考えりゃ聞仲は俺よりもずっと若いんだ。
 何かを調べたとしても限界はある。それよりも、もう少し話をつけやすい相手から
 攻めていったほうが徳かもしれないしな」
彼も何もせずに居たわけではない。
彼女の見えないところで静かに動いていたのだ。
「そうだよね。趙公明を味方につければ聞仲と話をするのも楽かもしれない」
さわさわと少女の頭を撫でて額と額を合わせる。
「俺だってちょっとは役に立つだろ?」
「ありがと。頼りにしてる」
少しだけ冷めた紅茶に口をつけて思考を纏める。
ここに来てから織り上げた羽衣を腕に絡ませて眺める窓の外。
「望ちゃん、逢いにきてくれないねぇ……」
外部からの接触は可能でも、こちらからはそれができない。
今までとの決定的な違いはそれだった。
夜光虫が時折迷い込む程度で、外の世界と隔離された空間。
「望ちゃんが逢いにいった太上老君って人も気になるし……」
神になど成れなくてもいい。
もう一度あの人に会いたいだけ。
「何かもかも一度に考えるな。それに、仲間はたくさん居るだろ?」
共に戦ってきた友とそして新たに出会えた人々。
「うん」
離れていても見つめるものは同じ。
「話が通じない相手でもないだろうし、聞仲の前に会っておいて損は無いだろ?」
頭の柔軟さでは聞仲よりも趙公明のほうがまだ分が在る。
仲間にすることができれば心強い。
「連れてって、道徳」
小さな手を取って、大地を蹴る。
まだまだするべきことは山積だから。




軍師不在の西周でも動きは止まらない。
「武王、俺と兄貴を南のほうへ行かせてください。南伯侯の方は警備が薄いので
 殷軍が来れば壊滅してしまいます」
モクタクの唐突な申し出に発は驚きを隠せない。
ついこの間まで太公望や普賢真人の後ろに居たような少年は、いまや周軍の中でも重要な位置に居る。
あの大戦は失うだけではなく、確実にそれぞれを成長させた。
ヨウゼンも天化も、そして――――太公望も。
「んじゃ、お前と兄貴に頼むわ」
「はい」
小柄な彼は、それを感じさせないような意志の強い瞳を持つ。
「なぁ、お前の師匠って普賢ちゃんだよな?」
「ええ」
「その……つらかったろ?こんな風になっちまって……」
大切な人を失う痛みは自分も知っている。
だからこそ、少しだけでも良いからその悲しみに浸る時間を作ってやりたいと思うのも事実。
「師匠は最後まで師表として戦いました。俺の誇りはあの人に師事できたことです」
決して口数が多いほうではない彼。
その男が『自分の誇り』だと称した少女。
「武王。この戦いは負けるわけには行きません。ここでしくじったら、俺……封神台で
 師匠に顔みせられねぇ……道徳師伯にも殴られまさぁ」
彼女の羽は彼に引き継がれ、世界を飛び回るための力となる。
共に見ることのできなかったこの世界の変わり方を見据えるために。
自分たちにできることをただするだけ。
それは少女が背中で彼に最後に伝えた教え。
「負けられない戦いって、あるもんでさぁ」
「そうだな……」
「でも、武王が羨ましいです。惚れた女に自分の背中見せられるから」
その言葉で彼が誰を思っていたかを初めて知る。
自分とはまた違う痛みを抱えても、目をそらさずに歩き出す。
「普賢ちゃんも……幸せだったんだろうな」
「ええ。最後まであの人と一緒でしたから」
まだ、二つの仙界の跡地に行くだけの勇気はないけれども。
彼女の意思を継いでこの世界を飛ぶことだけは決められた。
何時の日か、また彼女に会うことになったならば。
今度は少女に自分を誇ってもらえるように生きてみせようと誓った。
部屋を後にして回廊を歩く。
軍師不在であっても時間は止まることなく重なっていくのだ。
「モクタク!!」
「赤雲。どうした?」
天化と赤雲、モクタクの三人は崑崙きっての脱走歴。
三人の師で残ったのは公主ただ一人だけ。
「どこ行くの?」
「南のほう。手薄だから攻められたらすぐに落ちちまう」
「そう……天化もなんか忙しそうだし、モクタクも居なくなっちゃうし、寂しくなるなぁ」
彼女の思い人もまた、あの大戦で散っていった。
行き場の無い思いだけがこの胸の中で華となって降り積もるから悲しい。
「師匠の変わりに、俺が武王の即位を見てやろうかなって思ってさ」
「……ふぅん……」
寂しげな声に、少年は少女の隣に座る。
膝を抱えて赤雲はただぼんやりと前を見つめるだけ。
「慈航師伯、いっちゃん最初に聞仲に突っ込んでった。すっげー度あるよな」
「…………………」
「黄竜師伯も文殊師伯も……みんな全然後悔なんかしてねぇと思う」
男と女、けれども恋する気持ちは同じ。
「道徳師伯もくやしいけどもかっこよかったしな。あんなんだったら師匠も惚れるよなぁ」
それでも清々しいこの心。
初恋はいつだって叶わないから美しい。
「そっか……慈航さまらしい……」
「いつ、師匠にあっても良い様に。細かいことにうるせぇから、どやされねぇようにしねーと」
寂しさに負けないように、心の海に沈む宝石を抱いて。
この足で歩こう。
「赤雲、そんな顔ばっかしてっと慈航師伯に振られるぞ」
「そんなことないもん。あたし、慈航様のお嫁さんになるんだもんっ」
たとえ季節が進んでも、もうあの人は居ない。
「慈航様のこと、まだ好きだもん」
「それでいいんじゃねぇの?」
横顔に香る男の匂い。
少年は戦いを経て大人に変わる。
その微妙な位置に立って、ここから踏み出すのだ。
「晴れた日には封神台、こっから見えるし。慈航師伯もこっちみてっかもな」
「そうね……そうかもしれない」
「お前が笑ってねぇと公主も碧雲も心配するだろ。いつもみたいに大口開けて笑って、
 ぶっさいくな顔してればいーんだよ」
「不細工って何よ!!チビ!!」
飛んでくる拳を片手で受け止める。
「よかった。いつも赤雲になった」
「あ…………」
「じゃ、俺行くから。これ以上、誰も責めんなよ。師叔も、おまえ自身も。誰かを責めたって
 何も生まれねぇからさ」
昼前に見える白い月が、暗闇の中で黄金に変わるように。
心の中に閉じ込めた気持ちが暴れだす。
それを封じて飲み込んで、育て上げる。
この気持ちが何時か誰かを暖めることが在るかも知れないと信じて。




まだいたるところに巻き付けられた包帯の白。
眠る青年に気付かれないようにそっと画面を立ち上げる。
簡易では在るが、彼の研究室は作られそこから封神台の外部までの観察はできるようになっていた。
(損傷は無しか……内部反乱は起こしてないようだな)
金鰲と崑崙両方の仙道が混在する場所。
内側からの攻撃に対してはまだまだ未開の部分が多い。
(普賢の動きも無しか……こちらから連絡手段は無い……)
すい、と指先が伸びてボタンを押す。
「!!」
「こっちのほうが見やすいよ。起こしてくれればいいのに」
肩掛けをそっと彼女に当てて、細部拡大に切り替える。
「まだ内部解析まではできないけども、近いうちには何とかするよ」
「すまぬ…………」
「開発者としての責任もあるからね。それに……一人で背負うよりもずっと良いだろう?」
仙道のみならず人間をも閉じ込める魂の監獄。
薄明かりの中を手探りだけで進み行く。
「どうにかして普賢たちと連絡を取れるようにしようっても考えてるんだ」
自由になって初めて知る、誰かの優しさ。
零れる涙を止める術はあのときに友が抱いて散っていった。
泣きたいときに泣いてもいいよ、と。
「ね、僕だって君が泣ける場所になれるでしょう?」
まだ癒えない傷を抱えても。
一人ではないと思えるから、前に進める。
「今度……一緒に崑崙と金鰲の落下地点に行ってみよう。何か見つかるかもしれない」
今度こそ、この手を離さないように。
親友が教えてくれた大切なこと。
「だから今は……身体を治す事に専念して。あせっても世界は変わらないよ」
「そうじゃな……」
「空気が冷たくなってる。もう休んだほうがいい」





吹き消される灯りと、生まれる優しい闇。
宵闇小路は抜けることの出来ない迷路。
ただただ立ち尽くすだけ。
だからこそ、小さな灯りをともす。
その名は―――――――――希望。




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23:37 2006/01/21

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