◆メルト―Vampirish Nightlife―◆







「うわー、雨だぜ」
休暇を二人で揃えて買い物に出てみれば天気予報は大嘘を吐いて。
「やむまでもうちょっと買い物してようか」
「だな」
珍しく私服で出かければ、ジーンズが見せる脚線美と張り付くシャツがその胸を
きれいに形作ってしまう。
「なんで傘持ってこねぇんだよ」
いつも結んだ髪も今日は下ろしたまま。
「んー。天気予報は晴れだったんだけどね」
小柄な体に赤い髪。どこにいても見つけられる目印。
「この間、戦部と出かけたときは雨降んなかったんだよな……」
雨も憂いも彼女には必要ない。
店内を流れるピアノの乱打に耳を傾ける。
(何でなんも気付かねぇんだよ……)
無意識に指先が前髪に触れる。
どうしたの?と聞かれたくて夕べ自分で少しだけハサミを入れた。
むくれ顔に防人は少しだけ首をかしげてから、はたと瞬く。
「前髪切った?」
「んー……」
普段使わないピンで邪魔にならないように押さえて。
(今日の俺は少しくらい可愛いだろ……気付けよ……)
手がさわさわと前髪を撫でて一撮み。
「世界一可愛い。うん!!」
「ん」
「ね、そんな可愛い火渡にプレゼントあげたいからあっち行こうよ」
触れた右手がいやに熱くて胸が苦しくなる。
長身の彼女といれば否応なしに己の低身長を知らされて。
それでも何かと同じ位置に視線を合わせてくれるのは自分だけの特権だと思いたい。
(やっと二人一緒の休みなんだぜ……)
シルバースキンをロングコートに変えて隣を歩く姿。
「防人」
二人一緒の任務はあの日以来少なくなってしまった。
照星部隊は事実上の解散をし、坂口照星は急逝した犬飼の変わりに大戦士長へと昇格した。
それに伴って防人衛、火渡赤馬も戦士長としても承認を受ける。
錬金戦団最高位の攻撃力を誇る火渡赤馬。
全ての核鉄で最高位の防御力をもつ防人衛。
実績も資質も十分との判断の元に二人は同じ任務にはつかなくなった。
「お腹空いた?」
「あー、うん」
「何か食べよっか」
言いたい言葉は喉まで出かけて、どうしてか言えなくて苦しいのに。
息が詰まりそうなこの感情を伝えたい。
「再殺っていつも危ない案件ばっかりだよね」
コートの上からでもわかる体の線に見蕩れるのは彼女だけではない。
歩けば男が振り返るのを少しだけ誇らしげに思って、この女は自分のものだと小さく呟く。
(スカートとか履いたほうが良いのか……?でも、あんなスカスカするもん……)
精一杯がこの髪飾り。
少しだけ俯いてしまうのは赤い顔を見せたくないから。
「どうしたの?機嫌悪い?」
「悪くねぇよ……」
「だって、私の目を見てくれない」
不意に重なった視線にそらすこともできなくて泣きそうになる。
「火渡!?」
「こっち見んな!!」
駆け出して人ごみにまぎれてしまう。
その背中を追いかけて手を伸ばしてもわずかのところで離れてしまって。
(今日の火渡はなんか可愛いなあ……でも、どうして怒っちゃったんだろ……)
走りぬけようとした店先に並ぶ人形たち。
ふと目に留まりその中の何個かを選ぶ。
ラッピングは真っ赤なリボン。鞄に詰め込んで走り出す。
目印は一人ぼっちの赤い髪、見失うことのないその姿。
(どこ行っちゃったかな……暴れると被害甚大になっちゃうし……)
唯でさえ直属の上司、坂口照星は自分たち二人の関係を快く思わない。
やっとの思いでもぎ取った休暇に問題でも起こせばこの先同じ日は取れないことは必然だ。
(あ、携帯!!)
慌ててボタンを押して、聞こえるコール音に呼吸を整える。
(お願いだから出て……)
何回か無機質な音を繋いで聞こえた声。
「火渡っ!!」
「おかけになった電話番号は……」
「動かないでそこにいて!!絶対にどこにも行かないで!!」








土砂降りに近い雨の中、火渡はアーケードを抜けてベンチに座り込んでいた。
投げ出した足と膝に掛けたジャケット。
解けた靴紐も結ぶのは面倒だとそのままにした。
「火渡」
ぐっしょりと濡れた黒髪と、安堵感に満ちた笑み。
「よかったぁ……何にも壊してない!?誰か殴ってない!?」
「ねぇよ」
目も合わせられないような恋を覚えた。
自分以外の誰かに彼女が触れるのが嫌だと思えるほどに。
「ぐっしょりしてやんの」
「誰を探したと思ってんだか。コートなんて無駄以外の何でもないよ」
少しずれた髪留めを直す指先。
「ね、これ見て」
小さな袋をそっと手渡す。
包みをがさがさと開ければそこには小さな人形の姿。
真っ赤な毛糸の髪はトップで結ばれて、少しだけ勝気な瞳はビーズで作られた。
「火渡に見えたからお持ち帰り〜♪あとねこれも」
もうひとつを開ければ黒髪の人形。
「こっちは私」
「俺と、防人?」
「そう。私と火渡」
跪いて視線を合わせる。
頬に触れる右手に心臓が止まりそうで苦しい。
視線をそらすことしかできないこの気持ち。
「火渡?」
ぎゅっと抱きついて胸に顔を埋める。
泣きそうな顔を見せたくなくてそうしてしまうことしかできなくて。
小さな体を受け止めて何度も何度も抱きしめた。
その胸に隠した思いはどちらが深いかなんて比べようもないほど。
「どこも行かないよ、大丈夫」
「………………」
「お揃いの髪留め、私も買おうかなぁ。あ、でも私じゃ可愛くないか」
「んー」
伸びた手が髪留めを目の前に翳す。
二つセットだったそれをひとつ手渡せば、黒髪に止まる花が一輪。
「ありがと、火渡」
石畳にこぼれた涙を雨が隠してくれる。
あの日から彼女は少しだけ臆病になった。
感情を煙草の煙に隠して空を睨む真っ赤な瞳。
安らげるのはその胸の中。甘えたいならここまでおいでと彼女は手を広げる。
柔らかな乳房と心音がくれる安定を手放すことができない。
「泣かないで……ううん、泣いても良いよ」
「どっちなんだよ」
「火渡が好きだから」
土砂降りは霧雨に変わってやさしく降り注ぐ。
君の涙を隠してくれるのならば濡れる事くらい厭わない。
愛しくて夜も眠れないのに、離れ離れ。
「……衛……」
胸元を掴む指先に、自分のそれを重ねる。
「本当だよ。私は火渡を残して死んだりしない」
ようやく重ねた視線に、防人が笑う。
本当は手を繋いで歩きたい。そうやって一緒に過ごしたいのに。
「Hard to say I MISS YOU」
「あ?」
「流れてるの。邦題が『素直になれなくて』って言うんだって。照星さんが言ってた」
まるで自分の心をそのまま写し取ったようなタイトルに出るのは苦笑い。
「残り時間もたくさん、遊ぼう」
「おう」
隣にいる君が笑う。
恋をすることがこんなに幸せで苦しいことだとは思わなかった。
力は得たはずなのに、彼女のまえでは弱くなってしまう。
胸に感じる小さな痛み。
どうか気づかれません様に。飲み込んで隣に並ぶのが精一杯。
「あ、プリクラ撮ろ!!火渡と一緒の久々!!」
何枚か撮り終えて最後の一枚。
どうしようかと悩む間に時間は迫ってくる。
「赤馬」
「え……?」
不意に重なる唇。
頬に、耳に、愛しいと触れてその一枚一枚が写し出されて行く。
少し照れくさそうに眉を寄せる赤髪の女と、幸せいっぱいの黒髪の女。
「携帯の電池に貼ろっと」
「あ、俺も」
「待ちうけにもできんだよね。私がもらって火渡に送ればいい?」
少しだけ短い前髪、お揃いの髪飾り。
今日の彼女は誰よりも可愛らしくて綺麗だ。
「雨止まないね」
「遅く帰る口実になんじゃん」
「これも買ってきた」
最後の一袋を開ければ黄色の毛糸が見え隠れ。
「照星さんじゃんか」
「そ。煮るなり焼くなり」
「五寸釘決定」
自分が男だったらと互いに思っても、どうにもならないことばかり。
だからせめて一緒に居られるときくらいは素直になりたいのに。
「好き」の一言がいつも言えない。
目が覚めて隣で眠る彼女を一番最初に見つめれる日は幸せで。
隣にいない日は一番最初に考えるのはやっぱり彼女のこと。
恋に恋なんてしないと思っていたのに、止められない。
「戦部あたりに車出させっか」
「良いよ。それだったら傘買っていったほうがいい」
「何で?」
ちゅ、と額に触れる唇に瞳を閉じる。
「火渡と半分こにしたいんだもん」
「しょーがねぇから入ってやるよ」
手を伸ばせば届く距離、この気持ちはどこまで伝わるだろう。
傘を持つ彼女の変わりに荷物を持って。
右手と左手を繋いで歩きたい。
「さ……防人」
「?」
おずおずと触れる手が震えた。
きゅ、と握れば指を絡ませてくれる。
暖かさに感じる至福感。
少しでも離れなくて良いように、手を繋いで歩こう。
「衛で良いよ、赤馬」
少しだけ短くなった前髪がくすぐったい。
「衛」
「何?」
「あー……少し屈め……」
くい、と人差し指を折って。
「………………」
耳元で囁いて頬に小さなキスを一つ。
「やーだーなー!!戦団帰らないでホテル行きたくなっちゃう!!」
「バカヤロ……」
煙草に火を点けて銜える。
「口寂しいならいくらでも塞いであげるから」
耳元で囁いたのは小さな言葉。
「今日はいつもよりも可愛いでしょう?」と。
それが同性であれ二人久々のデートならと、どちらともなく気合は入るもの。
「お前だって吸うだろ」
「本数少ないけどね、誰かさんより」
世界で一番小さな空間で幸せを分け合えるならば。
溶けてしまいそうなこの心は紛れも無く恋。
「落ち着かねぇ……」
照れ隠しに前髪を弄る指も、今日はいつもよりもずっと甘い。
視線は下にずらしながら少しだけ赤くなった頬が伝えてくれるその思いを。
このまま時間を止めてしまえればいい。
でも、もしも止めてしまったら嬉くてどうにかなってしまいそう。
「んー?」
「こっち見んな、馬鹿!!」
「チーズケーキ、買ってきたんだけど」
「……食う……」
雨はもうすぐ雪に変わるだろう。
きっと色は白ではなくて彼女のピンと同じ薄紅。







「休日は楽しめたのか?」
頭の後ろで手を組んで、火渡はてくてくと廊下を歩く。
隣を歩く男は精悍な体躯に十文字の槍を手にする。
「んー、それなりに。雨降ってきてさ」
「ああ、だからキャプテンブラボーはくしゃみを連発してたんだな」
「マジで!?なんであいつあんなに脆いんだよ!!」
一歩前に踏み出した勢いで落下する携帯電話。
拾い上げて手渡す。
「あ、この間防人といろいろ撮ったんだ。戦部、お前とも撮るぜ」
「断りたいもんだな」
「あ、そーいうこというか?あぁん?」
ずい、と突きつけられた画面には全開の笑顔の二人。
ボタンを押せば次々に変わる画面。
その中の一枚で手が止まる。
「おい、あんた仮にも戦士長なんだろ」
「仮も何も戦士長だぜ?」
「少し自重しろ」
綺麗にフレーム加工されたキスシーンは、女同士ということが分からなければまるで
一枚の絵のような美しささえ醸し出す。
「いーじゃん。ハメ撮りじゃねーし」
「あんた普段どんな生活してんだ……」
「ホムンクスルスは食ってねぇよ。ハメ撮りは大戦士長様の素敵な性癖さ」
「…………………」
「嫌だったらほかの女でも男でも捕まえろよ、戦部」
「あんたは俺の上司だからな。逆らえねぇ」
「言ってろ、バーカ」
性悪な女ほど転じて可愛げが見え隠れ。
かつん、と落ちるピンを戦部が拾い上げた。
「あんたのか、これ」
「あ、返せよ」
「随分と可愛いもんを……似合わんぞ」
その言葉にあからさまに不機嫌になる表情。
ともすれば発火して火炎同化もしそうな勢いだ。
「返せっつってんだろ!!馬鹿!!」
奪おうとしても身長ではかなわない。
「あ!!」
手を離れて落ちたそれは、花弁が一枚欠けてしまう。
拾い上げて空かさず男の鳩尾にパンチを数発入れ込んだ。
渾身の力のそれは下手すれば命を失いかねない威力。
(な……何なんだあのピンは……)
ばたばたと駆け出して消えていく背中とうずくまる男。
程なくして現れたのはシルバースキンの長身の女。
「戦部、昼寝するなら廊下だと邪魔なんだけど」
「あんた……この状況で俺が昼寝してるように見えるのか……」
「冗談よ」
視線を移せば帽子に留まる見覚えのあるピン。
その瞬間に血の気が引いていくのをはっきりと感じた。
浮かぶ汗と動悸は死へのカウントダウン。
「キャ……キャプテンブラボー……そのピンは……」
「あ、これ?火渡とおそろいなんだ。この間のデートでもらったの。思い出しても
 かわいいなぁ……ね、火渡は?」
その言葉に今しがた起きた不慮の事故を告白する。
困ったように笑って女はしゃがみ込んだ。
「気にしても仕方ないでしょう、それって。私が埋め合わせすればいいだけだし。
 ま、二三日はあれかもしれないけどドMだからいじめらんのは好きでしょ?」
「あんたもうちの戦士長レベルだな」
「照星部隊は隊長がそうだったからね。火渡よりもMなのってあんたと根来とお坊ちゃん
 くらい?ふふふ」
「食えねぇ女だ」
「あんたは私と火渡に食われる側だからね。食えるはずがない」
ひらひらと手を振って消えていく姿。
ポケットの中にしまいこんだ小さな袋。
「火渡、入るよー」
「入んな!!」
飛んでくる枕を華麗によけて、ベッドに座り込む。
毛布に包まって不貞寝した赤い髪が覗いてここだと呼ぶ。
「そんなに拗ねない。不慮の事故」
「だって!!」
シルバースキンに止まる小さな花。
グローブをはずしてそっと髪を撫でる。
何度も何度も子供をあやすように。
「火渡」
ぐずる彼女を抱き起こして、ぽふんと帽子を被せる。
チェーンに通された小さな指輪を首に掛けて。
「これなら無くさないし、壊さないでしょ」
「………………」
「私もおそろい。この間、ピンもらったから通販で買っちゃった」
この不条理な世界で不条理な恋に落ちた。
わかっていても止められない思い。
「火渡?」
ぎゅっと抱きついてくる体を同じように抱きしめる。
理に適わない恋だといわれても彼女の炎はそれさえ焼き尽くしてしまう。
豪華絢爛、恋の業火。
「もー、しょうがないなぁ」
指先が詰襟のホックをはずして、噛み付くように重なる唇。
入り込む舌先に同じように絡ませて飛び切り甘くて扇情的なキス。
「戦部、廊下で死んでたよ」
「いーんだよ」
「ん……機嫌直して。不機嫌でも可愛いけども、もっと可愛い顔が好きだな」
歯の浮くような台詞をさらりと言ってのけるから。
「……恥ずかしいやつ……」
「女の子には甘い言葉。照星さんには負けないよ」
悪戯気に閉じられる片目。
「……っくしゅ!!」
「風邪引いたんだろ。何でお前そんなに脆いんだよ!!」
「うー……寝込んだら火渡に看病してもらうからいい……」
「変態が座薬打ちに来るぜ?」
「火渡になら打たれても……ううん、やっぱ火渡には打ちたい」
「防人、一回病院で診てもらえ」
「火渡が診てくれれればいい。だって私のは――――恋の病だから」
掴んだ手を自分の胸に導く。
「ね?」
「言ってろ、バーカ」





遠くでくしゃみがまた一つ。
金の髪の男と銀色の防護服の女のタイムラグ。





0:35 2008/11/30

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