◆SILVER&SCARLET◆






(ちょうど夏休み中だし、俺も休暇願いだして……そしたら大丈夫だな)
夏の暑い日に生まれた彼女のために、たまにはとっておきの一日をプレゼントしたい。
赤と金が似合うのはわかっていてもそれ以外の色を何か見つけられればいいのに、と。
濃くなった緑は夏の空に映えて青に溶ける白い雲。
午後の授業の喧騒も落ち着いた夏季休暇といっても、お互いに自由な時間は少ない。
(しかし……本当に暑いな……)
額の汗を拳で拭って、煙草に火を点ける。
補習授業が終われば少しは時間もできるはずだとそのれを待つ。
戦いの少なくなった日常はどこかこそばゆいと言う後ろ姿。
後れ毛の柔らかさとからりとした熱は彼女を表すには十分なものだった。






「火渡先生ッ!!」
「あん?」
暑くて敵わないとシャツの胸元を一つ多く開けて。
無造作に結ばれた髪は鮮やかすぎる赤。
「ここわかんないっす!!」
「おめーらちゃんと聞いてんのか?あ?」
口こそ悪いが授業内容の分かりやすい火渡のそれは生徒には好評だった。
うっかりとスチール缶を素手で簡単にスクラップにした現場を見られてからはからかう男子生徒も激減した。
通勤に使うバイクはその小柄な身体には似合わない排気量。
所謂不良と呼ばれる少年たちも彼女には従順になった。
「課題はこっからここまでをもう一回読み直す。無理だったら休み明けに補習組だな」
補習も今日が最終日。残務は持ち帰り今度は戦団のほうの任務が待っている。
(冷たいパスタでも作るかな……暑いと食欲も失せる……)
問題は一人分作るか二人分作るか。
そう考えていたせいか寄宿舎の管理人室の前に立っていた。
「防人」
「おー。補習終わったのか?」
「ああ。んでさ、お前さ……晩飯食いに来るか?」
もう少し色気のある誘い方ができればと考えても仕方のないことで。
「おお!!冷たいパスタとか食いたいな!!」
「んじゃ、作って待ってっから」
「……………………」
まだこの感覚に慣れない自分がここに居る。
「一緒に買い物行かないか?明日は土曜日だし」
「……ん……」
金曜の夜はいつもよりも時間が短く感じてしまう。
それはきっと彼と一緒に過ごす時にだけ感じるもの。
離れていれば時間などあり余るように思えて、隣にいれば一秒が悲しいほどに早い。
「疲れた顔してるな。悪ガキに何か言われたか?」
「三馬鹿と剛太は程よくやってるみたいだぜ」
眩暈を覚えるのはきっとこの殺人的な暑さのせい。
蝉の声があの日を思い出させるように泣くせい。
「火渡?」
消えることのない過去と傷をどこまで抱いて過ごせばいいのだろうか?
苦しむだけの未来などいらないと願いって手にしたすべてを焼き尽くす力のはずなのに。
「……悪ぃ……立ち眩みした……」
「顔色悪いぞ。少し休んでいけ」
「……いい……」
ぱしん、と払いのけようとする手にも力は入らない。
彼女の意識が消えるのを彼が彼女を抱きとめるのはほぼ同時だった。





「ブラボー、火渡大丈夫?」
コンビニ袋を手にしたカズキが管理人室を覗きこむ。
「ああ。夏だからな、ちょっと無理すると倒れるのは仕方ないだろう」
「入って良い?」
「ああ」
かたかたと小さな音を立てる古い扇風機。
顔色の悪い女は静かに寝息を立てていた。
「意外だ。火渡が倒れるなんて。確かに顔色悪かったけども」
かつて対峙したことのある彼女は不遜な笑みを浮かべ闘争本能の塊のように見えた。
そして今、こうして目の前に横たわるのは細身の素体の彼女。
「暑いのとか雨の日とかは苦手なんだ。俺もこいつも」
古傷が痛む夜は呼吸すら満足にできなくなる。
肺に直接しみこむようなあの怨恨を振り払うように煙草に手を伸ばした夜。
「雨病みってやつ?」
「そんなもんだ」
「火渡も人間なんだね。そういえばブラボーも火渡も核鉄まだ持ってるんだよね?」
戦士長二人はまだ残るホムンクルス殲滅のために今だ任を解かれることはない。
最後のシリアルナンバーを飾る彼は何よりも強硬な白銀のメタルジャケットを生成した。
「照星さんも含めてまだ持ってるほうが多いんじゃないか?ま、未成年は持ってないほうがいいだろ」
体の一部になりつつある核鉄はおそらく自分たちを縛り付けるためのものにすぎないのだろう。
理想だけで恋は維持などできないように。
十代のころはがむしゃらに走れたことも今になれば少しだけ恐怖を覚える。
大人になるということは臆病になることも含まれていた。
「カズキは火渡のことがまだ嫌いか?」
その絶対なる強さは全てを燃やし、不条理の一言で片づけてしまう。
己をも燃やしつくしてしてまえればと思うほどに。
「だって、ブラボーの事……」
もしも自分の恋人と戦うことになったならば。
きっと彼女のような行動には移れないだろうと少年は呟く。
「ほんの一瞬だけ目があったんだ」
「…………………」
「俺がシルバースキンを解除する少し前だな」
不意に伸ばした手が彼女の頬に触れる。
「だからリミッター解除で来たんだろう。俺以外を本気で殺しにかかった」
ヴィクターの殲滅という命令を彼女は忠実に遂行しようとした。
そこに恋心を抱くことはできないと加えて。
「悪い女じゃないぞ。斗貴子とは全く別だけどな」






伝えられない言葉が多すぎて泣きそうになるような空の色。
見上げた天井は無機質な白ではなく味気のない古びたものだった。
「……あ……」
「目、覚めたか?」
「最悪な寝ざめだぜ」
遠くで聞こえる蝉声が神経が割れそうな空間を演出してくれる。
雨の匂いのする熱い日は好きにはなれない。
「泊って行ったらどうだ?どうせ明日は土曜だ」
ぼんやりとした柔らかい闇の向こうで彼の声がする。
それはもしかしたら彼の声だけであって彼はそこには居ないのかもしれない。
「防人?」
手を伸ばしても届かないのはどうしてだろう?
八月の長い夜はやけに苦しい。
幼き瞳に映ったあの日の月は今日も同じ光であることは確かなのに。
「……ん……帰る……」
顔が見える位置まで近付いて、ようやく本物の彼だと信じられる。
少しだけ早くなる呼吸と下がる気圧。
「まだ顔色悪いぞ。帰り道に何かあったら……」
「大丈夫だって」
「周りの被害が甚大になる」
「……そっちかよ……っ……」
微かに震える手が煙草に伸びればそれを制する手が重なる。
「少し減らしたほうがいい。最近増えただろ?」
本数を確かめられるほど過ごす時間が重なることはない。
それを彼が知っていることに小さな驚きを感じた。
「キスの味が変わった。どっか悪いか吸い過ぎかどっちかだ」
小さな変化を逃さないのは思いの深さと同じ。
「火渡?」
「ん……ちょっと眩暈しただけだから……」
頭の中で繰り返される不愉快な音色と熱い夜。
ぎりぎりと奥歯を噛んでも砕けることのない悪夢。
汗ばんだ肌と湿度があの日を再現してくれる。
「よし、泊ってけ!!」
「俺の話を聞け!!」
「布団もあるし!!なくても別に問題ないし!!」
こんな夜は隣にいてほしいと願ってしまう。
甘えるには随分と年を取り過ぎてしまった。
「ブラボー、どうしたの大きな声出して」
「キャプテンブラボー?」
「戦士長?」
二人の声にカズキと斗貴子、そしてそのふたりにくっついていたまひろが顔をのぞかせた。
「火渡先生だぁ〜〜!!」
「おう!!泊ってくってよ。飯食ったら女風呂連行してくれ。着替えたら俺らも食堂行くから」
手を振れば首が取れそうな勢いでうなずく少女に火渡がこれでもかというほどの深いため息を吐いた。
武藤まひろは人懐こいの向こう側の領域を持つ。
「俺のジャージじゃでかいもんな……」
そして時折、防人衛も人の話を聞かないことに関してはその領域に達する事もある。
「……お前のシャツでいいよ。あとはハーパン……バッグに入ってっから……」
この場合はあきらめたほうが害がないことを火渡は理解していた。
その行動に助けられたことも多いのだから。
「ほら」
手渡された黒い半そでのシャツを着込む。
「…………………」
途中で手を止めて。
「どうした?」
「ん……お前の匂いがするなって……」
伝えられなくて一人で泣きそうになる夜はあの日から始まった。
何時この手が無くなってしまうかもしれないという不安を繰り返す。
「……そんな匂いするか?」
「そうじゃねぇよ、馬鹿」
着替えれば自然に手を取られて誘導される。
絡ませた指先がほんのり熱いのも夏のせいだと言い訳して。
「あ、ブラボーと火渡」
並んで席に着けば視線が集中する。
「これ食っていいの?」
「ああ」
珍しく解かれた赤い髪が彼女の頬に僅かに影を落として。
伏目がちな表情が十代の少女にはない艶めかしさを生みだしていた。
「……………………」
細身の体を包むような大きめの男もののシャツ。
持ち主は語る必要などないと隣に並ぶ。
今まで意識しなかった色香に気がつけば声などでなくなってしまって。
「ほれ」
だし巻き卵を摘まんで隣の男に差し出せば、ぱくんと飲み込む姿。
「鰻巻き卵食いたいな。あと百合根団子。冬瓜の葛あんかけとか」
もしゃもしゃと咀嚼して、視線を移せばもうひとつを放り込まれる。
「季節感まったくねぇな」
「下手なとこ行くよりも火渡の飯食ったほうがうまいからな」
周りなどないかのような日常会話。
素体が見えない二人はこんな雰囲気でいつも過ごしているのだろう。
それは強い戦士でも、癖のある教師でもなく普通の恋人同士の姿。
「鰻巻きは弁当。今の季節なら冬瓜のガスパチョあたりがうまいかな」
「んじゃ次の任務時は弁当作ってくれ」
時折、防人が昼時に口にする弁当は彼女の手作りだった。
「ひ……火渡先生ってああいうキャラなのか?カズキ」
岡倉の言葉にカズキは端を止めることなく首を傾げた。
「んー、俺らが見てるのはツンデレのツンだけだってブラボーが言ってた」
並べばその小柄さが強調されるような男の隣。
長めの睫毛と屈託なく笑う顔などこんな時でもなければ拝めないだろう。
「火渡先生!!俺も先生のご飯が食べてみたいですっ!!」
挙手した岡倉にゆで卵が急襲する。
「却下だぞ岡倉ー。人のモンに手ぇつけるなって小学校で習わなかったか?」
賑やかな食卓には慣れてないと困った顔。
「ちゃんと食わないとまた倒れるぞ」
「ん…………」
「先生倒れたんですか!!俺が看病を……ふごっ!!」
飛んでくるソースがクリティカルヒットを決める。
「岡倉もうやめとけ。ブラボー、本気で切れるから」
「戦士長を怒らせても良いことなんかないぞ。気をつけろ、誰にでもエロスを振りまくんじゃない」





「先生、こっちこっち!!」
「ひっぱんなって言ってんだろッ!!」
滅多に来ない相手がいれば引き込みたいのが武藤まひろという少女だった。
「あはは。まひろ相手じゃ火渡も火は吹けないもんね」
ばたばたと廊下を引き摺られていく姿は物珍しいを通り越してどこか可笑しくもあり。
「触んなっつってんだろ!!」
「わーい、先生すべすべで気持ちいい〜〜〜♪」
脱衣所でもそれは変わることなく続き。
「斗貴子しゃんもすべすべだけど火渡先生もすべすべにゃ〜ん♪」
「ゴラ!!津村何とかしろ!!」
「無理です、戦士長……」
くびれた腰に抱きつく少女を振りほどこうとしても敵わない。
一般人相手に能力を開放したりするほど彼女も子供ではないのだ。
「戦士長、傷が……」
戦団を離れても長年体に染みついた行動はそう簡単には取れない。
しなやかな体に走る傷跡はその細さにはそぐわないものばかり。
再殺部隊は通常任務よりも危険なものがほとんどだ。
ましてや戦士長の立場と強さを持つ彼女に充てられる任務の危険度は自分たちの比ではなかった。
「仕方ねぇだろ、こーいうのは。防人だってあちこちあんだから」
湯で温まりほてった肌に浮かび上がる古傷は彼女の戦歴を静かに物語る。
バレッタからこぼれたおくれ毛がうなじにかかり柔らかな色気を醸し出す。
「まだ、戦士長の任は解かれてないんですよね?」
「だな。戦力的には俺と防人がいれば何とかなるだろうし。ゴミ片付けは照星サンがバロンで
 やってくれるし。だから午後は授業もってねぇんだ。何時呼ばれっかわかんねぇし」
湯船から上がれば湯気の中に浮かぶ肢体の美しさ。
柔らかさよりも精悍さの強い筋肉質の身体つき。
「火渡先生、良い匂い。何の匂い?」
「バーチミントだ。管理人室から拝借したぜ」
「へぇ……ブラボーのだぁね」
「ああ。良いんだよ、あいつのものは俺のものだ。俺のものは俺のもの」
「ふにゃ〜……ひゃあ!!先生おっぱい大きい!!柔らか〜い!!」
「触んな!!掴むな!!揉むなァアアアアッッ!!」





女湯から聞こえてくる叫び声に耳をふさぎたいと思うものは誰もいない。
「キャプテンブラボー!!火渡先生っておっぱい大きいんですか!?」
「Eカップだ。鍛えてるから適度な柔らかさでブラボーだぞ!!」
「斗貴子さんはおっぱいは小さいけど柔らかいよ」
「何こいつら!!ブラボーはともかくなんでお前まで大人の階段ダッシュしてんだよ!!」
彼女と同じようにほてった肌に浮かぶ傷跡たち。
均整のとれた体は同性が見ても惚れ惚れするものだ。
「キャプテンブラボーも、傷すごいですね」
しげしげと見つめる剛太の視線は羨望混じり。
「俺もそんな風に戦ってみたかったなぁ」
「相手が悪すぎたな」
その一言に思わず頷く。
初めて目にした火渡赤馬という存在は恐怖という言葉など軽く超越していたからだ。
呼吸一つで相手にプレッシャーを与えることのできる強さ。
「ええ……生きた心地しなかったですね……これなんか新しいですね。最近何かあったんですか?」
肩口と背中に浮かぶ細い傷。
「ああ、それは火渡につけられたやつだな。こことかも噛まれたり吸われたり」
「いいなぁ、斗貴子さんはそんなことしてくれないよ」
「お前が吸ったり噛んだりしてるんだろ。良いな、若いってのは」
「大人のエロスにまざれねぇ!!」
戦士という立場を離れてみれば彼は少し年上の気のいい兄のような存在だ。
笑い話や猥談も含めて頼りになる存在。
同じように彼女も戦士として出会わなかったならば恋心をいただくようになったのだだろうか?
(無い無い。朝起きて隣に寝てたら心臓停止するっての……)
初恋はこの泡のように消えてしまうからこそ美しい。
(確かにちょっと綺麗かもしんないし、ちょっとエロい身体してるかもしれないけどさ……)
恐らく、彼と彼女は一対なのだろう。
その能力、戦術、性格、性別。
(半端って嫌だな……もっと強くなろう……俺も戦士なんだから!!)
『いつか』はいつまでたっても来ないから『いつか』で終わってしまう。
恋は一度だけじゃないのだから。
「ちくしょー!!エロスも身体もアンダードッグかよ!!」
「岡倉、俺たちもきっと大人になればブラボーみたいになるよ」
呑気者はどこに行っても呑気者で。ここに慣れるのはきっと普通ということを当たり前にするとき。
「はっはっは!!俺は高校くらいからこんな大きさだったぞ!!」
「な、なんだってーーーー!!」







抱えた花火の量は人数分よりも随分と多い。
それでもそんなに気にならないのは賑やかすぎるからだろう。
「ライターで火ぃ点けんの?」
「発火できるのはお前くらいだ。能力は少し自重しろ」
しゃがみこんで火を点けてはしゃぐ姿を見て。
「俺ちょっと煙草吸ってくる」
ふらり、と消えていく姿を追いかけてしまう。
「お前も吸うの?」
「いや……一緒に居たいから来ただけだ」
シガレットケースを取り上げて上から覗き込む。
ぽかんとした赤い瞳の視線が自分に重なったところで笑った。
「……え……」
ゆっくり近付く唇に、奪われた動き。
制止した時間と切り取られた空間は彼の腕の中。
「子供に構うのはまだ先でいいだろ?俺はお前に構いたいし、構ってもらいたい」
夏の夜は一人で過ごすには苦しいから。
「もっとお前に俺のこと見ててほしいって思う」
「……離せよ。苦しいから」
「嫌だ」
押し返そうとしても力では勝てないことなどわかっている。
額に唇が触れて。
「ガキども居んだろ……それに……」
強く抱かれて胸に顔を埋めて。
「別にどこにも行きゃしねぇよ……ほかに行くとこなんかねぇんだから……」
この腕に納まるほど彼女は小さい。
焼夷弾の上に胡坐を掻いて業火を操る姿など想像できないほどに。
「だから……」
「お前からキスしてくれたら離すぞ」
「……………………」
爪先で立っても少し足りない身長に舌打ちすれば、今度は彼が少し屈んでくれて。
ちゅ…と音を立てて重なった唇がやけに熱い。
「……ん……っ……」
抱きすくめられて入り込んでくる舌先と混ざり合う呼吸。
鬱陶しいような蝉の声も喧騒もどこかに消えてしまう空間。
「……っは……」
「流石に続きは駄目か」
「あったりめぇだ!!殺すぞ!!」
怒った顔もまるで猫のようでいとしいと思えるように。
この日常に慣れるにはまだお互いに時間は必要だった。





「なんで布団が一個なのか理由聞かせろやゴラ」
胸倉を掴んで、顔が近付く。
「二つ敷く理由が思いつかないんだが」
確かにマンションのベッドも二人で十分な大きさのを購入はした。
ソファも二人で座れるように、食器も十分な量だ。
「お前んとこのベッドよりは粗末だけどな」
「わかってんだったら……」
「その分もっとくついてられるかなー、とは思うんだ」
呆れて座り込めば後ろから抱き締められて。
耳やうなじに降る唇が熱いと身体を捩る。
「……ちょ……やめろって……」
シャツの中に入り込んでくる大きな手。
身体の線を確かめるようにしてまさぐる指先。
「お前がでかい声出さなきゃ大丈夫な話だ。カズキたちみたいにな」
「……あんのガキども……嫌な前例作りやがって……ッ……」
首筋に唇が触れる。
「ん……待て…って……」
舌先が耳の裏を舐めあげれば抵抗する声が少し高くなる。
「……ァ、ん……」
ぱちん、と外されたブラジャーがたわわな乳房を開放する。
やんわりと揉み抱けば身体を預けてくれるようになってどれくらい過ぎただろう。
「……ドア……」
繰り返すキスの合間に言葉は生まれて。
「鍵は掛けてあるから心配するな」
ハーフパンツの中に張り込む手を止めようとしても力が入らない。
下着の上からじらしながらなぞる指先。
「……んぅ……」
ぴちゃ…と音を立てながら噛みつくようなキスを繰り返す。
立てられた膝が震えて、言葉よりも確かに感情を伝えた。
じんわりと濡れだす布地。
「脱いだほうがいいか?」
「お前も脱げよ」
「脱がせてくれよ」
互いの服を落としていけば見慣れたはずの身体なのに。
どうしてか視線が合わせられなくて目を逸らしてしまう。
「どうした?」
「……別に……」
少し拗ねたような表情は、火を点けるには十分で。
手首を掴まれてぐ、と抱き寄せられる。
「畳の上は嫌だ」
「んじゃ布団だな」
絡まるようにして倒れこめば胸板の上に柔らかな乳房が重なる。
少し身体を起こして向い合せに見つめあって。
「んじゃ改めましてだな」
「馬鹿」
「俺から」
「は?」
そのまま押し倒されて指先が乳房を抱く。
「や……!!……」
舌先が乳首を舐めあげてそのまま唇が包み込む。
甘噛するたびに上がる嬌声。
「…ァん!!……や…っだ……」
濡れた乳首をきゅん、と摘ままれて肩が竦んだ。
左右をじっくりと嬲られて柔らかな個所に噛み痕が残される。
「柔らかいし大きさだってブラボーだ。こういうのを悪魔のデザインっていうんだろうな」
「……言ってろ馬鹿……」
ちゅ、と窪んだ臍に唇が触れた。
そのままぬらぬらと舌先がゆっくりと下がっていく。
「!!」
濡れだした膣口に唇が触れる。
入り込んでくる舌先がまるで別の生き物のように思えて身体の自由が消えていく。
舌全体を使って舐めあげられるたびに唇を噛む。
「……声殺して何か意味でもあるのか?」
無骨な指が内側を押し上げるたびにぐちゅぐちゅと濡れた音が耳に響く。
襞をなぞるようにして蠢く指はこんなに簡単に自分の自由を奪ってしまうのだ。
「いつも聞かせてくれるのに?」
「……っは……って……誰がくっか……ッ!!……」
根元まで目一杯のみこませた指に絡まってくる肉襞。
ひくつく内部が愛液を指に絡ませて動きを潤滑にさせてしまう。
関節が内側に当たるたびに生まれる疼きを殺すようにぎり、と唇を噛んだ。
「ふーん……誰も来ないと思うけどな……」
きつく閉じた瞳。目尻に浮かんだ涙を舐め取る唇。
「あ、んっ……!!……」
ごつごつとした指が動くたびに、もっと、と腰が揺れる。
「……?……」
ぬる…と引き抜かれた指に絡まる半透明の体液。
見せつけるようにして指先を彼女の眼の前で開けば離れたくないと糸が光りながら繋いだ。
「こんだけ濡れてんだから嫌だってことはないよな?」
「……ぶっ殺す……ッ……!!」
飛びかかろうととする手を取って自分の身体を滑らせる。
「どーせ殺してくれんだったらコッチで殺してくれよ」
「上等だ」
どん、と男の身体を突き飛ばすようにして押し倒す。
掌の中で感じる脈に少しだけ止まる呼吸。
「……ん……」
舌先が亀頭に触れてその周辺を舐め回る。
雁首を口唇が包むようにして挟み込みそのまま上下して。
浮き出た血管と裏側まで舌先が丹念に舐め嬲っていけば、そのたびに増していく硬さ。
「……ん…っと……」
寄せた乳房で包み込んで先端に軽いキス。
「んなに気持ち良いもんかね……」
粘膜なんてないのに、と続けた恋人に男が答えた。
「お前がしてくれんだったら何だって気持ちいいんだよ」
よじ登るようにして肌を合わせて。
「嘘吐いてんじゃねぇよ……馬鹿……」
重なった唇と二つの身体。
「嘘なんかこんな時に吐くわけないだろ」
赤い髪が生みだす不思議な紅色の闇。
「乗っかってくれんだろ?」
促されるまま肉棒に手を掛けてゆっくりと腰を下ろしていく。
先端がぬるつく膣口に触れて飲み込まれていくたびに走る刺激。
「……ん……ッ!!……」
ぎりぎりと押し広げながら侵入してくる熱さにこぼれる吐息。
根元まで飲み込んで膝立ちのまま深く息を吐いた。
がっちりと繋がされた個所がじりじりと熱く痺れて。
「あ、んんっ!!……ア……!!……」
腰を動かすたびにぐちゅぐちゅと濡れた音がよし一層劣情を掻き立てていく。
ふるふると揺れる乳房と腰骨に掛かる男の手。
ただ触れるだけで身体が熱さを増してしまう。
「……っは…!!あ!!……ンぅ!!……」
ごつごつと子宮口を突き上げられるたびに溢れる愛液。
混ざり合った体液が零れて腿を濡らした。
しっかりと腰を抱かれて何度も何度も激しく押し上げられる。
「あ、や…っだ!!さき…も、り……ッ!!」
乱れる赤い髪がより色気を増して火照った肌が目を奪う。
男の腹に手を着いてづにか態勢を取りながら腰を振る姿。
「……あ!……ん!!……や、ア……!!」
仰け反った姿態の艶めかしさと半開きの唇から零れる涎がやけに淫猥で。
「……んぅ……」
息をするのももどかしいと何度も何度もキスを繰り返す。
身体を支えるのも困難だと両手を着いて動けば目の前で揺れる二つの乳房。
「ひゃ…ン!!」
かり、と乳首を噛むたびにきつくなる締め付けに防人の唇が歪んだ笑みを浮かべた。
そのまま強く吸えば崩れるように重なろうとする身体を起こすようにして腰を掴む。
「やっだ……ぁ…!!吸うな……ッ!!」
「男はおっぱいに弱い生き物なんで」
「……馬…鹿ぁ……ッ!!……ん!!……」
短くなる呼吸と重なる腰の動き。
愛しくて眠れないと何度も重なる唇。
「や、も……奥……ッ……」
根元まで銜えたまま必死に腰を振れば零れた体液がぬるぬると肌を汚す。
「やー……も、やだ……ァ!!……」
ひくつく身体を下から突き上げていく。
「あ、あ、あ!!……ふ…ァ……ッ!!……」
ぼろぼろと零れる涙とぎりぎりと締め上げてくる肉襞。
「あああアアアッッ!!」
絶頂を迎えて崩れ落ちる身体を抱きとめて海をも甘くしそうなキスを交わした。
「……?……」
ぬる…引き抜かれた肉棒に肢体が震える。
まだ熱いままの身体と隆起したままの彼の肉。
「んじゃ今度俺から」
ずん、と一息に突き上げられて指先がシーツをきつく握る。
掴まれた足首さえも熱くて甘い。
「や!!」
膝を折られて踝に唇が触れる。
かり…歯先が触れてびくんと腰が揺れた。
「やだ!!そこやだっ!!」
振りほどこうとする手を取られて指先を根元から舌が舐めあげる。
「や……ぁ……」
真っ赤になった顔と泣き出しそうな瞳。
長い睫毛に絡まる涙。
「ん、う……」
唇全部を奪われるようなキスと眩暈。
彼の匂いが静かに思考を麻痺させていく。
「……衛……」
手を伸ばして広い背中を抱きしめる。
最初に彼に抱かれた時よりもずっと逞しくなった場所。
「火渡?」
頬に触れた手の暖かさが優しくて涙が零れる。
「ごめ……痛かったか?」
ちがう、と首を横に振ることしかできなくて。
肩口に顔を埋めてぎゅっと抱きつく。
身体だけのセックスに不自由はしたことなどなかった。
彼だけはそれだけでは無いもので繋がれていて。
わけのわからない不安を感じて、意味のない涙を覚えて。
これが恋というものだと知った。
「……衛のキスが一番好き……」
「俺も……赤馬とするキスが一番クル……」
「……っア!!……」
ず…と突き上げられて呼吸が止まる。
栗変えさえる注入に喘ぐことしかできなくて。
自分の上に覆いかぶさる男が世界で一番愛しいという当たり前の事実が嬉しくて。
「…ひゃ…ぅ……ああっ……」
耳に、頬に、首筋に。やまないキスの雨が甘くて優しい。
「や……また……ッ……イッっちゃ……」
担がれた左脚とより奥まで繋ぐための体位に耳まで赤くなる。
「!?」
きゅん、とクリトリスを摘ままれて一際大きく腰が跳ねた。
「や、もう、ヤ!!やだ……ヤダ…ッ!!……」
執拗に攻められるたびにはじけ飛ぶ意識。
「…ま、も……ッ!!ひ……ぅ……!!」
「やっば……俺もそろそろイキそ……」
落ちた汗が乳房で弾けるだけで甘い声が上がってしまう。
「…っふ、あ……中……やぁ……!!……」
肉のぶつかり合う音と絡まる淫音。
重なり合った動きと呼吸。
「あ、や……あああっっ!!」
膣内に吐き出された体液が零れだす。
自分に覆いかぶさる男の身体の体温が愛しくてもう一度背中をきつく抱きしめた。





腕の中から抜け出して鞄に手をのばす。
ピルケースを取り出して、ぱちん、と蓋を開けた。
「媚薬か?」
「馬鹿野郎。アフターピルだよ……ったく、中で出しやがって……」
ぶつぶつと錠剤を飲もうとすれば男の手がそれを取り上げる。
「返せよ!!馬鹿!!」
「別にこんなもの飲まなくなって良いだろ」
「ガキできたらどうすんだよ」
「育てる。俺とお前で」
にこにこと笑う男に、ばりばりと頭を掻く女。
「……ま、そこまで危険日じゃねぇけど……べたべたして気持ち悪ぃんだよ……」
口で言うほど嫌ではなく、視線が優しいのがその証拠。
八月の長い夜はどこまでも恋人たちに優しい。
「誕生日何がほしい?」
唐突な言葉に声を失う。
「……え……?」
徐に取られた左手。
細い指輪が四番目の指に居場所を見つけた。
「あ、やっぱちょっとでかいな。ま、仮予約ってことで。現物は当日に」
「……え……だ……え!?」
ぱくぱくと口を動かすだけで声にならない。
「だから」
銀色のシンプルな指輪は何よりも見慣れて愛しい色。
「なんでこんな場所で!?」
「ああ、うっかりしてたな。いや、本当はそれもっと前に渡そうと思ってたんだけど」
身体を起こして抱き寄せて。
「当日はもっと良い場所で決めるから」
「だから!!」
こつん、と額が触れ合う。
「そんときは惚れ直すくらいカッコイイこというから」
「……だから……」
そんな必要などないのに。
「……拒否権ねぇのかよ……」
笑う唇が二つ。
「ないぞ」
「そっか」
「うん」
この小さな小さな空間に幸せを見つけた。




二十八度目の誕生日の少し手前。
夏の暑さはそう悪いものでもないと思えるようになった。






17:50 2009/08/06

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