◆ツンデレの定義◆
「火渡のこと、可愛いとか言えるのってブラボーだけだと思う」
「俺もそう思う」
夏も近付く熱い夜、ソーダバーを齧りながら少年二人はそんなことを呟いた。
錬金戦団の幹部の一人は激しい気性と高い戦闘能力を保持している。
毒づく言葉と白を真っ赤に染め上げる行動力。
「スタイルは良いけど可愛いは別だと思うんだ」
「可愛いって単語が似合う似合わないのレベルじゃない」
他人の恋愛ほどネタにしやすいものはない。
寄宿舎の管理人と新任教師の恋はいまや学園の定番になりつつあるほど。
「お前ら何やってんだ?」
顔を上げれば件の一人。
「あ、ブラボー」
「そろそろ寝ろ。二人とも」
「今日は火渡戦士長のところに行かないんですか?」
剛太の言葉に防人は首を振った。
「そんなに毎日行く必要もないだろ」
Tシャツにジーンズ姿の彼は普通の年相応の青年に見える。
戦場で出会った時の恐怖などみじんもない。
「ブラボー、管理人室行っても良い?」
「ああ、良いが……ソーダバーはないぞ。ハーゲンダッツならあるが」
恐らくそれは彼女が食べるために置かれているもだろう。
おおよそこの青年が自分のために準備しているとは考えにくい。
「やった!!」
「いただきます!!」
「んで、火渡が可愛くないって?」
食後のデザートと言わんばかりに頬張る二人にそんな言葉を投げつける。
確かに可愛いという言葉は若干遠いかもしれない存在の女。
それでもどこからしら可愛らしく見えてしまうのは惚れた弱み。
「うん。可愛いって表現は間違ってると思うんだ」
カズキの言葉に防人はにやり、と笑う。
「お前ら、火渡の可愛さが分からないってのはもったいないぞ」
烏龍茶の缶を軽く握り潰してゴミ箱に投げつける。
綺麗なアーチを描いてそれは見事に飲み込まれた。
「正直、朝起きて隣に寝てたら心臓止まるレベルっすよ……」
「剛太……俺は常に死と隣り合わせで寝てる扱いなのか?」
「それに……いつ何時殴られたり火を吹かれるかって考えると……先輩みたいに時折
かわいいところが見えるタイプじゃないですし……」
散々な言われように苦笑するしかなく。
卓上に並べた三人分の烏龍茶を見て防人が答えた。
「王道のツンデレだぞ、火渡は。めちゃくちゃ可愛いぞ」
「可愛いって顔じゃないよ、ブラボー」
「カズキ、それは俺に喧嘩売ってるのか……」
整った顔と鮮やかな燈色の髪は可愛いよりは美系扱いなのは確かだ。
均整のとれた身体はそう滅多に御目にかかれるようなものでもない。
「まあ、お前らは斗貴子相手だからあれだろうが……お前ら読んでるようなエロ本や
AVの定番プレイは軽くできるぞ」
思いもよらない言葉に二人揃って烏龍茶を噴き出す。
「あいつ、スーツ着てるとあれだけど脱ぐとEカップだぞ。俺の手で丁度良いくらいだ。
風呂上がりなんか一番エロいな。背中とか綺麗だし」
咳き込む二人の背中を軽く叩いて。
「そっか、斗貴子じゃパイズリとか無理だもんな。乳なんか付属品っちゃ付属品だけど
いいもんだぞ。髪解くと結構童顔なところもあるしな」
さらりと言い放つのは日常だからだろう。
少年二人の夢と願望は彼にとっては手中にあるのだ。
「マジで!?」
「おう。嘘吐いてどーすんだよ。昔からあいつは意外と可愛いところが多いからな。
ちっちゃいのに必死になって何か取ろうとしたり。どうにもならないと頼ってくるところとか」
二人から見れば鉄壁の強さを持つ彼女の存在。
日常生活が想像もつかないのはしかないことだった。
「この間もオーブン買ったからって張り切ってショコラケーキ焼いてたぞ」
「ショコラケーキィ!?あの火渡が!?弁当はコンビニですって感じの火渡が!?」
「あいつの飯は美味いぞ。買ったものだと美味しくないっていう理由で作るからな」
ふりふりのエプロン付きで、といった瞬間に開く扉。
「防人……ってガキ二人もいんのかよ」
まともに目が合わせられないと真っ赤になった少年が目を逸らす。
「どうした?火渡」
「ア?スフレ作ったから持ってきただけだよ。んで、ガキども熱でもあんのか?顔真っ赤だぞ」
怪訝そうにする火渡に必死で何でもないと取り繕う姿。
心苦しい青少年はまともに視線を合わせることさえできない。
丁度目の高さに形の良い乳房が見えればなおさらのこと。
「まあ、良いけどさ。んじゃ俺帰るから。あと、俺のアイス勝手に食うな」
「おう」
「おやすみ」
去り際にちゅ、と頬に触れる唇。
受け取った箱の中には甘い甘いスフレがぎっしりと詰まっていた。
「そういや、このあいだうまそうって言ったからな……作ってくれたのか」
取り出して一つ口の中に放り込む。
「ん、美味いな」
「ブラボー!!火渡ってああなの!?あんななの!?」
「戦士長!!今のは嘘ですよね!?」
欠けらの付いた親指をぺろり、と舐め上げる。
「いや、あれが素だぞ。お前らはツンデレのツンしか見てないだろうし。普通にご飯粒
とかついてたら取って食うし。飯もうまいし、フェラもうまいし。可愛いだろ?あーいう
所見ると。まあ、俺も最初はよく死にかけたけどな!!」
ノックアウトと鳴り響く鐘の音。
「じゃあ!!裸エプロンとかも!?」
「問題なし」
「メイド服着ておかえりにゃん♪とかもですか!?」
「おかえりにゃん♪は、わからんがメイド服くらいなら普通にノープロブレム」
関係の長さも深さも勝てない二人に勝負など挑めるわけがない。
「お前らもスフレ食え。美味いぞ」
もきゅもきゅと口にしながら零れそうな涙をこらえる。
「俺……斗貴子さんにそんなことしてもらったことないよ……」
「俺なんか電話もメールも業務連絡だけだぞ……」
アンダードッグとはまさしくこのこと。
「そうだ!!ブラボー!!火渡ってメールとかどんななの!?」
「んー?んじゃ、メールしてみっか」
スフレのお礼だとメールを打てば程なくして帰ってくる返事。
画面を覗き込む二人の少年が仰け反った。
「なんで絵文字顔文字満載なんですか!!」
「嘘だ!!あの火渡がこんなメール打てるわけがないよ!!」
阿鼻叫喚の管理人室、管理人はのんびりと煙草に火を点ける。
「だから、普通だって。これが」
これが日常。
彼も彼女もいたって普通の恋人同士。
「そんなことを話してたんだがな」
「ふぅん……だからトキコとかいうガキがあんなこと聞いてきたんだな……」
ぱりぱりと新商品のクッキーを齧る姿。
無造作に結ばれた赤い髪が柔らかな光を生み出してくれる。
「斗貴子が何か言ったのか?」
読み終わった新聞を離して後ろからだきしめれば暑いと呟く唇。
新月の夜は光りが少なくて心地よい。
「大したことじゃねぇよ。ガキに何かあれなんだろ、言われたみたいな」
「イチャイチャストロベリってて可愛いもんだぞ。お前の次くらいに」
「な……っ!!別に!!可愛くなんて!!」
かみつくような口調と赤毛はまるで猫のようだと何時も思ってしまう。
構い過ぎても構わなくとも、猫は不機嫌になるもの。
フローリングに投げ出されたすらりとした脚。
「で、斗貴子が何を言ったんだ?」
「ん……どうやったらそんなに胸が大きくなるんだって。それは毎日牛乳飲みまくっても
この身長の俺に喧嘩売ってのか?って言ったけどな」
「そっか。お前も斗貴子も同じくらいの身長で……そうか、お前はかなりの差をつけた乳を
持ってるもんな。でも牛乳だけじゃないだろ。最初からそこまででかくなかったし」
「適度な戦闘とトレーニングだな。胸ってか筋肉ってか……戦部だって巨乳になるじゃん」
乳房を揉む手をはがして視線を移す。
「そんな良いもんでもないんだけどなぁ……結構邪魔だし」
「……お前、斗貴子の前で絶対に言うなよ。俺から核鉄奪ってバルスカ発動くらい軽くするぞ」
「あのガキに俺が負けると思うのか?」
面倒だと持たれてくる身体を受け止めれば髪に薫る夏の色。
長い夜はどこなく優しい。
「中村剛太はともかく、武藤の馬鹿さ加減は進級できんのか?」
「まあ、戦士として過ごしてた時間もあるからな……」
「俺らだって戦士長やりながら大学卒業したぜ」
「まあ……俺の場合は留年したら照星さんが火渡の寝てる間に入籍するって言ったからだけどな」
「はぁ!?あのおっさんそんなこと言ってたのかよ!?」
そんなことも思い出させるのはきっと「夏休み」という言葉のせい。
「まあ、四年の夏の時は任務の合間にお前と海行きまくってたからな」
新任の戦士長を単独で動かすよりはまずは二人での任務が多かった。
公式に二人で一緒にいられるならばその時間をもっともっと長くしたいと思うのは当然のことで。
「海か……久しくいってねぇや……お前とやりあったのは別もんだし……」
まだ少しだけ彼の手の甲に残る火傷の痕。
そっとその手を取って自分のそれで包み込む。
「流石の俺でもちょっと火傷はしたぞ」
「普通は死んでんだよ」
「俺が死ななかったのは愛の力だ。まさにブラボーな愛!!」
「よし、今死ね」
飛んでくる拳を受け止めればそのまま二つの体が床に倒れる。
覆いかぶさる彼女の影がどことなく赤い。
「良い眺めだ」
「言ってろ、馬鹿」
ちゅ、と触れるだけのキスが甘いと思えるのは彼だからこそ。
満天の星空なんて必要ないほどにロマンティック。
「……ん……」
乾いた口唇もざらつく無精髭も。
嫌だと思ったことなどないから性質が悪い恋だと笑う。
「夜が明ける前に全て終わらよう、ほかにもっとやりたいことがある」
「ん?」
「昔、お前が俺に言ったんだ」
いとしげに額に触れる唇。
そのまま男の体を抱きしめる腕はその強さに反比例する細さ。
「夜はこうやって過ごすほうが大事なんだ。つまらない仕事なんかさっさと終わらせるのが一番だろ」
焔の弾丸を自在に操る彼女と、光りを抱いた白銀の彼。
居場所は互いの腕の中だけ。それ以外にほしいとは思わない。
空を撃ち抜くようにして夜を駆けた。
離れないようにしっかりと指先を絡ませて。
「空は飛べないくとも、駆けることはできるんだろ?」
「久々に行くか。夜間飛行」
星がないならある場所まで連れて行くから。
だから希望は捨てないでと幼いころに彼はそう言った。
「新月は月なんて名前なのに真っ暗でさ」
流れ星が見つからないなら流れ星になるから。
どんな力を手にしても一人じゃないと彼女は彼の手を取った。
「どこ行くんだ?」
「ん、海。水着持ってくぞ」
「……いや、それ無理。去年の水着、きつくて……」
「……全然ウエストとか変わってないぞ。お前のサイズはミリ単位で把握してるけども」
「じゃなくて、胸がきつくて……」
「……それ、斗貴子の前で絶対に言うなよ。本気でカズキを殺しにかかりそうだ」
夜が明ける前にできることを考えれば。
君が隣でこともなげに笑うのさえも夢のような幸せに包まれて。
空に描かれた星座のロジックは少し離れていても。
銀色の光がつないでくれるのならば不安など消えてしまう。
「よし、現地調達!!絶対ビキニだ!!」
「ふざけんな!!」
「決まったからには出発だ!!」
結局彼の願いをかなえてくれる流れ星はいつも赤い色で。
「お前のためじゃないからな」と呟く声が隣にあることが幸せということ。
17:30 2009/08/02