◆逆さ廻りのフィロソフィア◆





飛んでくるナイフを交わしながらフライパンを手に取る。
マイセンやらウエッジウッドやらが瓦礫に変わりながら彼女は王手を決めようと圧力鍋を手にした。
「待て!!誤解だ!!」
「何が誤解だ!!」
左手に灯る焔。
瞬時にそれを釜内に閉じめて蓋をして投げつける。
簡易式火炎瓶ならぬ火炎鍋は見事に男の顔面を直撃した。
「トドメだ!!食らいやがれ!!」
始まる火炎同化に同時に発動させる核鉄が銀色の光を生み出す。
最強の攻撃力と最強の防御句のまさしく矛盾なる戦い。
すでに被害は室内では収まらずに廊下にまで達してきている。
「だ、大戦士長……あの喧嘩をなんとかしてください……」
「ああ、君はまだ入って間もないんでしたね。あれが戦団名物、妖怪大決戦です」
つかつかと進んで二人の間に入り込む。
「で、今日は何が喧嘩の原因ですか?」
天使のような美麗の笑みで有無を言わせない言葉尻。
二人を交互に見据えて駄目押しににこり、と笑う唇。
「防人がまた意味わかんね―こと言うんだもん」
「意味解ることだろ。お前は制服着てるんだし」
「で、そこから武装錬金を発動させるに至った経緯は?」
ちら、と赤い瞳が見上げてくる。
「女子の制服はスカートですよね。だから俺は火渡もスカート穿けば良いんじゃないかって
 言ったんです。脚だって綺麗なんだから見せて汚いもんじゃないし」
「だからってケツ見えそうなマイクロミニにガーターってお前いい加減にろよな!!」
二人の言い分を聞いて大戦士長はうんうん、と頷く。
「防人。その言い分は正しいですね。ここはひとつ矯正のためにも火渡だけ特注の制服を……」
良い終わる前に男の胸倉を掴む細い腕。
ぐい、と前髪を引っ張り悪意たっぷりの笑みを浮かべた。
「この髪、焼き焦がしても良いんだぜ?至近距離で避けられるか?照星サン」
「君も焦げ……ませんね。それは非常に困ります」
「だったらそこの馬鹿男なんとかしてくれよ」
「喧嘩両成敗に則って、二人とも減俸です」






まるで猫でも掴むのように襟首を掴まれた赤毛の女。
「照星サン、運搬方法間違ってるぜ」
「いいんですよ。仔猫を運ぶ時に親猫はこうしますから」
「にゃーん」
親子というよりは兄妹に近い年齢差の二人。
ともすればこの二人が恋人同士でもおかしくはないのだ。
事実、肉体関係は普通にあり多少の性癖は相性が防人よりもいい場合も多い。
「スカートくらい穿いて上げれば良いじゃないですか」
「スカスカしておちつかねぇからヤダね」
膝抱きにして視線を絡ませれば、少しだけ金色の光が宿る猫目が笑う。
「動きやすさを考慮してるんですけどねぇ。まあ、聊か花はありませんが……火渡に
 ミニスカート……メイド服でもいいじゃないですか、ねぇ?」
「ねぇ?じゃねぇよ!!あんたもあいつも脳に虫でも入ってんじゃねぇのか?」
「男のロマンですよ。少しは譲歩してあげなさい。それでなくとも全身にケロイド持ってるんですから」
火炎同化の能力を持つ彼女が激昂すれば被害は少なくはない。
シルバースキンの発動が間に合わなければ火傷をすることもしばしばだ。
「今は防人が君のことを好きですけども、永遠にそれが続くとは限りませんよ。命の危険を
 常に抱えながらの生活と仕事……休息すら儘なりませんね。もし、防人がほかに恋人を作って
 君のところには帰ってこなくなったらどうしますか?婚姻関係を結んでいるわけでもないのだから
 法的拘束は無理ですし、下手すればDVで君が訴えられる側になりかねません。まあ、
 防人のことですからそんな馬鹿な裁判はしないでしょうけど」
言われればそんなことが起きても仕方がない。
戦団には少数ではあるが女性も在籍しているのだから。
自分だけを愛してくれると考える方が間違ってもいるのはわかっていても。
「べ……別にあいつが他に女作ろうが俺には……」
「防人が君の傍からいなくなることを考えたことはありますか?」
その問いに静かに首を横に振る。
どんなに離れていても繋がっているのが当たり前だと思えた。
空気のような安定は一定んして遊惰な関係になってしまうのに。
「私の部屋を貸してあげます。少しだけそこで考え事をしなさいね」
そっと椅子に降ろして扉を閉める。
こんな風に広い空間にとりこ残されることなどなくて少し戸惑ってしまっても今の自分は考えなければならない。
卓上に飾られた一枚の写真。
(あ……俺と防人と千歳と……)
ことん、とデスクに顎を着いて腕を伸ばす。
刻む秒針の音だけがやけにリアルで泣きそうに追い詰めてくれた。






「いってぇ……こりゃ傷になるな……」
腫れた腕に湿布を貼りながら窓ガラスを鏡に見立てて覗きこむ。
些細なことでの喧嘩が核兵器レベルになってしまう女が相手だと生傷は絶えないらしい。
(ホムよりもあいつにやられた傷の方が多くないか……?)
顎を擦りながらしげしげと見つめる。
「自分の顔を見てにやつく趣味があるとは知りませんでしたよ。立派な変態です。そんな変態に
 私の可愛い火渡は渡せませんね」
がつん、と勢いを付けて強化ガラスに激突して。
「その格好とヘアスタイルの人から言われたくないんですけど」
「これはおしゃれです。私に鏡を見てにやつく趣味はありませんよ」
投げつけられた缶コーヒーを受取ってプルタブを引く。
無糖で飲む彼とミルク入りでの彼女の違い。
そんなことを思ってみてもコーヒーの味が変わるわけでもない。
「馬鹿馬鹿しい喧嘩は少し控えなさい」
「……はい……わかってるんですけども……」
ばつが悪そうな表情は、彼も悪いと思うところがあるからこそ。
複雑にして単純な両想いは迷惑以外の何物でもない。
「そんなころでは、君たち二人を戦士長に昇格なんてさせられないじゃないですか」
「戦士長にですか……って、戦士長っっ!?」
スチール缶を片手で握り潰す。
「ええ。私が正式に大戦士長として戦団の最高顧問に入りましたので。防人、火渡の両人には
 戦士長としての立場を与えて任務と後任の育成に励んでもらおうかと。ちょうど大学も卒業……できますね?」
思いもしなかった言葉に頷くしかできなくて。
照星部隊としての一戦士から今度は戦士たちを纏める立場に。
実績と実力を考えればおかしな話ではないのだから。
「だから、今度は喧嘩もできませんよ」
「そうですね……色々と面倒なことも出てくるんだろうし……」
「君たちが同一任務に就くことはなくなります」
それは至極当然のことだった。
戦士長二人が同じ任務につくということは相応の敵がいるとみなされる。
今までのような生活は望めなくなることでもあった。
すれ違いばかりになっても気持ちは変わらない。
そんな建て前と本音は全く逆さまになるのに。
「時間は有限ですよ」
「……はい……」
どうしてか揺らいでしまう自信。
心は常に共にあると言い切りたいのにそう言えないもどかしさ。
「あの子は昔からああですから、君が譲歩するしかないんでしょうけどね」
「怒ってましたか?」
「いいえ。拗ねてますけどね」
初めからわかっていた。惚れた方が負けだということくらい。
だから少しだけ考えて、答えを出して。
「迎えに行ってきます。俺が謝った方が良いし」
「私の部屋に居ますよ。火渡が嫌になったらいつでも言いなさい。今度は渡しませんから」
一瞬だけ鋭くなる眼光。
中指でサングラスを押し上げて静かに唇がにぃ、と笑った。
「俺だって負けませんよ」
彼女の全てを受け入れられる能力。
暴れ狂う業火を押さえ込み包むことのできるのは自分だけなのだ。
その立場を誰かに譲ろうなんて思えないのだから。
たった一つだけ確かことを自負して、死なない身体を手に入れるように。







恋とはかくも面倒なものでどうしても囚われてしまう。
考えなくても良いことばかりを考えて堂々巡りの恋の迷路。
抜けられないから嵌ればいいだけ。
「!!」
頬に触れる冷たい何かに顔を上げる。
「……防人」
「ほら。ミルクティー買ってきてやったぞ」
無糖のコーヒーとアイスミルクティーを片手で持ちながら笑う姿。
いつもどおりメタルジャケットに身を包んでデスクに座りこんで。
「カフェオレの方が良かったか?」
「んー……こっちでいい……」
受け取って口を付ける。
広がる甘さがいつもよりも少しだけ強い気がした。
意識してしまえば死ぬことが怖くなるように、彼を見つめられない。
虚勢は彼女の心を護る壁の最後の一枚。
「俺ら二人とも戦士長になるんだってさ」
「へー……戦士長……戦士長ぉ!?」
同じように手の中で握りつぶされる缶に俺もさっき驚いた、と防人が笑う。
「ななななんで!?何が!?だって照星サンいるじゃん!!」
「あの人、大戦士長になるんだってさー……こえーなー……職権濫用くるぞー」
けたけたと笑う彼は何もなかったように見える。
本当は喧嘩などせずに過ごせればいいのに。
「だから、俺らもタッグ組んでいこうな」
頬に触れる手。
「さっきは俺が悪かった。ごめんな。たまにビスチェとガーター着けてくれるだけで十分だ」
「……スカート……もってねぇもん……」
「スカートよりも俺は火渡のドレス姿が見れれば良いから」
「へ?」
「ウエディングドレス。あ、ミニのもあったなー。うんうん」
「……そのうち考えてやるよ」
期待したような否定でも悪態でもない言葉。
少しだけ赤くなった頬と背けられる顔。
「あ……その……」
触れられるこの距離。
もっともっと近くに居たい。
「火渡」
抱き締めれば彼女がこんなにも細く小さなことが改めてわかってしまう。
あの雨の日から少しだけ変わってしまった距離をもう一度近付けたい。
「喧嘩しても文句言っても、俺が一番好きなのは火渡だから」
「…………知ってる」
こんな時どんな言葉を言えばかっこいいかなんてわからなくて。
いつも考えていたセリフなんかはどこかへ飛んでしまって。
出来ることと言えばただ素直に自分の気持ちを告げることだけで。
それに小さな声で答えてくれるだけで十分だった。
「……少し……苦しい……」
「あ……ごめ……」
離そうとすれば今度は彼女がきつく抱きついてくる。
「離すなよ。こんな時はよ……」
「……ああ……」
胸に顔を埋めて見えない筈の表情がはっきりとわかる。
止まない雨はようやく終わりを見せてくれた。






「火渡ーーーーーーっっ!!」
勢いよく開くドアと何もないように顔を上げる女の姿。
「あんだよ。何はしゃいでんだよ」
「え……おかえりとか、おかえりのキスとかないわけ?」
「あるわけねぇだろ……馬鹿かお前……」
肘を突いて深いため息が一つ。
「えー、おかえりのキスくらいあるだろ。任務明けでダッシュで戻ったのに」
「…………………」
「なあ」
ちゅ、と頬に触れる唇。
「これで良いか?」
ほんのりと熱くて少しだけ呆けてしまう柔らかさ。
ぷい、とあらぬ方向を見て椅子を回してしまう。
「もう一回!!口に!!」
「一回死ね!!」
まだもう少しだけ足りない時間。
傘は二人で差せばいい。
この小さな空間はきっと世界で一番幸せな色に染まるだろう。
止めることのない有限の時間の中で生きるものだけ得ることのできる幸福論。
逆さ廻りの時計と嫌われ者のフィロソフィアが存在する空間。
「……やっぱり死ぬなよ。絶対に死ぬなよ」
哲学者でも解けない恋の魔法が此処に存在するように。
「死なない。俺は……おまえ残してなんて死ねるわけないだろ」
確かめるようなキスを最初に生み出したのは誰なのだろう?
夕暮れが溶けたようなその紅は何よりも綺麗な色。
「わかってんなら……」
さっきよりも少しだけ深く唇を重ねて。
「あーやば……ずっとこうしてたいな」
ぎゅっと抱きしめてくる腕と暖かさに瞳を閉じる。
爪先で立って見上げれば同じように覗きこんでくるから。
「火渡の手料理が食いたい」
「夜まで待てよ」
「夜は夜で火渡が食いたい」
「それも夜と夜中の間まで待てよ」








誰かを傷つけるのが怖いからと誰とも触れることを避けてきた。
誰にも傷つけられたくないからと全てを置いてきていた。
「俺よりも似合いそうだな」
素肌に纏った白銀の防護服に映える赤。
燻らせた煙が空気に溶けていくさまに目を細める。
袷から覗く上向きの乳房が艶めかしい。
「毛布代わりにちょうどいい」
ばさりと投げつけて男の上に覆いかぶさる。
「風邪引くだろ?」
「だったらひかねぇように抱いてろよ」
キスは煙草の味が二人分混ざりあう。
胸板に重なった乳房の柔らかさと温かさ。
少し日に焼けた肌さえも彼女の赤を引き立てるには十分すぎた。
「照星さんがさ……俺とおまえは一緒に仕事させねぇって……」
少しだけ膨らむ頬が妙に愛しい。
「戦士長なんだからもっと節度持てって……」
首筋に唇が触れて。
「……ん…っ……」
離れれば刻まれる所有の証。
「馬鹿!!つけんなって!!」
「なんで?」
「それで照星さんに言われ……」
言い終わらないうちにぐい、と抱き寄せられる。
「俺と居る時に他の男の名前は出すな」
「……だって……」
確かめるように降る唇。
濡れた音を立ててゆっくりと離れて。
「二週間とか……平気で逢えねぇじゃんか……」
不安に押しつぶされそうになる夜を一人で過ごせるほどまだ彼女は強くない。
離れていればそれだけ罪と贖罪に飲み込まれてしまう。
治ることのない加呼吸をかき消すために生れ出る炎。
「終わったらダッシュで帰る」
「電話だってよこさねぇし……」
「寝る前必ず電話する」
これ以上何を言えばいいかわからないと肩口に顔を埋めて。
「こーいう風にできない……」
心だけじゃ満たさないから人間は不条理の中に生きている。
綺麗事だけで世界は回らないのと同じように。
「その分、帰ってきたら倍にする。だから……心配しなくたっていいんだ」
桜が散るように恋も終わるだろかと思えば、この時間を止めて永遠の夜に変えてしまいたい。
「ずっと火渡だけが好きだった。これからも」
「…………………」
「予定としてはもう少し稼ぎのいい男になったらプロポーズして、お前と凶暴で温かで
 倹しい家庭を持つんだ。んで、子供も三人くらい」
「なんだよ、それ……」
「俺ってマイホームパパに向いてるだろ?」
「……馬っ鹿じゃねーの……くく……」
「笑ってるほうがやっぱ良いな」
頬に触れる大きな手。
互いに唯一の弱点は同じ日に負った傷跡。
罪を二人で共有することで縛りあう恋だとしても。
「明日休みだろ?俺も休暇貰ったし……」
「時間はたっぷりあるな」
降り出した雨はあの日も同じだった。
こうして二人でいられるならば少しずつ恐怖も減っていくのだろう。
「……雨……」
ゆっくりと体を起して。
「出かけられないな……雨じゃ……っ!!」
後ろから抱き締められて言葉が止まる。
「防人っ!!」
「風邪引かないようにあっためてやるぞー」
その手を取ってそっと唇を押しあてた。
「衛」
名前で呼ばれることが少ないからこそ重みのある言葉。
「ん」
「あったかいだろ?火の塊なんだからさ……」
「そうじゃないだろ。お前が俺のこと好きだからあったかいんだ」
綺麗な言葉でも恰好のいい言葉でもなく。
思ったままを告げてくれるのが一番に優しいと思えるように。
「喧嘩しながら一緒にいような、赤馬」
「……気が向いたら居てやるよ」
朝焼けの少し手前の不穏な空は不安定に美しい。
溶け行く紫に混じる藍が茜を呼び出す。
「死ぬまで気が向いててくれるんだろ?」
「……勝手に言ってろ、馬鹿」
夜明け前の一瞬だけ混ざる赤と黒。
願わくばこの曖昧な瞬間を永遠にできますようにと二人で祈った。







16:22 2009/07/05























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