◆オリエンタルダークフライト◆







遠い空を見上げて思うのは神話に見た恋人たちの悲劇。
月の女神は恋人を自らの矢で撃ち抜き、その悲しみは星座となって消えない恋となった。
「照星さんってさ、ロマンティックな変態だよな」
机の上に足を投げ出して、火渡はそんなことを円山に投げた。
再殺部隊を纏めるこの女は事実上のトップクラスの戦士だ。
「お前も紳士的なオカマだし」
「褒めてるのかしら、貶してるのかしら」
「好きにとれよ」
非日常に存在する日常を持つ女は緋色の髪を靡かせる。
「せっかくきれいなんだからリボンでもつければいいのに」
「すぐに燃やしちまう。だったら要らねぇよ」
横顔に感じる小さな郷愁。
時折彼女は意味深な表情を浮かべる。
強すぎる力は彼女の周りから人を遠ざけた。
より強いものだけがその周りを取り囲むように。
「チタン合金のリボンでもあれば燃えないのにね」
「五千百度で燃えないものなんかねぇだろ」
副官として火渡に使える青年はその横顔を見るのが好きだった。
炎は燃えれば燃えるほどに悲しく色めくように。
「この紐、何でか燃えないんだ。防人にもらったんだけどよ」
太陽を背負って戦う彼女は常に死と隣り合わせ。
燃え尽きることこそ我が人生といわんばかりの連戦は、絶えず傷を刻み続ける。
「戦士長、書類は?」
「そこ」
「珍しくやってんですね。んじゃ、置いてきますから」





「どうぞ」
入ってきた青年に女は片手を上げて応える。
室内でも彼女はメタルジャケットを脱ぐことは少ない。
「書類です。うちの戦士長から」
「読める字で書いてると良いんだけどね」
器用にコーヒーを飲みながら防護服の美女は静かに笑うだけ。
「円山、そういえば最近は火渡の副官やってくれてるんだって?」
指先で文字をなぞって女はそんなことを呟く。
「アタシ、女にはあんまり興味なかったんですけどもうちの戦士長は別物みたいです」
「女の子は柔らかくて気持ちいいからね」
「キャプテンブラボーもアタシと同じですもんね」
斜めから恋をしてしまう二人はさり気無い話が同じ。
「他の女の子に触ると火を吹かれるんだよね」
「こわーい!!」
「この前もそれで前髪が焦げて……しばらく人前で帽子取れないわ。嫉妬は自重してもらえれば
 いいんだろうけども、あの可愛い人は地獄からの使者だからね」
印を押して青年に手渡す。
この防人という女も女らしさという点では些か欠けている。
全身を覆い隠すメタルジャケットの下の素顔を見たことがあるものはごく僅か。
目深に被った帽子の下から覗く青闇の眼光が射抜くだけ。
「火渡は?」
「大戦士長のところで遊んでます」
「ふぅん……あとで渡してもらっていい?」
「どうやってコーヒー飲んでるんですか?」
「気合」
ひらひらと振られる掌まで完全に包み込んで。
彼女は静かに嫉妬を噛み殺すような女だった。





「それで、防人の前髪を焦がしたんですか」
同じころ、火渡は大戦士長を相手に自分の正当性を主張していた。
元々気性は激情型。それゆえに攻撃が前面に出る武装錬金を生成したほどなのだから。
どうあっても相手を撃ち抜きたい、そう願った根底を核鉄は写し取った。
同じように防人衛は生き延びたいという願いを練成してしまったのだから。
「俺悪くないじゃん」
「同性愛は非生産的ですよ」
ぐりぐりと髪を撫でながら、男は女の上着を簡単に剥ぎ取ってしまう。
「ロートルは縁側で茶でも啜ってろよ」
「まだ現役の男ですからね。そのうち防人と火渡に私の子供でも産んでもらって……」
「絶対ぇ嫌だ。それと、あんまり噛むなよ。歯型とれねぇんだもん」
ジャケットを奪い取って手早に着込む。
「病院のねーちゃんと幸せな家庭を築けよ」
机に腰かけて、煙草に火を点ける。
施設内は完全禁煙、各個人の部屋のみに喫煙は認められていた。
一口吸い込んだところでそれを取り上げられる。
「口寂しいなら、塞いであげますよ」
「腹減ってんだよ」
「この間随分と頑張ってくれましたね、そういえば。ご褒美に何か御馳走してあげましょうか」
なめる様に重なる唇。
乾いた音を立てて離れて。
「あれてんじゃん」
「火渡が乾かないようにキスしててくれれば荒れませんよ」
女の指先が男の唇に触れた。
「訳わかんねぇ」
「エッチでかわいい子を嫌いな男なんていません」
「変態が好きな女も希少価値だぜ?だから病院のねーちゃんにしとけ」
仮にも第戦士長という立場の男は女には不自由はしない。
物腰も柔らかければ見た目も流麗だ。
「見慣れてるけどさ、その年で金髪ってどーよ」
「防人にも言われますね、そのことは。好きでやってるんですけども」
かさかさと包みを剥いて女の口の中に。
弾けて溶ける甘さと酸味。
「変な薬じゃねぇだろうな」
「のど飴ですよ。ほら」
医局の袋に書かれた彼の名前に火渡は首を傾げた。
「風邪引いてんの?照星さん」
「少し熱がある程度です。業務に支障はありませんよ」
「照星さんも人間だったんだな」
こつん、と額が触れる。
「早めに寝たほうがいいと思うぜ」
「一人寝は寂しいんです」
「なんもしねぇんだったら添い寝くらいしてやってもいいぜ。一回二万で」
「有料サービスですか。まあ、そのくらいの金額だったらお願いします。ただ、仕事も
 少し片づけなければいけないのでできれば夜に。バイト希望かどうか防人にも聞いてくださいね」








結局一人で向かうことになり、電話を入れれば咳止めを貰って来て欲しいとのこと。
(あれだ。鬼の撹乱ってこういうことをいうんだぜ)
医局の人間が言うのも揃って具合は悪そうだったと。
ただでさえ色白の男が蒼白になるのは不気味だと彼女は付け加えた。
「照星さーん、薬貰ってきてやったぜ」
机に伏せてそのまま眠る姿。
こんな風に過ごせば治るものも治らない。
「でかいから運ぶの俺じゃ無理じゃんか」
「だと思ったんだけどね」
「防人」
「お粥貰ってきたの。運搬料二万ね。バイトしてみようかと思って」
「じゃあ、俺も薬の運び代二万」
「縁起悪いから合わせて五万。二人で十万」
軽々と男を持ち上げてベッドへと運ぶ。
「今度戦部で運搬練習すっかな。あいつも無駄に重てぇんだよ」
「私は無駄に重いですか?」
暢気に男の額に冷却シートを張り付ける女の指先。
「昔は優しいお兄さんだったんですけどね。今じゃすっかりやらしいお兄さん」
「生まれながらのエロ大王、変態が服着て歩いてる感じだぜ。服着るだけ良いけども」
両脇に二人の女。
それもとびきりの美女ならば男だったら嬉しくない筈がない。
両手で二人を抱き寄せて。
「丁度いい位置に当たりますね」
柔らかな乳房と呆れ顔と。
それでも彼女たちは決して彼を裏切ることも落胆させることもない。
「窒息させてやれよ」
「もうなってるよ、火渡のおっぱいで」
「あ?」
まさに圧迫だというこの状況でもまったくあわてないのがこの男。
「口で塞いであげたら?」
「どうせなら三人で」
火渡の唇が男のそれを塞いで防人の唇が額に触れる。
「あ、照星さん本気で熱ある。私移りやすいから今日は戻りますっ」
その言葉に嘘はない。
この季節彼女は体調を崩しやすく、任務に影響が出ることはさせられないのも事実だ。
「火渡はバイトがんばって。私も医局行って薬もらうから。照星さんには座薬頼んでおくから!!」
ばたなたと飛び出していく姿がいつの間にかシルバースキンに変わる。
それほどまでにこの男からの風邪は貰いたくないという意思表示だった。
「明日座薬打ってやるよ」
「それは勘弁してください。自力で熱くらい下げれますから」
さわさわと髪を撫ででてくるその手。
昔は保護者だった男との関係はいつの間にか少しだけ変わってしまった。
「移ると酷くなりますよ」
「いいよ。風邪なんて引いたことねぇもん」
「昔はすごく弱かったじゃないですか。いつのまにか本当に強くなっちゃって……」
注射も薬も嫌だと泣きわめく火渡への投薬はそれは重労働だった。
押さえつけても持ち前の運動神経で逃げ出してしまう。
こんな時に限って防人も同じように発熱して。
結局は仕事を投げ出して看病するのがこの男だった。
「どんどん離れてっちゃうんでしょうかね……」
懐かしむだけの時間を重ねても、手を離した瞬間に彼女はどこかに消えてしまいそう。
ともすれば本当に灰になってしまうほど。
灰からダイヤモンドが生まれるのはおとぎ話だけ。
人は灰になったら掻き消されてこの手に抱くこともできなくなってしまう。
「どうして火渡のは物騒な武装錬金なんでしょうねぇ」
「巨大ロボのほうがオタクだぜ?照星さん」
闇夜に光るその明りはこの先もきっと翳ることはない。
祈るは神にではなく彼女たちのために。
一つで二つ、二つで一つであるようになってしまった歪んだ愛情。
男の頭を抱えるこの腕はどれだけの生命を打ち砕いてきただろう。
この先も彼女は戦うことをやめはしない。
それそのものの行為が存在意義だというように。
「寝ろよ、風邪ひいてんだろ」
「眠れないですね……こんな夜は特に……」
闇夜を飛ぶ翼は美しい燈色。
赤より紅い赫は酸漿によく似ている。
「何かいい匂いがしますね」
「あー……たぶん防人の匂い……」
「オリエンタルダークフライト?」
「ううん。赤い瓶に蛇が書いてあったやつ。名前はしらねぇよ」
他人の移り香さえ己のものに変えてしまえるような性質は。
全てを燃やしつくして破壊する彼女にだけ許される。
「香水とか……わかんねぇもん……」
うとうととする姿に思わず零れる笑み。
「火渡はそのままでいいですよ」
「んー……」
子供用に背中を丸める彼女をそっと抱いて、どんな夢を見よう。
せめて偽物の空間の中では何も考えずに笑っていられるように。
不条理の中で生きるには嘘が必要。
その嘘が少しでも優しく甘いものでありますようにと願うばかり。
(だから眠れないんですよ、君がいると……すぐにどこかに飛んで行ってしまうでしょう?)
クローンの子羊のように簡単に作れるものはないからこそ、人間は儚く美しい。
火を纏い天を駆けるその姿に惹かれないものはないように。
(君が起きるより少しだけ早く起きますから)
いつまでもいつまでも、君たちが幸せでありますように。
いつかその唇が「不条理」と呟くことが無くなるようにと瞳を閉じた。






「だーかーらー!!二人とも座薬です、座薬!!ほら脱いで!!」
怒りくるう防人から逃げるのは火渡赤馬その人。
逃げる体力を失った坂口は事実上ベッドに軟禁状態だ。
「俺はだいじょ……っは……」
「ほら!!走ると苦しくなるくらいなのに!!」
「痛いのは嫌だっっ!!」
逃げ惑う火渡をぎゅっと抱きしめて捕まえれば、小さな顔が胸の谷間に埋まる。
「……防人いい匂い……」
「あ、これ?何かね、赤い瓶に蛇で火渡っぽくて買っちゃったんだよね」
カプセルを咥えてそのまま唇を重ねる。
薬嫌いの彼女に効率よく飲ませるはこれが一番だ。
「オリエンタルなんとか?」
「アングロマニアよ」
「アンゴルモア?」
「それじゃ大魔王でしょ。ほら、水飲んで」
つかつかとベッドに近付いてにこり、と笑う。
「では、大戦士長にはスペシャルコースの座薬で」
「……なんですか、その語尾にハートマークが見えるようなものは……」
「好きですよね?こーいうプレイは。いっつもやってんですから。火渡!!ここの変態を
 抑えつけろっっ!!」
「任せとけっっ!!」





「大戦士長、もう具合は良いんですか?」
「円君」
「うれしい。名前で呼んでもらうのアタシ好きなんです。うちの戦士長はオカマ!!
 ですからねっ。かわいい人ですけど」
恋人二人と並べればよほどこの青年のほうが女性的だろう。
爪の先まで磨きをかけて、妖艶に笑うこともできる。
「座薬、効いたんですか?」
「……ええ、私も火渡も熱は下がりましたよ」
「でも、キャプテンブラボーが引いちゃったみたいで。うちの戦士長がお見舞いに行ってますよ。
 いっつもなんかラブラブですよねぇ」
「じゃあ今度は私が防人に座薬を打ってあげる番ですね」
笑いながらそんなことをいえば、事態はそう簡単でもなかったらしい。
発火しながら走ってくる火渡の姿。
高速移動の彼女をしっかりと受け止める。
(さっすが大戦士長……火炎同化してる戦士長を受け止めてるっ……)
よしよしと撫でながら話を聞きだす。
「どうしたんですか?今度は防人に座薬を……」
「ちーがーうー!!防人がっ!!」
「?」
「肺炎だって!!」
「は、肺炎!?」
「病院に運ばれてった!!照星さんからうつったからだ!!照星さんの馬鹿!!
 変態!!色ボケ!!セクハラ大王!!歩く下ネタ!!」
「……どれも正論だわ、戦士長……」
半泣きの火渡の髪をさわさわと撫でる。
小さな耳を親指で摘めばきゅ、と目を閉じて。
「まあそれはいいとして、肺炎ですか……あの子はこの時期本当に弱いですからね。
 座薬が打てないのは残念ですが代わりに火渡に打てばいいですかね」
「それどういうプレイだよ!!」
「座薬プレイですかね、ふふ。防人の所までお見舞いに行きますか」
並んで歩けばそれなりに絵になる二人でも、安心感には程遠い。
安定を望まない彼女と安住を好む彼。
「肺炎ってすぐにはなおんねぇんだろ?」
「本当に、防人は変なとこで体が弱いですからねぇ……」
病室の扉を開けば見舞い客がいたのか花やら飲み物やらが山になっている。
手をつける気力もないと青い白い顔をした彼女は静かに眠っていた。
点滴に書かれた名前を見上げて火渡はため息をつく。
「俺より強いのに……」
少し冷たい手をとればそれはどことなく死体に似ている。
それを知っているのは死体の冷たさを感じたことがあるから。
「安静にしてれば大丈夫ですよ」
「……火渡……?あ、照星さん……」
くしゃくしゃと女の黒髪を撫でる男の手。
「すいません……不摂生で……」
「この時期、君はいつも体を壊しますからね。ホムンクルスの討伐は火渡のセフレ……
 戦部でしたっけ?彼が行ってますから安心して休みなさい」
心配そうに見つめる緋色の瞳。
「ごめんね、心配掛けちゃって」
「俺より強いくせに倒れんなっ!!」
「そうだね。火渡残してなんて簡単に死ねない」
「……ぅん……これやる。飲めよ」
紙パックのジュースを手渡す。
「火渡、病人にはちゃんとものは選んで……」
「青汁ですよ、照星さん。ありがと、飲んじゃお」
数日もすれば退院はできるものの、彼女を欠いた隊はそれなりに多忙を期す。
戦士長としての責務は果たしながら自在に夜を飛べればいいのにと。
似合うようで不似合いな青汁を飲む姿。
少しだけ頬に差す赤味。
「照星さんの菌から移ったんだろ?」
「んー、まあ、そんな感じ。寝てるだけだから大分楽だよ」
それでも腕に絡まる管は視線に痛々しい。
「移るからそろそろ帰りな」
さよならのキスもできないと笑う唇。
ただ自分から離すことが今できる精いっぱいの愛情で。
「!!」
彼女のそれに重なる彼の唇。
「早くよくなるように、おまじないですよ」
「……はい……」
「それまで座薬は取っておきますから」
「……火渡、今すぐそこの変態を焼死体にして……」
「おう!!任せとけ!!」
ばたばたと騒ぐ二人を尻目にすれば、もう一人の青年の姿。
「キャプテンブラボー、お見舞いにきましたっ」
「円山」
「はい、お見舞いのカヌレとメロンパンです。確か、お好きだったかと」
「ありがとう。ついでにあの二人を静かにさせてくれるともっと嬉しいなぁ」
「了解!!」






指を絡ませてどこまで飛ぼう。
空色は恋色、オリエンタルダークフライト。










1:09 2008/11/25

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