◆スターヴォヤージュ◆
ともすれば肩に涎が付き添うな勢いで、男の背で眠る女。
投げ出された腕は力なく首に絡む程度。
(こんなのが俺の上官ってんだから世の中は本当に不条理だな、あんたの口癖と一緒で)
触れた頬が柔らかい。
この凶悪な生き物が女であることをそっと告げる。
「ぅあ?なんで俺……」
「起きたか」
「んー?戦部じゃんか、何やってんだよ」
「見ての通り、あんたを運搬中だ」
「そっか」
そのまま再び眠りにつこうとする姿。
「威厳も何もあったもんじゃないな」
掛かる寝息に強い酒気。宴は終わらずに疲労困憊の彼女はこの有様だ。
無造作に解かれた赤い髪が夜闇にどことなく鬼灯のように浮かぶ。
「あー、男の頬ってのはあんま気持ちよくねぇな。しかも、てめぇ髭伸びてんじゃねぇか」
ちくり、と小さな痛みとざらつき。
猫の舌の様だと、猫に似た女が耳元で笑った。
「言いたい放題だな。ここに放置して行っても良いんだぞ?」
「やってみろよ、死ぬぜ」
「焼き殺されるのは勘弁願いたいもんだ」
指先に黒髪を絡ませて軽く引く。艶のあるそれが憎々しいと唇が歪んだ。
「俺じゃねぇよ。死刑執行人はほかにもいんだろ?」
「そうだな。生きてる保証がないな」
目的地は目の前のドア。手を掛けるよりも早く開いてしまう。
シャツの布地越しにもはっきりとわかる豊満な乳房。
湯上りの香りを纏った黒髪の女。
「ちょうどよかった。デリバリーだ」
「あら、ありがとう」
背中から引き離して渡そうとした瞬間に重なる唇。
不意のキスは避ける事などできない。
まして戦士長という立場の女は敏捷性もそれに比例した。
「……何か変な味するんだけど……デリバリーって普通おいしいものもってくるでしょ」
寝ぼけた火渡を抱き上げてその額にもキスを。
「あ?防人?」
「おはよう。ずいぶんなデリバリーしてくれたわね」
勘違いも甚だしいと男は深いため息を吐いた。
「ま、戦部とは相性が良いからあれだけど」
「デリヘル?」
「そうだね。男のデリヘルがあったっていいだろうし」
豊満な乳房の間に埋もれる小さな頭。
「戦士長のお守は最後までするってのが暗黙の了解でしょう?」
「嵌められたか」
「それは今から。照星さんがかぎつける前にドア閉めたいんだけど」
閉じるドアと二人の女。
ため息を深くついたのは彼だった。
銀色のリボンが両手首を後ろに縛りあげる。
「もう一個作れよ」
長身の女は全身を白銀のメタルジャケットに包む。
「火渡、シルバースキンは玩具じゃないっていつも言ってるでしょ」
後ろから乳房を掴む指先。
首筋に唇が触れて小さな痣を作る。
形の良い唇が彼女の髪を留める紐を咥えて、ぱらりと解いてしまう。
「目隠しとかよー、面白そうじゃんか」
「だってさ。戦部、火渡に目隠しする?」
ジャケットを脱ぎ捨てれば均整のとれた体躯が目に眩しい。
女の体を後ろから抱き締めてそのまま彼女の胸を包む晒しを外していく。
「んじゃいらねぇよ。俺、目隠し嫌いだもん」
男の頬を両手で包んで噛みつくようなキスを繰り返す。
「今日の夜食は同い年」
同じように男の頬に触れる唇。
そのまま下がって耳から耳朶に。うなじに噛みついて歯形を残す。
「噛み癖あるのか?あんた」
肩から肩甲骨にそれが刻まれる。
「無いよ。美味しそうだと思ったから」
赤髪の女の唇が胸板に重なる。心臓の真上を狙うようにして。
健康的な火渡よりも少しだけ色素の濃い彼の肌。
舌先がそのままゆっくりと下がって行く。
「何の匂いなんだ?これ?」
「男臭いってのじゃないの?でも、オイル?金属?」
それなりに鼻が利く彼女たちがそろって首を傾げる。
長い黒髪は闇に似て、女の指がゆるりと抜けていく。
「ホムだ。おめー、ツマミくらい普通のもん食えよ」
「良いな。長いのも……」
縛られたままの手首に接吻して、指を一本ずつ確かめるように舐め上げて。
かり、と爪を噛む。
「噛み癖だろ、立派な……ッ!!……」
やんわりと扱いていたペニスの先端に舌が掠れる。
「噛まれんの好きなのか?だったら噛むけど」
「ソコは噛まれたらものすごく困るがな」
「んー……」
横から挟むように唇が幹を咥えて上下する。
形を丹念になぞる舌は、まるで違う生き物のように妖しく蠢く。
薄い唇が亀頭を包んで軽く吸い上げる。
ぴちゃぴちゃと舐め嬲る音が鼓膜を侵食して。
僅かに閉じられた瞼と睫毛。
「再殺は縛られるのが好きなの多いね」
乾いた唇を塞いで黒髪の女は男と視線を重ねた。
「そうか?」
「あんたとわんこと忍者の子、あと……こいつ」
鈴口を這いまわっていた舌先が離れて、猫のように歪んで笑う薄い唇。
浮き出た脈をなぞって淫猥な色の眼が彼を捕らえた。
「火渡」
肩に顎を乗せて交わされる女同士の甘いキス。
男の両頬にそのまま触れる二人の唇。
「どっちが良い?戦部」
「俺に選択肢はあるのか?」
ぐ、と顎を取って唇を押しあてられる。
舌先が入り込んで蹂躙するような接吻と高圧的な瞳。
僅かに見上げる女の顔はこの上なく幼くて妖艶。
「あるわけねぇだろ。ぶっ殺されてぇのか?」
「じゃあ、上下関係しっかりしてたほうがいいってことで」
男の腹に跨ってゆっくりと腰を下ろしていく。
亀頭が膣口に触れて飲み込まれ、途中で火渡はその動きを止めた。
半分まで銜え込んだ姿は扇情的で相手を焦らすには十分だった。
「……なんの冗談だ……?」
「あ?照星サンと最近こーいうプレイ……」
くちゅくちゅと繰り返される浅い注入で揺れる乳房。
それを掴んで首筋に女の唇が噛みついた。
指先がきゅ、と乳首を捻りながら今度はやわらかな腹部を下がって。
「!!」
銜え込んだままの入口を押し広げるようにして入り込む。
「な…ッ!!」
「私が最近ヤラれてんのは、こーいうプレイ」
そのまま空いた右手で火渡の腰をぐ…と沈ませた。
「…ッァ……んんっ!!」
最奥まで貫かれて仰け反る肢体。引き抜かれる指に、びく…と震える。
唇を割って入り込む指先に従順に絡まる舌先。
拘束を解除して男の手を腰にまわさせる。
「良いよ。好きにして」
「……あんたが一番食えねぇ……」
封じるように重なる唇。ちゅ…と音を立てて離れて。
「当たり前でしょ?私は食う側なんだから食われる筈がない」
覆いかぶさるように火渡の身体を押しつければそのまま下から突き上げてくる。
「ひゃ……んぅ!!」
二人の手が深く繋がるように小さな体を押さえつける。
「……ふ…ぁ……!!……」
逃げられないように両手を引かれ、隙間なく肉棒を飲み込んだ膣口が赤くひくつく。
汗の光る肌と張りつめた乳房。
クリトリスを捻る指先に呼応するように上がる嬌声。
「火渡は可愛いなぁ……可愛いから、うーんと虐めたくなる」
親指がひくつくクリトリスを押し上げるたびに上ずって行く声。
普段ならば聞くことの出来ない鼻に掛かる様な甘い声が劣情を否応なしに刺激する。
「ねー、もうべたべただし。エッチなんだもんね」
指先に絡ませた愛液を乳首に塗りたくる。
「んんっ!!」
「気持ちいいのは好きだもんねー、そういう風に育っちゃったから」
睨もうとする視線も潤みがち。
互いの体液が混ざり合い、ぬらぬらと腿を濡らした。
(どっちも……立派なSだと思ってたがそうでもないもんだな……)
ぐい、と強く引き寄せればしゃがみ込むようにして腰を擦りつけてくる。
「ダメ。それじゃ私が遊べない」
「あんたも参加するのか?」
「当然。火渡の飼い主は私だから」
繋がったまま腰を上げさせて、背中を押せば乳房が男の胸板に触れた。
「乳首がちょっと擦れるだけでもイイんだもんね。火渡は」
「…ち…が……ッ!!…」
「違わなーい。マゾでエッチな火渡戦士長。訓練生みんなのおかずなアイドル」
短くなる呼吸と背筋を舐める舌先。
「あ、ンぅ!!」
腕が伸びて女の背中を抱きしめる。
繰り返すキスにうっとりと閉じられた双眸。
「んじゃ、私も参戦……っと」
双頭のバイブを舐め上げてその一方を自分の膣口に当てて飲み込ませる。
外れないようにとレザーバンドで固定してからわざと内腿に無機質なそれを擦りつけた。
「何もしなくていいくらいぐっしょり濡れてるし、コッチも大好きだからいいよね」
押し広げるようにして挿入ってくる異物に悲鳴に似た声が上がった。
ゆっくりとした侵入でも十分身体が軋むような大きさと太さ。
快感よりも叩くような鈍い痛みが細腰を中心に走り抜ける。
「……ア!!ぅ……」
根元まで注入してボタンを押せば、モーター音が鈍く耳に響く。
抉るような回転と下からの突き上げに獣染みた声しかもはや上がらない。
鷲掴みされた乳房と尖りきった乳首を甘噛する男の唇。
「ん、ア……!!…ひ…ぅ!!……」
ぐちゅぐちゅと擦れ合う音と絡まった三つの身体。
「…っは……こっち、向いて……」
顎をど取って何度も何度も唇を吸い合う。
内側で抉りあう感触に何度も迎える絶頂。
赤毛を指に巻きつけてそっと頬を寄せる。
「火渡は可愛いな……大好きだよ……」
それは振り切ることのできない呪文のように繰り返される。
噛み千切りたい欲求を飲み込んだキス。
銀色の鎖は決して破壊されることなく二人を繋いでくれた。
ぐったりとして眠ってしまった彼女を胸に抱いて、くすくすと笑う口唇。
「あんた、性格悪いな」
「ビール私にも」
「火渡戦士長も難儀な女に惚れられたもんだ」
プルタブを引いて口を付ける。苦いと思わなくなったのはいつからだっただろうか。
寝転がりながら上下する喉と唇を舐める舌。
「将来偽装結婚が必要になったらこいつはあんたと、私は千歳とするつもりくらいあんたのことは好きよ」
「褒められてんだか貶されてんだか」
ベッドの上で胡坐を掻く全裸の男に、女は特に気にする素振りもなく続けた。
「火渡可愛いでしょー。あげないぞ」
「いらん……あんたもセットで付いてくるだろ……それでなくとも戦士千歳が……」
顔を片手で押えてため息をつく姿。
かつての照星部隊の三人は同じ性癖を持つ曲者だった。
火渡赤馬は純粋なバイセクシャル。防人衛は女よりの同じそれ。
そして彼らからすれば恐怖の対象となる楯山千歳は、男よりのバイセクシャルだった。
「ああ、千歳は男の方が好きだからねぇ。新米二人はもう食われてるし。お尻押えて歩いてたから
いい医者紹介してあげたわよ。円山は懐いてるし」
火渡も防人も千歳とは普通に性交渉を持てる貴重な女だ。
彼も特に拒否することもなく、三人は互いを尊重し合う関係にある。
「千歳の好みは男っぽいのだからな。照星さんとかあんたとか」
「……………………」
「ヘルメスはいきなりバックとれるからね。照星さんですら逃げるときは本気出してるし。
バロンに立てこもった時は核鉄の反発で入れなかったって千歳悔しがってたなぁ」
「……頼むから止めてくれ。男に掘られる趣味は無い……」
「人生は間口広い方が楽しめるのよ、戦部」
谷間に顔を埋めて疲れきった顔で眠る女の額に張りつく赤い髪を払う指先。
ちゅ、と小さな額にキスをしてぎゅっと抱きしめる。
「女の子は良いなぁ。柔らかくていい匂い。火渡りはおっぱい大きいけど腰は細いしお尻も小さいし。
本当にエッチな身体つきだから困っちゃうなぁ」
彼女が女でなかったならば何も引っかからない発言だろう。
「火渡も私も人生は楽しんでなんぼって思ってるの。だから、あんたも千歳と楽しんだら
いいでしょ?千歳、すっごい満足げに結果報告に……」
「来たのか!?」
「……あー……?千歳が戦部のケツを掘った時の狂喜乱舞は事細かにきいたぜ……」
手を伸ばして防人の背中を抱きしめる。
「起きちゃった?」
「うるせぇ声が二つもありゃ起きんだろ……ま、照星さんを掘る時はカメラ仕掛けて記念撮影
って言ってたな……ダビングしてくれっては言っといた。あとでそれをつかってロートルを強請る」
ほにゅほにゅとした乳房に顔を埋めて起きる素振りなどみじんもない。
「火渡もビール飲む?」
「……………………」
「エビスだから美味しいよ」
「……飲む……」
のろのろと身体を起こして飲みかけのビールを男の手から奪い取る。
「ダリぃ……もう一本……あっちぃ……」
二本目に手を付けてそのまま飲み干す。
「ヤった後の一杯と一服はいいよなー」
「そんなおっさんみたいなこと、そこのオヤジだって言わないわよ……」
男の股間に手を伸ばす。
「掴むな!!」
「おっさんだったらセクハラ上等だろ?」
そのままやんわりと扱きだす。
「扱くな!!」
「んじゃ勃起させんなよ。うるせーやつだな」
ビール缶を投げ捨てて今度は傍らの女の乳房を掴む。
「いいよなぁ、巨乳。これくれぇでかいと挟むのにも」
「あんたおっさんじゃなくて変態。照星さんと同じレベル」
「マジ!?ロートルレベルは嫌だ!!」
ぱっと手を離して首を何度も振る。
「俺……いつまであんたの部下なんだ?」
「しらねーよ。多分死ぬまでじゃねぇの?」
床に転がるビールの缶。
数えるのも面倒だと笑い合った。
「そんな楽しいことをしてるんだね、衛は」
イヤホンを外して青年は本を閉じた。
「僕も照星さんとそんな風に楽しいセックスがしたいな」
「戦部とすれば?」
「泣き叫ばれたんだ」
立ち上がってキッチンへと消えていく姿。
程なくして二人分のブリュレと紅茶を持って戻ってくる。
「おいしー♪千歳は料理上手だよね」
「偽装結婚の相手程度にだろ?利害が一致してるから僕は拒まないけど」
銀色のティースプーンを咥えた唇。
「止めたの?」
「激戦を発動させられたけども、ヘルメスでバックを取ればこっちのものだから。良いね、
僕は男らしい人が好きだからすごく楽しめたよ」
「あんたの場合は見かけによらず上になる男だもんね」
「当然だろう?僕は男だからね。どうして下になんなきゃいけないのさ」
似た者の二人は時折こんな風に過ごす。
単独行動の多い二人は休日が重なることも度々だった。
「今日は火渡とパエリヤの美味しいところに行くんだ」
「へぇ……僕も円山とシャンパンの美味しいところに行く予定なんだ。あと、あの可愛い子犬」
「ああ、ポチね。真性ドMの」
モスグリーンのニットを着た青年がのんびりと紅茶を飲む姿。
向かいに座る女との組み合わせは悪くない。
「お互い今夜は楽しいことになりそうね」
「そうだね。電源は入れておくけどメールで」
「OK」
巡るは兎の影。
兎の振りをした殺人鬼。
16:27 2009/01/11