◆アインスドライ◆






「照星さん、休暇届出したいんでもってきました」
相変わらずジルバースキンで全身を包んで、彼女は目だけで笑う。
「休暇ですか。まあ……君の場合は忙しいですかね。たまにはゆっくりと羽を
 伸ばすのもいいでしょう。で、いつですか?」
「十二月二十四日と二十五日です」
「駄目です」
「クリスマスくらいゆっくりしたいんです。ゆっくりしてきてね!!くらい言ってくれ
 たっていいじゃないですか」
文句に男はにこり、と笑う。
「火渡も同じ日に休暇届もってきてますから」
「あたりまえですよ。草津温泉のペアチケ当てたんです。だから一緒に行こうと思って」
買出しついでにたまったクーポン。
狙ったものはパソコンだったが温泉旅行ペアチケットを当ててしまった。
どうせならたまにはのんびりとすごしたい。
「照星さんはお休みないじゃないですか。だから、誘えませんよ」
「誘う気あったんですか?」
「これでも私も火渡も気を使ってるんです」
視線だけであからさまに不機嫌なのが今度は読み取れる。
立場上公式な休みは坂口照星には殆どないのも事実だ。
「……座って話しませんか?」
「ええ」
帽子を収束させて襟を軽く折る。
形のいい唇と短い黒髪がふわり、と揺れた。
「温泉だから最初、照星さんとあの看護婦さんあたりで良いかなーって考えたんですけども
 照星さん休みないし、って」
「待ってください。彼女とは誓ってなにもありません」
「あっても良いですよ、別に。素敵な家庭を築いてください。私は火渡と幸せに
 なりますから安心して良いですよ」
コーヒーに口をつけて、熱いとつぶやく。
少しだけ出た舌先と涙ぐむ双眸。
「そうしてると、昔みたいですね。火渡はせっかちで、防人はのんびりしてて。
 任務から帰ってきたときに君たちが走ってきてくれるのが嬉しかった……」
懐かしむように優しい視線。
まだ彼が戦士長だったころ、長期任務明けの一番の楽しみが自分を迎える二人だった。
ぎゅっと抱きつけてくる小さな子供たち。
兄のようだと慕ってくれたあの頃。
「あのころの君は、衛は大きくなったら照星さんのお嫁さんになるって言ってて。
 火渡も……赤馬もまもと一緒にお嫁さんになるって言ってましたね、ふふ」
マグカップに入る皹。
「脳外科、紹介しますよ……そんな捏造……」
げんなりする防人の頭をぽふぽふとなでる手。
「おや?誰か来ましたね」
ドアをノックする音。
「大戦士長、火渡戦士長からです」
書類の入った袋を手渡したのは再殺部隊に配属されたばかりの少年だった。
メガネの奥の丸い瞳にふわふわの栗毛。
「ありがとうございます。当の火渡はどうしました?」
「その……」
もごもごと口篭る。
言いたくないか、言い難いか。それともその両方か。
「大概のことじゃ驚きませんよ」
「……戦士戦部と……その……」
その言葉の続きは声が小さくなってしまう。
聞き終えて男は書類を真っ二つに引き裂き、女はマグカップを原子に返した。
「防人」
「はい」
「お仕置きに行きますよ!!」
「はいっ」




並んで歩けば釣り合いの取れる二人にも見える。
「私も混ぜてもらおうっと。戦部とは相性良いし」
「駄目です。火渡を回収するのが目的ですから」
珍しく防人が首を傾げる。
「回収?」
「一回くらい核鉄没収しないと反省しませんからね。まったく」
しかし、火渡が簡単に核鉄を返すことは考えにくい。
丸腰のときに何かあればそれこそ大問題になる。
核鉄なしでも彼女の攻撃力は一撃が重い。
相手が死なない保証がないのだ。
「火渡を回収して、そのままどっか行きましょう。照星さん」
「は?」
「たまに三人でどっか出かけてもいいかなーって。時間があったらですけど」
覗く瞳はあの頃の光が確かに残る。
「それとも、任務はまだ時間がかかりますか?」
シルバースキンを収束させればスーツ姿。
「珍しいですね、君がそんな格好なんて」
背の高い彼女を魅惑的にする変形のジャケットに琥珀のボタン。
伸びた脚を綺麗に演出するパンツスタイル。
「ご飯でも食べに行ければ」
「会議は……さっき書類をバラしてしまいましたからね」
「午後からは空いてますか?」
「空いちゃいましたね。ついさっき」
こうしていれば彼女も普通の人間に紛れてしまう。
「ああ、でもいきなり発火しちゃうかな」
再度核鉄を発動させて全身をメタルジャケットに包み込む。
「ランチでもしますか、ホテルで」
「はい!?」
「そんなに驚くようなことですか?たまには君たちにも美味しいもので栄養を付けてあげないと。
 君も火渡も昔から偏食ですからね」
何だかんだと彼は彼女たちを可愛がった。
それは今も変わらずに二人とも同じだけ愛しいということに嘘はない。
この人だけを好きになれたならばどんなに幸せだろう。
「私たちの親代わりですからね」
「なら私は娘に手を掛けたことになりますね」
言葉の意味が深いのは黒髪の女の方で、感情を隠してしまう。
それを読み取るだけの能力のない男は近付くことすら儘ならない。
「神罰が下りそうです」
「……………………」
「まだ死ぬわけにはいきませんよ。私の午後の予定は両手に花で楽しいランチから始めるんですから」
珍しく片眼を閉じる。
少しだけ紫の交ったその眼は昔と変わらないのに。
この心だけが成長してしまった。
「防人?」
無意識にジャケットの裾を掴んでしまうのは彼女の癖の一つ。
「……あんまり頑張りすぎないことです。君はいつも抱え込む」
「……はい……」
それでも彼に依存してしまうものがある。
完全に離れてしまえればいいのに、それもできない。
「あとは君たちが昔の約束を守って私の所に嫁いでくれれば」
「今すぐ精神科行ってください」
こつん、とぶつかる額。
「遊ぶなとは言いません。程々になさい」
「はい」
「ランチの前に戦部をかるく殺りにいきますよ、防人」
「はいっ」
涙目はそっと目深の帽子で隠して、この心は銀色に眩ませて。
「核鉄、没収するんですか?」
「考えてはいますよ。暴れすぎですからね。まあ……素直に渡すとは思いませんけど」








「もうちょっと下。ッア!!」
「やーン、火渡戦士長ったらこんなに硬くしちゃってぇ」
「その気色悪ぃ表現やめろオカマ……」
カフェオレに口を付けながら斜め上に睨む瞳。
「こんなに肩凝るなんて。デスクワークが多かったからかしら」
破壊力が強い彼女は肉弾戦を得意とする。
それを補佐する者がいればその効果は絶大な物に変わるように。
「いーや、変な体位で戦部とヤッたからだな。無駄にでかいから俺に負担がくる」
「かわいそーぉ。円ちゃんは優しいでしょ、戦士長っ」
ちゅ、と薄い唇が頬に触れる。
腕組みして不機嫌そうに見上げてくる赤眼と長い睫毛。
「オカマでドSって何なんだか」
肩に食い込む指先に零れるため息。
「女に興味は無いけども、火渡戦士長は別物」
後ろからむにゅ、と乳房を掴まれる。
「触んな、バーカ」
「戦部ちゃんは?」
「さぁな。死んでなきゃいいんだけどよ」
首をこきりと鳴らす。
「さっき高笑いしてた照星さんとものすげー笑う防人に連行されてった」
「生きてたら奇跡じゃない……それ……」
「大奇跡だったら起きんじゃねぇの?人間超えればさ」
残ったカフェオレを飲み干せば今度は青年の唇が重なる。
顎を取られ上を向かされ重なっては離れる。
「あんまーい!!どうしてこんな甘いの飲んでるのよ!!体に悪いわ!!甘党で大酒飲みで
 ヘビースモーカーでバイセクシャルなんてレアの極み!!」
濡れた唇を感度か奪い合えば、世の中は悪くもないと笑える。
燈色美しく焔を操る激情の女。
「火渡、着替えた?」
「あ?まだ」
「早く着替えて。照星さんのおごりで豪華なランチだから」
見慣れたシルバースキンではなく私服の彼女に促される。
ジャケットとジーンズ、もう一度だけ髪を結び直す。
「飯?」
「そう、午後からは空いてるんだって」
「戦部は?」
「医務室」
短い会話で察すれば彼の現状が簡潔にわかる。
手を繋いで出ていく姿は女同士でもどこか不思議な絵になるように。
気の毒な男を一人残して出かけるのは午後の日差し。





珍しく普通の冬用コートをまとった男を中央にして目的地へと歩く。
「そういえば、どうして二人で私を誘おうなんて考えてくれてたんですか?」
赤毛の女がにや、と笑う。
「そりゃ、九月に何もできなかったからな」
咥え煙草、箱は彼女と同じ赤。
「ずっと気になってたんだよね」
二人の言葉に今度は彼が首を傾げる番だった。
「九月、ですか」
彼の誕生日は三月であり、バレンタインはその前の二月だ。
九月には精々下半期の決済を作らなければいけないという管理者特有の憂鬱があるくらい。
(何かあっただろうか……)
お揃いのライター、火を点けて長身の女が笑った。
「敬老の日に何もできなかったんで」
「そ、ロートルには気を使おうって思ったんだけど、照星さん忙しそうだったしさ」
その言葉にがっくりと肩を落とす。
確かに彼女たちよりは年長だが世間的にはまだまだ男盛り。
「な、クリスマス休みくれよ照星さん」
「ダメです。二人揃っては無理ですね」
「じゃあ、三人だったら?照星さんも一緒来ればいいじゃん」
昔から彼女は思ったことをまっすぐに伝えてくる。
二人ができれば誘いたかったというのは本当のことだったのだ。
「そうしたいですね、本当だったら」
両腕に絡まる二人の女。
昔もこうして二人は彼に抱きつくことが多かった。
「休んじゃいますか」
少しだけ時間を戻すのならば、二人がまだまっすぐに前を見つめていた時に。
今よりも幼い笑顔でも世の中などしらないまま。
「クリスマスにはサンタクロースが来るように、良い子にしてるんですよ。二人とも」
昔、寝かしつけるためのあの言葉。
目が覚めて大はしゃぎする二人を見ながら任務地へと向かったあの日々。
今度は彼女たちの命を預かる立場となり、ため息はやはり止まない。
「だって、何貰う?火渡」
「あ?休み」
「そうだよね。欲しいのは」
一枚の写真に写った三人の姿。
今よりも若い彼と幼い彼女たち。
なぜだか幸せそうに大きく口をあけて笑っている。
「頑張ります」
廻り回るこの止まらない世界であってしまったから。
二人を抱き寄せればあの日と変わらない。
少しだけ大人になってしまっただけで。
「照星さーん、飯!!」
「デザートが美味しいと嬉しいですっ」
どちらも愛おしいと思うこの気持ちに嘘はない。
手放せないまま成長させてしまったのもまた事実だ。
「分かりました。行きましょう」
彼にとっては慣れないアーケードを抜けて。
ついでにと連れ込まれたさらに慣れない機械の前。
「一枚撮っておこうぜ。照星さん、小銭ある?」
「カードなら」
「すっごい嫌な感じ。ま、この人に金銭感覚求めちゃいけないけどね」
真中に彼を、両脇に彼女たち。
「グラサン取れよ、照星さん」
「帽子も取ってくださいね」
シャッター音に合わせて量頬に触れる唇。
少し困ったように笑う彼と、全開の笑顔の彼女たち。
「!!」
一人ずつ、きれいに映し出されるキスシーン。
「携帯電話の電池に貼ればいいんですよね?」
「待ち受けにもできますよ」
「設定できねぇならやってやるよ」
優しい匂いと暖かな大きな手。
一人と二人で作る小さな世界。
少しだけ時間を巻き戻せばそこにある確かな何か。
陳腐な言葉で言うのならば絆というものなのだろう。
愛の言葉で命は救えない。奇麗事では誰も守れない。
だからこそ彼は拒んでいた最高責任者の地位に着いた。
力でしか守れないもの、強さでしか得られないもの。
白と黒が混在してこの世界は存在するのだから。
「なんだかうれしくて死んじゃいそうですね」
その言葉に二人が男に振り返った。
「財産は私と火渡名義にしててください」
「不動産とかは生前分与できんだぜ?」
いつもどおりの二人の言葉。
「簡単には死にませんよ。あなたたち二人には私の子供を産んでもらう予定なんですから」
「絶っっ対ぇ嫌だ!!」
「うん、考えると怖いな……普通じゃない子が生まれてくる自信がある」
二人の背中を軽く押す。
「さ、栄養いっぱい採ってもらいますからね。好き嫌いはしないように」
この晴れ渡る空に虹を架けるように。
澄んだ心を少しだけ取り戻して走り出す冬の日。
ほほに感じる冷たさも訪れる春のため。
ちらつく雪もまた美しいと思えるように、年月を重ねた。






「ご機嫌ですね、大戦士長」
再殺部隊の制服を纏った青年が笑いかける。
すらりとした体躯とどこか落ち着いた風貌は中世的。
どちらかといえば女性的な顔つきで目立つのは長い睫。
「千歳君だけですね、私のことをそう呼ぶのは」
「防人も火渡も照星さんって呼びますからね。さすがに僕までそうだったら失礼ですし」
報告書を手渡されて、ふと彼に携帯の画面を見せてみる。
「ああ、食事に行ったって防人がいってましたね」
「今は撮ったものをこんな風に待ちうけにできるんですね」
「ええ。僕もそうですよ、これですけど」
珍しくフルメイクの二人と私服の青年。
「この間バーゲンに付き合わされて。半休もらってたのがつぶれましたよ。車要員
 なのはわかってるんですけども、衛も赤馬も荷物が半端なくて……指導しててください」
照星部隊に在籍していた三人はそれぞれが心に傷を持つ。
「そのうち、君ともゆっくりとお酒でも飲みたいですね」
「紅茶ならいつでもお付き合いしますよ、兄さん」
「その呼ばれ方も久しいですね」
再殺部隊でも単独行動の多い楯山千歳はある意味、彼の密偵に近い動きを主とする。
休日は一人で過ごすことを好む彼にとっては件の二人は少々にぎやか過ぎるらしい。
「君は……あの二人をどう思いますか?」
ぱちん、と瞬く切れ長の目。
「そうですね……まあ、変な病気もらうことはないとは思いますけども。少し控えろって
 言ってるんですけども僕の言うことなんか聞きませんから」
それでも彼の手首に輝くのは十字と花で飾られた銀色の時計。
二人の指輪と同じデザイン。
「大戦士長が思うような関係はありませんよ、少なくとも火渡とは」
「では防人とは?」
「衛が勝手に押しかけてくるんです。火渡と遊べないときに。その程度ですよ。
 僕もあいつも勝手に過ごしてますし。やっぱ……他人になれないっていうか……
 依存しあってるんです。防人は火渡が好きですからね。僕もどっちかといえば
 貴方のほうがいい、照星さん」
「……私は女性オンリーなんですけどね」
「間口は広いほうが人生は楽しいですよ?」
育て方を間違ったと溜息を吐く。
「悲しむのも疲れるんです。だったら何も考えないほうがいい」
毎年、夏のある日に彼は休暇をとる。
忘れ得ないその日は生涯の禍根となって。
同じように二人の女もその日は揃って休みを取っていた。
彼にできるのは三人にその日を与えることだけ。
「千歳君」
「?」
「泣きたいときは胸くらい貸しますよ」
「……はい……あはは、この間、衛のFカップの谷間で泣いてきましたよ」
「それはうらやましいですね」
「そうですか?生乳で挟まれたらいいんじゃないですか?。そういえば、火渡に
 お前の乳は硬い、っていったらグーで殴られましたよ」
彼もいつまにか皮肉を覚えた。
作り笑いが三人とも上手になってしまったように。
「大きさの問題なんでしょうね。ああ、あんまりいうとあいつは一応、僕の上官に
 なるからまた暴れだしますね。まったく……だから女は面倒なんだ」
栗色に混ざる淡い紅。他人になじめない彼の色香。
「再殺にいても、君は独立してるんですけどね」
「それをあいつが理解できてりゃいんですけども。夕方から、休みを貰ってますので」
静かに一日の終わりを迎えるのを好む彼は話し相手には丁度良い。
上質な紅茶を好んで、ほんの少しだけ金色の蜂蜜を垂らす。
一見すれば人形のようだが従うことは少ない青年。
「もうじきフォートナム&メイソンが届きます。飲みに来なさい」
コーヒーを好む彼女たちとは少しだけ違うから。
「はい。そんないいものなんて司令室(ここ)でしかご馳走になれないから」
止まることを拒み彼もまた強くなった。
「失礼しますね」
「よい休暇を」
誰かが口ずさむ賛美歌。
祈りの歌は自分には必要はないと十字を切る。
願わくば彼と彼女たちに安息を。
(さて、どうやってクリスマスの連休をとりましょうかね……職権乱用しちゃいますか)



窓の外にちらつく雪。
すべての人に祝福を。



23:25 2008/12/08



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