◆黒い海に紅く◆




重ね重ねは罪なる花。
それは人の世の憂いを映し今が盛りと舞う妖々たる美しさ。
古き人は舞う雪を風花と例えたように。
焔に舞うは光か蝶かいざ知らぬ。




「照星さん、それ貸して」
ぐい、とマントを掴む指先。
下から覗きこんでくる猫目に男はにこり、と笑った。
「貸してもいいですけど、悪戯はしないでくださいね」
「やった!!」
「スペアがあるので、そっちを貸してあげますよ。いらっしゃい」
ちょこちょこ付いてくる姿は幼いころと然程変わらない。
伸びた睫毛が卑猥に誘う仕草を除けば。
私室に戻ってクローゼットから取り出して手渡す。
「よいせっ」
袖を通して見れば案の定、床擦れ擦れの大きさ。
「うーん、ちょっとでかいな。まあ、良いか」
「何に使うんですか?」
「ん?コスプレ」
「コスプレですか。良いですね、参加しましょうか。あ、それとも審査員で……」
「円山のバニーと戦部のボンテージ。根来はベビードール、犬飼は首輪となんだっけ……
 照星さんだったら褌くらいじゃないと面白味ねぇよ。千歳は不参加。付き合い悪いよな」
眩暈のしそうなラインナップに二度ばかり頭を振る。
(再殺は確かに火渡に管理権を与えてますが……何か間違えましたかねぇ……)
嬉々としてマントを羽織る姿を見れば当人が何なのかが益々分からない。
燈色の髪に黒の外套は予想以上に魅惑的だ。
「火渡は何をするんですか?」
「俺?霧雨魔理沙」
「なんですか、それ?」
「ググってみれば?んじゃこれ借りてくから」
「レンタル料取りますよ」
くるり、踵を返して。
親指で彼の顎を持ち上げて重なる唇。
「たった今払ったぜ」
「やれやれ。汚さないで下さいね」





火渡のいうところのキャラクターがゲームに出てくるのは分かった。
しかし、どちらかといえばドロワーズとドレープ、ケープが印象的なそれにマントは必要ない。
「照星さん、判子ください」
全身をメタルジャケットに包んだ防人がのんびりと書類を差し出す。
必要な捺印をしてからふいに彼は彼女を見上げた。
「そういえば君もコスプレですね」
「あ、もしかして火渡のですか?魔理沙やるんだって張り切ってましたよ。滅多に見れない
 ふりふりのスカート姿も拝めましたし。ドロワーズも脱がし甲斐があって〜」
その言葉にげんなりとしてため息をひとつ。
立ち話もなんだと座るように促す。
「試食済みなんですね」
「火渡から誘ってきましたから。相当酔ってたんで美味しく頂きましたよ。私、遠慮しない女ですし」
ミルクティーに口を付ける。
目深に被った帽子から覗く藍色交じりの漆黒の瞳。
「何をやってるんです?」
「親睦会?程々に仲は良いんで無害ですよ」
何かを知っている素振りでも彼女はただでは口も脚も開かない。
騙し合い応酬は永遠の夜のように続いてしまう。
「防人、抹茶のシフォンは好きですか?」
「大好きです」
「じゃあ、私とどっちが好きですか?」
「シフォンです」
わかりきった答えでも少しだけ痛む胸。
「冗談ですよ、少なくともシフォンよりは照星さんの方が好きですよ」
けらけらと笑って出されたケーキを頬張る。
「ただ、魔女には黒マントだねって話になったんで借りに来たんだと思いますよ。
 スカートもドロワーズも気に入らなかったらしくて。単純に魔女がしたいんじゃないんですか?
 昔はハロウィンの時、戦団の子供たちで……照星さんにもお菓子貰ったっけ」
唇のクリームを男の親指が拭う。
「魔理沙の口癖はこれ借りてくぜ、永遠に。ですよ。気を付けてくださいね」
「じゃあ、火渡から永遠にレンタル料が取れますね。それはそれで……」
ごちそうさまでした、と手を合わせる。
戦団屈指の美女は何を間違えたかバイセクシュアルに育ってしまった。
それは当然一緒に暮らしていたもう一人にも伝染してしまう。
「火渡が防人が浮気したって爆発してましたねぇ」
「誤解なんですけどねぇ……一回懲りたんで女の子は火渡だけにしてますよ」
「おや、狙いたい子は居るんですか?」
「そうですねー……津村斗貴子かなぁ……気の強い子好きな……」
そこまで言って口を押さえる。
「黙っててあげますよ」
「……はぃ……」
珍しくばつの悪そうな顔をするのが妙に愛しいと。
帽子を取り上げてくしゃくしゃと黒髪を撫でつける。
「ばれない様にするか、私のようにうまく共存するか」
「ばれないようにやりつつ共存します」
キスは甘い味。骨まで蕩かして。
「照星さん、さくらんぼの茎結べます?」
舌先を繋ぐ銀色の糸。
「亀甲縛りレベルになら」
「あーやだ。厄介な男に私も火渡も惚れたなぁ」
ぐいん、と男の前髪を掴む。
昔から彼女は自分が優位に出たいときはそうする癖があった。
「惚れてるんですか?」
「今のところは、男で一番好きですよ」
「じゃあ、全生命体だったら?」
軽く目を閉じて触れるだけのキスを一度。
「火渡」
「言うと思いました。私も君たち二人の一人なんて選べません」
「奪い合いになったらどうしますか?」
一瞬だけ鋭く光る左目。
「心中しましょうね、防人」
「お断りです。一人で逝って下さい。火渡と二人で葬式は出してあげますから」






少し宵が回るころ、ほろ酔い加減の女は剣呑と廊下を歩く。
どこか危なっかしい足取りも可愛らしさに。
目深に被った黒の帽子。
マントを翻して軽くステップを踏んで、ブーツを鳴らす。
「照星さーん、返しにきたぜー」
報告書を睨んでいた男がその声に顔を挙げた。
「ずいぶんと可愛い魔女ですね」
「なんかくれ。現金か酒」
ずい、と出される右手。
「ハロウィンは終わりましたよ?」
「くれねぇなら……焼き殺す」
重なった唇が妙に甘くて熱い。
ぐしぐしと髪をなでれば八重歯が除く形の良い口唇が、にぃと笑う。
まるで鬼火のような光を称えた猫の目。
「酔っ払ってますね」
「酔ってねぇよ……うへへへへ……」
魔女の帽子を取り上げれば襟足に結ばれた大きなリボン。
(ああ、そういえばリボンしてるんでしたね……魔理沙とやらは……)
キスを繰り返しながらリボンを解いて。
手早に後ろ手に縛り上げれば、ようやく事態に気付いたのか噛み付くような視線が向けられる。
「何しやがんだ!!変態っっ!!」
部分着火で灰となるは哀れなリボン。
「ちゃんと着てるんですね」
「全裸にマントだったら変態じゃんか」
さらしを解けば形のいい乳房が露になる。
少しだけ日に焼けた肌に映える緋色の髪。
天然の朱は純度が高い分美しさを増す。
「最近、火渡は私に冷たいじゃないですか……防人とばっかり一緒で……」
「べ、別に……んなこと……」
背中を抱く手とこつん、とぶつかる額。
「ロートルは縁側でお茶でも啜ってなきゃダメですか?」
わざちらしく悲しげな視線を向ける。
どうすればいいのかはわかりった関係だ。
少し唇を尖らせて何やら思案顔。
ちゅ、と唇が鼻先に触れた。
「いーよ。俺がしてやるよ」
男の胸に手を付いて顎先に舐めるようなキスを。
そのままシャツを肌蹴させてぺたぺたと手を滑らせる。
どうすれば彼女は動くかなどわかりきったこと。弱点は責められるために存在する。
「って……もうその気じゃんか」
勃ちあがったペニスに手をかけて横から挟み込むように唇が包み込む。
舌先がゆっくりと形を確かめるように動いて先端を飲み込んだ。
頬に掛かる燈色は幼さを隠すための小さな武器。
防人衛よりも火渡赤馬の方がずっと考えは読みやすい。
指先が肉茎に掛かってやんわりと扱きだす。
亀頭の先端を這いまわる舌と伏目がちな長い睫毛。
「何のために私のマントを使ったんです?」
唇と亀頭を繋ぐ糸を親指で女は断ち切る。
「秘密主義」
乳房を寄せて太茎を包み込んでぎゅっと抱いて。
「火渡」
「ん?」
ふるんと揺れる胸。
抱きあげて視線を重ねる。マントを剥ぎ取れば晒される美しい肢体。
「んっ!!」
心臓の真上の皮膚に触れる唇。
震える乳房に噛み痕を残してその先端を嬲る口唇。
口中で転がして軽く吸い上げる。
「ちょ、照星さ……」
「お菓子は上げらませんから……悪戯させてもらいますよ」
乳房を揉み抱きながら首筋に触れる唇。離れればそこに残る火の影。
浮いた鎖骨を舌先でなぞって薄い背中を抱き寄せる。
「防人より柔らかいですね」
「……あいつ筋肉質だもんな……」
甘さが強いのは火渡、辛口を楽しむならばと。
ひょいと抱きかかえてベッドまで簡単に運べてしまう軽さ。
攻撃力を重視する彼女は本能か自らの意思か、敏捷性を選び小さな体のまま。
膨らむ胸だけが成長を示した。
「ああ、良いですね。黒マントに火渡の裸。扇情的で」
膝に手をかけてそのまま脚を開かせる。
脇腹を手が滑り落ちれて、腰骨を噛む歯先。
(こんなとこにまで御丁寧に……防人の嫉妬も少し自重させなければいけませんね……)
内腿に刻まれた赤い痣は嫉妬に狂う本能を抑える代わりに。
ひっそりと叩きつけられた挑発。
「ァ!!」
舌先がやんわりと濡れた裂け目をなぞり上げる。
言動とは裏腹に柔らかな女の肌は、触れれば手放したくなくなる毒素を持つ。
溢れ出す愛液を掬って舐め取れば、その度に震える括れた細腰。
「……あ……ン……」
腰を抱いて顔を埋めるようにしてクリトリスに唇を押し当てる。
「や……!!待て…ッ!!」
「待てるような人間ではないので、防人と違って」
にちゅにちゅと音を立てながら這いまわる舌先と膣内を掻きまわす無骨な指先。
根元まで沈ませて蠢かせれば銜え込むように肉壁が締め付けてくる。
「ん、あ!!」
指をべたべたに濡らす体液に綻ぶ唇。
(ここまで開発したのは私か防人か……悔しいところです……)
耳元に口付ければ僅かに逸らされる小さな顔。
「気持ち良いのは悪い事じゃないでしょう?」
乱れた吐息を絡ませた視線は、射抜くように鋭い。
焦らすようにもどかしく動く指。
「防人だって、君の事を見るときは劣情交じりに見るはずです。あの子は本当に君を……」
火照った肌とかすかに震える唇が何かを呟く。
「?」
すい、と手が伸びて男の頬を包む。
重なる視線が真摯で、逸らすことなど許されない。
「衛のこと悪く言うな」
「……………………」
その言葉は彼女にとって大切なものを守りたいから生まれ出るもの。
滅多な事では人前で彼女の下の名を呼ぶことはないからこそ。
瞼にキスをしてその思いを封じる。
「悪くなんて……防人も君も私にとっては……」
「大事な部下なんだろ」
思いはいつも伝えられないまま、彼女たちは彼の真意をさりげなくかわしてしまう。
「恋人です」
指を引き抜いて膝を割らせる。
十分に濡れそぼった膣口に入り込む感触に肩が竦んだ。
乳房を押しつぶすように重なる胸板。
十年前に初めて知った異性の体温。
十年前に感じた誰かの柔らかな身体。
四年前に知った絶望という感情。
そして今も感じるの己の脆弱さとそれに対する吐き気。
「ん、ああっ!!ア……っや……」
突き上げるたびに聞こえ漏れてくる音を殺そうときつく唇を噛む。
「切れてますよ……噛み癖は直しなさい……」
絡まる舌先に男の髪に指をさし込む。
そのまま広い背中を抱きしめて。
「どうして噛みたいなら、私を噛みなさい。君の牙くらい受け止めますから」
じんじんと内側で感じる脈動と重なる心音。
瞼の裏に浮かぶ深淵の紅い月。
「ふ…ァ……っ!!」
乳首を噛まれ零れる獣染みた喘ぎ声。
先の彼女の刻印を打ち消すように刻まれていく痣。
「ちょっと腰浮かせて……」
一度引き抜いて押さえつけるようにして後ろから今度は突き上げる。
一番嫌がる格好で屈服させてその分に囁く言葉に甘さを持たせた。
背に触れる胸板とシーツに擦れる乳房。
「あ、やだ……ッ!!…ぅ……」
腿を濡らす体液が、自分の体が女ということを理解させる。
涙は四年前に捨てた。
胸の痛みも二人で閉じ込めた。
たった一度の過ちは二人に影を落として今もなおその呪縛は解けない。
「…っあ……しょ…せ……さん…ッ……」
不意に重なった手。
その上に無意識に重なったそれに見え隠れする小さな強がり。
あの日の雨はやまないまま、今も心の中に降り続ける。
届かない思いを胸に隠せば苦しくて、呼吸すら間々ならない。
「やー……あああっぅ!!」
折り重なれば僅かばかりの幸福感。
罪悪感を打ち消せるほどまだ彼も彼女も時間が足りない。
できることは暖かさと偽物のやさしさを交換することくらいで。
ほほに触れる大きな手に瞳を閉じてただ小さく彼の名を呼んだ。






細身の筋肉で作られた美しい素足はガラスの靴など必要ない。
「……照星さん……?」
ほんの少しだけ紫がかった瞳をぼんやりと眺める。
「君は、私のことが好きですか?」
手懐けて傍に置いて。安全を保障しても彼女はそれを望まない。
「好きだぜ」
「じゃあ、防人とどちらが?」
「防人」
くしゃくしゃと緋色の髪を撫でる手。
「君たちは二人で一つなんでしょうね。私の入る隙なんてない」
「ずっと……一緒に居たから……」
まだ彼が戦士長だったころ、予定よりも遅い帰還になったとき。
駆け寄ってきて悪態を吐いたのは彼女で、防人衛はその後ろをゆっくりと歩いてきた。
シリアルナンバーの最後を飾る彼女は彼にとって恋人であり絶対なる恋敵。
「昔……防人に火渡をいじめるなって怒られましたね……」
そっと抱き寄せてそんなことをつぶやく。
伸びた前髪を一房指先に絡ませて火渡はにい、と笑った。
「君も……随分と強くなった」
防人がコーヒーを飲めば真似をして苦いといいながら口をつける。
同じ時期に核鉄を手にしたことも偶然ではなく必然だったのかもしれない。
「でも、照星さんに勝てねぇよ」
「それは、私がもっともっと強いからです。大戦士長ですからね」
「セクハラ大王の癖に」
初めて知った異性の体温は、不可解な暖かさだった。
キスは扇情的で誰かを殺したくなるような味。
「火渡のほうが色気はありますけどね。どうしても私はあの子と君をとりあってしまうから」
たった一人だけ互いに泣ける場所。
嗚咽するのは彼女でもう一人の女は感情そのものを殺してしまう。
胸の中に閉じこめた嫉妬は業火五千百度よりもずっと上だろう。
すべてを飲み込む銀色で隠して黒い海に紅く。
「じゃあ照星さん勝てないじゃん」
「……防人のどこがそんなに良いんですか……同性愛は非生産的ですよ?」
「なんだろ……喧嘩するぜ?でも……どうして好きなんだろう……女同士なのに……」
「防人が私と寝るのも嫌ですか?」
「ううん。良いよ。男は別に良いよ。防人だってきれいだし、俺が男だったらやっぱり
 エッチしたいなって思うもん。でも……ほかは嫌だ……」
「君たち二人をほったらかしにしすぎましたね……」
「わかんねぇ……照星さんを好きになってたらもっと違ってたのかな……」
四年たっても、強さを得ても。
彼女の時間はあの日で止まったまま。
「そうですよ。だから私のことを好きになりなさい」
「嫌だ。毎日がSMプレイなんて耐えられねぇよ」
これ以上、その思いで苦しまなくても良いように。
「私だけを好きになれば、苦しくないんですよ」
繰り返すその言葉は祈りの声。
「照星さんと結婚するなら、戦部とする。あいつは俺の言うこときくもん」
その瞳が曇らないように、もう悲しまなくとも良いようにと。
「再殺は君のセフレに準備したんじゃないんですよ」
男の喉仏に触れる唇。
ほんのりと熱いそれは真夜中に踊る小さな光に似ていた。
「防人と同じこというなよ」
「防人と君が一緒に居ると、二人とも私には見せない顔で笑いますからね。悔しくて……
 昔は二人とも照星さんのお嫁さんになる〜って可愛かったのに……」
「……おっさん、一回脳外科行け。病巣取ってもらえ」
「ああもう、こんなに嫉妬させてくれるのは君たちだけですよ」
笑いながら繰り返すキスは魔法に変わる。
髪に絡まる慣れない香りに男の視線が重なった。
「何の匂いです?火渡」
「んー、防人にもらった。緑色で綺麗なやつ。蓋が変わっててさ……シン……
 なんだっけ……こういう……」
赤と対になる色を選んで、恋を叶えたい。
「明日聞いとく」
「私が送っても付けないじゃないですか」
「照星さんのきっついし、くっさいんだもん。付けれるわけねーじゃんか」
「……今度クリスピードーナツ買ってあげますよ」
「マジで!!」
体を起こしてぎゅっと抱きしめてくる。
「話わかってるぅ!!照星さん、愛してんぜっ!!」
「君の愛してるは随分と安売りですね」
「んじゃ、どういえばいーんだよ」
「そうですね……こう、切なげにたまらない感じに」
「……精神科も行って来い。入院してもう出てくんな」
「愛してますよ、赤馬」
「……え……ぁ……」
真摯な声に呼吸が止まる。
「な、だ……だーーーーっっ!!」
勢いで火炎同化しそうになるのをキスで押さえ込む。
真っ赤になった顔とあわてる大きな瞳。
長い睫が戸惑いがちに瞬けばそこには二十四歳の女が一人。
「もう少し淑女を目指してください。君も防人も」
「名前で呼ぶな!!」
「嫌ですよ、赤馬」
「だーーーからーーー!!」
殴りつけて来る手を受け止めて、シーツの海に押さえ込むようにして頭を沈める。
「いい子はお寝んねの時間ですよ」
「ロートルもとっとと寝ろ!!」








ぼんやりと食堂の隅でコーヒーを飲む女の姿。
「防人」
その声に瞬時に姿は全身をメタルジャケットに覆うものに変わってしまう。
「なんでしょう?」
「火渡に香水をあげましたね?それといくら私でもこんな場所で君に何かをしようなんて
 考えませんよ。ふふ」
「ええ……どーだか……」
重なる視線。
「シンガーデン。私たちにぴったりでしょう?」
逃れることのない罪に縛られた二人。
「だとは思ったんです。君がアングロマニアなら同じものを選ぶだろうと」
そして、彼は彼女の手に小さな塊を握らせた。
クリスタルスワロのダイヤカット。
中に閉じ込められた透き通るようなピンクの液体。
トップのホルターにチェーンを通したものを二つ。
「なんですか、これ?」
「香水です。君たち二人に」
ほんのりとした甘さに女の表情が和らぐ。
「ウィッシュ。それの名前です」
いつまでも過去に縛られないように。
とめた時計の針をもう一度進ませるために。
「……あの日、君は希望を見つけた。君にもあの子にも罪人の名は相応しくありませんよ」
「……はい……」
「火渡にも言ったんですけどね。私のことを好きになりなさい、防人」
「…………………」
彼ならばおそらく酷い扱いはしないだろう。
長年過ごしてきたからわかるその思い。
「そうしたら、もう……苦しい思いはしなくていいんですよ……」
「……私……どうしても……」
「衛を悪く言うな。火渡に叱られました」
「え……あいつそんなこと……」
小さな恋を失うことができなくて、彼女も時間を止めたまま。
傷つくのが怖くて踏み出せないままのは彼も同じだった。
「一緒に付けますね、これ……ありがとうございます……」
「昔は二人で私を取り合ってくれたのに……あの二人は何処に行っちゃったんでしょうね……」
「今すぐ脳外科行ってください」
呆れ顔の女のほほに手を掛ける。
「笑ってたほうが可愛いですよ、衛」
「な……名前で呼ばないで下さいって言ってるじゃないですか!!」
「君も赤馬も同じ反応ですね、ふふ」
「ああもう嫌だ!!この男!!」





それから数日間彼女たちが彼を「坂口さん」と他人行儀に呼んだことは別のお話。
其れに耐え切れなかった彼がいたのもまた別のお話。





23:49 2008/11/28








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