◆フラワリングナイト◆
「ブラボー」
昼休みは屋上か寄宿舎の管理人室に入り浸るカズキが呟く。
「何だ?」
「火渡、今日もバイクで来たけど良いの?」
その言葉に防人の手から煙草が落ちる。
錬金戦団の活動凍結後、火渡赤馬は銀成高校の教論として着任した。
さすがに寄宿舎での生活は無理だと、彼女はマンション暮らし。
低身長に合わないがスタイルに似合うバイクでの通勤を好む。
「火渡、いっつも華麗なコーナリングを決めるって岡倉も言ってたよ」
「……あいつ……あれほどバイク通勤やめろつってんのにな……」
件の火渡本人は与えられた教室でのんびりとランチを終えたころだろう。
気が向けば屋上や管理人室に現れることも。
「ちょっと言ってくるか……」
のろのろと身体を起こして向かうのは問題児、火渡の待つ教務室。
「ブラボー!!喧嘩になっても学校壊しちゃだめだよ!!」
「そりゃお前らだけだ」
ドアを開ければデスクに足を乗せる姿。
滅多なことではスカートなど穿かない女教師の姿にいろんな意味で防人はため息を吐いた。
「おう、何かあったのか?」
活動は反凍結状態ではあっても、彼女も彼もまだ戦士長の任を解かれたわけではない。
午後に授業が入らないようになっているのは呼び出しにも対応できるようにとのことだった。
強いものを残しておけば非常事態でも問題はない。
最強の攻撃力と物理攻撃を一切遮断する二人がいれば当面の問題はないのも理には適っていた。
「おまえ、またバイクで来たろ」
「……なんで知って……あのガキ!!」
手を伸ばしてわしゃわしゃと赤い髪を撫でる。
「事故って何かみろ、俺もそうだが照星さんが相手の家をバロンでぶっ壊しに行くぞ?」
「んー……事故るほど下手じゃねえもん。知ってるだろ?」
勝手知ったる他人の部屋だと二人分のコーヒーを淹れる。
彼女の分には砂糖とミルク。
「ほれ」
「サンキュ」
日常に溶け込むにはまだまだ時間が必要でお互いに笑ってしまう。
「どうだ?教員生活」
視線だけを上げて、困ったように伏せられる睫毛。
「禁煙ってきついな」
「ま、いずれしなきゃなんないことなら今やっててもいいんじゃないか?」
「?」
「子供でもできたら禁煙生活になるだろ」
「洒落になんねぇ話だな……」
一緒に過ごせるのは週末だけでも、今までよりはずっといいと思えた。
どこかしらで姿が見える安心感。
今日も一日お互いが生き抜いているという事実が愛しい。
「金曜の夜とかさ、どっか飯……ちょっと待て」
徐になりだした携帯電話。
「間にあってるぜ、おっさんも一人で楽しい夜を過ごしな!!」
「どう考えても照星さん以外に思いつかない会話だな」
カップを男の前に置いて。
「もう一杯」
何気ない行動もその後ろ姿も、随分と懐かしく見えるほど離れていた。
「自分で作れよ」
「お前が作ってくれるから飲みてぇんだよ」
背中合わせで潜り抜けた死線。
戦いから少し離れたこの日常がまだ非日常に思えてしまう。
「ま、俺は今から花壇の修復作業に行くんだがな」
「放課後になったら手伝ってやるよ。気が向いたらだけどな」
金曜の午後はいつもよりも少しだけ日差しが暖かい気がする。
それきっと心待ちしているせいかもしれない。
「赤ばっかだな。彩りも何もねぇ」
背後に立つ影に振り返れば指先にバイクの鍵を絡ませた女の姿。
「良いんだよ。俺が好きなんだから」
「せめて白とか黄色とか混ぜろよ」
グラウンドから聞こえてくる声と混ざり合う春の風。
今日も彼女が無事に生きてくれるようにと無意識に選んでしまう赤。
「火渡先生ーーーっ!!」
駆け寄ってくる女子生徒たち。
新任のはずのこの女教師はどうしてか生徒たちに人気がある。
不遜な態度でも凶悪な口調でも、授業はわかりやすいと評判だ。
さぼりの常習犯は片手で引きずって来て参加させるその手腕。
強さは戦士長なのだから普通の人間が太刀打ちできるはずがない。
「お前らもちょっと見ろ、このセンスのねぇ花壇を」
しげしげと覗く中、一人が呟いた。
「でもこの色、先生の髪みたいな色で綺麗だよ?」
「………………」
緋色交じりのその花。
好きな色だと呟いた彼の唇。
「……マジでセンスねぇ野郎だぜ……」
遠くなる声、二人分の影。
「言ったろ?俺の好きな色だから良いんだって」
手を伸ばしてその髪に触れて。
ここに存在することを確かめて。
大げさだと思われても構わないほど、一緒に居たい。
「んじゃ……白も入れろよ。俺の好きな色なんだ……」
並んだ花の色は二つ。
留まる蝶が春を告げた。
14:45 2009/03/31