◆結婚しました。―そりゃ無理ってもんだ―◆





まあ、週末は管理人も休みってことで俺は火渡のマンションに帰ってる。
それ以外は学校や管理人室であったりしてるわけだ。
「……んー……」
外じゃまだ生徒たちがグラウンドを走ってる時間帯。
火渡はなぜかシルバースキンを抱きしめながら俺の布団の上で爆睡していた。
おいおい、その無防備な寝顔は生徒には見せられないぞ?
「……衛……」
で、滅多に呼ばない下の名前も寝言ならOKって?
それは起きてるときに俺に向かって甘えながら言うのがベストってもんだろう。
まあ確かに、勢いで結婚したから今だって何も変わってないのは仕方ないけども、
法律上俺たちはこれでも夫婦ってものになってるんだぞ。
誰もお前を『防人赤馬』とは呼ばないけども。
俺だって火渡って呼んじゃうけども。
陽だまりが気持ちの良い季節はお前と同じ赤が彩るから嫌いじゃない。
冬の白にもよく映える赤は人間の身体を維持するにも欠かせない物に似通ってる。
「……ん……ふぇ……?」
「起きたか、奥さん」
「あ?」
目を擦って欠伸を噛み殺す姿。
「で、なんで俺のシルスキもってんの、火渡」
少しだけ肌蹴たシャツ。
「ん?ああ、核鉄あったからちょっと弄ったら出たんだよ」
「そういうもんなのか?」
「……だって、お前の匂いすんだもん……こうしてると……」
ちょっとうつむいて膨れた頬。
ああもうな、なんでここが学校なんだか。
場所さえ違えば押し倒すかホテル直行、朝まで寝かせねぇのに!!
「あー、よしよし」
ぎゅっと抱き締めれば僅かに香る甘いそれ。
「でも、本物のほうがやっぱいいな」
最近はそんな言葉も増えてきた。
「今日さ、金曜じゃん。俺んち来るよな?」
ああ当然だ。俺が俺の嫁の家に帰って何が悪いっていうんだ。
それでなくともここ数週間、あの二人に乗り込まれてるんだからな。
大体、戦部も覚悟決めれば良いんだ。
考えようによっちゃ一生スリリングかつ金銭的に余裕ある生活は保障されてんだから。
「また照星さんと戦部来ちゃうかな……」
もうな、そんな切なげな声出さないでくれ。
いろんなものが自重できなくなる。する気もとくには無いけども……うん。
「な、防人。今日さ……どっか泊ろ?」
そうだな。それが一番良い。
金、土、日の三日しかエッチ出来ないのに、そこ全部あの二人に乗り込まれてんだからな。
俺もお前もいろんなフラストレーションってものはあるよな。
まあ、正確には戦部が逃げ込んできて照星さんが追いかけてくるっていうか。
「邪魔ばっか入ってくるもんなぁ……折角、二人でのんびり暮らせるかと思ったのに」
「戦部の馬鹿が根性ないからだぜ。ったく……照星さんがお嬢さまで世間知らずで戦闘と
 管理能力以外ないのなんかセフレ時代から知ってるだろっての」
まあ、セックスフレンドだったころの照星さんは多分、知的な女性に見えたんだろう。
人間一緒に暮らしてみないとわからないことも多くあるんだからな。
俺とお前みたいにずっと同じ施設で育ってきたのとは別なんだ。
「でも、お湯沸かせないとかガスコンロ使えないのは想定外だろうな」
「飯は外食、洗濯はクリーニング。犬飼大戦士長が何もさせなかったからだろ」
だからそろそろ、シルスキ……ってか、核鉄返してくれないかな〜なんて。
まあ気に入ってくれるのは嬉しいけども。
どっちかってと俺はアナザーでストレイト掛けてる状態がお前には似合うと思ってるし。
「じゃあ、今日の夜のコースは……服はどっかで買ってく、飯はホテル、そのまま宿泊ってのはどうだ?」
ヴィクター戦とか、カズキ関連で実は危険任務手当が俺にはかなり入ってる。
まあ、火渡だって戦士長だから管理手当とか危険任務手当、遠征手当とかかなり入ってるし。
この間通帳見たら、家買えそうなくらいはたまってたな。
ああ、だったら指輪もっと良いの買っちゃえばいいのか。
「冬のコート欲しいんだけど」
ふわふわのファーとか、バーバリーなんかも良いな。
「でさ、お前さ……前にシルスキのコート作ったじゃん?」
ちょっと待て。それも良いけどそれはいつだって俺が着せるから。
「あれで俺のサイズで欲しいなぁ」
その、な。困ったみたいに笑って首かしげて上目になれば俺が何でも言うこときくと思ってるだろ。
世の中はそんな単純構造じゃないんだぞ。
「だってさ……いいじゃん、彼氏の仕事着だぜ?」
訂正、彼氏じゃなくて夫だぞ、火渡。
兎も角、コートに関してはシルバースキンは却下だ、却下。




そんなわけで俺たちは金曜の夜と土曜日を満喫した。
ワインも美味かったし、火渡も美味かった。
夜景も綺麗だったしサプライズで出したブルガリの指輪だって喜んでくれた。
火渡がコート見てる間に全速力で買ってきた甲斐はあった。
あの瞬間だったら俺、確実にメダリストになれただろうな。
邪魔ものが居ない安心感と解放感と……あとはやっぱ欲求不満もあったんだろう。
やけにサービス満載でいつもよりも丁寧過ぎるフェラなんかされたりして。
だから俺もいつもよりも張り切っちゃったのは仕方ないってもんだ。
コートは結局バーバリーに落ち着いたし。
今度は中に着せるもんだな。もちろん俺が脱がせるためのもんだ。
「晩飯、防人の好きなもん作るからなっ」
腕絡ませてくれてにっこにこしちゃって。
ちょーっと覗く八重歯なんか可愛いなあなんて思ってさ。
来週はそろそろブーツなんて買っちゃうか?
ああクリスマスなんかは何が良いんだろうな。もうホテル最上階泊っちゃうか?
「……防人……」
え?何?下心が腕を通してばれたか?
言い訳するんじゃないけどもお前に欲情するなってのは無理な話だし。
「玄関に変なものがいる」
いや、変なものっていうか……死にかけた戦部だ。
「防人戦士長!!」
俺は男に詰め寄られる趣味は無いんだが。
「どうしたんだ?戦部」
「照星を何とかしてくれ!!」
「そりゃ俺らじゃ無理ってもんだ」
科学にはできることとできないことがあるってヘレンコフナーも言ってるぞ。
ついでに少し足りない文字書き見習いの口癖もこれだ。
「早く坂口家に帰れよ。これから俺ら晩飯なんだから」
どうせお前らはいっつも良いところの外食だろ?
俺らは俺らの生活基準と価値観を大事してるからセレブは早く帰って嫁と飯食って寝ろ。
できれば早めに照星さんを妊娠させてやれ。
そうすればお前は晴れて逃げ場もなくなるし、諦めもつくし、照星さんだって高齢出産ぎりで
抜け出して、俺らも安心できるし、八方丸く収まるってもんだ。
「照星さんが待ってるぞ。心配してるかもな」
いっそうぎゅっと腕に火渡がしがみつく。
よーし俺、今晩も張り切っちゃうぞー。
「……ここ三日、精進料理ばっかりなんだ……ッ……」
今はやりのスローライフってやつか?
俺らは金曜の夜はイタリアン、土曜は一日フレンチと決め込んでみた。
持ってて良かったプラチナカードってやつだな。
戦士長もやってみるもんだな、本当に。
「いいじゃん、健康的で」
ああやっぱこのコートで正解だ。赤い髪も合わさって本当に可愛い。
俺も勢いでコート買っちゃったけどな、シルスキもあんのに。
「味が足りねぇならホムでも齧ってればいいじゃん」
戦部のおやつはホムンクルスか。あまり真似はしたくないし、うちにはそういう習慣は無いしな。
「……寺に……」
「お寺?」
「三食を食いに連行されるんだ……しかも、有難すぎる説法付きだ」
照星さんは世間知らずだから極端なところはある。
大方肉食すぎる戦部の健康を気遣ったんだろうけど、気遣い方が違うんだよな。
「まともな飯が食いたいんだ、防人戦士長」
「ファミレスでも行けよ」
火渡、いきなり結論は出してやるな。戦部が涙目になってるぞ。
「じゃあ俺が照星さんに言ってやるよ。お寺はもうヤダって」
「……あんたならなんとなりそうか?火渡戦士長……」
こいつが火渡を戦士長呼ばわりするときは心底困ったときだけだ。
だから今がその困ったときなのは重々解る。
「あー、照星サン?俺だけども……うん、戦部居るよ。ああ、バロンは使うなって……
 ちゃんと帰すからさ心配しなくていいって……」
そりゃ、お前だっておれといちゃいちゃスロベリたいよな?
だから戦部を返還するのに頑張ってくれてるって自惚れてもいいよな?
「でさー、お寺のご飯嫌なんだって。だからファミレス……あ、うん……ホテルのレストランでも
 いーんじゃないかな……だから、お寺が嫌だって言ってるんだって……和食が嫌じゃない
 わけで……うん……うん……ぁー……ぅー……」
おいおい、声が小さくなってないか?
「とにかく、戦部には帰るように言うからバロンで乗り付けるとかするなよ?んじゃ」
ぱちん、と蓋を閉じる携帯電話。
色はメタリックシルバーじゃなきゃ嫌だって二件回った。
俺のはメタリックレッドの色違い。
「お寺にはもう連れたかないって言ってたから帰れよ」
「本当か?」
「照星さん嘘はつかないから、そんなに嫌なら言ってくれればよかったのに…だってさ」
今、本当に照星さん居るみたいな感じに似てたぞお前。
「火渡戦士長!!」
「とっとと帰れ、岩」
岩ってお前……まあ、もう少し違うあだ名つけてやれよ。
戦部を見送って火渡は俺の手を取って頬に当てた。
これは困ったことがあったときの癖の一つだ。
「で、無事に解決は流石は戦士長だな」
「んー……お寺が嫌なら……教会なら良いですよね、って……」
「…………そうか…………」
そうだった。元々照星さんはミッションスクール出身だった。
あの妙ちくりんな格好もその流れだった。
朝晩礼拝するし飯の前には俺らもお祈りさせられたっけ。
「そもそも、照星さんと暮らすってのはドエム以外無理なんだよ」
まったくだ。世界中の女が滅んでも俺も照星さんだけは無理だ。
「戦部はドエムだから大丈夫だと思うんだ」
まあ、一緒に暮らせば慣れるだろう。慣れるしかない……死にたくなかったら。
「さ、晩飯つくろーっと」
まあ、戦部、頑張れよ。
俺は火渡と幸せになるからな!!





18:09 2009/11/08

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