◆チョカホリック―最後まで嘘吐きだったね―◆





何十億の命を背負って、彼はその手を天にかざす。
この光の下に、彼女が居るからと。
長いニ年、たったニ年。
離れ離れになる―――――その前に。





見上げた空には、人工物ではない星の光。
作り物ではないものは美しいと彼女は笑った。
(水の森ちゃん……居てくれるかな……)
靴紐をきつく締めて、白い息を切らして彼は走る。
冬の公園は、寒さが悲しいほど綺麗。
(もう、君に逢えないなんて俺は嫌だよ。君の本当の声が聞きたいんだ)
回り道も、繋いだ手も、優しい瞳の色も。
手放すなんて、出来なかったから。
フェンスを越えて、センサーを抜けて、もしも、そこに彼女が佇んでいてくれるのならば。
これ以上、この運命を憎むことなどしないから。
「遅かったね、緑くん」
「……水の森ちゃん……」
「座りなさいよ」
牛柄のポンチョから、細い手が伸びる。
「冷たくなってる。はい、これあげる」
携帯用の回路を手渡されて、それを両手で包む。
「あったまるでしょ?」
「……うん、あったかいね」
暖かいのは、君がここに居てくれたから。
君の体温と残り香ゆえの甘さ。
「最近寒いわよね」
ポンチョのすそを捲って、隣においでと彼女は誘う。
「だからねー。ここに来てなかったの。でもねー……」
触れた指先は、同じように冷え切って。
彼女がずっと前からここに居たことを証明してくれた。
「今日だけはここに来なきゃいけなかったのよ。私、超能力もなにもないけど……
 本能が言ったのよ。ここに来なさいって」
白い息がかかるほど、近い距離なのに。
離れ離れのような気持ちがここにあるから。
「一つ、聞きたいことがあるんだ……」
「何?」
呼吸を一つだけ置いて、言葉を紡ぐ。
「水の森ちゃんは、俺なんか居なくなっても平気なのかな……って……」
膝を抱えて、隣り合わせ。
「平気なほど……あたし、冷徹じゃないみたい……」
伏せた目。長い睫。
「じゃあ、どうして?」
同じように、彼女はゆっくりと言葉を選んだ。
まるで、自分に言い聞かせるように。
一言、一言、噛み締めるように。
「行かないと、緑くん、後悔するよ」
「…………………」
震える指に、触れた少女の細い指。
「本当に地球に隕石が落ちるなら……落ちるならよ。行かないでなんて、言えないわ……」
静かに絡めて、目を閉じる。
「この地球には、たくさんの人が居て、ほとんどがまだ死にたいなんて思ってないはずだわ。 
 幸せでも、不幸せでも……生きてるんだもの……」
この青い林檎に流れるさまざまな物語。
今も絶えず刻み込まれる悠久なる歴史。
「あたしの我儘なんか……まだ、我慢できるわ……」
「水の森ちゃん……」
たくさんの人が刻むこの物語。
その中で、軌跡のように出逢う事が出来たのだから。
すれ違うだけの日々は、君に出会ってから全てが変わった。
「たくさんの人の中に、あたしも、緑くんも居るんだよ……」
「そうだね……」
「ほっぺた、冷たくなってる」
頬に触れた指は、唇に触れて。
「唇(ここ)も……冷たいね……」
掠めるように、唇が触れた。
乾いて冷え切ったそれは、重なるごとに熱くなって。
冬の冷たさなんか、忘れてしまえるようだった。
「二年間……逢えないんだから、いっぱいキスしてもいい?」
「そうね……たった二年なのに……ね……」
何度も何度も、繰り返すキスは。
まるではじめてのキスのように、鼓動を早くした。
絡まる舌先、抱きしめあった身体。
流れる優しい髪の色は、純粋なる黒。
「忘れられないように……」
彼の手を取って、そっと自分の胸に置く。
「あたしだって、人間なんだね……誰かのことを好きになれる……」
「……水の森ちゃん……」
「電脳少女、失格だね……」
頬に落ちる涙。
過ぎた季節は、いつだって君が居てくれた。
灰色だった世界を、鮮やかに変えてくれた。
「……もっと、くっついても……いい……?」
「冬が寒くって……本当に良かった……」
「……え……?」
「緑くんと、こうしていられるじゃない……」
冬の寒さのせいにして、二人でこうしていられるなら。
あとは、何も要らないと思えた。





冷えた身体を、温めようと手を伸ばして。
触れた肌の柔らかさに、驚く。
「……ん…っ……」
その手の冷たさに、細い肩が竦んだ。
「ごめん……痛かった?」
「違うよ……指が冷たくて、びっくしただけ」
頬に触れた唇が、ゆっくりと下がっていく。
時間を忘れるように、肌が少しずつ温まる。
分け合える体温の甘さは、それだけで心の中の何かを埋めてくれた。
「……ぁ…ッ!……」
ぞくぞくと走る甘い痺れに、膝が震えた。
彼の指が触れるだけで、その場所が熱くなる。
身体の奥から生まれてくる何かと、次にすべきことは。
本能が、教えてくれた。
「……指……ッ……」
ぬるぬると、体液を絡ませて指が入り口付近で踊る。
ちゅく、とその上の小さな弱点を押し上げるとびくん!と細い腰が震えた。
そこを甘く、きつく、攻める度に、とろとろと零れる愛液。
「…ふ…ぁ!!緑…くぅ…ん…っ!!」
離れる指を追いかけるように、伝う糸。
「……こんな俺でも……いい……?」
重なる視線、大きな瞳が笑う。
「緑くんが……いいんだ。緑くんじゃなきゃ……ダメ……」
揺れる黒髪を一束とって、そっと唇を当てる。
小さな膝を押し割って、濡れたそこに先端をあてがった。
「……水の森ちゃん……」
「雪乃……あたしの名前だよ……緑くん……」
入り込んでくるそれの感触は、まるで内側から肉を引き剥がすかのようで。
湧き上がった恐怖心が、指先まで走った。
それを打ち消すようなキスは、世界で一番甘いもので。
キャンディーよりも、チョコレートよりも。
スプーン一杯で海をも甘く出来るようなものだと思えた。
「…ァ……っ!!」
「……大丈夫……?……雪…乃……?」
自分を見つめてくる彼の瞳のほうが泣きそうで、思わず笑ってしまう。
「……緑くん……泣きそうだよ……」
その背中に手を回して、抱きしめる。
繋がった箇所がじんじんと痛んで、これが夢ではないと教えてくれる。
ゆっくりと突き動かされて、重なる息の色は白。
「…っは……ァ!!……」
何度も何度も繰り返した言葉、そしていえなかった言葉。
『行かないで』噛み殺した声が、心の奥に落ちた。
「…緑くん、緑くん……っ…!…」
柔らかい胸が触れて、隙間も無いほどに抱きしめあって。
この夜が永遠に続けばと、祈った。




「二年たったら、帰ってくるよ。絶対に」
「本当に?」
「絶対。一日もずらさない」
牛柄のポンチョに二人で包まって、見上げた冬の空が。
忘れられないほどに綺麗で。
言葉さえも、出なかった。
「ゆびきり」
「うん」
離れた小指は、どこか寂しくて。
手を繋ぎなおす。
「帰ってきたらさ、俺とゲームで勝負しない?」
「いいわよ」
「俺がかったら……君は俺の恋人になるってことで」
「何のゲームでやるの?」
くすくすと笑う唇。
「水の森ちゃんが決めていいよ」
「そぉね……サイコプラスなんてどう?」
甘い甘いキス。
続きは二年後の同じ日まで、お預けだから―――――。




それから、二年。
同じように公園を走って、センサーの裏に場所をとる。
(今日だよ……緑くん、約束の日だよ……)
膝を抱えて、時間を過ごす。
(……まだかな……いろんなこと、聞きたいんだから……)
あのころよりもずっと伸びた髪を風に泳がせて、時間を受け止める。
大きな太陽が、西に溶けても彼は現れずに、一人で着く家路は。
今まで一番さびしい帰り道だった。
それでも、次の日も、その次の日も。
ずっとセンサーの裏で待っていた。
(……嘘吐き……丁度二年って、言ったくせに……)
思い足取りで、いつもセンサーの裏を目指す。
(あ……先客……)
ゆっくりと外れる帽子。
「ただいま。水の森ちゃん」
「……緑……くん……」
「おかしい?みんな元の、色に戻ったんだ」
「……ううん。おかしくないよ、けど……」
一呼吸置いて。
「嘘吐き!!二年丁度で帰ってくるいっていったじゃない!!」
「ごめん!!色々あって!!あと、その……」
「いいよ。ゲームで勝負しよっか」
繋ぎ直した手。
今度は離さない様に、離れないように、しっかりと絡めた。






それからもっと、時間は進んで――――――。
「緑くん、写真撮影始まるよ。ほら!!」
「まって、水の森ちゃん、もうちょっと……」
「いつまであたしの事を『旧姓』で呼ぶつもり?昨日婚姻届だしたでしょ!!」
たくさんの日々を一緒に過ごした。
次の春には、新しい命も誕生する予定だ。
「ほら、行くよ」
手を繋いで、どこまでもいこう。
「今、画面消すから」
「緑くん」
「うん。行こうか。雪乃」




壊れたゲームウェア。
ソフトはサイコプラス。
今度は新しい物語を、二人で作ることを始めた――――――。






        GAME END SO HAPPY HAPPY






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1:26 2004/10/17

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