◆禁忌◆



誰にもいえない過去も、誰にも言わない過去もさりとて代わりの無いこととするならば。
言えない過去を「過ち」などと称することも無いのだろう。
ただ、一度きり。
そう、一度きりと。






「公主さまっ!!」
所用で公主は玉虚へと向かい、その帰り道のことだった。
「これしき……何故に今日に限って硝煙が……」
純粋な仙人同士を親に持つ仙界の奇跡は、その純血ゆえに外界の空気は身体を蝕むだけの毒と化す。
単独で動くことも儘ならない。ゆえに常に弟子の誰かが護衛についていた。
公主の弟子はみな女ばかり。
その美しさ故に鳳凰山は男子禁制とさせされている。
「誰か!!」
「よいのじゃ……一人でも行ける……」
ごほごほと咳き込む姿。苦しそうに荒げられた息。
「公主?こんな所でどうした?」
「道徳か……」
「道徳さま!公主さまが……」
掻い摘んだ説明を聞くと彼はひょいと公主を抱き上げる。
「運ぼう。体力だけなら自信はあるから」
「すまん……世話を掛ける……」
長い髪がさらさらと風にゆれ、ほんのりと白樺の香り。
浄室で焚き込める香は彼女の髪に、身体に染み付いていた。
仙界一の美女。
その名の通り美しく儚い少女。
その姿を見たものは崑崙でもごく僅か。
仙女は青白い顔で瞳を閉じていた。







「世話を掛けたな……まさか硝煙立ち込める場所があったとは」
公主は穏やかな笑みを浮かべて道徳に酒を進める。
「いや、やめとくよ。鳳凰山は本来は男子禁制だろう?酔ってなにかあったら大事になる」
冗談めいた声で彼は答えた。
「儂は何かあっても構わぬぞ。ここは……退屈すぎる」
香炉から立ち込める香りは本能を直に呼び覚ます。
ましてや相手は触れることすら叶わぬと言われる女。
「……大仙に手を掛けることは、俺には……」
男の手に、女のそれが重なる。
「一人で永き時間を過ごすのも、飽きたのだよ……それは、おぬしにもわかるであろう?」
「……教主に知れたら降格物の誘いだな」
「ここは崑崙で最も奥まったところ。誰に知れることもない」
そっと身を寄せる公主を力を込めないようにして、抱き寄せる。
ほんの些細な力でも、壊れてしまいそうな脆さをもつその純血。
彼女の出生は公認の秘密の一つだ。
薄く、柔らかい唇にそっと自分の唇を重ねる。
最初は僅かに触れるだけ。何度か繰り返して次第に深く重ねていく。
絡まった舌先と、舐めあうような音が室内に響き出す。
「……っは……」
ぴちゃ…離れる唇を糸が繋ぐ。
背中を抱かれて、何度も重ねて。その度に入る込んでくる男の息が身体を熱くする。
「…ふ…っ…ぅ……」
「初めてでは……無い様だが……」
「わしとて、女じゃ……他人が恋しいこともある……」
幾重の布を一枚ずつ剥いで行く。
甘い香りと女の柔肌が道徳の本能を呼び覚ますのにそう時間は掛からなかった。








鳳凰山は本来男子禁制の場所である。
崑崙の中でも独立した形態をとり、その主である竜吉公主を頂点に仙女、道女達が配置されていた。
竜吉公主は仙人と仙人の間に産まれた仙界の奇跡。
裏を返せば禁忌の子供でもあった。
強すぎる血の力は彼女を支配し、鳳凰山から降りることすら儘成らない程。
それでも、恨み言一つ言わずに彼女はただこの時の檻の中に座するのだ。
「公主さま、今日は雨もなく良い日ですね」
「ああ……空も雲も綺麗で何より……」
公主の弟子は全て女性。鳳凰山への番人ですら女剣士だ。
徹底した管理体制の下、竜吉公主はその中心に居る。
崑崙入りした少女の殆どは鳳凰山に住まうことが多い。
その結果他の洞府に女子が入ることが極端に少ないという。
色欲を断つことを求められる仙界においてはそれは良い均衡となっていた。
一部の若い道士たちから不満が出ている事を除いては。
尤も、不満を漏らし公主に手など掛けようとすればそれこそ大問題になることは明白だ。
何よりも、公主に触れることに出来る男など一体どれほどこの崑崙に居ようか。
「少しばかり外に出てみるとしよう、これほど快晴ならば」
ふわり。水をまとう仙女はその長い髪を揺らして宙を舞う。
ゆっくりと一つ一つ確かめるように。
従者の一人も付けずに、鳳凰山の宮の近くをのんびりと漂う。
「!!」
ぐい、と手首を掴まれる。
「はじめまして……竜吉公主……いや……」
少年は言葉を紡ぎなおす。
「異母姉さま……」
緋色の瞳と、同じように燃えるような色の鮮やかな髪。
年のころは十六、七ほどに見える。
公主とて同じような容貌だ。
「何故。儂を異母姉と?」
「私とは父が同じで御座います。異母姉さま……」
竜吉の手を取って、その甲に接吻する。
乾いた唇の感触がやけに印象的だった。
「私の名は燃燈。以後お見知りおきを……異母姉さま」
そう言うと燃燈は姿を消してしまった。
この鳳凰山は彼女の仙気で管理された言わば彼女の庭。
その中において燃燈は何の気もなしに姿を消したのだ。
「……面白い子供じゃ……」







その日以来、燃燈は誰にも気付かれることなく鳳凰山へとやってくるようになった。
竜吉公主は基本的に鳳凰山の外に出ることはまず滅多にない。
燃燈はそれを知ってか来るたびに花やら宝玉やら何だかんだと持ってくるのだ。
「異母姉さまはここにずっと居て、息が詰まることはないのですか?」
長い髪に指を通しながら、燃燈は呟く。
今日の土産は無口な彼女のために小さな小さな白兎。
「いや、もう慣れたよ……恐らくは父も母も同じように思っているのだろうし……」
物心付いた時から彼女はこの鳳凰山に『主』として祀り上げられてきた。
それは純血ゆえの強すぎる力と肉体の脆さを考えれば至極当選な答えだったのかもしれない。
それでも、母が恋しい時分にも逢うことさえも儘ならない。
隠れて泣いては、父母を思った。
涙を見せれば、従者たちは咎められ厳罰に処される。
自分が甘い立場ではないことは身を持って知っていた。
鳳凰山に身を置く事が事実上の『幽閉』であっても彼女は何も言わずにそれを受け入れたのだ。
「父は……どのような男なのじゃ?」
「……何も知らされてないのですか?」
「?」
両親に関することは一切告げられてはいない。
ただ、空想の中でだけ、優しげな父母を思うだけだった。
「異母姉さまの母上は……強く美しい方です。今も、このときも、異母姉さまを思ってます」
「そうか……一度で良いから、会いたいものじゃ……」
ため息混じりに生み出される言葉たち。
それは叶わぬものと知っていても、こぼさずにはいられなかった。
「父は……?」
「……知らないほうがいいですよ、異母姉さま」
腹違いの弟は口を噤む。
「そうか。それでも、お主がそのように優しいのはきっと父と母の血なのであろうな」
竜吉は心で相手を見る仙女。
何気ない動作で相手の全てを見抜くのだ。
「命はみな、柔らかく、愛しいのぅ……」
膝に乗せた白兎の頭を撫でる指先。
「燃燈。この子を母の元へ返してやってくれ。今頃きっと子が居らぬと必死であろう」
「異母姉さま……」
「儂のような思いはせずとも良いのだよ」
純血の仙女はただ微笑むばかり。
淡く儚げな影がゆらゆらと揺れていた。






「義母さま」
ふわふわと揺れる髪。同じ緋色の巻き毛。
「何度いえばわかる。儂はお前の母ではない」
「いえ、私のこの姿……貴女がもととしか思えません」
「儂が産んだのは後にも先にも娘一人。息子は産んだ覚えはない」
羽衣を纏い、道行天尊は腕組みをしながら燃燈を見据えた。
「第一、お前にはもう教えることなぞないぞ。術も習得したならば儂のところに通う義理もあるまい」
「いえ。義母さまは異母姉さまの血が入ってますから」
「お前、娘に会ったのか!?」
「ええ。鳳凰山に参りました。美しく儚く……強いところは貴女の映しかと思いましたよ……」
十二仙の一人として時折大義名分を掲げて道行も鳳凰山に足を向ける。
だが、一度として母と名乗りを上げたことはなかった。
「何を……話した……」
「いえ、取り留めのない話を。誰が親だとは一言も漏らしておりません」
ぎりぎりとした苦い思い。
それを噛み殺して道行は踵を返す。
「儂はお前に用はない」
「私が貴女にあるのですよ。義母さま」
ぐい、と手を掴み燃燈は道行を引き寄せる。
そのまま細い腰に手を回し、ぐっと抱き寄せた。
「私は、未だに誰も知りません」
「何が言いたいのだ」
「私の最初の相手に。貴女はあの人と同じ血が流れているから」
その言葉に血の気が引いていくのがわかった。
この男がこれから何をしようとしているのかを理解しながら。
自分ひとりが絶えればすむことならば甘んじて受ける。
だが、この男が真に求めるのは自分ではなく守り通されている娘のほうなのだ。
「よろしいですね?義母さま……」
穏やかな笑みとは裏腹な接吻。
目を見開いたまま道行は自分の唇が塞がるをただ受け入れるしかなかった。








ぎこちなく触れてくる指先は、まだ子供の様で道行は苦笑いを浮かべた。
僅かに震えながら、たどたどしく唇が重なる。
「先ほどの威勢の良さはどうした?燃燈」
「いえ、女体がこれほどに柔らかいものとは思いませんでしたので……」
ほんの少し力を入れるだけで、乳房は掌の中で形を変えていく。
すい、と伸びた指が燃燈の頬に触れる。
「儂と娘では似ても似つかぬ。あれはお前が嫌う父親の血を色濃く継いでおるからのう」
「……嫌な名前ですよ。貴女の仙名にまで支配を伸ばした」
「何故にそこまであれを憎む?」
少し焼けた肌が、ほんのりとした乳白色の肌に重なっていく。
「貴女が母ではなかったから」
燃燈は小さく笑う。
「この目も、髪も、貴女と同じ……私を産んだのは模造品の貴女……」
その手を取って、指の一本一本に唇を落とす。
不慣れな指先は道行の肌を滑り、ゆっくりと感触を確かめていく。
「義母さまは……異母姉さまによく似てますよ……」
震える指がたどたどしく身体をすべり行く。
「ならば、儂で留めておけ……あぬしとあれは……血が近すぎる……」







長い黒髪に櫛を入れる。
さらさらと流れるそれは指の隙間をこぼれ堕ちて行く。
(母は……私のことを思ってくれているのか……)
彼女の手にしている櫛が唯一母の残したもの。
緋色に朱の華が描かれ、どことなく持ち主の面影を浮かばせる。
(母様……この名はお二人が与えてくれものとお聞きします。一度で良いから、そのお姿を……)
逢えなければ、あえないだけ思いは募る。
異母弟は自分は母に似ていると言った。
仙界で生まれた限り、母となるものは極少数に限られてくる。
それだけ、崑崙には仙女たる者が少ないのだ。
(しかし、この黒髪……母のものとは思えぬ……)
夜着に身を包み、焚き詰めた香の中で目を閉じる夜にも慣れた。
例え飾りでも、鳳凰山には自分が必要なのは変えられないことなのだから。
「異母姉さま」
「……燃燈」
「今宵も、お変わり無きようで……安心しましたよ」
夜露に濡れた小さな花。指先で撫でるとはらりとその露が零れ落ちる。
「華の命は短いようですが、その命の美しさに惹かれぬものは居りません」
「永遠なるものなど無い……のう、燃燈……」
公主の手を取り、燃燈はそっと唇を押し当てた。
「燃燈?」
抱き寄せられて、折り重なるように唇が触れる。
初めて触れる他人の唇は、乾いた感触がした。
「異母姉さま……お願いで御座います。私のものになってくださいませんか?あなたをこの監獄から連れ出したいのです」
小さく呟く燃燈の声。
「儂は……鳳凰山(ここ)から出ることは罷りならぬ身じゃ……」
「あの男は……義母さまだけで飽き足らず異母姉さままでも閉じ込める!」
「母も、そうなのか?」
何も知らぬ純血の仙女は哀しげに笑う。
彼女の母の魂は、崑崙の最も奥まったところに幽閉されているのだ。
それを知る物は極小数。
実の娘にさえも名乗りを上げられぬ彼女の顔が燃燈の瞼を過ぎった。
(ああ……義母さまも異母姉さまも同じように笑うのですね……)
すい、と公主の指が伸び、燃燈の道衣に触れる。
「母がそうならば……儂一人、ここを出るわけにも行くまい。きっと母も……」
「異母姉さま……」
「燃燈。儂はこの運命を憎んだことは一度も無いよ。この身体に流れるのは確かに父と母の血……儂がここに在るのも、
 おぬしとこうして逢えたのも、おぬしがここに在るのも、全てが繋がっているのだから……」
手折ることを禁じられた華の芯は強く、美しい。
男子禁制というだけではなく、彼女の今まで誰も触れることが出来なかったのはその気品故にだった。
同じ血を持つ故に強く惹かれあう。
「異母姉さま……」
「……燃燈、止めるのじゃ……このようなこと……」
しゅるりと帯を解いて、月光の元にその肌を曝け出させる。
乳白色の柔らかき女体。
そっと唇を押し当てて、その甘さを確かめた。
「……一度だけ、私のものになってください。今宵一晩だけでも……」
縋るような声を聞いたのは彼女只一人。
後にも先にもこの夜だけの出来事だった。
「……っは……」
組み敷かれて夜着を剥ぎ取られる。
焚き詰めた香の香りは、男の気配をも消し去った。
熟れた果実のような乳房。
震える指先を握ってそれを打ち消す。
小さな顎を押さえつけて、ゆっくりと舌を絡ませた。
「……嫌……離せ……燃燈……ッ…」
角度をずらす時にのみ許された呼吸。
細い首筋に顔を埋めて、折れそうな肩を抱きしめる。
「……嫌です……今宵一晩、離しませぬ……」
母を違えても、弟であることに変わりは無い。
生理的嫌悪ではなく、単純な恐怖感が彼女を支配していた。
ちゅっ…と唇が音を立てて首筋からゆっくりと下がっていく。
丸い乳房に触れて、小さな噛跡を残す。
両手でやんわりと揉み抱きながらその先端を舐め上げて、口に含む。
「……っは……ん……」
指先できゅっと捻り上げてれば、ぴくん。と肩が揺れて。
ちゅぷ…吸い上げて、女の身体を確かめる。
身体に染み付いた焚香は、燃燈の男としての本能を酷く刺していく。
舌先はそろそろと下がってなだらかな腹部へ。
臍を中心に舐め上げて、小さな腰骨をかりり…と噛んだ。
「あ……ぅ…!……」
背中を抱いていた手をそっと滑らせて小さな臀部を揉む。
苦しげな息と、生まれ始める吐息。
「……異母姉さま……」
「……!!……」
指先で確かめながら、舌先が突起を舐め上げていく。
赤く熟れたちいさなそれはまるで待っていたかのようで。
「……ひ…ぁ……ッ!!……」
ぎゅっと敷布を掴む指先に力が入る。
ちろちろと舌先は突付くように舐め上げて、唇が時折触れては離れた。
(……なぜ……こんなことを……)
決して他人に見せることの無い箇所を攻め上げられて、熱くなる身体を持て余す。
ちゅる…吸い上げる音と舌使いがじんじんとした痺れを伴って彼女の意識を蕩かし始める。
唇を指先で拭って、重なる唇の熱さ。
燃燈の手が触れるたびに揺れる肢体。
小さな膝を割って、濡れた身体を開かせる。
「……異母姉さま、辛い時は……私に掴まって下さい……」
ぐ…と括れた細越を抱き寄せて彼は女の入口に自分を沈めていく。
ぬめりと、絡みつく柔肉の甘さ。
腿を掴んで、ゆっくりと内側を抉って。
強張る異母姉の身体は、片手で押さえつけた。
狭い内壁は、燃燈をまるで拒んでいるかのようで。
中程まで腰を進めて、彼は腕の中で震える女を見つめた。
「……ッ……ぅ……」
誰かに自分の身体を晒すことも、抱かれることも無縁のことだと思っていた昨日は消えてしまって。
母が違えても、自分と同じ血脈を持つ男の腕の中に居る今日を想像することなど無かった。
自分が『女』だとうことも。仙女をしては実力者でも。
押さえつけられて自由にされてしまう非力な生き物なのだと自覚させられた。
「……異母姉さま……お許しを……」
小さな唇を甘く噛んでそっと目を閉じる。
ず…と腰を抱かれて貫かれる痛みに公主はぎりり、と唇を噛んだ。
それが彼女に出来る唯一つの抵抗であり、異母弟への思い。
ぬちゅ、ぐちゅり…。
腰を打ちつけるたびに耳に入るのは互いの身体が生み出した体液の悲鳴。
「……ぅ……あ!!……っは…!」
敷布の上で乱れる黒髪と、こぼれる涙。
同じように感じる痛みはまるで彼女からの叱責のようで。
ただ、彼は目を閉じて女を抱くしかなかった。
根元まで沈めて、こぼれる汗と感じる体温。
簾に映るのは絡まった二つの影。
ゆらゆらと揺らめくのは影だけではなく、その不安定な思い。
ずきん。動かされるたびに感じる重く、鈍い痛み。
じりじりと繋がった箇所が悲鳴を上げるように燃燈に絡みつく。
小さな臀部を両手で抱いて、より奥を目指すのは男の本能。
それを受け入れて締め上げるのは女の本能。
白い腿を汚すは赤と白濁の混ざった体液。
「……異母姉さま……」
頬に手を当ててその瞳を彼はじっと見つめた。
敷布を握るか細い指先をとって一本ずつ接吻して、自分の背に回させる。
「あなたを抱く私を、お許し下さい……どうしても、あなたが……」
重なるのは数日前にみた異母姉と同じ血を持つ女。
(ああ……あの人はやはり違う……)
揺れる乳房をぎゅっと掴んでちゅぷ…と吸い上げる。
「んんッ!!」
びくつく小さな肩。細い爪にぐっと力が入る。
「……異母姉さま……異母姉さま……」
身体を貫かれ、泣いているのは自分のはず。
それなのに。
今、自分を腕に抱く異母弟の顔が泣きそうに見えるのは何故なのだろう。
震える腕も、乾いた唇も、こぼれる汗も、感じる体温も。
焚香よりも甘いと思える男の匂いも。
「……ひ……!!……ぅん…ッ……!!」
どれだけ声を上げても、誰も入ることの出来ないこの部屋は。
二人をただの男と女に変える。
ただ、二人がほんの少しだけ違えてしまったのは同じ血を持つということ。
互いに仙界の奇跡であるが故に、その血の流れゆえに。
求めることがあったということ
散らぬ華は在り得ずに。それでも華は咲き続け、咲き乱れる。
手折ったのは、若き仙人。
忘れることの無い傷を、その身体に刻んだ。






汗で張り付いた前髪をそっと払う指先。
消えた香炉に火を灯し、燃燈は彼女の小さな額に接吻した。
禁忌と言われれば言われるほどに求めて止まない恋。
同じ血といわれても、欲しくて欲しくてずっと手を伸ばしていた。
幽閉されていたのは彼女ではなく自分のこの思い。
解き放って、連れ出すように受け入れてもらいたかった。
甘い期待と残酷な現実。
指と指の隙間をこぼれる砂のような思い。
(……異母姉さま……私はこの命など要りません。貴女のために捨てたいのです)
いっそ、同じ父母から忌まれてしまえればどんなにか幸福だっただろう。
彼にとって彼を産み落とした母は、父が創り出した模造品にしか思えなかったのだ。
緋色の髪も、瞳も。
彼女の肉を一片も使わぬはずなのに、生き写しのよう。
異母姉の存在を知り、それが鳳凰山の主であることを知り彼は愕然とする。
竜吉公主を知らぬものなど、崑崙には存在しないからだ。
(異母姉さま……この先には大変なことが山のように御座います。義母さまも、おそらくは戦地に赴かれるでしょう……
 あの方も、貴女のことを私同様に思っているのです……ただ、貴女に告げられないだけで……)
ぽろり。こぼれる涙を払う。
(この燃燈、命に代えても異母姉さまを御守り致します。そのための強さは手に入れました)
そっと上掛けを直して道衣を着込む。
明け方の気配は、彼が鳳凰山から立ち去るべきことを告げるから。
(愛しています……生涯、ただ貴女一人と……)
言葉にすることなく、燃燈は静かに鳳凰山を後にした。








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